静かな部屋の中に響くのは、昨夜から激しさを増した雨の音だけで。
カップから出ていた湯気もいつしか姿を消し、温かなはずの紅茶は熱を失い。
「・・私は、」
詩音は何かを言おうとして、それを止めて口を閉じてしまう。
彼女の対面に座る智也は、優しげな笑顔のままで。
普段はバカばかりしている智也のこういった表情や、たまに見せる熱血漢っぽいところに詩音は言葉に出来ない魅力を感じている。
「・・私は、貴方との約束を破って・・・」
「だけど、詩音は今ここにいるだろう?・・・ならそれでいいじゃないか」
詩音の言葉を優しく受け止めてくれる智也。
彼がすっと席を立ち、詩音のところに歩いてくる。
智也は詩音の隣に来ると、その長い髪を愛しさをこめて撫でてやる。
柑橘系の甘酸っぱい香りが智也の鼻孔を刺激する。
詩音は余程遊園地でのデートを反故にしたことを悔いているらしい―恋人同士になった今でも頭を下げてくる。
智也からすれば、今二人でこうやっていられるだけで充分だと言うのに・・。
「・・智也、さん・・」
「詩音、もう離さないから。俺がずっとそばにいるから―もう、泣かないでくれよな?」
智也の笑みが苦笑いに変わる。
詩音は自分の頬に熱い雫が伝うのに気付いた。
詩音が涙を拭おうとして、その手を智也に捕まれる。
「詩音を抱きたい」
「え・・・・・」
「涙も笑顔も、全部まとめて受け入れたい」
捕まれた手ごとぎゅうっと抱き締められる。
強く強く、苦しささえ感じられるほど強く抱き締められたのに。
詩音は抱き返すことも出来ずに、涙を流すだけしかできない。
ただ、悲しい涙ではないと分かっている。
想われることの喜びを知った涙。嬉し涙だった。
「詩音・・・・」
「智也さん・・」
顔を見合わせた直後に、躊躇わずにキスする。
唇だけでは飽き足りず、舌同士も絡め合う恋人同士の熱いキス。
長い長いキスの後、詩音は智也にとろけるような視線を送る。
雪のようにとまでは行かないが、それでも白い肌が桃色に染まっている。
「・・智也さん、私、いっぱいいっぱい甘えちゃいますよ?」
「あぁ、どんとこい」
「他の人と仲良くしたら嫉妬しちゃいますよ?」
「ん、適度に仲良くするぐらいはいいだろう?」
「・・・ずっと一緒にいてくださいね?」
「ああ。約束する」
「・・・智也さんっ!」
感極まったのか、再び智也に抱きつく詩音。
互いに顔を見合わせ、貪り合うような激しいキスをする。