「放課後、大事なお話があるので体育館裏へ来てください」
そう書かれた手紙が机の中に入っているのをクロエが見つけたのは、奏雲祭を間近に控えたある日の朝の事だった。
一見するとラブレターのようにも見える。しかし、この手紙には差出人の名前が無かった。
とはいえさすがに無視するわけにもいかない。一方的な約束ではあるが、この時期に屋外で長時間待たせるのも気の毒だ。
そう考え、クロエは結乃に放課後少し遅くなるとメールを入れた。
この手紙が自分の運命をどう変えるかなど、このときのクロエにわかるはずもなかった・・・
放課後、指定された場所・・・体育館裏でクロエを待っていたのはクラスメイトの男子だった。
「手紙をくれたのは貴方なのかしら?」
手紙の主が男子なのだとすれば、やはりあれはラブレターだったのだろう。
そして、クロエの対応も決まっている。これまで多くの男子生徒に告白されたが、彼女の答えは全て「ごめんなさい」だった。
だが、彼の反応はクロエの予想とは違うものだった。
「・・・実は、嘉神川さんに見せたいものがあるんだ」
そう言って、彼が差し出したのは1枚の写真だった。そこに写っているのはクロエにとって見慣れた、そしてここ最近で急激に身近になった一人の少年だった。
「塚本?」
そう、写真に写っているのは塚本志雄。彼が自宅であるマンションの玄関から出てくるところだ。
「・・・これが何か?」
それはあくまでも確認だった。この写真を彼女に見せる意味などそれほど多くは無い。
「・・・顔色一つ変えないなんて、さすがだね。・・・ようするに、これは君の予想通りのものって事になるんだろうね」
言いながら、胸元からもう二枚写真を取り出す。そこに写っているのは同じマンションから出てくるクロエと、二人が肩を並べて歩いている写真だ。
「我が澄空学園の生徒会長様は、生徒会の庶務と同棲していらっしゃるって・・・」
「違います」
彼が全てを言い切る前に、クロエが否定する。
「家庭の事情で一時的に彼が大家をやっているマンションに住ませてもらっているだけです」
それは、彼女が事前に考えてあった今回の件に対する言い訳だった。実際、嘘はついていない。
「二人が同じ部屋から出てきたとしても?」
だが、どうやら彼はすべて見ていたようだ。さらに二枚の写真を取り出すと・・・そこにはご丁寧に部屋から出る二人の姿が、ドアに書かれている部屋番号と共に写っていた。
「別に違う部屋だといった覚えはありませんが?」
少なくともクロエは、今回の件を「同棲」とは考えていない。その意味で、彼女の発言に矛盾は無い。だが問題は、この状況を第三者が見てどう感じるかということだ。
「ところで・・・君は僕の所属する部活動を知っているのかな?」
「え?」
「まぁ、知っているはずもないか。表向き、僕はいわゆる帰宅部だからね」
急激な話題の転換。だが、彼女は動揺していた。その発言からすると、彼は何かの活動を行っている。
そして、彼の発言からひとつの可能性に辿り着く。
「あなた・・・まさか・・・」
「そう、僕は新聞部の所属なんだ」
澄空学園には新聞部は公式には存在していない。だが、その存在は多くの生徒が知っている。彼らは通称「非公式新聞部」と呼ばれている。
その発足には悪名高いカキコオロギ製作者が関与しているとも、杉○なる人物が黒幕とも言われるが、正確なところは誰も知らない。
だが、彼らの活動方針は明確だ。それは「事実に基づくセンセーショナルな推測記事」というものだ。
たとえば、あるプロ野球選手がFA宣言し、その選手の父親が某在阪球団のファンであり、そしてその球団が彼の獲得に乗り出せば、彼らの中では「父の強い意向を受け○○選手の阪○入りは決定的」となる。
「さて、それじゃあインタビューを始めようか」