ぬくもりを感じる。
視界に映るのは、白、白、どこまでも白。
俺は光の中をたゆたっていた。
暖かくて、どこか懐かしくて。
幼馴染みの香りを感じた。
「あや…か…?」
そこにいるのか?
このぬくもりは、彩花…お前のものなのか…?
けれど、何か違和を感じる。
「彩花…?――」
もう一度呼んでみて。そして、違和の正体を掴む。
懐かしい、慣れ親しんだ幼馴染みの匂い。
けれど、それは。
「……智……ちゃん……」
「……唯笑」
目を覚ました。
唯笑が――俺の彼女が、不安そうな、泣きそうな表情で俺を見ている。
懐かしい、慣れ親しんだ幼馴染みの匂い。
けれど、それは。
柑橘系の、香りじゃなかった。
唯笑の肩越しに、辺りを見渡す。
部屋の中――よく見知った俺の部屋――は、真っ暗だった。
そして、どうやら俺は眠っていたらしい。
ベッドに横たわり、唯笑の顔を見上げていた。
「熱…下がったみたいだね」
「…ああ」
そうなのだ。
ニンニンネコピョンを拾ったあの雨の翌日、ずぶ濡れになった俺は風邪をひいてしまった。
『お前は完全無欠の大バカ野郎だから、風邪なんてひくわけねぇーだろ!』とは、信の弁で。
実際こうして今まで眠っていたその間、唯笑は毎日看病してくれていた。
「唯笑、ありがとうな」
明るく笑いかけてベッドから勢い良く起き上がり、階下へ向かおうとする。
「喉が渇いたなー…おい唯笑、お前も何か飲むか?」
「…うん」
「…どうした?」
唯笑の表情は依然冴えない。
まさか、俺が快復したのが嬉しくないとか…そんな事言うはず無いよな?
あれこれと思案を巡らせていると、やがて唯笑は、静かに口を開いた。
「…やっぱり…唯笑じゃダメなのかな…?」
「…え?」
「智ちゃん…彩ちゃんの名前…呼んでたよ…」
刹那――
俺の足は、止まった。
「唯笑、嬉しかったんだよ?
あの雨の日に、唯笑を探しに来てくれて。好きだって、言ってくれて……
唯笑、本当に嬉しかった。」
「……」
「……けどね?無理だったのかな?
智ちゃんと彩ちゃんと、それから唯笑と…
三人でいつまでも歩んでくなんて、無理だったのかな?
智ちゃんは唯笑の事、好きって言ってくれたけど……
やっぱり、彩ちゃんとの想い出がある限りは……」
「……唯笑……っ」
うつむいたまま、肩も声も震わせて。
けれど次の言葉は、俺の中に強く響いた。
「彩ちゃんとの想い出がある限りは……
智ちゃんの雨はあがっても、唯笑の中で雨は降り続けるのかな……?」
「……っ!!違う!!」
思わず、駆け寄っていた……が、足下がふらつく。
療養中に体力が落ちていたのだろうか?
結果、形的に唯笑を押し倒す格好になってしまう。
暗闇の中、組み敷いた形になってしまった唯笑の瞳を覗き込む。
潤んでいる…いや、その程度では無い。
その頬を、ヒトシズク、ヒトシズクが。
静かに、伝っていた。
「唯笑…俺はっ」
強く押し出した、その言葉の先を。
「……唯笑はっ」
唯笑の嗚咽混じりの、それが制した。
「唯笑は…わがままなんだよ?
唯笑は智ちゃんの事が好き。だから、ずっと智ちゃんと一緒にいたい……
けどね?智ちゃんにはずっと、笑っていてもらいたいの…それが、唯笑の一番の願いだから……
でも、唯笑と一緒にいたら、きっと智ちゃんは彩ちゃんの事で苦しんじゃう……
唯笑は、彩ちゃんに一番近かった存在だから……
でも、唯笑だって、唯笑だって、智ちゃんの事…大好きなのにっ……!」
ボロボロと泣く唯笑を、強く、強く抱きしめた。
俺は…もしかしたら、今こうしてここにいるだけで唯笑を苦しめているのかもしれない。
彩花との想い出が忘れられないのは。
俺が、忘れようとしないから。大切だから。
唯笑を選んで歩んでいこうとしたのは。
俺が、唯笑の事が好きだから。
事象は、こんなにも簡単に結論が出るものなのに。
俺たちの幸せは、複雑なパズルを解くかのように難しい。
だから、なのだろうか。
今、腕の中で泣き続ける唯笑に対して、俺は声をかけてあげることが出来なかった。
「―――――」
不意に止む嗚咽。
気がつけば泣き腫らした顔が、俺を見上げていた。
「唯笑……―――っ?」
戸惑う俺の唇に、やわらかな暖かい感触。
唯笑の唇によって、俺の言葉はまたもや封じられる。
頭の中がぐちゃぐちゃになって――もう、何も考えられない。
「智ちゃん……愛してほしい。
智ちゃんは、唯笑を見てなくていいから、彩ちゃんを重ねてていいから、だから――!」
「――――え……?」
クリアになる、俺の思考。
「それで、きっと……智ちゃんも唯笑も、幸せだから……」
「――バカ野郎!」
小さな肩を掴んで、正面に唯笑を見据えて。
俺は、思いっきり叫んだ。
ビクッとする小さな体をよそに、俺は続けた。
これは、怒りだ。
「それで、俺たちが幸せになれると思うのかよっ!
