朝、目を覚ますと隣に最愛の人がいる幸せ。  
昨夜の情事を思い出して、少し気恥ずかしい気もしないではないが、それでもかけがえのない幸せの一端であり、大切な思い出である。  
 
 
しかし、今日は日曜日。愛しき彼が目覚めるには、後数時間の時を必要とする。  
そこで彼女は考えた。  
この、彼の部屋を漁ってみようと。  
もしかしたら、浮気している証拠が見つかるかもしれないから。  
 
 
これは、私が正しいのだと自分に言い聞かせた彼女は、早速行動に出た。  
 
 
鷹乃は激怒した。  
何故アダルティ(実写)なエロ本が五冊もあるのだろう。  
しかも、全てコスプレ系だというから始末に終えない。  
 
そりゃあ智也のことを嫌いだとか、もう智也に会いたくないとか言ったことも二度三度ではない。しかし、しかしだ。  
 
 
こんなにエロ本を持っている(しかもコスプレ系)なんて、余りに酷じゃあなかろうか。  
 
とりあえず智也を叩き起こしたい衝動に駆られた鷹乃は、その衝動を押さえるべく深呼吸した。  
 
鷹乃はしつこいぐらいに深呼吸をし、自分で私は冷静だと言い聞かせた。  
 
「ん・・彩花・・・・」  
 
だめだ。  
これは智也の寝言だ。  
そう思っても、やはり苛立つ心を抑えることは出来なかった。  
 
 
「智也!起きなさい!」  
某ゲームの義妹よろしく、全力でエロ本を智也に投げつける。  
でもパサ、という余りに情けない音がしただけで、智也には全くダメージはない。  
 
やがてエロ本を全て投げ尽くした鷹乃は、どうしようもない悔しさと悲しさに襲われる。  
以前の自分ならば、別れてやるとでも言って出ていくのだろうが、今は違う。  
甘えることを知り、頼ることを知り、そして愛される幸せを知ってしまった今の自分には、智也のいない生活など考えられるはずもない。  
 
ただ悲しさに任せて涙をこぼすことしか出来ないのだ。  
 
 
泣いちゃいけない、泣いちゃいけないんだ、そう自分にいい聞かせた鷹乃は、それでも溢れる涙を拭うことが出来ない。  
 
鷹乃は泣きながら、眠っている智也にすがりついた。  
彼の体温は、鷹乃の心を癒してくれる気がした。  
 
「貴方が望むなら・・・何だってしてあげるのにぃ・・・」  
 
だから、もうこんな本を買うのはやめて。  
そう言おうとした鷹乃は、しかし口を開けはしなかった。  
 
 
「なに朝っぱらから泣いてるんだよ・・・」  
「智也・・・」  
 
 
愛しい人が目を覚ました瞬間、自分の中にあるイヤな気持ちが、全て弾けてしまう。  
 
「・・・なぁ鷹乃?」  
 
自分の周りの惨状を見た智也が、必死で嗚咽を堪える鷹乃に声をかける。  
 
「・・なんでこんなことになってるんだ?」  
「智也が悪いのよ・・」  
恨めしいと言わんばかりの上目遣いで、鷹乃は智也に答える。  
 
 
「なんでこんな本ばっかり持ってるのよ・・・」「男であり、漢だから」「・・・・バカぁ・・」  
 
鷹乃は、再び涙を流し始める。  
自分ばかりが焦って智也に想われようとしているみたいで、悔しかった。  
 
「貴方が望むなら、私だってコスプレぐらいいつだってやるのに・・・」「そのコスプレを根本から否定した挙げ句、コスプレ好きは変態とか言ったのはお前だ」  
「え・・・」  
 
 
智也の冷静な切り返しに、鷹乃は記憶の扉を開いて思い出そうとする。  
 
・・・約十秒後。  
 
「・・確かに言ったわ」「だろうが」  
 
 
確かに鷹乃はコスプレを完全に否定したことがあると思い出す。  
・・・と同時に、もしかしたら自業自得なんじゃないかとさえ思ってしまいそうになる。  
 
 
「でも、でもね?私は少しでも貴方の好みの女になりたいの。もしも貴方がコスプレが好きな女の子が好きなら、私だって・・・・私だって・・」  
 
焦っている。  
鷹乃は自分でもそう知覚出来るほどに焦っていた。  
万が一コスプレをしないという理由でフられてしまっては、悔しいことこの上ない。  
しかもだ。  
彼の周りには高密度かつ高確率で美少女が集まると鷹乃は知っている。  
彼女たちのうち、誰か一人でもコスプレをすると言えば、鷹乃の立場は途端に危うくなる。  
少なくとも、鷹乃はそう思った。  
 
 
「・・・アホか。いっぺん脳を漂白剤に漬けて濯いでから天日干しした方がいいんじゃねぇか?」  
 
鷹乃のネガティブ一直線な思考を、智也の呆れたような声が止めた。  
 
智也の顔を見上げようとした鷹乃の唇を、智也は塞いでしまう。  
情熱的な、もう幾たびも繰り返した恋人同士のキス。  
それだけで鷹乃は甘くとろけるような気分になるから不思議だ。  
 
 
「お前は、お前のまま。プライドが高くて、でも甘えん坊な鷹乃のままが一番なんだよ」  
 
 
キスを終えた後、智也は鷹乃を背後から抱きしめながらそう囁いた。  
 
 
「でも。もし貴方が詩音やかおるさんに迫られたらって思うと・・・」  
「・・マジで脳を濯いで来いよお前」  
「・・・だって・・・」「俺の彼女は、少なくともお前以外にゃ考えられねぇよ」  
 
 
ぎゅうっと強く抱きしめられる。  
背中に触れる智也の胸板は、驚くほど暖かい。  
 
「俺を・・・彩花への執着から救ってくれたのもお前だし、あいつへの想いを断ち切れたのもお前のおかげだ」  
「・・・私だって・・」  
 
互いに、きっとかけがえのないどこかがあるからこそ、そばにいられる。鷹乃はそう思う。  
 
 
そばにいることに意味があり、隣にいることに理由など全くなく、ただ純粋に思い合うことが出来る二人。  
 
 
「なぁ・・鷹乃が欲しい・・・・」  
「もう・・学校は休みましょうか・・・・」  
「電話は、後でいいか」「ええ・・・大好きよ」「あぁ、愛してる」  
 
 
平日の朝から、互いを貪りあう二人。  
不安は、もうなかった。  
 

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