三上智也は小説を読み耽っていた。元々活字嫌いの彼にしてみれば、  
 ここ数ヶ月の読書量だけで今までのそれを超えてしまうことは驚嘆に値するだろう。  
 ここ最近に到っては恋愛小説や歴史書さえ読み出すほどの入れ込みようである。  
 その上、全く興味が無かったはずの紅茶にさえも魅せられつつある。  
 この劇的な変化に彼の恋人の影響があるのは、ある種当然のことかもしれない。  
 そんな嗜好の変化を快く思っている智也は、『亡国のイージス』を読み通している。  
 彼の趣味である軍事関連を軸としたこの作品は、言うまでも無く彼女の推薦である。  
 
 彼の傍らでは、美しい髪に劣らず整った顔立ちの少女が一心不乱にページを捲っている。  
 タイトルは『二人の紅茶王―リプトンとトワイニングと…』  
 高尚なのか俗的なのか、むしろ何それと言いたくなる代物を読んでいるのが、  
 当の恋人である本の虫、もとい双海詩音その人である。  
 冷たい彫刻のような美しさを持った顔立ちをしているが、  
 浮かべる穏やかな表情から、彼女の幸福に満ちた内面を垣間見ることができる。  
 
 読書と紅茶をこよなく愛する詩音と、カキコオロギに心血を注ぐ智也。  
 二人の馴れ初めはなかなかドラマティックなのだが、それはまた別の話。  
 
 一刻ほどの時間が過ぎただろうか。  
 秋の夜の訪れは早く、夕闇が宵闇へと移り始める。  
 半ばまでを読みきった智也は、栞を挟みこむと思索に耽る。  
 詩音が淹れてくれた美味しい紅茶を飲みつつ、  
 これからも二人の時間を過ごせたなら、どんなに幸せだろう。  
 
 詩音は先ほどのハードカバーを読み終え『フォース』を手にしていた。  
 全ての人間が何らかの力を持つ世界で、唯一力を持たない青年の冒険譚。  
 智也にとっては彩花と詩音、それぞれの思い出を秘めた感慨深い一冊だ。  
 
 美しさと賢さ、その両方を備え合わせた女はつまらない、という言葉がある。  
 フォース一章の格言であるが、当時読んだときには真理だと思ったものだ。  
 しかし、当時という箇所から推察できるように、智也の意見は変わった。  
 詩音は両方を備えているが、飽きることなどないと思う。  
 
 智也の視線を感じたのだろう、詩音が小首を傾げる。  
「いや、横顔も綺麗だなって思って……」  
「そんな……やめてください……」  
 唐突にそんなことを言われてしまい、詩音は赤面するばかりだ。  
 伏目がちの仕草が智也の嗜虐心を刺激する。  
 
 智也は立ち上がると、詩音の腰掛けるベッドへと近づく。  
 恥じ入る詩音の顔を上に傾け、涼やかな瞳を見つめると、彼女はそっと目を閉じる。  
 互いの唇を触れ合わせ、智也はゆっくり舌を進めていく。  
「ん……んむっ……」  
 舌を伸ばして詩音の口内に触れると、おずおずとではあるが懸命に応じてくる。  
 しなやかな身体をそっと抱きよせると、そのままの状態で舌を絡ませ合い続けた。  
 
 口付けを繰り返しながら、見慣れた服に手を掛ける。  
 詩音は望んでいないかもしれないという思いがよぎったが、すぐにその考えを振り払う。  
 何よりも熱を帯びて潤んだ瞳がその証拠だろう。  
 加えて明日は休日だ。若い二人に懸念すべきものは何も無い。  
 
 流れるような髪に顔を寄せると、甘い柑橘系の香りが漂ってくる。  
 鮮烈なイメージが頭をよぎる。少なくとも今、この時に思い起こすべきではない。  
 脳裏に浮かんだ光景を忘却の彼方へ押し戻し、ひたすら愛撫に没頭する。  
「ひゃっ!」  
 弱い耳を舌で湿らすと、小さな悲鳴を上げる。  
 そんな些細な仕草にどうしようもなく興奮させられる。  
 
 控えめだが形よい胸に手を触れ、智也はその弾力を思う存分堪能する。  
 敏感な性感帯である胸を揉み解され、詩音はその淡い快感に身を震わせる。  
「はぁ……」  
 桜色の突起を親指と人差し指で挟み込むように摘むと、  
 固くなっていくのが手に取るように分かってしまう。  
 目を伏せ、羞恥のあまり顔を背ける詩音。いつまでも初心なままなのだろう。  
 
 智也は滑らかな背の、触れるかどうかという位置へ手を添え、  
 今にも折れてしまいそうなほど細い腰へそっと這わせていく。  
「……っ、はぁ……」  
 時折洩れる吐息からも彼女と行為を行っているという強い実感を持てる。  
「んはぁっ……ふっ……」  
 智也の執拗な攻めを受け、徐々に詩音の理性が蕩けていく。  
 
 優美な曲線を描く腿から彼女の中心へと右手を移動させると、  
 ほんのりと濡れた秘部に存在する一筋の線を辿っていく。  
 最も敏感な部分に指を伸ばし、表皮に触れる。  
 新たな快感を得た詩音は右手を口元に宛がい、残る左手で純白のシーツを握り締める。  
「あっ……くっ……」  
 喘ぎ声を必死で押し留めようとする詩音。  
 そのいじらしさが智也の劣情を誘い、熱く滾る血が一点に集中していく。  
「ん、あうっ!」  
 優しく愛撫していくと詩音は体を波立たせ、明らかに毛色の異なる声を上げる。  
 一オクターブ高いそれは、彼女の限界が近いことを如実に示していた。  
 
