「もう二度と会うこともないだろう。さらばだ、天領君…」
どうやってたどり着いたのか。気がつくと、ヒカルは自宅の玄関に佇んでいた。
マスクはいつの間に外したのか床に転がっていたが、雨で濡れて冷え切ったマント
とスーツはヒカルの体に張り付き、彼の体を震わせていた。
だが、それだけが震えの原因ではないとヒカルには分かっていた。それはもっと
別の…
「ヒカル、大丈夫か?」
突然の声に、ヒカルは現実へと呼び戻される。すぐ隣にパートナーメダがいるこ
とすら失念していた。
「メタビー…」
「確かに辛いだろうけど…あれは事故だった。ヒカルのせいじゃねぇよ。」
「………」
「いいか。ロボトルの最中にはああいった事故も起こる。…背負い込んじまった
ら、おまえが持たないぞ!」
なんと答えていいのか分からず、ヒカルは俯いた。慰めの言葉も、叱咤する言葉
も今のヒカルには意味のない物だった。むしろその言葉が胸が締め付けるようで…
「…分かってる。……メタビー、パーツ変えてきたらどうだい。びしょ濡れだぞ
…」
「あぁ、こんなの大したことじゃないだろ。それよりお前が早く着替えろよ。明
日はまた大学だろ。風邪引いたらどうすんだ。」
「でも先に博士に連絡しないと……」
相変わらず覇気のないヒカルにメタビーは心配そうにしていたが、これ以上言っ
ても仕方ないと思ったのか、部屋に入っていった。
暫くぼんやりとしていたが、メタビーにああ言った手前、仕方なく内ポケットか
ら携帯電話を取り出し、博士に電話する。二、三回の呼び出し音のあと、いつもの
ように上機嫌な博士の声が響く。
「おお、ヒカル君。どうじゃ、例の件はうまく片づいたかの?」
「…ええ、彼らには悪かったですが、装置は全て破壊してきました…」
「ふむ。上出来じゃな。………ところでどうしたんじゃ?声に元気がないが?」
「っ!そんな事は…」
「隠しても無駄じゃぞ。なにしろワシはメダロット界の権威、メダロット博士じ
ゃからのう」
「それは関係ないと思うんですが…」
「まあ、とにかく話してみんか。これでも君より人生経験は豊富じゃ。アドバイ
スくらいはしてあげられると思うぞ。」
ヒカルは暫く黙り込んでいたが、それでも重い口を開いて言った。
「…実は、例の少年とメダロットの事なんですが…」
「ふむ…それは、大変じゃったな。しかし、君にそうする気があったわけではな
いじゃろうし、思い詰めることはないと思うんじゃが…」
メタビーと同じ、慰めの言葉…。博士に悪気はないと分かってはいても、心の奥
で博士に対して腹を立てている自分がいた。
(博士にも分かるはずがないんだ!この気持ちは、この…)
しかし、博士にそんな悪態をつけるはずもなく、モヤモヤした心をため込んだま
ま、曖昧な返事をいくつか返す。
「…ヒカル君。暫く休んだ方がいいようじゃな。今後のことはワシや二毛作社長
にまかせて、ゆっくり心を落ち着けたまえ…」
「…お気遣いには感謝しますけど、僕は」
「いいから、休むんじゃ。そんな精神状態では任務など任せられん。」
博士の声は相変わらず、慰めるように穏やかだったが、同時に有無を言わせない
ものがあった。
「………分かりました、博士。…ありがとうございます。」
「うむ、それじゃあ…」
「あ…」
「どうしたんじゃ?」
「…この事は他の人には話さないでくれませんか。キララには…特に…」
「…分かった。それじゃあ気をしっかり持つんじゃぞヒカル君。」
それから三日後、メダロット社の一室。
徐々に長くなってきた日ももうずいぶん前に沈み、今はパソコンのモニターから
の光だけが部屋を映し出す。
「んっ…、ふうっ……」
椅子に座ったままぐっと伸びをする。疲れた目と身体がほぐれ、深く息をはいた。
辺りの暗さに今更ながら驚き、腕時計に目をやると9時を回ったところだった。
「ふぅ…。ワシも歳かのう…?昔はもっと馬力が続いたもんじゃが…」
