八月半ばの暑い日。
澄空郊外の閑静な丘陵地帯に建つ豪邸−考古学者として名高い双海教授の邸宅−には珍しく来客があった。
家主の教授は海外へ発掘旅行で不在であり、娘の詩音が友人を招いているのだった。
「「おじゃましまーす」」
唯笑とみなもは揃って上がりこんだ。
「外は暑かったでしょう?今、お茶を用意しますから、少し待ってて下さいね」
詩音はキッチンに引っ込むと、すぐに飲み物を乗せた盆を手に戻ってきた。
「今日は暑いのでアイス・ティーにしました。飲んでみてください」
赤色の液体を満たしたグラスを二人に勧める。
「いかがですか?春摘みダージリンのファーストフラッシュを水出しにしてみました」
「うん、すっごくおいしいね詩音ちゃん」
「すごく香りがよくて飲みやすいです!」
唯笑もみなもも美味しそうに飲んでいるのを見て、詩音は嬉しそうな表情になる。
しかし、友人二人がどんな目的で訪問してきたか、当然知りようもないのであった。
そこへ唐突に電話が鳴った。詩音は硬い表情で受話器を取る。
「はい、双海でございます」
「はあはあ、ふうふう」
受話器の向こう側から奇妙な息が聞こえてくる。男の様であるがはっきりとは分からない。
「もしもし、どなた様でしょうか?」
詩音はやや困惑しながら聞き返した。すると・・・
「もしもし、双海様のお宅でございますか?こちら、尚古堂の北山と申します、いつも御贔屓いただきありがとうございます!」
急な威勢のいい挨拶に詩音は驚いた。
「尚古堂さんって父の用件でしょうか?あいにくと父は今・・・」
「ああ、今海外に出張されてるんですよね?もちろん聞いてますよ。今回、教授ご指定の掘り出し物が見つかったので、早急に搬入しろとのメールを頂きましてね!料金は前払いで頂いてますんで、今から持ち込んでもよろしいですか?」
「今からですか?それは・・・」
急な訪問は詩音の歓迎するところではなかったが、友人が来ているということもあって、結局、業者に来訪の許可を出したのだった。
その判断が悲惨な結果を生むとも知らずに。
約束どおり、みなもの絵のモデルになるというので、詩音は制服姿に着替えていた。女学生の自然な姿を描き取りたいというみなもの要望だ。
もう少し、お茶を楽しみたいという唯笑を残して、みなもと詩音は、教授が作業場にしている広間に移った。
そして、みなもが筆を走らせて数分後に玄関のチャイムが鳴った。
「あら、業者の方が来たようですね」
詩音が時計を確認しながら言った。
「みなもさん、父の荷物を受け取るので少し待っていてくださいね」
「はい、大丈夫ですよ、みなもはここで待ってますね」
みなもにを広間に残して玄関に行き、覗き窓のレンズを見ると、宅配業者らしき格好をした長身の男が台車に大きな箱を載せて待っている。
相手を確認した詩音は扉の鍵を開けて、外に出た。
「こんにちは。暑い中、ご苦労様です」
礼儀正しい詩音に業者の男も相好を崩して応える。
「突然すみませんね。この荷物、玄関内に入れさせてもらいますね」
そう言って、台車を押して中に入って来たのだが、その後ろに続く者が二人いた。
「えっ?あ、あの、この方たちは・・・?」
一人は明らかに現代では見かけない頭巾と長衣(?)を着て木箱を持った男と、もう一人は、かつてアメリカで流行したヒッピーのようなボロボロの格好をして、色付きのサングラスをかけた人物である。
業者の男は何食わぬ顔で台車を広い玄関の隅によせると、箱を開けてごそごそやりだしたが、ヒッピー(?)がしゃべりだした。
「あ、アア。古代遺物新発見の瞬間を見届けに来たんだ。・・・お、オオウなるほど、ここから学問が世界を回ってンだな???」
ウウうう〜ん、と呻きながら手にしたハンガーで空中にぐるぐる輪を描いている。そしておもむろに詩音に向き直って言った。
「あんたのファンだ」
古代の医者(?)らしき人物も詩音の美しさに惚れ込んだ様に大きくため息をついて言った。
「・・・往診に来て良かった」