「あー、退屈だ・・・」
周囲を見渡しても壁や窓、花しかない空間にて・・・・智也はボケーッとしていた。
右足、及び右腕は釣り上げられており、固定されてさえいる。
端的に言って、彼は入院したのだ。
交通事故に遭って。
「智也君、起きてる?」
軽いノック音の後、ここ数日で既に聞き慣れた声と共に、美女が入ってくる。
白河静流・・・智也をひいた張本人であり、入院後の智也の世話を買ってでたお姉さん。
ちなみに信繋がりで話が合うとは双方思っていなかったらしく、小夜美繋がりの面と併せて非常に仲良くなったのだ。
端から見れば仲の良い姉弟の微笑ましい会話だが、中をひっくり返せば全くそうではない。
「じゃあ静流さん、いつもの約束通りね・・?」「分かりました、ご主人様・・・♪」
智也の言葉を聞いた次の瞬間、静流の頬は赤みを増した。
・・ご主人様とメイド。交通事故の事を自分が横転したためと病院で智也は説明し、警察沙汰にならずに済んだ。
それは静流を思ってのことなどではなく、面倒が嫌なだけだったためだが、回り回って静流を助けるという結果に至った。
智也に助けられた静流は、どうにかして彼の恩に報いようと考えた。
その結果が、智也に毎日デザートを作ってくることと、入院中の智也の世話を出来る限りやろうということだった。
その時、以前小夜美から聞いたメイドブーム(?)にあやかろうというネタだった。
「はい、あーんして?」「・・恥ずかしいな」
「・・隙有りっ♪」
ほんの少しだけ開いた智也の口に、プリンを乗せたスプーンが滑り込む。智也の口内に入れられたプリンは、静流特製のものだ。
入院したその日から毎日智也にだけ食べさせてあげているスペシャル。
「ん、美味い」
「毎日言ってるわね?」「だって・・マジで美味いしさ・・・な?」
そう言った直後、智也は静流に口付ける。
これは、昨日からの約束。
二人は昨日、恋人になった。
数日世話をして分かったが、智也は人当たりを気にしない奔放な性格だ。しかし、彼のその性格こそが魅力であると静流が理解したとき、彼女は智也のことで一杯になってしまった。
早く会って、話をして、プリンを食べさせてあげたい。
彼のことを想うだけで胸が痛くなった。
その胸の痛みが恋の証であることを、彼女は知っていた。
(私、智也君のこと・・・好きなんだ・・・・)
恋心に気付いた静流は、積極的になった。
あれこれと世話を焼き、とかく智也が過ごしやすいようにと努力した。
そして、告白したのだ。
智也からすれば、青天の霹靂もいいところだ。
偶然出会って、ただ話をするのが楽しくて、身の回りの世話を焼いてくれるお姉さん。
それが静流への評価だった。
しかし・・・・。
智也は、気付いた。
いつしか彼女の笑顔を楽しみにしている自分に。彼女の声を聞きたくて仕方がなくなることに。
そう・・彩花の時と同じ想いだと智也が気付くのに、幾らの時間もいらなかった。
そして昨日、静流の告白を智也が受けたことで、二人は晴れてカップルになったのだ。
「智也君が退院したら、いっぱい愛してあげるから・・・・ね♪」
「・・・とんだ魔女だ」「もう、逃がさないから・・覚悟してね!」
ふふ、と向日葵のように笑う静流を見ながら。
呆れたような溜息を智也を見ながら。
『幸せ・・かな・・?』
一緒に思う二人だった。
後日、退院した智也の家にメイド服の静流が同棲することになるのは、また別のお話。