「子供がこんな物見ちゃいけないロボよー!」  
土星のような頭をした人影が走り去っていく。その手には一冊の本。  
「今の、スペロボ団!」  
「追いかけよう!」  
メガネの少年カスミと、帽子を被りサングラスをかけた、一見男に見える少女、フブキがその後を追う。  
クラスターごと連れてこられた先は、スペースロボロボ団、通称スペロボ団のアジトだった。  
 
「じゃ、ここも一通り調べましょうか」  
ニュウドウを退け、奥へと進んだカスミ達。  
採掘所のようなブロックからうって変わって、生活感あふれる場所に出た。  
通路を抜けた正面に垂れ幕がかかっており、横にもいくつかの部屋があるようだ。  
その垂れ幕の前で、ヒヨリが一言発した。  
「いや! 見るからにここおかしいじゃない!?」  
カスミが抗議の声を上げる。周りを見ても、隠されている様子の部屋はない。  
「急いでるんだし、一番怪しいここから調べた方が…」  
「じゃ、あんたがここ調べなさい。わたしは向こうへ行くわ」  
そういうとヒヨリは行ってしまった。他の仲間たちもそれぞれ別方向へ向かっていった。  
「みんな勝手だなー!」  
はあ、とため息をひとつついた。  
 
ベッドルームにフブキはいた。しかし、少しだが普段と様子が違う。  
仄かに顔が熱い。心臓の鼓動も早く感じた。  
(何だよ、落ち着けよ、オレ)  
先ほどのロボトルの興奮が冷めていないのかとも思ったが、意識は別のところにあった。  
体か心か、とにかく奥の方で何かがもやもやする。  
「……ふぅ」  
大きく息を吸って、吐く。普段から冷静に努めていた自分だ。すぐおさまる。  
そう考えた時、後ろから声をかけられた。  
「あ、フブキ。どう、なにかあった?」  
一瞬、驚きで体が震える。フブキが振りむいた先にはカスミがいた。  
「あ、ああ……カスミ。こっちはたいしたもんはなさそうだ」  
当たり障りのない返事をする。この部屋にあるものといえば、ベッドと散らかった本くらいのものだろう。  
 
「たまにはゆっくりするのもいいかもな…」  
漂流してからこっち、ロクに休まる暇もなかった。思わず出た言葉に、カスミが返す。  
「ゆっくりするのはクラスターを開放してからにしようよ。  
 シデンなんて、『敵の食生活を知るのは作戦立てるのに役に立つ』なんて言ってさ」  
はは、とフブキは笑った。昔の戦ならいざ知らず、ロボトルでは何を食べてても関係ないだろう。  
しかし、最悪ここから出られなくなった場合には、ここで生活することになるんだろうか。  
そんな考えが頭をよぎり、フブキは軽く頭を振った。  
 
「……なあ、カスミ。その、さっき……」  
言葉を発したとたん、また鼓動が早くなった。  
さっき、と言うのは採掘所ブロックでのことだ。そう、スペロボ団が持ち去った本。  
「え? さっきって……あ」  
カスミの顔が少し赤くなる。視線も泳いでいるようだ。  
なぜそのことを持ち出したのか。何もなかったように振舞えばよかったじゃないか。  
しかし、出てしまった言葉は撤回できない。なぜ話題に出したのか、フブキは自分でもわからなかった。  
「えっと……その、フブキでもあんな声出すんだね」  
スペロボ団が落として、持っていった本。カスミいわく「いやらしい本」。  
奥へ向かう通路を探していた時、たまたまそれを発見したフブキは「きゃっ!」と悲鳴を上げたのだった。  
「……どういう意味だよそれ」  
「え、いや、うんと、フブキもやっぱり女の子なんだなって……」  
スパイらしく、フブキはいつも冷静だった。ロボトルでも、戦況を見渡しての正確な射撃はこの上なく頼りになった。  
今思えば、ゴウセツ達に抱きつかれた時なんかは地が出ていたかもしれない。  
しかし、普段の言動や行動などは、立派に男を演じていたと思う。  
 
サングラスと帽子のせいでわかりづらいが、フブキは驚いているようだった。  
カスミの言葉を聞いたとたん、心臓の鼓動がさらに強くなった気がした。  
「……っ」  
言葉が詰まる。それほどたいした事を言われたわけではない。ただの事実だ。なんで苦しくなる?   
なんでもいい、この状態から抜け出したい。フブキの頭はそれで埋め尽くされた。  
「……ところでカスミ」  
「なに?」  
「お前もやっぱり、興味、あるのか。あーいうの」  
「なっ…!」  
何を言ってるんだろう、とは思った。どう考えても、自分が今、冷静でないことはわかった。  
「な、なにいってるんだよフブキ! そりゃその、オレだって……じゃなくて、ああもう!  
 早く行かないとクラスターで脱出できなくなっちゃうよ! 先に進もう!」  
カスミはベッドルームを出て、垂れ幕の方へ向かっていった。  
 
しばらく呆然としていたが、ふと気がつき、フブキはベッドに腰掛けた。  
相変わらず心臓は早鐘を打っていたが、安堵感のような物も感じられた。  
そして、それよりも大きな不安。  
「……っ」  
何かに押しつぶされそうで、自分自身を抱きしめた。  
 
