高体連の全国大会で平吉が優勝してから1週間。北海道の高校の夏休みは短い。  
既に平吉は、就職予定先に出向き、近所の空手道場の子ども達の指導に当たっていた。  
そんなアルバイトも、昨日で終わり、夏休み最後の日。  
「おっす!おまたせーっ!」  
JR東旭川駅前。バイクに寄り掛かっている平吉の耳に元気な声が聞こえる。  
平吉は、声のした方を振り向いた。白い日除け帽子に、飾り気の無いブルーTシャツ、  
そして、明らかにハンドメイドと判る程不器用に繕われたデニムのタイトスカート  
を身に付けた亜矢が立っている。化粧は一切していない。  
彼女の余りの美しさに、思わず刮目するが、直ぐに平静を装い、  
「おす!そのスカート、亜矢が作ったのか?」  
と訊ねる。どうしてもその美しさの中で違和感を醸し出している不細工なスカートが気になって仕方無い。  
「うん…あのね。これ、あの時平吉に買って貰った服だったんだけど、  
着られなくなっちゃって…でも、ずっと身に付けていたかったから、  
その生地で作ったの。勝手にこんな事しちゃって御免ね」  
あの一件以来、亜矢は平吉に勝って貰った服を出来る限り着続けた  
…服がみっともない位に体が成長しようとも。  
それは、平吉に会えぬ亜矢のたった一つの拠り所であったのだから。  
…勿論、平吉の事ばかりで自分を見てくれない兄は、彼女のそんな行動が不服だったが。  
「良いさ。えと、その、なんだ、あの、いやいや、ん…似合ってるぜ!」  
「本当!?ありがとう!」  
半年前と変わらぬやり取り。変わった事と言えば、互いに名前で呼び捨てる様になった事位か。  
 
「兄貴は何も言わなかったか?」  
「う〜ん。エヘヘ…内緒で来ちゃった」  
ぺロッと舌を出して罰が悪そうにする亜矢。  
平吉は内心、「拙い事訊いちまったな」と思い、  
「ま、良いさ。行こうぜ!」  
と、気拙い空気を吹き飛ばす様に言って、並んで歩き出す。  
行き先は、此処からすぐの、日本最北の動物園、旭山動物園だ。  
この動物園に併設された遊園地には、半年前、亜矢に見せたメリーゴーランドが在る。  
あの時警察や平吉の手で散々に荒らされたこの場所も、  
流石に半年もすれば何事も無かったかの様に修復されていた。  
 
「さて、今度はちゃんと、入園料払って入るか」  
「アハハ!そうだねぇ」  
そんな少し不謹慎な会話をしつつ、チケットを買う為に亜矢が財布を取り出すと、  
「あ、良いぜ。一応、バイトで稼いでんだからな。大人2人ね」  
と、平吉が2人分のチケットをさっさと買ってしまう。  
「え〜!良いよぉ。あたし、男の人に奢らせる様な嫌な女じゃ無いもん!」  
普段の平吉なら、絶対にこんな事はしないであろう。だが、今の平吉は亜矢に良い処が見せたかった。  
「良いから良いから。退院記念だ」  
そんな事を言いつつ、「『大人2人』なんだなぁ」と考える平吉であった。  
 
「キャー!可愛い〜!見て見て平吉、この子、こっち見てるよ」  
亜矢は園内の『アザラシ館』のアザラシの子どもにすっかり夢中だ。13年間も病室で過ごした亜矢には、何もかもが珍しいのだろう。  
平吉は、彼女を再び此処に連れて来て、本当に良かったと思った。  
「うわぁ!おっきい!平吉みたいだねえ」次に『ホッキョクグマ館』、そして、『ペンギン館』と廻り、『こども牧場』へとやって来た。  
此処では、小動物に直接触れる事が出来る。この動物園の売りの一つだ。亜矢はフェレットが気に入った様だ。  
「よしよし、大人しいんだね。平吉も撫でてみて、可愛いよ…あれ?平吉?」  
フェレットを撫でていた亜矢が振り向くと、平吉は亜矢の言葉が耳に入っていないのか、全く別の方向を凝視している。  
その視線の先には、1年前に別れた平吉の彼女と、彼女の新しい彼氏が立っていた。  
 
