「イッキ、帰ろ?」  
「あ、アリカ!悪いっ、今日少し寄る所が有るんだよ」  
 
既に腐れ縁と化している幼馴染の甘酒アリカに苦笑してそう告げる。こいつと一緒に帰るようになって、早10年。  
アリカが部活で遅くなるか、オレが用事で早く帰る以外は大抵二人で帰ってきた。  
だからと言って、アリカはオレに対して友人以上の感情なんて抱いていないだろうけども。  
 
「ったく…まぁ、たまにはいいけどね。遅くならないようにするのよ?」  
 
するとアリカは、小さく苦笑をしてオレの頭を軽く小突いた。幼馴染の特権だよな、こう言うのって。  
少し離れた所では、オレの事を睨みつけている男子が何人か居たりしてオレは気付かれないように  
ちょっとした優越感に浸りながら小さく笑った。  
高校生になって、ほんの少しばかり色気づいて可愛らしくなったアリカは、実は密かにオレの自慢だったりするのだ。  
 
「解ってるって!じゃ、またな!」  
 
そう言って手を振るとアリカも振り返してきて、オレはもう一度小さく笑うと、教室から飛び出した。  
 
Chocolate.  
 
 
 
「さて…どうするかぁ〜…」  
 
誰にも見られないうちに、と自転車を飛ばして来たのはいいのだけれど、一体どの店に入ればいいのか見当がつかなかった。  
実は、今日はアリカの誕生日。流石に本人と買いに来る訳にも行かないので、一人で街まで来たのだが…あんなに一緒に居たのに、  
アリカの欲しい物の検討が全くつかないのだ。  
 
「やっぱ、何か女らしいものとか…かなぁ」  
 
綺麗に彩られたショーウィンドウに飾り付けられている、いかにもお嬢様が着そうなフリルだらけの服が目に映る。  
ピンクで、ふわふわのー…そう。カリンちゃんが着たら、物凄く似合いそうな服。  
もしも、こんなに可愛い服を着せた愛らしいカリンちゃんとデートの一つでも出来れば、  
それは一生モノの思い出になるんじゃないだろうか。  
 
「って、今はアリカの買い物だろ、オレッ…!」  
 
頭を抱えて、息を吐く。彼女のことを諦めてもう3年も経つのに、どうして彼女のことを考えてしまうんだろう。  
今は、カリンちゃんよりも何よりもアリカの方が、愛しいと思えるのに。  
 
アリカへの気持ちに気付いたのは、何時だったか。  
 
カリンちゃんに告白して、振られて泣いていたオレを黙って抱きしめてくれたアリカに、オレは何時の間にか惹かれていた。  
その事を自覚したのは、高校入学した、あの日。  
櫻吹雪が降り注ぐ中、何時ものようにオレの隣を無言で歩くアリカが妙に艶っぽく見えてどうしようもなくて、  
ドクドクと胸が高鳴ってしまっていたのだった。どうして、もっと早く気付かなかったのだろう。  
 
ずっと一緒に居たのに。  
どうして、隣の少女がこんなにも美しくなっていたことに、オレは気付かなかったのだろう。  
そう思ってしまう位に、アイツは綺麗になっていて。この少女を独り占めできたら、どんなに幸せだろう…などと考えてしまった。  
 
「…ま、所詮片想いだけどなー…」  
「片想いが、どうかしたのか?」  
「!?」  
 
ボソリ、と呟いた言葉に問いかけが掛かってきてオレが驚いて振り返ると、そこに居たのは。  
 
「…ヒカル兄ちゃん」  
 
そう、あのヒカル兄ちゃんだったのだった。  
 
 
 
 
 
「いやー、久々にこの街に帰ってきたけど…まさか最初に会ったのがイッキ君だなんてな」  
 
公園のブランコに二人並んで腰掛る。オレの手には、買ったばかりの温かいレモンティーが握られていた。  
勿論それは、ヒカル兄ちゃんの奢りだったりする。  
 
「ったく…帰ってきたなら、連絡くらいくれたっていいじゃんか」  
 
そしたら、歓迎会だってやったのに…とぶつぶつ言っていると、ヒカル兄ちゃんは小さく苦笑を浮かべた。  
 
「そうしようかとも思ったけど、時間が無かったんだよ」  
「…時間?」  
「そう、時間」  
 
オレの問いかけに小さく頷くと、ヒカル兄ちゃんは手の中の珈琲をふー、と息を吹きかけてから一口飲んだ。  
つい、釣られてオレもレモンティーを飲んでしまう。そんなオレを見て、ヒカル兄ちゃんは小さく笑った。  
 