薄手の服越しに、胸の頂点が擦れる。  
「!」  
一瞬走った感覚。本の表紙を見てから続いていた疼きが一瞬弱くなり、さらに強くなって戻ってきた。  
無意識にシャツをズボンから出し、間から手を入れる。手が直接突起に触れた。  
「んっ…!」  
声と共に、胸に電流が流れる感覚がした。くすぐったいような、じん、と響くような。  
「はぁっ…」  
こんなことしてる場合じゃない。奥に向かって、クラスターを開放しないといけないのに。  
いつまでたっても来ない自分を迎えに来るかもしれない。こんなところを見られたら……  
 
見られたら? 誰に? 彼に?  
『彼』の姿を想像した瞬間、また鼓動が強くなった。それと同時に、体の疼きも増したように思う。  
「だめ、だっ…!」  
必死に止めようとするが、手は止まらない。そのままフブキはベッドに仰向けに倒れこんだ。  
 
 
どこかから、鈴の音が聞こえた。  
 
 
もはや自制が効かないと悟ったのか、靴を脱ぎ、布団を被る。手袋を取り、サングラスを枕元に置く。  
今までスパイ活動をしてきて、感情のコントロールはできる人間だ、と思っていたのに。  
本がきっかけになったのは間違いないだろうが、それだけでこんな行為に走るほど理性のない人間ではない。  
 
レイニーと会ったとき、彼女の知り合いだと言う自分を信じてくれた。  
自分の秘密を打ち明けてまでかばってくれた。  
シデンにスパイだ、と真実を言われ、情報を探るために近づいた事を知ってなお、彼は自分を仲間だと言ってくれた。  
隠し事は無しだ、と言ったのは自分なのに。彼を裏切ったのに。  
 
「ふっ………っ、くぅ……んっ、あぅっ……」  
平坦ではないにせよ、決して大きいとはいえない胸を、円を描くように揉み、突起をつまむ。  
パスカルに抱きつかれたり、セキランに言い寄られてたりした時は、彼は決まって顔を赤くしていた。  
大きい方が好みなんだろうか。もしそうだったら…  
ミゾレやゴウセツでさえ女だと気づかなかったくらいだ。男として近づくのには便利だったが、少し悲しくも感じる。  
それでも、彼は自分を女だと意識してくれた。  
 
「はぁ…っ」  
サスペンダーを肩から外し、下着ごとズボンをずらす。  
片方の手を秘所へ伸ばし、なぞる。  
「んんっ!」  
胸を弄っていたときとはまた違う感覚がフブキを襲った。  
手には粘液性の液体がつき、それが潤滑剤となって秘所に触れる動きを加速させる。  
「ふっ……、うんっ……カス……ミ…っ…!」  
好意、希望、罪悪感。様々な想いを込めて、一度だけ名前を呼んだ。  
「………〜〜っ!!」  
数瞬置いて、頭の中で花火が弾けた。体が小刻みに震え、それが治まると独特のだるさが来た。  
荒い息を付きながら、手を顔の上まで持ってくると、透明な液体が指の間で橋を作っていた。  
 
濡れた部分をハンカチで拭い、服装を正す。  
シーツを剥ぎ取ってトイレの方へ駆け込んだ。  
洗面所でハンカチを洗い、シーツを適当に濡らす。あとはほっとけばいいだろう。  
垂れ幕の方へ向かおうとした時、ちょうど鈴の音が鳴った。  
中を覗いてみると、キリカがさらに奥へと向かう様子が見えた。  
 
「あ、フブキ! どこ行ってたんだよ」  
いち早く気づいたカスミが声をかけてくる。  
「ああ、なんか苦手なんだよ。わりいな?」  
「リーダー、どこいってたでやんすか?」  
「敵が光学無効使ってくるから、ゴルドランのビームが使えなくて大変だったのよ」  
「いやー、大変でしたわ」  
「待て、ゴルドランは変形しなくても戦えるぞ」  
「でも隙ができなかったからデストロイは使えなかったじゃない」  
「やっぱりフブキがいてくれたら助かったんだけど」  
 
口々にロボトルの様子を話す面々。申し訳ないと思いながらも、  
「悪い悪い。さすがにカスミと合流して以降、出っ放しだったからな。ちょっと疲れたんで休んでたんだ」  
……していた行動は余計疲れる物だったが。  
 
「大丈夫? 無理はしない方がいいよ」  
心配そうにカスミが尋ねる。  
「ああ、大丈夫だ」  
「ちょっと、それだったらわたしだってそうなんだけど!?」  
「わかったわかった、じゃあ次はヒヨリは休んでていいから」  
思わず笑みがこぼれる。仲間の輪の中に、カスミの近くにいられることがうれしく感じられる。  
「任せとけ、ヒヨリの分まで戦ってやるさ」  
「そーお? じゃあ次はわたしが休みってことで!」  
「ハイハイ…じゃ、フブキ。頼りにしてるよ」  
「ああ、任せとけ」  
フブキの表情は、これ以上ないほど晴れ渡った笑顔だった。  
 
「じゃあ、先へ進もう!」  
通路を奥へと進む。一番後ろを歩いていたフブキが、前を歩くカスミを呼び止める  
「なあカスミ」  
「ん? なに?」  
カスミの耳元に手をあて、小声で話す。  
 
「胸は大きい方が好みか?」  
「なっ!?」  
顔を赤くして驚きの表情で固まるカスミを置いて、フブキが数歩進む。  
くるりと後ろを向いて、  
「冗談だよ」  
いたずらっぽい笑顔でそう言って、また前へ進んでいった。  
 
「……なんなんだ?」  
意味がわからないと言った様子で、カスミはまた一番後ろを歩いていった。  
 
 
 

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