2月14日はどこでもいわゆるバレンタインデー、というもので盛り上がっている。  
某所のとある中学校でも例外ではなかった。  
 
 
「アァ?そんな甘いもの食ったら口の中が虫歯だらけになるだろうがコラァ!」  
「別にもらえんことが悔しいんじゃないんだぞオラァ!」  
「所詮は菓子屋の戦略じゃねぇか!オゥ!」  
「アァ?不○家が始めたんかコラァ!」  
「上等だな○二家オラァ!」  
とまぁ、もらえない男どもの負け惜しみも聞こえてくる日である。  
 
反対に…  
「キコウくーん!このチョコ食べてー!」とか  
「ハロウくーん!今日のために作ったのよー」とか  
いわゆる保て男にとっても『ある意味』厄介な日でもある。  
 
とある事件の後、クラスのヒーローにすらなってしまった男は…  
例年通りであった。  
 
「カスミさん…」  
 
−アサノカスミ、メダロッター。  
クラスター事故からクラスメートを救った英雄である−  
 
そんな彼の元に小柄な黒髪の少女が少しうつむいて立っていた。  
「カスミさん」  
カスミからの反応が無かったので少女−お嬢グループのサチである−は静かに呼びかけた。  
「あれ?サチさん?どうしたの?」  
「あの…こ、これ、クラスターでのお礼を…」  
「クラスターでのお礼?」  
カスミは小首を傾げた。  
いったい僕が何を助けたのだというのだろう。  
サチの得になることはきっとしていないはずである。  
「僕…何かした?」  
とりあえず聞いてみないと始まらない。  
 
「クラスターで悪い人たちに絡まれたときに助けてくれたから…」  
クラスターの悪い人…?  
「スペロボ団のこと?」  
「いえ、それじゃなくて…  
あの人たちです…」  
カスミはようやく理解した。  
そういえば急に「落ち着いて寝られる場所が欲しいからこのフロアをよこせ」と不良たちがお嬢グループの山の手屋敷を占領しようとしたことがあったのだ。  
「あぁ、そんなことならいいのに」  
「カスミさんがよくても私がよくありませんわ、うけとってください」  
サチは無理やりチョコの入った箱を渡して早々と自席に戻っていった。  
『うーん…チョコ…ヒヨリ以外からもらうのは初めてだな…』  
自然と顔がほころんでしまうのは男の性であろう。  
 
 
 
昼休みになり食事を終えたカスミはチョコを食べてみることにした。  
丁寧な包みを開け、蓋を取ると中には小さなハート型のチョコレートが入っていた。  
 
一口で食べてしまえるほどのチョコレートだった。  
カスミはその粒をつまんで口の中にほおりこんだ。  
とても甘い香りがした。  
 
午後一限、体育。  
カスミは体に違和感を感じた。  
今日の体育の種目はソフトボール。  
カスミは苦手なりに器用にこなしていたが今日は体が思うように動かなかった。  
 
−眠い…眠い…−  
 
少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうな眠気が体を襲う。  
 
 
「オラカスミ、とっとと打席にたたんかいコラァ!」  
−背に腹は代えられない、保健室へ行こう−  
カスミは迷わずデッドボールを食らい、大げさに倒れ、保健室行きの切符を手に入れた。  
 
カスミの寝ているベッド脇にサチが立っていた。  
カスミの寝顔をじっと見つめ、たまに顔を赤らめながらカスミの頬を手のひらで包むようにふれたりしていた。  
 
「カスミさん……  
あなたにはなぜ…コハルビさんがいるの…  
きっと私がどれだけあなたを見つめても…  
気づかない…でしょうね…」  
 
サチは悔しかった。  
ヒヨリが羨ましかった。  
クラスターでの事件後生まれたよくわからない感情がカスミへの恋心であることを理解したのはヒヨリの存在を疎ましく思い始めた頃であった。  
 
「…気づかれないのならば…永遠に胸にしまっておくのが…一番…」  
涙目になりながらつぶやいた。  
 
そして彼女はカスミの手を握り、顔を近づけて頬にキスをした。  
 
目元から零れた涙が頬を伝って流れ落ちた。  
 
切ない、悲しい。  
遠くからしか見ることができない。  
好きなのに、好きなのに…  
 
カスミへの恋心は自分の胸に押し込められる、そう思うと余計にカスミが遠い存在のように感じられてしまった。  
 
流れ出る涙とともにサチも足早に保健室を去っていった。  
 
Fin  
 

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