『卒業、おめでとう!』
三上家の居間に仰々しくそう書かれた幕が張られ、そこは二十人近くの人々がいた。
・・そう、信以外全員が無事に卒業したということで、信考案の卒業パーティが開かれている。
「みんな、一杯食べてね!まだまだあるから!」「飲み物もたくさんあるからねー!」
そう声を張り上げるのは、静流と小夜美のお姉さんコンビ。
ここぞとばかりに腕を振るっているらしく、料理はそこらのファミレスより余程美味そうだ。
男女比率では女が圧倒的に多い集まりで、男三人−信、翔太、健−にはそれぞれ恋人がいる。
信には唯笑、翔太にはつばめ、健にはほたる。
どれをとっても美男美女のカップル−但し黙っていればだが−であり、しかも並大抵のことでは崩れない強い絆がある。
「そう言えば智也は?」
信は、フライドチキンを手にしながらそう口にした。
他のメンバーが周りを見たら・・確かに彼はいない。
「トミーなら、お墓に行くって言ってたよ?」
周りのメンバーの反応に、これまたピッツァとコップを手にしたととがそう返す。
墓、と彼女らは首を傾げたが、ととは気にもせず言葉を続けた。
「何かもう一人卒業だから、花でもやってくるって言ってた」
「・・・分かったよ」
ととの二句目で、唯笑は分かったらしい。
詩音やかおるが唯笑に説明を求めたら。
「智ちゃんはね、・・・きっと彩ちゃんの所に行ったんだよ。彩ちゃんも今日、みんなと一緒に卒業だから・・・」
彩花。
それが表すモノは、限りなく大きく悲しい。
今日彩花の墓へと出向いたのは、智也の優しさの一片であると皆思った。
・・・・ただ一人を除いては。
「・・誰それ・・・?智也の何なの・・・?」
香奈でさえ初めて聞くような、鷹乃の地獄から響いてきたような低い声が、場を緊張させる。
高三の夏に智也と付き合い始めた鷹乃にとっては、彩花の名は十分に嫉妬の対象足りえた。
「説明してもらえるわね・・・今坂さん?」
これから30分、唯笑は鷹乃のキツい視線に耐えつつ彩花と智也の関係について説明するハメになる。
「ただいまー」
唯笑が鷹乃から解放されていくらか後、バカみたいに明るい智也の声が三上家に響いた。
「盛り上がってんのか・・・ってあれ?」
リビングへの扉を開けた智也の目にまず憤怒した鷹乃が入ってくる。
そして、疲弊した唯笑。
「・・どうしたんだ鷹乃?」
「・・・ちょっと来なさい智也。大事な話があるから」
智也の問いをスルーし、服ごと引っ張っていく鷹乃。
好きにしてくれていいぞー!と言う智也の声が、残された人々には断末魔のように聞こえた。
ズルズルと智也を引っ張っていくこと一分、二人は智也の部屋に入った。
「・・・さて、話は今坂さんから聞いたわ」
「そうか・・・愛想が尽きたから別れるってか」「智也!」
ふざけた態度の智也に頭に来たのか、鷹乃は智也をベッドへと押しつける。
その双眼に、涙の雫が溢れ始めた。
「そりゃ、私は嫉妬深いし怒りっぽいし尻に敷いてばっかりだけど!・・・貴方がいないと・・」「俺だってそうだな。彩花と付き合った過去があってこその俺だからな」
涙はなおも止まらない。
「私は・・彩花さんが少し羨ましくて、憎いわ。死んでもなお智也に想われてる彼女が・・・」
「悪いな・・鷹乃・・」
涙はついに嗚咽混じりのそれとなり、いつもの凛とした彼女からは想像も出来ないほど弱々しい。
「詩音や香奈、挙げ句にもういない人にまで嫉妬して、こんな可愛くない女・・嫌うわよね・・」「いーや。・・鷹乃は、俺の支えだからな」
優しい微笑みの後、強く強く・・二度と離さないとばかりに鷹乃を抱きしめる智也。
「智也・・・好きよ」
「あぁ・・・不安にしてゴメンな・・?俺には、鷹乃しかいないから」
強い抱擁のまま、囁きあう。
穏やかで心地よいその時が永遠に続けばと、二人は一緒に思った・・・。
「じゃあな、また」
悪友が手を振るのを玄関で見送った後、智也は自室へと向かう。
隣には、鷹乃。
昼間に起こしたぶつかり合い(?)以後、鷹乃は常に智也の隣にいた。
ようやく見つけた自分の居場所。
二人は、決して切れることのない何かを手にしたのだ。
新たな一歩を踏み出す恋人達を、満天の星達が見守っていた。