高体連、夏の空手道全国大会表彰式。
「優勝、北海道立旭川東高等学校…愛賀平吉君」
拍手が起こる。平吉が亜矢にメリーゴーランドを見せてから半年。
高校3年生となった彼の引退試合は、3連覇と言う最高の形で終る事が出来た。
こうして又、道着に帯を締める事が出来たのは、亜矢の御陰だ。平吉は亜矢の事を思い出していた。
半年前のあの日以来、亜矢には会っていなかった。刑事で在る彼女の兄が、
平吉に亜矢の入院している病院を教えたがらなかったからである。
それには理由があった…。
平吉の表彰が済み、部員達の元に戻ると、同輩や後輩に、囲まれ、
「愛賀さん、やりましたね!おめでとうッス!」
「良かったな!お前が退部した時ゃ、どうなるかと思ったが、『鉄の愛賀』は健在だな!」
と口々に祝福してくれる。皆、自分の事の様に嬉しそうだ。
「へっ…とーぜんよ、とーぜん!皆、応援ありがとな」
平吉も嬉しそうだ。
そんなざわついたムードも少し静まったその時、
「へーきちっ!」
と、彼の厚い胸板に、何処か幼さの残る容姿の美女が飛込んで来る。
「会いたかった…ここに来れば会えると思って。今日の試合、ずっと応援してたんだよ。おめでとう!」
「おい!愛賀、何処でこんな良い女見付けたんだよ?」
「愛賀さんも空手一筋かと思ったら…」
他の部員達が平吉を囃し立てる。
「ちょっ…え?ええと、その…どちらさん?」
平吉は、しどろもどろしながら、何とか記憶からその女の顔を掘り起こそうと躍起になる。
だが、どうしても思い出せない。
1年前のこの日、前の彼女と別れてからは、女に縁が無かった筈だ―1人の少女を除いては…。
「亜矢よ!病気が治ったの!」
大会会場、休憩所の自販機前。2人は、ゆっくり話す為、部員達から離れた場所に移動した。
「はいっ!へーきち!」ポカリスエットを平吉に手渡す。
「お…おう」
何が何だか解らない平吉に対し、目の前の女は嬉しそうだ。
「あんたが国見亜矢だって?半年前はこーんなだったじゃねえか」
と、手で半年前の亜矢の背丈を示す。
「うん。あのね…」
ファンフォテフォリアは、成長と老化を止める症状を持つ病気だった。亜矢は6歳の時、その病気に罹患し、以降13年間6歳の少女の姿の侭であった。
肉体の時間を止められた日々は、年頃の女性である彼女にとって、地獄の様な日々だったであっただろうし、何時しか彼女の精神の時間も停滞気味にしていった。
だが、半年前、平吉と出会ったあの日、再び彼女の時間は動き始めた。
平吉との出会いが精神を、アメリカからの新薬が肉体を時間の鎖から解き放ったのだ。
それは、その19歳の女性にとって、13年程遅れた初恋であったかも知れない。
次第に体も歳相応に成長し、病院で平吉に恋こがれる日が続いた。
シスコンの兄は平吉に会わせようとはしてくれない。
刑事である兄なら、あの日、警察の厄介になった彼の連絡先位、直ぐに調べられるだろうに…。
1箇月前、退院した亜矢は帰宅する時、旭川駅に貼られた看板に目が行った。
[高等学校体育連盟全国大会出場選手
空手:愛賀平吉
剣道:…]
それを見て、いてもたっても居られなくなった亜矢は、今日北海道から東京迄、平吉に会う為だけにやって来たのだ。
「……だから、本当は私の方がお姉さんなんだよ。
それなのに平吉ったら、あたしの事、『おじょーちゃん』だなんて。アハハ…」
身振り手振りを交えて話す亜矢の仕草は、何処か幼いが、その容姿、肢体は間違い無く20歳の物であった。
平吉は驚いていたが、自分の辛い過去すら楽しそうに話す亜矢を可愛いと思った。
きっと、病気が治り、自分に再会出来た事が嬉しくて堪らないのだろう。
平吉は、そんな彼女の「止まっていた時間」の分の幸せを、彼女に取り戻させてやりたいと考えていた。
だが、そんな事を口に出す訳にはいかない。それは同情と取られてしまい兼ねないから。
「そっか…良かったな。退院おめでとう。それに、わざわざ北海道から来てくれたんだな。ありがとさん」
ポンポン、と亜矢の頭を撫でる。
「もう!まだ子ども扱いしてる…でも、有難う。
平吉も優勝おめでとう。平吉は一生懸命頑張ったけど、あたしも一生懸命応援したよ」
体は変わっても、中身は間違い無く半年前の亜矢だ。
平吉は、半年前は「マセたガキだ」と思った彼女に、今は「可愛い」以上の感情を覚えていた。
「良し!じゃあ旭川に帰ったら、二人で遊園地にでも行こうか」
「うん!平吉、大好き!」
平吉の逞しい体に抱きつく亜矢。
2人の思う処は同じだった。
「この人と又一緒にメリーゴーランドが見たい」
平吉は、亜矢と一緒に部員達の処へ戻り、帰り支度を始めた。