球磨川達が転校して来て数週間が経った。  
 始めこそ江迎怒江に襲われたりもしたが、今ではそれが嘘のように感じるくらいマイナス十三組の活動は鳴りを潜めていた。  
 だが、何も変わらなかったわけではない。  
 
「むぅ……」  
 
 ここ最近、学園内で性の乱れを感じる。  
 行為そのものを目撃したというわけではないが、その名残は見つけている。コンドームだ。  
 避妊具。ゴム。スキン。サック。近藤君。家族計画。その名称、俗称は多々あれど、これは使用済みのそれに他ならない。  
 ならばその中に閉じ込められている白濁液は精液という事になる。  
 ザーメン。スペルマ。カルピス。ミルク。ケフィア。その用語、隠語は多々あれど、十中八九そうであるだろう。  
 
 これはめだかが学園内を見回った際、屋上で見つけたものだ。  
 次に見回った時も、その次に見回った時も使い捨てられたそれを発見しており、何とかせねばと人知れず調査していた。  
 性行為自体に文句を言うわけではない。塵は塵箱にというのも何億もの生命の源に対しては失礼に当たるかもしれない。  
 言いたい事はただ一つ。他所でやれ。  
 
 そして調査で浮かび上がったのはマイナス十三組『荒廃した腐花』江迎怒江であった。  
 難しい事ではなかった。このような事態は彼女達が転校して来るまでは無かったし、その上彼女がよく昼休憩の時間に屋上へ向かう姿が目撃されている。  
 相手まではわからなかったが、もしそれが球磨川であった場合は彼ら二人と対峙する事になるため、めだかにしては珍しく用心して行動していた。  
 
 屋上に向かうまでの階段を音を殺して歩み上ると、確かに重そうな扉の外からは男女の声が聞こえてくる。  
 そこでめだかは違和感を感じた。女の声はよくわからないが、男の声は聞き覚えのあるものだった。  
 そしてそれは球磨川のものではなく、もっと自分の日常に常在していた音である。  
 
「まさか」  
 
 果たしてそれは驚愕の恐怖に強制されて出た言葉か、馬鹿な想像を早々に葬送しようとする焦燥から出た言葉か。  
 何れにしろこの扉を開かなくては始まらない。問題の解決は開始しない。  
 
 緊張で強張った手で数センチ程扉を静かに押し開き、そしてめだかはそこにあった景色に安堵した。  
 
 屋上にいたのは一組の男女。彼らが恋人でもない場合一組などとまとめていいものか疑問だが、とにかく一人の男と一人の女だった。  
 男は善吉だ。人吉善吉。後姿とはいえ、十三年間も共にいる幼馴染みを見間違うはずがない。  
 そしてもう一方の女の方は、マイナス十三組『荒廃した腐花』江迎怒江ではなく、一年一組普通にノーマルな不知火半袖だった。  
 彼らは互いに親友を豪語しており、気持ちが悪いくらい仲がいい。  
 めだかは不知火と善吉が仲良くする事を快くは思っていないが、それでも江迎怒江の相手が善吉でなかった事への安心の方が大きかった。  
 
 だがそれも一時のものだった。二人の様子がおかしい事にめだかは気が付いたのだ。  
 善吉はただ胡坐を掻いているように見えるが、不知火は顔を善吉の腹部に埋めているではないか。  
 いや、腹部というよりあれは――――股間。  
 
「んっ……んんっ……んぁぁ……」  
 
 不知火からは鼻にかかったような声とじゅぷっじゅぷっという水音が聞こえてくる。  
 めだかにも性の知識は人並みにはある。部位が見えずともわかる。あれはフェラチオ。  
 フェラ。口淫。尺八。F。フェラーリ。とにかく、不知火がその小さな口で善吉の逸物を咥え込んでいるのだ。  
 
 ここに来るまでは行為中であっても出て行き注意するつもりでいたが、今は頭が真っ白で身動きをとる事が出来ずにいた。  
 
 じゅぷっじゅぷっ。じゅぷっじゅぷっ。  
 そんなめだかに構うことなく、不知火の口淫は続く。  
 
「んはぁ……善吉は優しいねぇ。江迎怒江の相手までしてあげるなんて」  
 
「相手っていうかあれはもう強姦だぞ」  
 
「あ…………え…………?」  
 
 二人の会話からすれば江迎怒江の相手も善吉という事になる。  
 江迎怒江が善吉に執着していたという話は聞いている。しかしそれでは今二人が行っているものは何なのだ。  
 強姦と善吉は言った。ならば江迎怒江との事は無理矢理で、不知火との事は望んで行為に及んでいるのか。  
 しかしそれでも、めだかには信じられない。  
 