 智也は詩音の両脚を抱え込むと、  
 これ以上ないほどいきり立った自身を詩音の中へと押し沈めていく。  
「……ああっ!」  
 自らに打ち込まれた楔に柔肉を押し広げられ、詩音は冷や汗を流す。  
 これまでにも幾度か交わったことがあるものの、  
 この瞬間に慣れることなど到底できそうにないと思う。  
 
 窮屈な彼女の膣内は、智也が前進するのを妨げようと強く押し返してくる。  
「……詩音、もう少し力抜いて」  
「……は、い」  
 力を抜いた詩音の中にようやく全てが入りきったとき、  
 挿入された智也のものから詩音の身体へ、身を焦がすような熱が伝わっていく。  
「はぁっ……」  
「くうっ……大丈夫? 詩音?」  
 優美な柳眉を寄せる詩音に智也が問いかける。  
「……はい。心配いりません……」  
 詩音はにこりと微笑み、そう答える。  
 
 智也はその答えを受けて、ゆっくりとした前後運動を始める。  
 智也の体に馴染んだ詩音の身体は、深い律動を繰り返すと、  
 十分に満たされた愛液によって二人の交わる音を部屋に響き渡らせていく。  
「智也……さん……」  
 詩音も無意識に腰を動かし二人の交わりをより深く激しいものにする。  
 奥深くへ挿し込まれた智也自身に、彼女の膣壁が執拗に絡み付いてくる。  
「くっ……詩音、いいよ……」  
 強弱のついた詩音の膣は強い快感をもたらし、智也を着実に追い詰める。  
 
 より逞しさを増した智也のものは一層力強く詩音を貫き始め、  
 詩音の子宮を甘い痺れが駆け上ってゆく。  
「ああ……んはぁ……はぁっ……ん」  
 二人の下半身は別の生き物のように蠢き続ける。  
 
 肌を煌めく真珠の汗が詩音の美しさに妖しさを加える。  
「詩音、愛してるよ……」  
 智也はみじろぎさえできないほどに強く詩音を抱き締めると、  
 自らを凄まじい勢いで詩音の最奥へと叩き付ける。  
「……ん、私も……あっ! やぁ……はぅっ! ああっ!」  
 激しく、それでいて気遣いが感じられる智也の行為に、詩音は深い愛情を感じていた。  
「んっ! ……あ、あぁっ!!」  
 詩音は震える腕で愛する男の体にしがみつくと、短い叫びを上げて達する。  
「詩音っ!!」  
 智也は絶頂による強い締め付けで耐えることができなくなり、  
 堪え続けていた生命の象徴を大量に子宮へ注ぎ込む。  
「……っ!」  
 詩音は焼け付くように熱い奔流を子宮の最奥まで受け、息をつくことさえできない。  
 彼女の身体は、一滴たりとも逃さない、と訴えるかのように、  
 智也の歓喜の証を飲み込んでいった。  
 
「……はぁっ……」  
 快感に引き攣っていた詩音の身体がゆっくりと弛緩していく。  
 甘い口付けを最後に、二人の記憶は闇へと溶けた。  
 
 朝の陽光に刺激され目を覚ますと、詩音がどこか陰のある表情を浮かべていた。  
「おはようございます」  
 その声には力がなく、今にも消え入りそうなほど儚い。  
 何かあったのだろうが、智也には心当たりがない。  
 詩音の手には件の『フォース』がある。  
「私が魔女のように自在に姿を変えられるとしたら、  
 智也さんはどんな姿を見たいですか?」  
 寝惚けた頭で考える。恐らくは『フォース』の魔女アイリスを例えた話だろう。  
 ――目くらましの魔女アイリス。視覚を支配し、ありとあらゆる幻惑で誘惑する――  
 簡単なことだ。智也の思いは『フォース』の主人公と同じなのだから。  
 
「俺は詩音が一番好きなんだがなぁ」  
 さらりとそう口にすると、詩音は顔を朱に染めて反論する。  
「で、ですが、アイリスはどんな姿にもなれます。傾国の美女にも、私と全く同じ姿にも」  
「見た目じゃないさ、大事なのは中身だろう? 俺は詩音が好きなんだ。外見じゃない」  
 そこで一瞬、けれど確実に目を逸らし、詩音は続ける。  
「……彩花さんの姿でも?」  
 
「……どうして」  
 それしか言葉が出なかった。  
「寝言。呼んでましたよ、彩花って」  
 
「……ごめん。もう少し、時間が欲しいのかもしれない……」  
「……気にしていない、と言ったら嘘になりますが、大丈夫ですよ?  
 貴方は私の傍に居て下さるのですから……  
 幸福を手に入れたというのに、より多くを求めてしまう。贅沢、ですよね」  
「……ごめん」  
「これからはもっともっと愛して下さいね?」  
 詩音は茶化してそう答える。今は甘えさせてもらおうと思った。  
「ああ、誓うよ」  
 
 
 
「本音を言えば、私の名前を呼んで欲しかったのですけれど」  
「えっ!?」  
 話を蒸し返す詩音にヒヤリとさせられたが、目が笑っている。  
 口を尖らせて拗ねる姿もかわいいと感じてしまう辺り、かなりの重症なのだろう。  
 狼狽する智也を見て満足したのか、  
「もういいですよ。許してあげます」  
 と言いながら微笑を浮かべる。  
 穏やかな笑みが眩しかった。そう、彼女と離れるなんて、できない。  
 

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