「お兄ちゃんっ!アメあげるー」
ミサの元気な声に、すこし躊躇ってからアメを受け取る。
いらねーよ、と言おうかと思ったのだが、
その後田中に尾ビレビンタを食らう事を考えて、その言葉は飲み込んだ。
「備悟くん、今日は素直だね」
めだかの笑顔が、視界の端に入る。
「うっせーよ、田中に怒られるのが面倒なだけだ
・・・観察池の魚たちにエサやる時間だ、午後の授業サボるわ」
そんなことしたら、どっちにしろ先生に怒られるのに。
めだかは、青ざめた顔で笑う。
「ミサも見に行く!」
ミサちゃんはそういい残して、教室から走り去った。
「ま、待ってよ!そんなことしたら、私―――」
周りを見渡すと、自分以外には一人・・・いや、一匹しか居ない。
「どうかしたのかな?めだかちゃん」
悪夢のような笑い声に、めだかの顔がさらに青ざめる。
ポチ君と猫子さんは、お休みしてる。
つまり、午後の授業は・・・
「先生とめだかちゃんの二人だけか?」
「・・・はい、ミサちゃんと備悟くんは観察池に・・」
「そうか、折角だからイカでも捕りに地中海に行こうか?」
これが本気なのだから、めだかの悩みは尽きる事が無い。
「いや、ちゃんと授業してくださいよ!」
・・・しまった。
そう思ったのは、言い終わってからだった。
いつものクセで突っ込んでしまった。
「そうだな・・久しぶりに授業するか・・」
「はい・・・」
どうしてこういう時に限ってやる気になるんだろう。
めだかの涙はもう干からびそうだ。
「も、もう私・・・・・・・限界なんです~~~!」
「め、めだかちゃん!?」
わけもわからず、教室を飛び出していた。
どこかに、隠れないと・・・!そうだ、観察池のところ!
「備悟くん、かくまって!」
「あ、めだか!?」「お姉ちゃん?」
ミサと備悟は驚いた顔で振り返った。
「しゃあねーな、こっち来い」
備悟の手が強引にめだかを引っ張る。
学ランのボタンを全部外して、胸の中にめだかを抱きかかえる。
「え、わ、備悟くん!?」
「黙れ、田中来たぞ」
服ごしに、田中先生の声が聞こえる。
『めだかちゃん見なかったか?』
「いや、見てない」
『・・・・・異様にお腹が大きいのは何故だ?』
「妊娠三ヶ月だから」
えぇっ!?備悟くん!?
突っ込みたいのを我慢して、口を手でふさいだ。
『そうか、元気な子を産めよ』
えぇ!田中先生?あっさり過ぎです!
「あぁ」
田中先生の遠ざかる足音をが聞こえなくなったころ、めだかは備悟から開放された。
「ちょ、備悟くん!?妊娠って、無理ありすぎだよ!」
「ん?俺、妊娠中だぞ」
備悟くんの真剣な眼差しに、何も言えない。
めだかは、ため息をひとつ。
「誰の子?」
自分で言っておいて恥ずかしくなる。
「ミサ」
「なん・・っ、ハァ!?ちょ、犯罪ていうか・・えぇーーーーーーーー?」
どこまでが本気なんだろう。
いや、多分彼は大真面目なのだ。
「備悟くん、コウノトリ信じてる?」
「あぁ?信じるも何もねぇよ、居るに決まってんだろ」
恐らく、性知識に関しては備悟は小学生以下だ。
サンタクロースを信じているか、の問いにも同じ反応をするに違いない。
『めだかちゃーーん!戻ってきてくれー!十秒以内に出てこないと僕泣くよ!?』
田中先生の声だ。泣かれると面倒なので、声のした方に体を向けた。
「・・・・田中先生は妊娠すると思う?」
顔だけ備悟に向けて尋ねる。
「いや、あいつはオスだから妊娠しねーよ」
「・・・・・そう」
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