「明日、レアメダルの展示会が隣町で行われるんだよ。だから、下見とかしてて…連絡をする時間が無くてさ」  
 
あぁ、そういえば…アリカがそんなような事を言っていたような気がする。  
メダロット自体は好きだし、今でも新型メダロットについて詳しく調べたりはしているが、  
レアメダルの存在自体に強い興味が沸かなくなってきていたから、聞き流していたのかもしれない。  
ふーん、と適当な相槌を打ってレモンティーを飲む。冬の寒さのせいか、少しずつ中身が冷えて行く。  
 
「ま、そんなことよりさ。俺は、イッキ君の独り言が気になったんだけど…?」  
 
ニヤッ、とまるでレトルトを思い出させるかのような笑みを浮かべるヒカル兄ちゃんに、  
オレは思わずレモンティーを噴出しそうになってしまった。  
 
「〜〜な、な、なんでその話題に持っていくんだよっ!」  
 
顔が熱い。きっと、耳まで真っ赤なのだろう。  
ヒカル兄ちゃんは、楽しそうにケラケラと笑っていた。  
相変わらずの意地の悪さに、ほんの少しむっとしているオレに構わず言葉を続ける。  
 
「…で?相手は、アリカか?」  
「なッ……!!」  
 
ヒカル兄ちゃんの一言に、オレは何も言えなくなってしまう。  
”絶句”とは、この状態のことを言うのか…と、身をもって体験してしまった。…別に、したくも無かったけれど。  
まるで金魚のように、真っ赤になりながらそれ以上の言葉が出てこずに口をパクパクさせていると、  
ヒカル兄ちゃんは、さっきとは比べ物にならない位の大声を出してゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。  
 
「〜〜〜そ、そんなに笑うことないだろっ…!」  
 
とにかく何とか、言わなければ。そう思い、どうにか搾り出した言葉は肯定の言葉で、  
我ながら、どうしてロボトル以外は頭が回らないのか、と泣きたくなってくる。  
そんなオレの様子に気付いたのか、ヒカル兄ちゃんは目尻に溜まった涙を拭いながら、ゴメンゴメン、と  
説得力のカケラも無い謝罪を口にした。  
 
「…いや、でもまさか冗談で言ったことが本当なんて…」  
「ッ…じょ、冗談って…!!」  
 
謀られた。  
そう気がついた時には、既に遅く、ヒカル兄ちゃんはまたニヤニヤと笑みを浮かべていた。  
 
「まさか、イッキ君があのアリカにねぇ…。てっきり、まだカリンちゃんが好きなのかと思ったんだけどな。」  
 
あの、って何だよ。あの、って…。そう思いながら、ヒカル兄ちゃんから顔を背けてオレはポツリ、と呟く。  
 
「…カリンちゃんには、ずっと前にフラれたよ。」  
 
すると、ヒカル兄ちゃんは一瞬驚いたような顔をして、それから苦く笑い、オレの頭を撫でた。  
 
「そっか…悪いな」  
「別に…いいよ」  
 
オレがそう答えると、ヒカル兄ちゃんは一瞬だけ優しそうな笑みを浮かべた。  
それから残った珈琲を飲み干して、ゆっくりと立ち上がり、小さく笑って言う。  
 
「じゃ、お詫びに付き合ってやるよ」  
「…ヒカル兄ちゃんがオレと?」  
 
そう言ったヒカル兄ちゃんの言葉に、少しだけ考えるフリをしてそう聞き返すと  
一瞬固まって、驚きと困惑交じりの顔でオレの顔を凝視する。  
そんなヒカル兄ちゃんに思わず噴出すと、からかわれたと解ったのか、ほんの少しだけむっとした表情でオレを見下ろした。  
 