「あら、平吉。今年も空手、優勝したんですってね?おめでとう。  
そこの彼女は新しい恋人かしら?だったら可哀想に…彼女の事より空手を優先する空っぽ男に捕まるなんてね」  
平吉は何も言い返せない。只、じっと歯を食い縛って黙っている事しか出来なかった。  
「違うもん!平吉は空っぽなんかじゃ無いよ!何にでも…あたしの事にでも、  
一生懸命してくれるもん!平吉の事馬鹿にしたら、あたし許さないから!」  
そんな平吉を見て、亜矢は彼女に食って掛る。  
「貴女も今に解るって、この男が、如何に貴女を見ていないかがね」  
「昔の平吉しか知らない癖に!」  
一触即発。直ぐにでもキャットファイトの始まりそうなムードだったが、  
平吉と彼女の彼氏が間に割って入り、その場は収まった。  
「今に後悔するわよ」と、彼女は捨て台詞を残して去って行った。  
「後悔なんてしないよ、絶対!」  
亜矢はまだ興奮している。  
「御免な、亜矢」  
「ううん、平吉も気にしないで。平吉は悪くないよ。  
何だか怒ったら、お腹空いちゃった。お昼ご飯食べよーよ」  
 
園内のベンチ。亜矢はバッグの中をゴソゴソやっている。  
「あたしね、1箇月前から料理の練習してるんだぁ」  
勿論、平吉の為だ。その1箇月の成果の弁当を開けて見て、平吉は困った。  
「えぇ…と、あの…美味そうな弁当だなぁ〜…」  
半ば脱力した棒読み口調。「美味そうな」なんてとんでもない中身である。  
火傷したかの様な表面のソーセージ、得体の知れない具が所々はみ出たオニギリ、  
恐らく沸騰する前から水に浸されていたであろうスパゲティ、玉子焼きなのか、炒り卵なのか判別の付かない、黄色い物体。  
例えるなら…地獄絵図だった。  
「うん。頑張ったよ。早く食べよ!いただきま〜す…ウッ!!」  
味見もしなかったのだろう。亜矢は自分の料理の味に驚く。  
「御免、平吉…失敗しちゃったみたい。何処か食べるトコ探そ」  
亜矢は申し訳無さそうだ。そんな亜矢を見て平吉は、  
「そんな事無いぞ。美味いぜ」  
と、脂汗を掻きながらも、笑顔で弁当を平らげていく。  
「美味い、美味い。足りねえなぁ。亜矢、食べないんなら、お前の分も俺が食っちまうぞ」  
そんな平吉を見て、この人は本当に自分の事を想ってくれている、と再認識するのだった。  
 
午後からは、併設の遊園地を廻る予定だ。亜矢は案内パンフを楽しそうに眺めている。  
どうやら、此処の名物の『スクリューコースター』が気になるらしい。  
平吉は、「世間知らずでも、多くの女は絶叫系のアトラクションを好む物なんだな」、と半ば呆れていたが……。  
「キャー!!!!」  
やはり、女性の本能なのだろうか、亜矢も周りの女性同様、笑顔で叫んでいる。  
そんな亜矢の顔を見て、亜矢は笑顔が美しいと思ったし、この多くの女性達の笑顔の中に在っても、亜矢が一番綺麗だと思った。  
 
『スクリューコースター』から降り、次は何に乗ろうかと訊こうとして、亜矢の方を見ると、何やら様子がおかしい。  
さっき迄の笑顔はもう無く、目に涙を浮かべて震えている。平吉は何が起こったのか全く理解出来ず、  
「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」  
と訊ねると、  
「………った」  
「何だって?良く聞こえねーぞ」  
「……ちゃった」  
「もっと大きな声で。急にどうしたんだよ?」  
「…おしっこちびっちゃった」  
「何ィ!?」  
見ると、タイトスカートから覗く太腿に、細い水流の筋が出来ている。恐らく、初めてのローラーコースターは、堪えたのだろう。  
「それでね、まだ残ってる分が出ちゃいそうなの…」  
20歳にもなってこんな失態を晒してしまった事が恥ずかしいのだろう。蚊の鳴く様な声だ。  
「こ、此処で待ってるから、さっさとトイレ行って来い!」  
平吉は、慌てて亜矢をトイレに向かわせた。  
「やっぱ、まだ子どもなんだな」  
 