そんなもの…俺は認めない!」
「だって、智ちゃんは…」
「だってじゃない!唯笑、お前はバカだ!脳をゆすげ、脳を!
いいか?俺は言ったよな?
俺は彩花が好きだ――けど、それと同じくらいに、唯笑、お前が好きなんだってな!」
「――!と、智ちゃ……」
「それにな?そんな関係、そんな俺たちじゃ…
……また、雨が降り始めちまうんだよ!」
怒りの部分だけ一気にまくし立てて、冷静になった自身を確認して、俺は続ける。
「さっき、俺、彩花の名前を呼んでた、って…言ってたよな?」
「…え?う、うん」
「もしかしたら、彩花の夢だったのかもしれない。
けど、それは…白い、光の夢だった。
もう、俺の中には……雨は、降ってないよ。」
正直な、想い。夢の感想。
その正直な想いを、言葉では伝えきれないのなら、こうして。
「智ちゃ……むっ……んふっ」
優しく、キスをした。
唇を離すと…唯笑は、また泣いていた。
「ううっ、と、智ちゃ…智ちゃぁ……ん!」
けど、きっと、悲しいんじゃないんだよな、唯笑?
何となく、そんな気がするから。
俺は、そう信じるから。
「唯笑…お前の望む通り、抱いてやる」
「え?」
「けど、俺は…お前だけを見てるから。
ん?そこんところは、唯笑のお望み通りじゃないかもな?」
意地悪く、笑ってみせて。
言葉にした通り、唯笑のお望み通りにはしたくない。
唯笑が大好きだから。彩花を重ねて、唯笑を抱くことなど…出来ない。出来るはずがない。
「智ちゃんの……意地悪ぅ」
拗ねたかと思うと、急に柔らかな笑顔を浮かべて。
「でも、唯笑も……その方がいいな」
ぎゅっと、抱きついてくる。
「唯笑の事、好きでいてもらいたいよ…
だって…智ちゃんのこと、大好きだから」
腕の中、確かに感じる温もり。
本当に愛しくて。
壊したくなくて。
けれど、これからしようとしてる事は、それとは真逆に近い。
「唯笑…嫌じゃ、ないか?」
臆病になっていた俺は、どうしても、訊かずにはいられなかった。
まだ朱の引かない瞳。上目遣いで、不思議そうに見上げて。
そして、柔らかく、笑いかけてくれた。
「うん…智ちゃんが、嫌じゃなければ」
「だったら…っ」
俺の為、ならば――
やめよう、そう言いかけたけれど。
「だって…唯笑は…してほしいんだもんっ」
恥ずかしそうに、言い切ったその言葉に。
「…ははっ、はははっ」
安堵と笑い、それと。
「むぅ…笑わないでよぉ!」
「はは…」
冷静だけど、強い愛情と欲が押し出された。
「んむっ!?」
直前までの和やかな空気を消し去るように。
今度はベッドに押し倒し、そして強く口づける。
唯笑の肩が一瞬で強張ったのが判った。
が、間を与えずに、舌を侵入させる。
「ふっ!?」
突然のことだったのだろう。
驚いたような、間の抜けたような声をあげる。
「ん…ふぁ…」
けれど、自然と絡まってくる可愛らしい舌。
何度もそれを弄ぶ俺の舌とで、お互いの唾液が交じり合う。
ぴちゃぴちゃと…ぴちゃぴちゃと…
お互い、吐息は熱く、速くなっていた。
「う……んふっ………っ…」
気が付くと唯笑は、きゅっと瞳を閉じ、肢体を脱力させ、俺に総てを委ねている。
その可愛らしい仕草が、先程生まれたばかりの熱情を掻き立てた。
唇を、舌を離す。
「っふぁ…」
一息ついた唯笑。
真っ暗な中では正確には判らないけれど、その瞳はとろんとしていて、
顔は先程よりも上気しているように見える。
そんな、半ば放心状態にも見て取れる唯笑を、ゆっくりと優しく組み敷いて。
「ひゃっ!?」
制服の下から両手を入れ…下着ごと、制服を胸の上まで一気に捲り上げた。
そして与える間も無く、双房を愛撫する。
「んっ…と、もちゃ………?」
戸惑いが一番強くに表れた声。
半ば乱暴な行為。当然のことなのかもしれない。
けれど――
ボーダーライン。
唯笑への愛しさと、劣情の。
俺自身の理性と、膨らんだ欲望の。