「何だよ…そんな風に言うなら付き合ってやらないぞ」  
「冗談だって」  
 
笑いながらそう言うと、ヒカル兄ちゃんは”当たり前だ”とオレの頭を小突いた。  
 
「ほら、早く行くぞ」  
「はーい」  
 
まだほんの少しむっとした兄ちゃんを横目で見つつ、冷め切ったレモンティーを飲み干して、ゴミ箱に投げ込む。  
缶は、綺麗に放物線を描きながらゴミ箱に吸い込まれていった。  
 
買い物を終え、ヒカル兄ちゃんのバイクの後ろに乗せて貰い近所の公園に着くと、時刻は何時の間にか9時を回ろうとしている所だった。  
バイクから降りて、ポケットに突っ込んだプレゼントを取り出す。  
 
「で、結局それにした訳か……」  
「う、うるさいな!別にいいだろ、何だって……」  
 
オレの手の中にある小さな箱を見ながら、ヒカル兄ちゃんがニヤニヤと笑いながら肘でオレを小突いてきた。  
それは女の子が好きそうな、可愛らしい柄の包装紙で綺麗にラッピングされたもので、  
高校生の男が持つには、少々不釣合いなものだった。  
まぁ、アリカへのプレゼントなのだからオレに似合っても困るのだけれど。  
 
「それにしても、本当にアリカの家じゃなくていいのか?」  
「あぁ……うん」  
 
そう言って頷くと、ヒカル兄ちゃんは一言「そうか」と言っただけだった。  
 
「ほら、早く行って来いよ。あんまり遅くなる訳にもいかないだろ?」  
 
そうヒカル兄ちゃんに促され、公園の中に入っていくと中は思いの外暗く、静かだった。  
確かに、アリカが家に居る可能性がないわけじゃない。けれど、アイツはきっとここに居る。  
そう、何故かオレは確信していた。  
しかし、幾ら辺りを見回しても、残念ながら公園の中には誰も居ないようだった。  
 
「……もしかして、オレの勘外れてたり」  
 
ははは、と笑ってみるものの、そうだったら余りにも阿呆らしい。  
このまま”勘を信じてみましたがアリカは公園には居ませんでした”なんてヒカル兄ちゃんに言ったら絶対笑われる。  
この先ずっとネタにされる。それだけはどうしても避けたい。  
どうしようか、このまま一人でアリカの家まで行ってみようか……などと考えていた時、ふと思い出した。  
きっと、アリカは”あそこ”に居る。そう思ったとき、体は既に走り出していた。  
 
 
 
 
 
この公園は広く、そして少し複雑な造りで出来ている。  
元はただの小さな公園だったのだが、広くしたり遊具を増やしたりしている内にそうなってしまったらしい。  
その為、一部の遊具が入り口から死角の位置になってしまった。  
 
そう、初めてこの公園の前の道を通った時に教えてくれたのはアリカだった。  
だから、よくここに居るのだと。そう言ったのも、彼女だった。  
どうしてこの場所だと思ったときに、そこまで思い出さなかったのか。少しだけ自分に呆れた。  
 
「ッ……」  
 
走るリズムをゆっくりと落としていく。額にうっすら浮かぶ汗を、手の甲で乱暴に拭い辺りを見回す。  
と、ブランコの方に数かに人影が見えた。  
 
「……アリカ?」  
 
キィキィとブランコを揺らしているその人影に、そう呼びかける。と、向こうはこちらを振り向いた。  
 
「……イッキ」  
 
やっぱり、それはアリカだった。  
自分の勘が外れていなかったことに安堵しつつ、少しだけ乱れた息を整える。  
 
「こんなとこで、何してんだよ」  
 
そう問いかけながら、アリカの座っているブランコの隣の空いたブランコに腰掛けた。  
キィ、と小さな金属の擦れる音が静かな夜空に響く。  
本当は、”わざわざ誕生日に”と問おうかと思ったけど、それは止めた。  
 
「さぁ、何でだと思う?」  
 
オレの問いかけに、アリカはほんの少し意地の悪い笑みを浮かべてこう切り返してきた。  
そんなことを聞かれたって、オレはアリカじゃないから解らないに決まってるだろ、とは思いながらも懸命に考えてみる。  
夜風に当たりたかった、とか。いや、ならベランダでもいい筈だし。パーティーに飽きた、とか。  
流石に高校生にもなって盛大に祝う家族なんて少ないだろ。  
そんな風に一つずつ可能性を出しては消していく。けれど、やっぱり理由は見えてこない。  
 
