……あたし、志布志飛沫と蝶ヶ崎峨々丸は決して仲がいいわけじゃない。
なのに常に一緒にいるのには理由がある。たぶん普通のやつらにとっては理解不能(マイナス)な理由が。
簡単にいえば、あいつがあたしの体を求めてあたしが死にたくないからそれに応じる、というありふれたマイナスなそれになるのかも知れないけれど。
中学生のころ、家に居たくなかったあたしたちは学校が終わると二人で過ごすことが多かった。
「おっす、蝶ヶ崎」
「今日は遅かったですね、志布志さん」
こんな会話は本来普通のやつらがするもので、あたしたちのようなマイナスには似つかわしくないかもしれない。
けれど場所が喫茶店とかハンバーガー屋ではなく怪談の似合う廃墟と化した病院跡というのは我ながらおあつらえむきだと思う。
「……その怪我。また例のご趣味ですか?」
あたしの膝にできた大きな擦り傷をみて、蝶ヶ崎のやつは眉をひそめた。
「ああ。見た目は派手だけど深くはないから心配はいらねーよ」
それは強がりでもなんでもなく、ただの事実だった。幼いころから瘡蓋を作り続けてきて、どうすれば治りの早い傷ができるのかなんて熟知している。
「そういうわけにもいきませんよ。ちょっとじっとしていてくださいね」
そういうとやつは手慣れた手つきで手当を始めた。
かつて病院だっただけあって、消毒液や包帯なんかはその辺にごろごろあるのだ。
「……じゃあ頼むわ」
そういって不承不承ながらベッドに腰掛けて膝を投げ出す。ここで下手に遠慮したりすれば、やつの被害妄想(マイナス)が炸裂しかねないからだ。
初めて遭ったときのことを思い出す。
あのときもこの病院で、こいつはあたしに傷の手当を申し出てきた。あのころあたしはそんなふうに人に優しくされるのに慣れてなくて、ついぶっきらぼうなことをいってしまった。
……逆上したこいつが“エンカウンター”を発動し、あたしがそれに応じて“バズーカー・デッド”をぶっ放したことでこの病院はめちゃくちゃになってしまった。
蝶ヶ崎とはそれからの付き合いなわけだが、こいつはずっと変わらず傷をみると手当をしたがった。普段のこいつはブチ切れたときとは別人に思えるほど理性的で優しい。
……あたしに優しくすることができるのはこいつだけだ。
あの日までも、さらにいえば今日までだってあたしに優しくしようという人間がいなかったわけじゃない。けれどあたしはそのことごとくを跳ね退けてきた。
あたしの傍にいる人間は血まみれになってしまう。それで逃げられてしまうのは嫌だったし、逃げないような人を血まみれにするのはもっといやだった。
だったら一人で生きるしかないんだ、といつだったか気がつき、それを受け入れた。そんなあたしは少しは高潔だったと思う。
「……傷口が開き始めてんぞ。もういいって」
「いえ、あと少しですから」
だけどこの男は淋しがり屋で強がりで、おまけに横暴で。
自分の優しさが受け入れられなければ平気で人を殺すような被害妄想持ちで。……だからあたしはこいつのそばにいるしかない。たいして気が合うわけでなくても、しょうがなく。
「……瘡蓋できてる」
前に開いた傷口が治りかけているらしい。その一つ、頬にあるそれに舌を這わせる。
こいつは痛みに耐えるように体を震わせた。
……あたしは瘡蓋を剥がすのが好きだ。初めは自分のだけだったが、最近ではこいつの瘡蓋剥がしにはまっている。
こいつは“エンカウンター”のせいで怪我というものをあまりしたことがないらしく、そのせいかやたらとおおげさに痛がった。その様子が子供のようで可愛いのだ。
……あたしが人を遠ざけていたのにはもう一つ理由がある。それは予感だった。
もし、あたしの傍に誰かがずっと居て。その人の傷口を開きつづけたら。
あたしは好きな人の傷口を開くのが好きな過負荷になってしまうのではないかって。そんな予感があったのだ。
「志布志さん……抱きしめてもいいですか」
「……傷口開くぞ」
「僕は構いませんよ。……志布志さんさえよければ」
よくない、なんていったらどうせ逆上する癖に。
普段のこいつはどうも理性的すぎるようだ。黙って抱きしめればいいものを。
あたしは死にたくはないので承知するしかない。コクリ、と首を縦に動かす。
蝶ヶ崎の腕が背中に回された。傷口が開き、血が流れ落ちる。
あたしは頬にある傷口に舌を這わせ、血を舐めとる。舌先に瘡蓋が剥がれる感触がした。
……こいつと一緒にいると、あたしがどんどん駄目(マイナス)になっていくのを感じる。こいつはあたしといると痛い思いをしなけりゃならない。
なのになんで離れないのか。わからない。だけど、これからも一緒にいるんだろう、そんな気がした。