ある種の格闘。相反する素直な気持ちたち。
或いは、俺の性欲を早く解消する、それだけだったのかもしれないけれど。
ギリギリの、ところだったから。
――唯笑の戸惑いに構っていられる余裕なんか、無かった。
舌と両手での、可愛らしい胸への刺激。
乳首がぷっくりと触れて欲しそうに尖っていたから、少しだけ強く苛めてやる。
「っ…んぁっ!」
唯笑の肢体が固くなった。
少し前にあった困惑の色は無くなり、明らかに違う声色が漏れる。
それが、俺の攻撃欲を更に掻き立てる。
「あっ…ふうぅ………んっ!」
溜め息と嬌声の混じり合った鳴き声が、とても心地よくて。
意地悪かもしれないけれど、もっと聴きたくて。感じたくて。
ゆっくりと、手探りで、唯笑の下腹部に手を伸ばした。
「――!」
スカートを捲り上げて触れる。
下着の上からでも、少ししっとりした感覚が手に残る。
そこに辿り着いた瞬間、今まで以上に、可哀想なまでに肢体を強張らせる。
それでも、構わずに。
布地の上から、ラインをなぞるような規則的な動きで。
優しくも強くも無い、微妙な力加減で。
ゆっくりと、指を這わせた。
「あっ……っはあっ!」
一際大きな声があがる。
驚きも少し織り混ざったような、高い声。
「唯笑…気持ちいいか…?」
乳房から一旦舌を離れさせ、眼下の唯笑を覗き込んで訊く。
「んっ……っ、気持ちいい、よぉ……っ、と、智ちゃ………あぁっ!」
きゅっと瞳を閉じたまま、眉をへの字に曲げたまま。
あえぎあえぎながらも、一生懸命に答えてくれる唯笑。
それが余計に可愛らしさを感じさせて、余計に感じさせたくなる。
舌の動きを再開させる。
そしていつの間にか、かなり濡れそぼっていた下の布切れを、スカートの丈より下に下ろし――
「ひあっ!」
指先で直に、その部分を感じた。
水音が弾ける。
そう言っただけならば、楽しげに聞こえるのかもしれない。
この行為も、その音も。
けれど、この淫らな行為は。音は。
俺の欲を一気に駆り立てる。理性を掻き乱しつつある。
それでも何とか、俺自身も唯笑も壊さぬように――
そんなことを考えながら、幾度と無く指を往復させる。
「あっ、ああっ、あんっ……っはぁ!」
溢れ出る愛液を拭おうとすればするほどに、また溢れだす。
指の、手の動きは円滑になり、更に強い刺激を可能にしてくれる。
何度も何度も、繰り返してあげる。
するとつい先刻の思考より幾許もしない内に、悲鳴に近い声で、唯笑が懸命に言葉を紡いだ。
「あっ、と、智ちゃん!唯笑っ、ゆえぇ……っ!!」
花弁のひくつきが、指先にもはっきりと感じ取れるようになる。
「唯笑…っ、ヘ、ヘンにっ、おかしくなっちゃうよぉ……っはぁんっ!」
仰向けに、小さな肢体は、気付けば今やお腹を頂点にして弓なりになっている。
意外と長い間、思考を、葛藤を繰り返していたのだろうか?
ともあれ、唯笑が達するのを悟り、上体への愛撫をやめ、手を動かすのに集中した。
「あ、ああっ……っんああぁぁぁ―――――っ!!!」
弓なりにしなった肢体は大きく跳ね上がり――
花弁からは甘い蜜が吹き出すように溢れ――
痙攣したように幾度と無く小刻みに震え――
「あ……はぁ……っはぁ………は…………」
荒い息遣い、それを落ち着けるように息をしながら。
やがて唯笑の肢体は力を失って…ベッドに埋もれた。
「はぁ……はぁ……」
若干落ち着いた呼吸。
涙目で半開きの口、放心した表情。
よく眺めながら、また、キスをして。
「んふ……っ」
――ゴメンな、唯笑。
唯笑が、好きだから。
これから俺は、唯笑を少しだけ痛い目に、壊すことになるから。
俺の気持ちを、想いを。
もしかしたら汚いだけの劣情かもしれないけど。
それを、唯笑にぶつけるから――
謝罪を。
証を刻む為の。
欲情の中、弾き出した陳腐な言い訳を。
そんな意味を込めた唇を、ゆっくりと離した。