箱庭学園生徒会には、デビルかっこいい庶務と、無駄遣いしたら売り飛ばすを掲げている会計が居る。  
それは箱庭学園に通う人間ならば知って当たり前、更に深く知っていれば物好きなレベルの情報で、だけれども今の状況はどこにも出回っていない情報だった。  
 
「ううう、うぅう!」  
「て、めえええ! きっ、喜界島、頭を冷やせええーッ!」  
 
 ぎしりと、音がする。  
競泳部のエース・喜界島もがなに組み敷かれた人吉善吉は、彼女の水の抵抗に対する抵抗のために鍛えられた腕の筋肉によって自分の手首が軋んだ音だと自覚した。  
よほど本気だということがうかがい知れて、これはデビルやべえ、と呟いた。  
もがなはまだ固く固く目を瞑ったまま、唇を善吉に押し付けようと努力している。  
もがなの掌が汗で滑り、掴んでいる箇所が手首から徐々に下がっているので、善吉の体勢は更に悪くなっていくばかりだった。  
 
「や、やめろよ! めだかちゃんじゃねえんだからッ!」  
「そうだよ! あたしは、あたしは会長さんじゃない!」  
 
 善吉は、あまりの声量に睫さえも震えた気がしたが、それさえ気にならないくらい目をかっ広げて、自分の上に馬乗りになっているもがなを凝視していた。  
先ほどまで頑なに閉じられていた双眸は開かれていたが、切なげに歪められ、その視線の先には間違いなく善吉一人しか居なかった。見  
られている――見つめられている。  
その瞳には微かに感情の色が浮かんでおり、だがしかし善吉にはそれが何色なのかは理解できなかった。  
 
 ずるりと、とうとうもがなの手が善吉の肘まで落ち込む。  
肘をもがなの全体重で押さえつけられては、いくら善吉でも身動きが取れず、もがなの唇と自分の間に割り込ませた片手ではどうにも分が悪いのは火を見るより明らかだった。  
 
「そうだ、お前はめだかちゃんじゃねえ! カッ! あんなのが二人も居て堪るかってんだ!」  
「うるさい、うるさい! 違うよ、あたしは、あたしは…!」  
 
 自分の思考が相手に伝わらないもどかしさに、もがなは眉を寄せた。  
だから行動で表現しようとしているのに、それを拒む善吉の掌が、憎たらしい。  
もう一度、唇を狙うように頭突きをかませば、またしても全力でそれを阻止してくる掌にキスをする羽目になった。  
だんだん回らなくなってきた思考で、もがなは舌を出した。  
 
「いっ!?」  
 
 ぬるり、粘着質な水音に、善吉は手を引く。  
舐められた感触に驚いたこともあるが、掌という末端神経が密集した敏感な箇所への攻撃に怯んだのも事実だ。  
だが、引いた刃ですぐさま反撃へと身を翻した。  
唇を半開きにしたまま善吉をぼんやりと見ていたもがなの腕を引っつかみ、素早くもがなを転がす。  
 
「きゃっ」  
「…っ、喜界島、いい加減に…」  
「……」  
「………」  
 
 形勢逆転してみれば、先ほどまで苦しめられていた相手が意外とおとなしいことに善吉は狼狽した。  
押し倒したもがなはポニーテールを床に散らして、嫌がる素振りも見せずに善吉を見つめていた。  
その瞳に薄く涙が張っていることに気づき、手首を離してやろうとする。  
なのに、もがなは、頬だけでなく耳までほんのりと赤くして、期待に浮かされた目で善吉を引き止める。  
 
「喜界島。冗談で済ませたかったら、俺を殴れ」  
「…」  
「俺は馬鹿だから、殴られなきゃわかんねえんだよ」  
「…」  
 
 微動だにしない。  
きっかり三秒静止した善吉は、もがながゆっくりと柔らかく目を閉じたのを確認してから、先ほどまで拒絶していた唇を、そっと自分から接触させた。  
 

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