崩壊した校舎、収まらぬ粉塵、中心に人間二名、いや、一名。
結論から言うと、黒神めだかは雲仙冥利を怒りに任せて殴り倒した。生涯二度目の感情的攻撃行動。
不知火半袖は知っている。生涯二度目の行動である事を知っている。何故か、何故か?それは、彼女が黒神めだかを嫌いだから。
「派手にやりましたねぇ。お嬢様」
いつも通りの口調。
異常に驚くのはそれを異常だと感じるからだ。それがどのような光景であれ、日常であれば誰も驚かない。あたしは黒神めだかの日
常を、否、人生を知っている。ならばこれは異常ではない。過去にも観測されたデータだ。
「……不知火か」
彼女があたしの姿を認識する。余程頭に血が昇っていたらしい。過去に声をかけるまで気付かれなかった事は無い。
「すみませんねぇ。風紀委員長止められなくて」
心にも無い謝罪をする。あそこでは時間稼ぎが必要だったのだ。委員長を止める必要は無い。何事にも結果を出すには仕込みがいる。
その為の時間稼ぎ。もっとも、仕込み無しに成果を出せる化物も目の前にいるが。
「構わんよ。貴様は十分仕事をしてくれた。ありがとう」
律儀な事だ。あたしは思う。被害を生徒会のみに軽減させたことに対する礼だろう。「いえいえこちらにもメリットがありますから」
とつい返したくなってしまう。
「私は駄目なやつだな。二度とこんな事をしないと誓ったのに、結局またやってしまった。人の役に立つ為に生きていると自負してい
るのに、暴力でしか解決出来なかった。生徒会長失格だ。善吉たちもついてきてくれないだろう」
「そーですね」
返事に対して、めだかの顔が若干の怒りと諦観に彩られる、と、次の瞬間にはそれが驚きに変わる。
「みんなも化物みたいな生徒会長は支持しても、化物の支持は出来ないってさ」
あたりはギャラリーに覆われていた。
「生徒会長が風紀委員長と超絶バトってる」と触れ回ったら、あっという間に数十人の野次馬が集まった。これだけの人数に現場を
見せれば学園内、いや近県に至るまで噂が広まるのは時間の問題だ。
「黒神めだかは化物」それは誰もが知っている情報だ。もしかしたら全国単位で知れ渡っているかもしれない。だが、どれほどの化
物かを知っている者は極僅かだ。
世界一の陸上選手とだったら仲良くなれるかもしれない。彼らも通常の人間からしたら常軌を逸した化物。しかし、彼らは人間だ。
だが、黒神めだかは恐竜だ。それもとびきり強大な肉食恐竜。仲良く出来る人間などいない。
彼女もそれに気付いていたのだろう。だから善吉に執着した。彼がいなくなったら、自分は一人ぽっちになってしまうから。
「あ……」
恐怖に染まったギャラリーを見て、めだかの表情が絶望に染まる。気付いてしまったのだろう。もうこの箱庭学園、いや、全国どこ
の高校にも自分の居場所が無い事を。
「うふうふうふふふ、あはははははっ!」
あたしは笑った。目的の達成を確信したから。
「ごめんねお嬢様。ハメさせてもらったよ」
「不知火、貴様……」
「『めだかちゃんは人を疑うことを知らないんじゃない。人を信じる事を知っているんだ!!』だっけ?愛しの善吉の言葉。本当助か
ったよ。こーんな見るからに胡散臭いあたしをここまで信じてくれてありがとね」
本当に今の今まで疑いもしていなかったのだろう。黒神めだかは、不知火半袖を、人間を敵と認識していないから。
彼女にとって幸運であり不幸。今に至るまで、その超絶スペックにより致命傷を与えられた事が絶無。
「なんで……」
「あたし言ったよね。あんたの事嫌いだって。何でか考えた事ある?」
善吉は言ってた「俺だめだかちゃんの事を一番よく知ってる」と。黒神めだかは言っていた「私には善吉が必要だ」と。
「あんたがいたら善吉はあたしのモノにならないじゃない」
初めて会った時から気に入って、でも化物女がすぐ隣に居て、彼はそいつにゾッコンで。
だったら、消しちゃうしか無いじゃない?
「そんな事の為に……」
「思い上がらないでお嬢様。あなたなんかいなくても世界は回る。この学園だって大して変わらないよ。世界の極々一部を救ったぐら
いで何様かな?あなたはバケツで海をすくえるの?全ての人を救えるの?世界を救えるの?そんなの居もしない神様にだって無理」
めだかの目に火が灯る。人を救う事を生きがいにしている彼女の、自分の為に人を陥れるあたしへの怒りだ。
「真っ向から来ればよかったろう!こんな真似、貴様の為にもならんぞっ!」
ああ、こんな状況でもあたしの為に説教か……反吐が出る。
「……みんながみんな、あんたみたいに生きられると思うなっ!」
自分でも予想外に大声が出た。いけないこれはあたしのキャラじゃない。
「生きる事は劇的だ?あひゃひゃ、みんなわかってるよそんな事。あたしだってこれでも必死なんだ。このやり方があたしの全力全開」
呆けた顔をしている。ああ、この人本当に人間じゃないんだ。
「あたしの事も、善吉の事も、人間の事も何もわかってないよ」
糸が切れたように彼女が膝をついてうな垂れる。
「さよなら、二度と会いたくない」
次の日から、黒神めだかは学校に来なかった。