「あーもうっ、何なんだよッ!」  
 
そう半ば叫ぶように言うと、アリカはくすくすと笑った。  
 
「ここに居たら、アンタが来るかなって」  
「……」  
 
それは、一体、どういうことになるんだろうか。  
言葉の意図が測れずに、ただぽかんとアリカを見つめていると彼女は更に楽しそうにくすくすと笑って言った。  
 
「特に意味はなかったんだけどね。なんとなく、アンタに会えそうな気がしたから居ただけよ」  
 
そう、サラリと。オレはなんて返せばいいのか解らなくなり、ただ黙って目線を外した。今が夜で、よかった。そう、思う。  
そうでなければ、きっとアリカにもオレが真っ赤な顔をしていることがバレてしまっていただろうから。  
 
「で、アンタは?何かあたしに用でもあるんでしょ?」  
「あ、あぁ……。……コレ」  
 
アリカにそう促され、半分忘れかけていた目的を思い出しごそごそとポケットから小さな箱を取り出すとオレはアリカに、  
それを半ば突きつけるように差し出した。アリカはそれを不思議そうに受け取ると、それと交互にオレの顔を見る。  
 
「アリカ、今日誕生日だろ。……その、プレゼント」  
「……あたしに?」  
 
そうぶっきらぼうにいい、アリカから視線を外す。と、アリカは心底驚いたようにそう言った。  
……確かに、今までまともにプレゼントなんてやった覚えはないけど、それでもここまで驚かなくてもいいんじゃないだろうか。  
正直、少し傷つく。  
 
「そうだよ。他に誰かいるってんだ」  
「それもそうね。…ね、開けてもいい?」  
 
ムッとしながらそう返すと、アリカは小さく笑って、渡した箱を指差す。  
 
「あぁ――……うん、別にいいけど」  
 
そう返すと、そう、と嬉しそうに返事を返しアリカは丁寧に包みを開けていく。  
きっとコレが俺なら、装丁など気にせずビリビリと破くんだろうな、などと思いながら、丁寧に丁寧にセロテープを剥がしながら  
小さな包みを開けていくアリカの指先を見つめていた。  
 
「……!イッキ、これ……」  
 
ようやく箱に辿り着き、それを開けたアリカはまるでその続きになんて言えばいいのか解らないようでただ、絶句していた。  
それもその筈だ。だって、アリカの開けた箱の中に入っていたのは――  
 
「あたしの一番好きな、チョコじゃない……」  
 
そう。箱の中には、アリカが”これ以外のチョコなんてチョコじゃない!”と豪語するほど美味しいと評判のチョコレートだった。  
別にチョコレートの一つや二つ、とも思うだろうがたったトリュフ4粒で2千円と言うかなり学生として痛い金額な上、  
店内がいかにも”乙女!”と言う内装の為、一般家庭の、しかも健全な男子がコレを買うには何重にも痛い思いをしなければいけない、と言うモノなのだ。  
かくいう俺も例外ではなく女性客の視線から逃れるように買ってきたのだった。  
 
「わざわざ、買って来てくれたの?」  
「……悪いかよ」  
 
一応これ以外にも色々と、アクセサリーとかそういった類のものも考えてはみたのだが、  
これ以外にアリカが喜んでくれそうな物なんて無かったのだから仕方がない。  
……いや、確かにカメラ関係の物でも良かったのだけれどそんな物をポンと誕生日プレゼントに買えるほど  
学生の自由に使えるお金なんてある訳ないので、こっちにした訳だが。  
 
「……馬鹿ね、本当」  
 
溜息を一度ついて、アリカは呆れたようにそう言った。自分でも確かに馬鹿だとは思う。  
カメラ何かよりは数倍安いにしても、たかが誕生日に3千円もかけるだなんて。  
それでも。それでも、どうしてもこれをプレゼントしたかったんだ。  
今まで何もしなかったお詫びと、今まで俺を支えてくれていた御礼に。  
 