****  
おかしい…もう10分以上も待っているのに、亜矢は帰って来ない。ひょっとしたら、迷子になったのかも知れない。  
平吉は彼女を探しに、トイレへ向かった。  
****  
10分前。  
ぷしゃあぁぁぁぁぁ…  
「あ〜ぁ、今日のあたし、失敗ばかりだ。もう、嫌になっちゃう…平吉、あたしの事嫌わないかなぁ。ウッウッ…」  
トイレの個室の中で、残りを出し切り、彼女は泣いていた。  
「とにかく、待たせちゃいけないよね」  
顔を洗い、汚れた下着を手に持った侭、トイレを出た。  
****  
「あぁっ!何するの!?返してっ!」  
平吉がトイレに近付くと、そんな声が聞こえて来た。  
「ヘヘッ!おしっこ下着getしてみるテスト」  
「便所に行こうとしたら、お宝を手に持った女キタ━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━!!!!!」  
「女神降臨!!」  
見ると、三人の男に亜矢が囲まれている。  
「てめえらぁっ!」  
ダダダダダッ!…ぷち  
瞬殺。  
「いー歳して、変態こいてんじゃねー!」  
「…もうだめぽ」  
 
「大丈夫か、亜矢?つーかおめーも、パンツ手に持って歩いてんじゃねーよ」  
世間知らずにも程が在ると言う物だ。すると、亜矢は平吉にしがみ付いてワンワン泣き出した。  
「御免なさいへーきちっ!あたしの事嫌わないで!!」  
周囲から好奇の視線が寄せられるが、彼等はそれぞれにそれどころでは無かった。  
「ちょ…おい、何言ってんだよ?何で俺がおめーの事嫌わなきゃならねーんだ?」  
亜矢の思いなど知る由も無い平吉は只目を白黒させるだけだ。  
「本当?ウッ…だってあたし、平吉に迷惑掛けてばかりで…エッエッ」  
嗚咽を交えながら、彼女は自分の思いを伝える。  
「俺にはメーワクなんざ、掛けられた覚えはねーからな」  
「あぁ…良かったぁ」  
亜矢は再び泣き出す。しかし、今度流したのは歓喜の涙だった。  
 
「兎に角、下着無いんじゃ困るだろ?今日はもう帰ろうぜ」  
漸く泣き止んだ亜矢に声を掛ける。  
「嫌ッ!まだ廻りたいもん」  
彼女の一途さは、長所で在るとともに、頑固さと言う短所にもなり得た。  
「だって…」  
「『メリーゴランドに行きたいの』だろ?帰る、なんて言って悪かったな。でも、下スッポンポンじゃ乗れねーぜ?」  
「ううん。見るだけで良いの。平吉と一緒にメリーゴーランドが見たいの」  
「解った。じゃ、行こうか」  
 
キラキラと光を放ちながら笑顔を乗せて回るメリーゴーランド。それは、亜矢の目には、以前見た、無人のメリーゴーランドより輝いて映った。  
亜矢の顔が、平吉の大好きな笑顔に変わる。自分はこれが見たくて、亜矢を連れて来たのだと思い出した。  
不意に彼女が、平吉の腕に頭を押し付ける。  
「あのね…あたしが病気だった時、あたしの話をちゃんと聞いてくれたのって、平吉だけだったんだ。  
本当、嬉しかったよ。ホントはもう、お家に帰りたくない。平吉と離れたくないの。  
ねぇ…今日、『あたし達』がお家に帰って離れ離れになっても、またこうやって遊んでくれる?」  
「あったりめえだろ。俺も楽しかったし、また『俺達』でどっか遊びに行こうぜ」  
「うん!」  
「じゃ、帰ろうか。家迄送ってくぜ」  
 
亜矢の家、警察の公団住宅。  
「あぁ、そうなんだ。また妹が居なくなった。今度こそ誘拐かも知れん。  
直ぐに俺もそっちに向かうから、捜索願いを出しといてくれ。済まんな」  
勤務から帰った亜矢の兄が、泣きそうな表情で電話を掛けている。  
「ただいまー!」  
「あ、亜矢…今迄何処行ってたんだ?俺がどんなに心配した事か…」  
と行っても、まだ6時過ぎ、門限には早過ぎる時間だが。  
「平吉、またね〜」  
「何ッ!?愛賀ァ〜ッ!!また貴様かぁ〜!!!!」  
 

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