博士はそうつぶやくと椅子から立ち上がり、もう一度背筋を伸ばす。昔はこれだ
けで疲れも取れ、またがんばれたものだが、高齢に加え三日続けて3時間程度しか
寝ていない身体はどうしようもないだるさに包まれていた。
三日前の夜、主要株主の間で月のマザーの回収が正式に決まった。博士は株主一
人一人に連絡をつけ、マザーの危険性を説いてはみたが、正直なところ手応えは無
く焦燥感ばかりが募っていった。
「ふぅ…」
側頭部に残る白い髪をかるく掻きながら、もう一方の手で椅子を引こうとするが、
ふと手が止まる。ここ数年で一番とも言える眠気に襲われ、暫く意識が遠のいた。
なんとか意識を引き戻すが、どうもこれ以上の仕事は無理そうだった。しかたな
くパソコンをシャットダウンし、仮眠室へ向かうため、重い足でゆっくり歩き出す。
しかし、部屋の出口にたどり着かないうちに、扉が開いた。廊下から差し込む明
かりに目がくらむ。
「あ、すみません博士…」
どこか、沈んだような声だったが、博士はすぐ声の主が誰か気がついた。
「キララ君か。どうしたんじゃこんな時間に?バイトはもう終わっておるじゃろ
うに…」
穏やかな口調で返すが、どうもすぐに眠るわけにはいかない状況になってしまっ
たようで、心の中で顔をしかめる。それでも、それが態度に表れなかったのはやは
り歳のせいなのか…。そんなことを考えると何とも言えない気分になり、心の中で
今度は自嘲気味に笑う。
「…あの、博士聞いてますか?」
「!あ、あぁ…すまん。ちょっと、ボーとしておったようじゃ…」
「本当にすみません。例の件で忙しいとは伺ってはいたんですが…それで、ヒカ
ルの事なんですけど…」
「ヒカル君の?」
ふと嫌な予感がして、眠気が醒める。
「はい、実はヒカル…今週大学に来てないんです。最初は風邪でもひいたのか
と思ってたんですけど、いくらメールや電話しても反応が無くて。…それで、今
日あいつの部屋に行って見たんです…」
キララの言葉がとぎれる。先の言葉はなんとなく予想できたが、先を言うよう
促がしてみた。
「あいつ、部屋には居るみたいなんです。…メタビーの声もしたし…。でも結
局出てきてくれなくて………。それで、日曜日に任務があった事を思い出して…
もしかしたら博士が何かご存じじゃないかと…」
女のカンか…相変わらず鋭い。そう思いながら、意識は三日前の電話へと還っ
ていく。確かに、あの時の声には陰鬱な響きはあったように思う。しかし、一晩
寝れば良くなる。根拠こそ無かったが、そんな風に考えていたのだが…。
「………心当たりがないなら、いいです。」
「あ…」
「その、きっと私が避けられてるだけなんですよね…。ははっ…最近うまくい
ってたつもりだったんだけどな…」
キララはそうつぶやくと自虐的に笑う。しかし、その頬にすっと一筋の涙が流
れて落ちるのを博士は見たような気がした。
「キララ君、実は…」
そのとき、電話口でヒカルと交わした約束を思い出した。
「…この事は他の人には話さないでくれませんか。キララには…特に…」
ヒカル君との約束を守りたいとは思う。しかし、その約束を守ることでキララ
君を苦しませてしまうとしたら…
「実はの、あの日…」
意を決し、博士はあの雨の日の出来事を語り始めた。
ヒカルはあたりを見回した。至る所に機能停止したメダロットが倒れている。
どの機体もひどく破壊され、見るも無惨な姿だ。
そのとき、背筋が痺れるほどの威圧感と咆吼が彼を襲った。
驚いて後ろを振り向く。そこには口を大きく開き、ヒカルに狙いをつけたあの
メダロットがいた。
逃げなければ、そう思うほどますます体は震え動かなくなる。まるでその不気
味な脚部で締めつけられているかのように…。恐怖のあまり、かすれた声すら出
てこない。
口中の発射口が不気味に光る…もう駄目だと思ったそのときだった…
「どけっ!ヒカル!!」
