結乃転校前のオリジナル設定あり。
■オリジナルの登場人物
・牧村博之
主人公。
澄空高校に二年生から転校してきた生徒。
成績優秀運動神経抜群。教師の覚えもいい、と一見完璧少年。
だが、前の学校では目の届かない場所では喧嘩に明け暮れ、明晰な頭脳で近隣の
不良を統率。
裏番としての日々を送っていた。
澄空高校でも同じ立場を築くべく策略をめぐらせるが……。
●NGワード
以上でお願いします。
「はぁ……面倒くせーなぁ」
着慣れない制服に袖を通して、初めて来た学校に俺はため息をつく。
黒板に名前をかかれて自己紹介……なんていまどきやらないような転校の儀式。
転校なんてするもんじゃない、と俺、牧村博之は改めて思う。
澄空高校。
編入試験を受けるまでは聞いたこともないほど遠くの高校が、俺の転校先だった。
「おっと。優等生優等生」
俺はだらけた顔に力を込めて引き締める。
幸い、授業の進みは前の学校とさほど変わらないので難なくなじめそうなのが救いか。
「また一からやり直しか……」
さっきから、背中に痛い視線を感じる。
視線の元は『いかにも』という一昔前のヤンキースタイルの同級生。
対する俺は、学校指定の制服を完璧に着こなし、いかにも優等生と言う姿勢を崩さない。
先ほど俺が先生からの難易度の高い質問を答えてみせたのが気に入らないらしい。
たいがいの生徒はそういうのを拍手や感心で迎えるものだ。
そうでないやつは、いずれ世間からはみ出していく。
……こいつはすでに分かりやすくはみ出しているのだが。
(拍手していた中に好きな女でもいたのか?)
大方そんなところだろう。
休み時間になれば厄介ごとに巻き込まれることは必至だった。
(まあ、いいけどな)
できれば、こいつが不良の中でも格の高い奴であればいい。
腕っ節だけは強そうだから、その可能性は低くはないだろう。
(不良も頭を使ってやる時代なんだよ)
ひょっとしたら、俺に同類の匂いを感じ取ったのかもしれない。
だとしたら、こいつの嗅覚は侮れない。
前の学校では、俺は表では優等生。
裏では不良と呼ばれる生徒を取り仕切る……いわゆる裏番として君臨していた。
大変な手間がかかる手段だったのに、ようやく地位が形になってきた辺りで転校。
本当についていない。
(とりあえず力を見せ付けてやらねーとな)
俺の頭はもはや授業ではなく、俺にガンをくれている奴をどう料理するかで一杯だった。
圧倒的であればあるほどいい。
やられたやつは触れ回らない……それが不良という人種。
おかげで、優等生を続けたままで俺は影番の地位を確保できるわけだ。
俺は金の力で、とか策略を巡らせて、というタイプではない。
はっきり言って、喧嘩は大好きだ。
売られた喧嘩は例外なく買い、叩きのめしてきた。
苦労は、むしろそれを周囲に知らせないようにもみ消すことだけだった。
俺は不良のレッテルで社会からはみ出すつもりは毛頭ない。
(見たところ、たいした奴はいないな。夏休みに入る前には終わるかな)
前の学校を掌握するのにはほぼ一年かかった。
何しろ名うての不良が集う高校であり、さすがに手を焼く場面が多かった。
だが、今度はノウハウがある上、生徒の質を考えればそんなものだろう。
「では、今日はここまでにする」
チャイムの音と共に、授業は終了する。
そして、その5秒後。
「ちょっとツラ貸せや」
「いいぜ」
……いまどき誰もやらないようなベタな挑発に、俺はあえて乗った。
「お前、気に入らないんだよ」
「転校してきたばかりの俺が、あんたに何をしたんだ?」
人目につかない、屋上へと続く階段で、俺はガラの悪い同級生に胸倉をつかまれていた。
(なるほど。パワーはそれなりだな)
ただの雑魚でないことに、俺は内心でほくそえむ。
むしろ、最初にぶちのめす相手は強いほうがいい。
そこから、俺の強さの噂は広がっていくのだから。
「うるせえ! そのすかした顔をぐちゃぐちゃにしてやるぜ!」
「やってみろよ……」
俺を突き飛ばして、構えを取る相手に俺は手招きする。
この程度なら問題にはならない。
喧嘩は大好きだし頭が悪い言い方だが、それしか言いようがないほど、俺は強
かった。
負けた記憶はたった一度だけ……。
ライバル校との抗争で、タイマンで成すすべもなく倒されたことを俺は思い出す。
(ち……こんなときに)
その時に腕に負った傷が疼く。
骨が飛び出すほどの重症。傷跡は深く残り、夏でも俺は長袖で過ごすことを余儀
なくされてしまっている。
興奮するとそれが疼きだすのだけは、今も変わらない。
「わりぃが……てめぇで鎮めさせてもらうぜ!」
ちょっとやりすぎるかもしれないが……運が悪かったと諦めてもらおう。
「外山くん! 何やってるの!」
いざ拳を交えようとしたときに……女の声が俺たちの動きを止める。
その声で、俺は目の前の男の名前を初めて知った。
「春日か……」
外山は舌打ちしながら拳を納める。
俺たちを止めた女は、険しい表情で詰め寄ってきた。
「こんなことだろうと思った。転校生相手に何をしてるの?」
「別に。ちょっと挨拶しただけだよ。な?」
外山は俺に同意を求めてくる。
「うん。別になんでもないよ?」
俺だって目撃されて面倒なことになるのはごめんだ。
ここは外山の調子に合わせておく。
「春日は、生徒会の役員なんだ。色々面倒だから、勝負はまた今度な」
外山はそれだけ言い残すと、春日と呼ばれた女から逃げるように、階段を降りていく。
案外小物なことに俺は苦笑しそうになるのを女の手前、懸命に堪えていた。
「大丈夫? ごめんね。教室を出て行くときに止めたかったんだけど」
「ううん。助かったよ。女の子なのに勇気があるんだね」
営業スマイル全開で俺は受け答える。
優等生の仮面を、普通の生徒には向けておかなければいけない。
この使い分けには、いつも気を遣うが、徐々に仮面をかぶるのにも慣れてきた。
「あ、ちょっと唇切れてるよ」
「え、ほんと?」
さっき胸倉をつかまれたとき、少し相手の手が当たったときだろうか。
……これは、今度やる時には、この分もやり返さないといけない。
「じっとして。血が出てるから」
「あ……」
断る暇もなく……。
春日と呼ばれた女は、俺の唇にハンカチを押し当ててくる。
反応さえできない、すばやい動きに俺はあっけにとられる。
(……!!)
