「はおっ、トミー♪」
教室に入るやいなや、飛世巴−自称とと−は智也の机の周りに集まるグループに混じる。
三年に上がっても、智也・唯笑・かおる・詩音のグループがバラバラになることはなく、一つのクラスに再び集まった。
校内でも指折りの美少女たちが集まるグループとして、当初は男子生徒全員が羨んだものの、このグループにいる少女たちは皆智也への想いを抱いているため、入る余地はなかったのだ。
そう、とと以外は。
ととは、二年のころから悪名高い智也に興味を抱いており、三年になって同じクラスになるとすぐに話しかけていった。
自分が劇団に入っているということ。
演劇の面白さなど。
結果として、ととは智也の気を引き演劇にも興味を持たせて、非常に仲良くなったのだ。
だが、その朝の彼女の様子はいつもと違って見えた。
「ねぇねぇトミー、お願いがあるんだけど?」
「金と犯罪以外なら」
「さっすが!」
朝一でととが智也にお願い、と言うのは、これが初めてだった。
智也も、仲の良い友人の頼みを無碍に断ることはしたくなかったし、最近退屈だよなー等と思っていたこともあった。
「で、何だ頼みって」
「お願い、私たちの劇団に入って!!」
「色々金かかるし無理」
即答だった。
この会話で30秒すらたっていないほど早い。
「ああいやそういうのじゃなくてね?」
即答されたことに慌てたのか、ととはすぐさま弁解に走る。
「私今度の劇で主役になったんだけど、いかんせん練習してもしてもしたりないぐらいなの。だからトミーには付きっきりで練習に付き合って貰おうと思って」
「まぁ、練習ぐらいなら」
「やった!じゃあ今日からお願いね!」
練習でも手伝ってもらうることになり、ととはスキップで自席へと行く。
後に残されたのは、状況に追いつけずに固まる美少女数人だった。
その日の放課後から智也たちの特訓は始まった。
発声練習、柔軟体操を充分にこなした後、ととが借りてきた台本を使って身振り手振りを加えながらの台詞合わせ。
時折休憩を混ぜながら、その特訓は大体午後七時まで続いていた。
「今日はここまでだな」
既に開始から二週間がたったその日、もはや慣れっこという感じで智也は座り込んだ。
その前には、息を切らしたとと。
「トミーはタフだね?」「お前が貧弱なだけだ」
少しずつ息を整えようとするととに、一喝。
鞄からヌルくなったスポーツドリンクを取り出した智也は、それをととに飲ませた。
「これって間接キスだよね?」
ドリンクを少しずつ、それでも飲み終えたととがそう呟く。
確かにそうだな、と答える智也に、動揺はない。
「私ね、実はトミーのこと好きなんだ。勿論一人の男としてだけどね」
「そうか。俺も、お前のことは好きだからなぁ」
壁にもたれながら、独り言のように呟く二人。
しかし、その声は互いへと届くには充分過ぎて。
「キス、しよっか?」
「ラストシーン・・練習してなかったからな」
「ん・・・そうだね。ラストシーンも練習しなくっちゃ・・・・」
そう言ったととは、智也に身体をすり寄せるようにして密着し・・・唇を合わせた。
ほんの一秒程度の触れ合いだったが、二人の感情を高ぶらせるには十分な時間だった。
二人は、抱き合った。
外で、誰が来るかも分からない校舎裏で、抱き合った。
唇を貪り、身体を求め、初めての苦痛を克服して繋がり、やがて終わりを迎えたその行為は、若い二人には何よりも幸せを強めるものだった。
「ととのパートナー、羨ましいよな?」
事後。
やはりというか体力が完全に尽きた二人がへたりこんでいると、智也が不意に言った。
「だってよ、衆人環視の中堂々とキス出来るんだぜ?」
「じゃあ、トミーが劇団に入ってくれる?」
「・・すっかりやりこめられたみたいだな」
はぁ、とため息を一つ。隣にいる愛しい彼女は、もしかするととんでもない悪女なのかも知れない。
ただ、だ。
惚れてしまった以上、彼女の言葉には逆らえそうもない。
立って歩き出す彼女の傍で、智也はそう思っていた。