突き飛ばされたその刹那、ヒカルが見たのは強烈な光線に貫かれるメタビーの
姿だった…
「うわぁぁぁーーーーーーーー!!!」
絶叫とともに、ヒカルはベッドから飛び起きた。
「はぁ、はぁ………ゆ、夢…?あのときの…」
息を切らしながら、あたりを見回す。そこは、いつもと変わらない彼の部屋だ。
ふと、時計に目をやると10時を少し回ったところだった。寝過ぎたせいか、そ
れとも今しがたの夢のせいか頭が痛む。
ぼすっ、と大きな音をたててヒカルは再びベッドに横になった。そしてそれと
ほぼ同時に、メタビーが部屋に入ってくる。
「何事だよ。急に大声で叫びやがって。」
「な、何でもない…」
ヒカルは出来る限り冷静に取り繕ったつもりだったが、そこは十年以上共に暮
らしてきたパートナー、あっさり見破られる。
「どうせ、怖い夢でも見たんだろ?ホントに気が小さいよな、ヒカルは。」
「なっ!ど、どうでもいいだろ!」
(いつもは鈍いくせに、どうしてこういうときだけは…)
そのとき、玄関から扉を叩く音と共に人の声がし、二人の会話は終了した。
「ヒカル!居るんでしょ。ここ開けなさい!」
(っ!キララ、また来たのか?)
「…どうすんだよ?また居留守決めこむのか?」
メタビーの問にヒカルは黙り込んだ。キララにあたるのが筋違いだって事は分
かってる。キララは事情も知らないわけだし…それでも、今は会いたくない。い
や、会えないと言う方が正しいかも知れない。会えば、この三日間胸の内に溜め
てきた感情を押さえきれず、キララを傷つけてしまいそうだったからだ。
「いい加減にしろよ。ヒカル!」
メタビーの怒鳴り声で、我に返る。
「お前は、落ち込んでりゃ、それでいいのかも知れないけどな。周りにいる奴
の事も少しは考えたらどうなんだよ!!」
言い終わるかどうかと言うところで、制止する間もなくメタビーは玄関へと走
って行ってしまった。
「よう、キララ。ヒカルなら中にいるぜ。…俺はコンビニ行くから、後よろし
くな。」
何とも勝手な台詞を残してメタビーの足音が遠ざかっていく。そして、今は無
言のまま、もう一つの足音がゆっくりヒカルの部屋へと近づいてきた。
キララはヒカルの部屋の様子を見て絶句した。もともとヒカルは整理整頓は苦
手だし、多少散らかっている彼の部屋を見るのは慣れていた。しかし、今目の前
に広がる光景はいつものそれとは明らかに違っていた。床一面に衣類やら、なに
やらいろんな物が散乱している。まるで手当たり次第にまき散らしたように。
「ちょっ……ヒカル、何なのこの部屋?」
ちらかった衣服をまとめにかかりながら、キララが言う。どの衣服もくしゃく
しゃで、頑固そうなシワがついてしまっていた。
(これは、また後で洗ってアイロンかけてあげないと駄目かな…)
普段から洗濯をやってあげているわけではないが、ヒカルはアイロンを持って
いないので、時々自分がアイロンをかけるついでに洗ってあげている。まあ、ア
イロンを持っていたとしても、ヒカルが使いこなせるとは思えないのだけれど…。
そんなことを考えながら、散らかった衣類をたたみ棚の上に置く。見た目に気
を遣わないヒカルは、服もそんなに持っていない。本当はロボトルだけじゃなく、
ファッションにも興味を持ってほしいのだが、今は服の数が少ないことに感謝だ。
とりあえずの片付けを終え、キララはヒカルに向き直った。
しかし、ヒカルは反応しない。部屋に足を踏み入れたときと変わらず、ベッド
の上でキララに背を向けるようにして寝そべっている。
「…ちょっと〜。せっかくキララお姉さんが来てあげたんだから、返事くらい
しなさいよ。」
雰囲気を良くしようと昔みたいにからかってみたのだが、キララの台詞はヒカ
ルの耳に届くことなく、行く先を失い霧散したようだった。後には妙なテンショ
ンで話しかけてしまった痛い空気だけが残る…。
「…ごめんキララ。帰ってくれないか。………気分が悪いんだ。」
