喜界島はとにかく急いでいた
その手にはギュッと携帯が握りしめられている
別にこれで誰かに連絡をしたいわけではない
ただ、今しがた使った携帯をしまう時間すら惜しいだけなのである
服に至っては水着というあられもないものである
それほどにまで喜界島の焦りは大きい
夜の道の中、普段の肺活量からは考えられない程呼吸の乱れ、汗は冷や汗も交じって普段の何倍も流れていた
(私のせいだ……、私のせいで……)
話は数分前に戻る
何カ月にも感じた『十三組の十三人』との戦い
最後にとてつもない不安が生まれたとはいえ、とにかく執行部は勝利し、喜界島はこの戦いの疲れを風呂で癒していた
自分の裸を見てまたも不安はせりあがる
傷一つないその姿を見て改めてあの『マイナス』は現実なのだと実感せざるを得なかった
『マイナス』の言葉はひたすら喜界島の心を騒がせた
その心のざわめきを無理矢理おさえこまなければどうにかなってしまいそうである
そうこうと風呂の中で1人苦しんだ喜界島の、携帯は着信を表す点滅が繰り返されていた
(何だろう?)
彼女の着信履歴にあったのは見知らぬ番号だった
ゾクッと背筋が震えた
本能がこの番号に返してはいけないと警鐘を鳴らす
だが、返さなければそれ以上に恐ろしい目に遭うと踏んだ喜界島は指を震わせながら着信履歴にある番号にコールする
{『あ、やっと出た♪』}
明瞭な声質
だが、聞き手が自殺したくなるほど後ろ暗い声だった
球磨川 禊
黒神 めだかと人吉 善吉の中学時代の先輩であり、喜界島が今日知った究極の『マイナス』そのものであった
「な、何の用……? それよりなんで私の番号を……?」
{『質問が多いなぁ』 『そうだね、まず番号のことだけど……』}
震える喜界島の声に満足したのか球磨川は心底楽しそうである
{『今日、僕は君の何を知ったでしょうか?』}
それだけで喜界島は泣きたくなった
球磨川が今日知った喜界島のこと
それは喜界島の大切な人の他ならない
「や、屋久島先輩と種子島先輩に何をしたの!?」
{『あ、その手があったか。 思いつかなかったよ』}
「え……?」
{『なぁーんて冗談冗談♪』 『君の予想は大的中だよ』}
その言葉に喜界島の視界は一瞬ブラックアウトした
縋りつきたくなるような球磨川の嘘に騙されただけに喜界島のショックはより大きい
{『で、何の用かだけどさ』 『とにかく箱庭学園のプールに来てよ』}
喜界島は地下1階で球磨川が何をしたか知っている
あの地獄を知っている喜界島の焦りが小さいはずがない
閑散とした箱には学園の敷地を縫い、ひたすらに喜界島はプールを目指した
(何であの子が……、それ以上にあの子の心のノイズは何だ?)
行橋は困惑した
下校前に2人の人間を引きずる球磨川を見かけ、彼を尾行したまでは良い
球磨川に無事気取られずにこうしてプールの倉庫で隠れることができたのも良い
だが、何故ここで喜界島が現れるのか、行橋にはわからない
都城が居るかどうかもどうやら球磨川の心を受信できるかどうかには関わらないようで、球磨川が何を考えているのかはわからない
声も遠くなんと言ってるのか聞き取れない
喜界島の心はぐちゃぐちゃに掻き雑ぜられており、うまく読み取れない
都城に連絡すべきかと行橋は考えるが、ここで電話などしたら球磨川に存在がバレかねない
結局、行橋はその様子を見守るしかなかった
プールに着いた喜界島に待ち受けていたのは地獄だった
壁に張り付けられた屋久島と種子島
そしてその横でにこやかに立つ球磨川
「『ちゃんと1人で来たね』 『ホラ、約束通り殺してはいないよ♪』 『多分意識はないけどね』」
「せ、先輩!!」
球磨川の言葉など聞こえていないのか、喜界島はわき目も振らずに2人を目指す
「『ダメだなぁ、無視は……』」
そんな喜界島の
「『イヤだよ♪』」
わき腹を球磨川は蹴り飛ばす
肺に溜まった酸素を全て吐き出してしまいそうな重い蹴りだった
抵抗の術すらなく喜界島は仰向けに倒れてしまう
そんな喜界島の腹をまたいで球磨川は座る
「『無視なんてされたら傷付くでしょ?』」
そう言い放つと球磨川は右頬に拳を打った
喜界島の目は完全に恐怖で凍りつき、抵抗の色さえも浮かばなかった
そしてそれ以上のダメージを受信した行橋は、しかし我慢をした
声を出せば球磨川に見つかる
そうなれば何をされるかわかったものではないのだから
「『しかし、また破廉恥な恰好だね』」
「はっ……? な、何言って……?」
「『いやね、僕は火種が欲しいんだよ』 『その中でも手軽だから君を選んだんだ』」
言うや否や球磨川は地下のときのように喜界島の胸に手をかける
今までにないぐらいに嫌な感触が喜界島に走る
「い、いや……」
「『まぁ、だからこそ火種として役割を果たすんだよね』」
それだけ言うと球磨川はその水着を引き裂く
急ぎ、水着しか着ていなかった喜界島は一糸纏わぬ姿となる
ここで初めて今から球磨川が行おうとすることが現実味を帯びて、喜界島に抵抗が蘇った
そんな喜界島など意に介さず球磨川は自信を取り出す
暴れても暴れても球磨川が止まる気配はない
湿度0%のその秘所に自信を押さえつけた球磨川はその腰を押し出した
「ひっ! ……、ひあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
激痛が喜界島を襲う
初めての証を奪われ、血だけが結合部から流れた
喜界島の顔は涙でぐちゃぐちゃだった
「『あぁ、ゴメンゴメン♪』 『初めてだったんだね?』 『可哀そうなことしたなぁ……、よし、償おう』」
ギリギリまで引き抜いた球磨川は見る者をマイナスな感情へと落とし込むような笑顔で
「『戻してあげるよ』」
翌朝、昨日の戦いの疲れからかめだかと人吉が登校したのは遅刻寸前であった
「早く動け!!」
何やら校舎が騒がしい
その中から聞こえる都城の怒号
「な、コレは都城三年の”言葉の重み”!? 何故だ、何故奴は”言葉の重み”を使っている!? 都城三年!!」
「黒神……、見ろ!! アレを」
めだかに振り返った都城が指差した先にあったのは都城の操る生徒の群れ、その中心の……
「な、なんなのだアレは……」
「何が起きたのかは普通なるこの俺にもわからん!! だが、確かに間違いないのは普通なるこの俺の親友が傷つけられたことだ!!」
昨日の地下のように”楔”をうたれた4人の生徒
種子島、屋久島、行橋、そして……
「喜界島ァ!!」
「馬鹿な……、喜界島会計……?」
めだかと人吉の声が、身体が、よく見れば都城も同じように震えていた
「く、球磨川ァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
怒りにめだかは吠える
それをどこか、遠くから見つめる球磨川は満足そうな笑みを浮かべた
昨日蒔いた2つの種はどうやらどちらも実をつけそうだ
戦いの種と、マイナスの種