「いいだろ、別に。俺の勝手なんだから」  
 
もういっそ開き直ってしまえ、と思いそう返す。するとアリカは、もう一度溜息をついて  
「それもそうね……」と、どこか諦めたような口調で言うと、  
ぴょんっと軽く飛びブランコから降りた。  
一体何をするつもりなんだろう、とアリカを見ていると、アリカは俺に向かって手を差し出してきて言った。  
 
「ほら、もう随分と暗くなってきたし帰るわよ。」  
 
そう、何時もの口調で俺に言った――のはいいのだが。あの、アリカさん。この手は、何でしょうか。  
どうしていいものか解らず、アリカと手を交互に見比べる。  
これは、その。繋げ、って事なのか?いやでも、違ってたら恥ずかしいし。  
それから約30秒。ただ、困ったようにアリカを見上げると、アリカはもう一度ため息をつく。  
 
「あーもうっ、さっさと行くわよ!」  
 
そしてそう、怒鳴りながら俺の手をとった。  
 
「ッ―――ちょっ、ア、アリカ!?」  
 
体中の血液が、一気に沸騰したかのように体中が熱くなる。  
それとは正反対に、握った掌はとても冷たくて随分長居時間そこにいたのだと、沸騰した頭のどこかで冷静に思っている自分がいた。  
 
「………」  
 
アリカはただ何も言わずに、俺の手を引いてずんずんと歩いていく。  
俺の方も、何を言えばいいか解らず気付けば、互いに言葉を交わすことなく、公園を後にしていた。  
一体今、アリカはどんな顔をしているのだろう。俺のように真っ赤になっているのか。  
それとも、何時ものように平然とした顔をしているのか。  
空が暗いことと、アリカが俺より前を歩いていることでそれを確認するのは不可能だった。  
 
ただ2人、黙って歩く。そっと時計を盗み見れば、時刻は8時を回った直後だった。  
通りで星が良く見える、なんてことを思う。アリカは、といえば同じように星の明るさに気付いたのか、同じように空を見上げていた。  
声をかけようとするが、上手く言葉にならない。  
星が綺麗だな、とか。前にもこんな風に星を見たことあったよな、とか。  
考えれば、色々な言葉が出てくるのにそのどれも場違いな言葉に思えてきて、俺はただ、アリカに腕を引かれながら歩くことしか出来なかった。  
 
結局何も言えずに、そのまま歩くこと10分。気付けば何時の間にか、アリカと俺の家の分かれ道の所に来ていた。  
最初は気恥ずかしいと思っていた手も、離すとなると何故か名残惜しくて、それはアリカの方も同じなのか、何となく手を繋いだまま2人で立ち止まってしまった。  
 
「――あ」  
「イッキ」  
 
のさ、と続けようとした言葉は、アリカの声で遮られてしまう。  
一体、何を言うつもりなのか。続けようとした言葉を飲み込み、アリカの後姿を見つめる。  
すると、彼女はくるりと振り返って  
 
「………ありがとう」  
 
そう言って、にっこりと、そう、擬音にすれば本当にそんな感じで、俺を見て、笑った。  
ドクリ、と心臓が大きな音を立てて跳ねる。  
続けてドク ドクと、まるで自分のものじゃないかのように物凄い速さで心臓が動いている。  
畜生、これは。  
 
(――不意打ち、だ)  
 
自分の顔が真っ赤になっていくのが良く解る。きっと、先刻の比にならない程に自分の顔は赤い。  
そう、断言できる。……いや、しても格好悪いだけなのだが。  
 
「あ……あぁ……」  
 
何か喋らなくては、と思い声を絞り出すもそう返すのが精一杯だった。  
そんな俺を他所に、アリカは微笑んだまま  
 
「それじゃ、また明日ね」  
 
と言うと、さっさと歩き出してしまった。  
何も言えずに、その姿を見送る。後に残されたのは、未だ赤いままの自分一人。  
 
「ちっくしょ……アリカのバカヤロー」  
 
結局アリカのペースのまま、今日が終わってしまったことが何だか酷く悔しい。  
けれど。それでも、これでいいのかもしれないと、そう思ってしまっている自分が居るのを知っていた。  
 
「覚えてろよ……!」  
 
絶対いつか、俺のペースに巻き込んでやるから。口には出さず、そう、心に誓って俺は、逆方向へと歩き出した。  
 

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