暫しの沈黙の後、ヒカルの口から出た言葉に少しショックを受ける。
(…でも、仕方ないよね。今のヒカルは…)
「ヒカル……イッキ君達の事聞いたわ。落ち込むのは分かるけど…」
イッキ君の名前が出た瞬間、ヒカルの身体がびくっと震えた。まるで何かにお
びえているようなその反応を、昔どこかで見たような気もする。結局思い出せな
かったけれど…。
「…博士から聞いたのか?」
今まで以上に小さな声でヒカルが聞く。
「うん…。あ、でも博士は悪くないからね。私が無理を言って…」
「………」
「ごめん。でも、三日連続で大学休んで、メールも電話も返事くれないし…心
配で…」
再びの沈黙が二人を包む。そして、
「キララにだけは、知られたくなかった…」
ヒカルがつぶやいた言葉に、キララは胸が痛んだような気がした。
「…どうして?」
「どうしてって、それは…」
「どうしてって、それは…」
ヒカルは口ごもった。
そんなこと言えるはずがない。言えばキララを傷つけてしまう。そう頭では分
かっているのだが、その一方で、この三日間ため込んできたモヤモヤした感情を
キララにぶつけてしまいたいと考えている自分がいることに無性に腹が立つ。
「…キララには関係ないだろ。全部僕のせいだ…それで全てだよ。」
気持ちを抑え、言えた言葉はそれだけだった。
(たのむ、キララ…放っておいてくれ、もう帰ってくれ……)
しかし、そんなヒカルの願いはあっさりと崩れ去った。
「そんなこと無いよ、ヒカルのせいじゃない。メタビーも博士も、…それに私
だって分かってる。だから…」
「っ!」
キララが気遣ってくれているのは分かった。でも、それは一番聞きたくなかっ
た言葉でもあった。そのとき、ヒカルは自分の中で何かが切れたような感覚を覚
えた。もう理性で感情を抑えきれない…。
「キララに何が分かるって言うんだよ!!」
握り拳でベッドを思い切り叩いて叫ぶ。そして勢いよく起きあがり、キララを
にらむ。キララは驚きと恐れの入り交じったような表情をしていたが、そんなこ
とは今のヒカルにとってどうでもよかった。考えるより早く口から言葉が飛び出
す。その言葉がキララを傷つけるとしても、もう止まれない。
「キララは、パートナーを失った事なんて無いじゃないか!あの時の…12年
前の悪夢に魘されることもない!それなのに、何が分かるんだよ!!」
「ヒカル…」
「メタビーを失ったあの時の苦しみを…今でも時々夢に見る…。あんな気持ち
をもう誰にも味合わせたくない…。そう思ってレトルトになることを決めたんだ。
それなのに僕は…僕は自分の手でイッキ君を同じ目に遭わせてる………もう、分
かっただろ…帰ってくれ…」
最後の方になると、一度は吹き飛んでいた理性が戻ってきたようで、自分でも
気がつかないうちに、ほとんど聞き取れないような声になっていた。一度は感じ
た高揚感も今は消え去り、あるのは言うまいと思っていた言葉をキララにぶつけ
てしまった後悔の念だけだった。
ショックからか、キララはまったく動かなかった。当然だと思う。それでも、
殴られるなり、言い返されたりした方が、どれほど楽だろうと思った。それほど
に今、二人を包む空気はヒカルをいたたまれない気持ちにさせる。
結局、その閉塞的な状況に先に音を上げたのはヒカルだった。キララと目を合
わせないようにしながら、脇を通り過ぎる。そして部屋の戸に手をかけようとし
たときだった。
「待って…ヒカル」
消え入るような声で呼び止められ、ヒカルは立ち止まった。背中越しにだが、
キララがゆっくりと近づいてくるのを感じる。そして、キララはヒカルの真後ろ
で立ち止まった。そのまま次の行動を待つが、キララが再び口を開く気配はなか
った。結局こちらから動かなければいけないらしい。
ヒカルはわずかに躊躇したが、素直に謝ろうと思い、ゆっくりと振り返った。
「キララ…ごめ−」
ぱんっ!!
