山が赤く染まる秋、戦挙が終わり退院した江迎は療養もかねて人吉家の居候になった。
今まで手で触れることが出来なかった江迎のリハビリ生活が始まる。
桜の面倒を見たり料理を教わったり、初めての体験は感動の連続で泣いてばかりいた。
3日目の夜、瞳が出張のため独りで夕食を作り善吉と食べた。
テレビドラマが好きな江迎には夫婦のような時間がとても幸せで、食事がなかなか喉を通らない。
善吉と二人で洗いものを済ませた後、リビングで借りてきたB級ホラー映画を見る。
釘付けの視線。思わず腕に手を回してしまう。
静かな時間、胸のドキドキが映画のせいではないことに気付く。
善吉の横顔に吸い寄せられ…思わずキスをしてしまい、そのまま押し倒して頭突きをしてしまった。
しばらくの間の後、クスクスという笑い声を時計のベルが遮る。
立ち上がり、風呂へと向かう善吉を江迎は無意識に袖をつかんで止めてしまう。
脱衣所……洗濯カゴの前に脱ぎ散らかされた二人分の衣類。
シャワーの音の中に甘い吐息が混じる。
泡をまとい両腕を善吉の背中へと回す江迎。
善吉に抱きしめかえされると腕の中にすっぽりと収まる。
ほどいた髪の毛を撫でられて、また泣いていたようだがシャワーのせいでわからない。
風呂上がり、善吉に髪を拭いてもらいながら江迎は一つだけお願いをした。
「あの……今夜は……携帯の電源切っておいて……」
言葉はないまま、二人寄り添い人吉の部屋へと入る。
温まった体を冷まさないように、江迎は幸せをかみしめた。
ラフレシアは世界一大きな花と言われている。
この花を初めて発見した調査隊は当初人喰い花ではないかと恐れていたが、
メンバーのラッフルズは迷信を恐れず、自ら触れることで無害であることを証明した。
江迎の腹部にできた火傷の後はまさにラフレシアのようであった。
薄い暗い部屋で、善吉の指は江迎の疵痕をゆっくりとなぞっていく。
まるで江迎のすべてを受け入れるように。
江迎も善吉の顔を確かめるように手のひらで包み込んだ。
耳たぶ、首筋、額、鼻先、唇……全部私の……私だけの……。
キスをして体温を感じていく。
善吉の指先が下腹部へと潜り込んだ。誰にも触られたことのない…初めての場所。
力が抜けていく……涙が溢れていく……幸せ…幸せ…なんて幸せ…。
ふと、頭をよぎる悲しい記憶……。
猫ちゃんもわんちゃんも……おそらくは生まれてくる自分の赤ちゃんすらも抱くことはできない。
私は死んだほうがいいんだと心から思っていた。
幸せの裏側で涙が頬をこぼれ落ちるが、それを善吉は舐めとり、驚く江迎にキスをした。
ありのままを受け入れる善吉に、江迎の心音が重なっていく。呼吸をするだびに、不安が体から抜け出ていく気がした。
静かに……静かに……夜がこんなに素敵なものだったとは知らなかった。
指を絡めあい、長い夜へと二人で溶け込んだ。
翌朝……二人の姿は枯れた桜の木の前にあった。
手をつなぎ、江迎は再び善吉にお願いをした。
「善吉くん……桜の木が治るの………もうちょっとだけ……待ってもらっても……いいかな」
お腹を撫でおろし、もう一人分の命を養うために……今少しだけ。
明るく微笑む江迎に、善吉は慌てて自分の上着をかける。
家の中へと歩きだし、人吉家の扉がしまる。
今度は二人で生きることと、新しい命を生かすと決めて。