「…ヒカルさん。」
「何?ナエちゃん。」
月に一回のヒカルとの夕食。ナエにとって一番嬉しい日であり、醜い感情に戸惑う日でもあった。
お互いが高校生になった今でも、ヒカルはキララとナエ、どちらを選ぶかの結論をつけていない。下らないとは解っているのだが…自分にしてくれたことを、キララにもしていると思うと、ナエの中に醜い嫉妬心が芽生えてくる。
純粋なナエは、その感情が理解できず、ただただ戸惑うばかりだった。
「…ナ…ちゃ…、…エ……ん?」
「ん?」
「ナエちゃん?」
声に反応して思考を停止し、呼ばれた方向を向くと、心配そうにナエの顔を覗き込んでいるヒカルの姿があった。
「大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。少し考え事をしてただけです。」
ヒカルは安堵の溜め息を洩らした。
「なら良かった。最近研究所籠もりっぱなしだったから…。」
見ていてくれた?とナエは不覚にも喜びの感情を生やした。純粋に、その心、優しさが嬉しかった。
「…ヒカルさん。」
「え?何?」
きょとんとした顔でナエの方を向く。
「ヒカルさんって、やっぱり優しいですね。」
ナエが殺し文句を囁くと、ヒカルの顔がカネハチの様に赤く染まった。煙が出てきそうな勢いだ。その純粋さにナエは笑いをこぼした。
「で…出ようか…。」
「はい♪」
ナエはすっかり機嫌も良くなっていて、満足げな雰囲気を出していた。一方ヒカルは少し暗めの表情だった。途中、メダロポリスの駅の踏切に引っかかる。沈黙して2人は電車を待った。
「…ナエちゃん。」
唐突にヒカルが呼びかけてきた。その声は、真面目な雰囲気を含む口調だった。
「…はい。」
ナエは応答した。ヒカルはそれを合図にナエの方を向く。
「キララには謝った。」
「…え?」
ナエは意味が解らず、変な声を上げてしまった。
「悪いと思ったけど…、どちらかを選ばなければならないから…。」
―そうか。自分とキララの話をしてくれてるのか。
「…僕は、君との道を選んだ。」
一瞬、固まってしまった。好きな人が、私だけを選んでくれたのだ、と。嬉しさに打ちひしがれる前に、涙が出てきてしまった。
「…駄目かな?」
駄目な訳ないのに、心配そうに此方を見ているヒカル。その姿が愛しくて…溢れた涙が更に流れる。
「っ! だ…、駄目じゃ…ないです。」
嗚咽混じりに答えてくれたナエの一言に、ヒカルは感動してしまった。抱き締めようと思ったのだが、とうの昔に電車は過ぎ去り、今は周りの人からチラチラと見られている。これではヒカルが悪者みたいではないか。
「ナエちゃん、取りあえず移動しようか…。」
ヒカルに手を繋がれて、帰路を歩いた。しかし、それもナエには逆効果で、更に泣いてしまったのは言うまでもない。
「…落ち着いた?」
「…はい。」
ここはヒカルの部屋。本当は送って帰らせても良かったのだが、博士に何て言われるか解らなかったので、取りあえず自分の部屋に連れてきた次第だ。
「あの…、ヒカルさん…。」
「何?」
箱ティッシュ一箱を犠牲にして、ナエはやっと泣きやんだ。だが、赤く腫れた目が恥ずかしいのか、クッションを抱きしめて顔の大部分を隠している。
「…抱き締めて貰っても…良いですか…?」
どうやら、クッションは顔を隠すだけでなく、恥ずかしさを軽減する為でもあったようだ。
「いいよ。」
ヒカルはあっさり答えて、ナエの隣に座る。お互いが見つめ合った時、ヒカルがナエの後ろに手を回し…引き寄せた。
「…嬉しいです、ヒカルさん…。」
自分だけのヒカル。ヒカルの長めの髪から漂う匂いが、やけに心を落ち着かせた。ナエが目を細めて、幸せな気分に浸っていると、いきなりヒカルが手を離して距離をあけた。
「どうしました?ヒカルさん。」
少し驚いた口調で聞くが、ヒカルは向こうを向いて此方を向いてはくれない。
「ヒカルさん…?」
何かいけない事をしたのかと思い、ナエは少し暗くなる。
「あ〜…っと…。」
ヒカルが赤面で口を開いた。
「その…。ナエちゃんに触ってて…。あの…。」
手は股間を押さえつけている。ナエも年頃であり、それを指す意味は十分に解るつもりだ。
「あの…、ヒカルさん…。」
「何?」
ヒカルがナエを見ると、ナエも赤面状態だった。
「…ですょ…。」
「へ?」
何かをナエが呟いたが、ヒカルには聞き取れなかった。すると、ナエが少し大きい声で、もう一度言ってくれた。
「…しても…いいですよ…。」
ヒカルの脳細胞はカーニバルを開催してしまった。