「もうキレイになったからいいぞ。本当にお前の友情には感謝だぜ」  
 
「あひゃひゃ☆ これぐらいわけないって。でもまぁあのマイナスをなんとかするのは最難だから、災難だと思って諦めた方がいいよ」  
 
「ああ……じゃ、ちょっと遅くなったけど昼飯食いに行くか」  
 
「そーだね。昼が善吉の精液だけってのも味気ないし」  
 
「……っ」  
 
 そんな事で悩んでいるうちに二人が立ち上がり、それに反応しためだかは慌てて逃げ出した。  
 彼らが出てくる前に。彼らに見つかる前に。彼らに彼らの行為を自分が覗いていたと知られる前に。  
 そう、逃げ出した。  
 行為中であっても出て行き注意するつもりでいたはずなのに、逃げ出したのはめだかの方だった。  
 そんな中でも足音を消す事を忘れない自分が、酷く惨めに感じられた。  
 
「………………」  
 
 何所を如何通って来たのか覚えていないが、めだかは一人生徒会室にいた。  
 自分が一番自分らしくいられる場所がここなのか、それとも学園内で彼との思い出が一番色濃いのがここなのか。  
 生徒会室を選んだ理由はめだかにも知れないが、幸い部屋の中は無人だった。  
 
 心を落ち着けて、もう一度よく考えてみる。  
 善吉が誰と仲良くしようとも、それで構わない。むしろ好ましい事だ。  
 さすがに江迎との事は問題であるから対策が必要だが、不知火との事は口を挟む理由はない。  
 ただ学園内でのあの行為は注意しなければならないが。  
 
「そうだ。私は注意しなければならなかった。そうすれば……」  
 
 そうすれば、何だというのか。  
 指先が机の角に当たり、そこで初めてめだかは指先が震えている事に気付いた。  
 いや、指先ではない。右手が。いや腕が。左腕も。いや脚も。膝も肩も瞳に映る前髪の毛先も。全てが震えている。  
 寒いわけではない。ただ、酷く落ち着かない。  
 自分の何かが欠けているような、身体を何かが駆けているような。  
 欠けているものなんて幾らでもあるはずなのに。完全な人間なんていないはずなのに。  
 欠けている。何かが。何か。何が?  
 
「善吉……」  
 
 その言葉を呟いた途端、身体の震えは躍動を増した。  
 
「善吉……善吉……善吉、善吉、善吉、善吉」  
 
 そうだ。足りない。やっぱり欠けている。彼が。十三年間共にいた彼が。  
 いや違う。善吉はいる。今もめだかと共にいる。  
 ただ、遠い。  
 遠い。十三年間隣にいた彼が、今は致命的に、致迷的に、致冥的に、遠い。  
 
「善吉善吉善吉善吉善吉善吉善吉善吉善吉善吉」  
 
 めだかは思い出に縋る様に、生徒会室を見回した。  
 おかしい。善吉の姿がここにないのはおかしい。自分はここにいるのに、隣に善吉がいない事がおかしい。  
 気持ちが悪い。  
 
「あ…………」  
 
 それは神の救いの手か、悪魔の囁きか。めだかの視界に捉えられたのは善吉のジャージだった。  
 今朝生徒会室に忘れていったのか、彼の椅子に掛けられている。  
 めだかはまるでクスリの切れた麻薬常習者のような足取りで彼の椅子まで向かい、そのジャージを腕に抱き、思い切り顔を埋めた。  
 それはあくまでも個人的な欲望に従った、紙一重の行為だった。  
 
 呼吸を一つする。それだけで先程まで全身を支配していた不可解で不愉快な震えが止まった。  
 息を吸い込んだ途端、善吉の匂いが身体に満ちていったような感覚。  
 安堵する。この匂いは、感覚は、まるで生まれたばかりの赤ん坊が母親に抱かれたかの如くめだかを安心させる。  
 母親に抱かれた事などないはずなのに、そこには絶対的な安らぎを感じる。  
 ただ、それだけではない。安心したいなら母でなくとも兄でも、姉でも、友人でもいいかもしれない。  
 しかしこの熱に浮かされる様な、身体が熱く火照る様な感覚を得る手段は、善吉の匂いに包まれる他ありえない。  
 言葉では言い表せないような感覚、感情。強いて言うならば、興奮している。  
 ジャージに染み込んだ善吉の体臭に。精錬潔白な彼が学園で性行為に及んでいたという事実に。  
 めだかにとっては衝撃的であったその事実は、今や彼女の興奮を盛り立てる要素となっており、それを彼女は身体で理解している。  
 