「っ!?」
一瞬何が起こったのか分からなかった。全く予想外の衝撃に軽くよろめきなが
ら、頬にじわっと痛みが広がっていく。ややあって、やっとビンタを喰らったの
だと気がついた。
ひりひりと痛む頬を押さえながら、キララを見る。睨まれているかと思ったが、
予想に反してキララは俯いていた。金色の前髪が顔にかかっていたため、表情は
よく読み取れなかったが、その色白な頬から雫がこぼれ落ちたような気がした。
「ヒカルだけが辛かった訳じゃない!…あの時、ヒカルが二ヶ月も目を覚まさ
なかった時、…私だって本当に辛かった…。このまま、ヒカルが二度と目を覚ま
さなかったらって考えたら…本当に怖かった…。」
いまや間違いなく、キララは泣いていた。いつもはお姉さん気質で、ヒカルを
叱咤する彼女がこれほど泣く姿は幼馴染みのヒカルでさえ見たことがなかった。
「…それは、私は…パートナーを、アルミを失ったことはないよ?…でも、大
切な人を失う辛さは、私にも分かるから。…だから…」
止められない嗚咽に、キララはとうとう言葉を紡げなくなり、そっと額をヒカ
ルの胸に預け、肩まで震わせひたすらに泣いていた。ヒカルは僅かばかり躊躇っ
たが、震えるキララをそっと抱きしめ頭を優しく撫でた。そうすることがせめて
もの償いであるかのように。
暫くしてキララも落ち着いてきたらしく、ゆっくりと言の葉を紡ぎ始める。
「…ヒカルはずるいよ…。いつもヘラヘラしてて、おっちょこちょいで、バカ
で…」
「ち、ちょっと傷つくなぁ…。」
常日頃から言われていることとはいえ、この場面で言われるとやはり堪える。
しかし、その通りなので強くは言い返せなかった。
「そのくせ、いつも優しくて…辛いことは全部自分で背負い込んで…人に迷惑
かけないようにって…」
「…うん」
「もっと、私を頼ってよ…。ヒカルが一人で苦しんでるのを見るのは…辛いか
ら…。」
いつからだろう…。メダロットの幸せを第一に考えるようになったのは。「魔
の十日間事件」の後、それともレトルトになると決めた時だっただろうか。思え
ばそんな時いつでもキララは傍にいた。いたのに気付かなかった…
………僕にとって本当に大切なのは………
「…ありがとう。キララ…。」
無意識のうちにそう呟いていた。キララの眼にまた涙が溢れる。
「…ううん。ヒカルが分かってくれたなら、それでいいよ。」
涙を拭い、笑顔で答えるキララは今まで見た中で一番綺麗だった。
「イッキ君達のことは、私も協力する…。大丈夫、きっと見つけられるわよ。」
「うん…」
感謝の言葉は他にもあった。だが、どんな言葉を持っても今の気持ちを伝える
ことは出来なかっただろう。気付くまでに十数年かかってしまったけど。
そんなことをぼんやりと考えながら、ヒカルはキララに口づけた…
それから二ヶ月がたった。梅雨は過ぎ去り、今年の夏はずいぶんと暑い。
身の回りの出来事といえば、イッキ君のメダビーは見つかり、月のマザーの事
件も不本意な形ではあったが解決していた。つまり、また平和な日常が戻ってき
たと言うことだ。
ただ、一つだけ二ヶ月前と変わったことと言えばキララと一緒に過ごす時間が
増えたことだろうか。メタビーもあきれながらも、どこか喜んでいる様だ。
…僕たちはうまくやっていけると思う…うまくやっていこうと思う…
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