間近になった女の顔を見たときに、俺は心臓が止まるような驚きに包まれる。
(そんなはずが……ない)
あまりに雰囲気が違うから気がつかなかった。
だが……間近で見るその顔は、俺の記憶で忘れえぬものとあまりにそっくりだった。
(あいつが生徒会役員? そんなバカな……)
争いの気配が去っても収まらない腕の疼きが、俺に警鐘を鳴らす。
(名前……春日と言ったな。確か、あいつも……)
下の名前からついた通り名ばかりが有名だったが、そんな苗字だと聞いたことがある気がする。
もっとしっかりと覚えておけばよかったとこのときばかりは後悔した。
「はい、取れたよ。一応保健室に行く?」
「そうだね。平気だとは思うけど、保健室の場所も知りたいし」
「いいよ。ついでに学園を案内しようか?」
「よろしく頼むよ」
屈託なく微笑む女に、やはり別人だと言う想いが頭をもたげる。
だが、今は確かめる時間を得られたことが重要だった。
保健室に向かう道すがらの他愛のない会話の中で、俺は確信に迫る質問を機を
伺って投げかける。
「春日、さん。ひょっとしてだけど……春日さんも転校生だったりしない?」
「え? よく分かるね。そうだよ。去年の二学期に転校してきたんだ」
(ま、まさか……)
疑惑が確信に1つ近づいていく。
腕が疼いて仕方がない。
「あ、N県から来たっていいてたよね。わたしも前はそこの学校に通ってたんだ」
「そう。それは偶然だね」
「案外冷静だね。もうちょっと驚いてくれてもいいじゃない」
「いや、驚いてるって」
俺の反応に不満そうな春日だったが、十分すぎる程に俺は驚いていた。
表に出してしまって、その反応が暴走してしまうのを恐れているだけのことだ。
俺も、俺の記憶の中の女も本来ならば、澄空高校に編入できるような学校に通っ
ていなかった。
地元でのことを知られたくないとしても……まさか、自分のことを知るような相手
が澄空に来るとは思わないだろう。
その油断が……俺に真実に迫るきっかけを与えてしまったことにこいつは当然気が付
いていない。
「あ、結乃〜。あれ、牧村くんも一緒?」
(!!!)
保健室に向かう途中ですれ違ったクラスメートが、春日の名を呼ぶ。
もう間違いがなかった。
苗字は知られていなくても、下の名前はあまりに有名だった。
『疾風の結乃』
そんな頭の悪い名前が、俺の高校では名前が知れ渡っていた。
目の前の女は……間違いなく、その本人だった。
そんな頭の悪い名前が、納得させられるほど、結乃は強かった。
小さな身体からは想像できないほどのパワーは、大柄な男をも一撃でなぎ倒し……。
バイクを駆らせれば、仲間の誰よりも速く……。
疾風の通り名は、誰も追いつけない彼女のバイクテクに与えられたものだった。
俺も、生涯ただ一度の敗北をこいつに喫させられたのだ。
あの屈辱は……今に至るまで忘れたことはない。
「結乃〜、志雄先輩という人がいるのに、ナンパしちゃだめだよ?」
「べ、別にそんなんじゃないよ。校内を案内してあげてるだけだもん」
「まあねぇ。結乃は先輩一筋だもんねぇ」
そんな結乃が、遠く離れた進学校に通い……。
あまつさえ生徒会の役員で、普通の女になってるばかりか、彼氏までいるだと?
そのあまりのギャップに俺はしばらく頭の回転が追いつかないでいた。
「牧村君、気を悪くしないでね」
「分かってるよ。でも、その志雄先輩って人の話、聞きたいなぁ」
どうにか取り繕って、同級生の女に笑みで問いかける。
「いいよ。この学校の生徒会長でね。去年の奏雲祭で……」
「ちょっと、やめてよぉおお!」
結乃の声が、廊下に響き渡る。
様々な情報を得ていく中で……俺はこの幸運に感謝していた。
(復讐の機会が、あるとは思わなかったぜ)
俺が学校を掌握して、いざ結乃を狩ろう、という段階になり、転校したという噂が流れた。
以降、結乃を抗争の場所でみかけることはなく……俺は拳の振り下ろし場所を失った状態だったのだ。
そして……結乃はこんなところで、幸せな日々を送っていたというのか。
(ぶっ壊してやるよ、全部!)
結乃は自分だとを散々からかった、同級生を追い回している。
そんな姿を見ながら、俺は唇の端をゆがめて、結乃を絶望に染める未来への算段をしていた。