 ――――私は変態だ。  
 
「はぁ……はぁ……」  
 
 震えの止まった左手は善吉のジャージを顔に押し付け、右手は無意識の内にスカートの中に侵入していた。  
 パンツの上から秘部を一撫でしただけで下腹部が切なく疼いた。自分でも驚く程過敏になっている。  
 直接触れたならばどれ程の快感が得られるのか。その期待だけで背筋をぞくぞくと電流が駆け巡る。  
 
「はぁっ……はぁっ、はぁっはぁっ」  
 
 めだかとて自慰の経験くらいは人並み程度にある。そしてその妄想の相手はいつも善吉だ。  
 写真などを用いるまでもなく、その姿をイメージする事が可能なまでになっている。勿論性器は小学生の時以来目にしていないので想像であるが。  
 しかし、今、善吉の私物を手に行っている自慰行為は、自室で幾度となくこなしたそれとは比べ物にならない程、気持ちがいい。  
 めだかは靴を脱ぎ、制服は乱暴にはだけて、ついでとばかりにぐしょぐしょに濡れた下着を脱ぎ捨てた。  
 善吉の机の上に四つん這いになって乗り上げ、スカートを捲った美尻を高々と掲げた。  
 その姿はまるで雄の挿入を待つ雌犬のよう。そしてそれがめだかを余計に興奮させる。  
 肛門は生徒会室の扉の方へ向いており、今誰かが入ってきたならば彼女の雌穴を二つ拝む事が出来るだろう。  
 だが、それでもいい。誰が昼休憩のこの時間に生徒会室に入って来るというのか。  
 
 それは――――善吉だ。  
 善吉が忘れたジャージを取りに来る。自分はそのジャージで自慰をしている。彼はどう思うだろうか。  
 きっと彼は驚きに目を見張り、そして興奮するに違いない。この自分と同じ様に。  
 そして自分と善吉は一つになるのだ。隣り合うより近く。不知火や江迎より近く。お互いを知覚する。それはとても素晴らしい事ではないだろうか。  
 だからこれはそのための準備だ。  
 
 まずは指を一本だけゆっくりと挿入する。そして入れた時と同じ速度で、指を引き抜き、また挿入を繰り返す。  
 股間を突く細長い指を精一杯感じるため、膣内は自然均の指を締め付け舐め上げる。  
 これが善吉の指だったなら、もう離す事はないかもしれない。それでもいいと、めだかは理性なんてすっかり弾け飛んでしまっている頭で考える。  
 善吉は永遠に自分の膣内に指を挿入し続け、二人は永遠に離れる事がない。そんな幸せな事があるだろうか。  
 指を抜き差しする動きが徐々に早まり、それと同時にブレーキが壊れたかのように、ガクガクと腰を振るわせ続ける。  
 もはや身体の制御が聞かず、無我夢中で腰を振るうだけ。それでもなお、可憐な顔立ちは損なわれる事はない。  
 薄い繊毛の下に息づく花弁は、漏らしたかのように錯覚する程に熱く潤い、小鹿のような長い太腿を伝って流れていく。  
 
「はぁっ……はぁっ、はっ、はっ、はっ、はっ」  
 
 脳髄を直接ぶん殴るような快楽がいくら叩き込まれようとも、肉欲の火照りは収まらない。  
 頬を紅潮させながら絶頂への階段をノーブレーキで駆け上る。  
 幾度も訪れる断続的な絶頂に全身の肌は桜色に染まり、瞳はうつろで焦点も合わず、数分前までとは別の意味で身体の震えが止まらない。  
 
「へぁっ、はぁっ、はぁっ、ぜんきちぃ……っはぁ、はぁっ、はぁっ」  
 
 それでも善吉のジャージだけは握り締めて決して放さず、めだかの汗と涎ですっかり染みになってしまっている。  
 いつまでも止まないめだかの興奮はべったりと浮かぶ脂汗となって表れ、その汗は直後に若雌特有の甘い香りに昇華され、生徒会室を満たしていく。  
 僅かに戻った理性の端で掛け時計の文字盤を捉えると、五限の振鈴が鳴るまであと十五分。  
 
 ――――ああ、早く来い善吉。  
 
 
おわり  
 

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