これは今から終わる恋のお話。 
あるいは、始まらなかった恋のお話だと言い換えてもいい。 
本来僕には今の僕らを取り巻いている退っ引きならない状況やそうなってしまうに至った 
複雑にしてドラマティックな経緯を君たちに順繰り説明する義務があるのだろうけれど──ぶっちゃけそんなの糞食らえ、だね。 
だってどうせこの話は終わってしまう。 
もとい。 
「なかったこと」にしてしまう。 
何も残らないなら、説明するだけ無駄ってものさ。 
そう、僕らは──いや、僕は。 
これから世界を終わらせる。 
僕らの世界を。 
僕と──ひとりのお人好しで、笑った顔が可愛くて、泣いた顔も可愛くて、 
お金が好きだなんて言いながら本当のところはお金のことなんていつだって捨ておけるくらいに友達思いで、 
同じように僕のことを馬鹿みたいに真っ直ぐに想い、 
よりにもよってこの球磨川禊と、ごく普通に青春してるまっとうな高校生の男女よろしく、恋をしてくれた女の子の、 
馬鹿馬鹿しいくらいに幸せばかりだった世界を。 
 
ここから先は、そう。 
それでも、誰かの心に残ってほしい、なんて。 
まるで恋に恋する少女のように愚かしい願いの残滓さ。 
 
  
 
──これから消えゆく始まりの物語。  
 
 
「『喜界島さん』『一緒に帰ろっ☆』」 
死んだり死んだことをなかったことにしたりと慌ただしかった一日の終わり。 
中学生組を一足先に返した球磨川禊は、そんな実に軽い、普段通りのノリで喜界島もがなを誘った。 
うん、と普段通りの赤い顔で頷いて荷物を抱えるもがなと並んで廊下に出る。 
設立したての裸エプロン同盟(彼女はあまり気に入ってくれていないようだがなあなあで押し通してやった、 
名前なんか飾りです、偉い人にはわからんのです──なんてね)の話題などでそこそこに間を持たせつつ、 
いつも通りに校舎を出、帰路につく──はずだったのだが。 
「『あ、れ?』」 
不意にぶれる視界。 
何者かの襲撃か、などと思う間もなくブラックアウト。 
「…ちゃん! ……!!」 
自分を呼ぶ声が、恐ろしく遠く聞こえた。  
 
スキル「大嘘憑き」は、かつて彼が所有していたときの形そのままに復元されたわけでは決して無い。 
──という件に関しての解説は本編にて安心院なじみがサラリとしてくれていたので割愛しよう。 
果たして自身の死を「なかったことにした」あの瞬間、 
どういった不具合が一見完全に健康体として立ち上がった肉体に起きていたのかなど、禊当人にすらわかるわけがなく。 
それが致命的なエラーではなかったということだけが、この場合は大切なのだ。 
ともあれ。 
意識を取り戻して真っ先に視界に飛び込んできたのは胸だった。 
もっとストレートに言えば──喜界島さんのおっぱい。 
そして死の間際謹んで謝罪させていただいたが鷲掴んだ感触はしっかりと脳に刻みっぱなしの、 
競泳水着なんて締め付けの強いものの上から更に制服を着てもなお自己主張する立派な膨らみ越しに 
彼女の涙目が禊の顔をのぞき込んでいる。 
「……だいじょうぶ?」 
なるほどこの大変非常識なアングルからのおっぱいはつまり膝枕かあ、と 
後頭部を支える張りがありつつ柔らかい感触を思いつつ唇を開く。 
声は、若干掠れてこそいたものの、問題なく紡がれた。 
「『──おっぱい揉ませてくれたら大丈夫になると思う!』」 
目に涙を沢山溜めて、唇を引き結んで、 
今にも本当に泣き出してしまいそうな顔をしている女の子の心を和ませてあげようという 
禊流のジャパニーズジョークだったのだが。 
「……いいよ!」 
あろうことか、常日頃彼の本能だだ漏らしな言動に真っ赤になって焦ったりツッコんだりしているもがなが、 
ほぼ即答といえるような短い間のみを挟んで頷いた。 
「『えっ』」 
ここで遠慮なく両手を伸ばして胸をこねまわしていたらおそらく話はそれきりうやむやに終わっていたのだが。 
「いいよ。それで禊ちゃんが大丈夫になるならいくらでも揉めばいいよ。お金なんかとらないよ」 
別に禊はそういったことを気にして気の抜けた声を返してしまった訳ではないのだが、 
もがなは至極真剣な顔と声で禊を見下ろし、己が胸の中心をどんと叩いた。 
勿論その拍子におっぱいが余波を受けて弾んだのをきっちりと心の宝物フォルダに納めながらも 
あまりに思い詰めたその様子に禊は、 
「『喜界島さん』『……僕が「死んだ」こと』『さっき倒れたこと』『今こうしてることにもし』 
 『「私のせいだ!」なんて責任感じてるんだったら』『それはお門違いってものだぜ?』」 
そういうことなのだろう、と結論付けて、言葉を紡ぐ。 
確かにきっかけは彼女の言葉であり、彼女を守るためであり、 
彼女がそのことで思い悩み禊の行動の対価として好きなだけセクハラさせてくれることを考えているなら 
それはそれで健全な男子高校生的においしいといえばおいしいのだが。 
健全な男子高校生的に悲しくもある、と禊は思うのだ。 
気になる女の子を守って戦う僕かっこいい!という展開だったはずが、 
これでは気になる女の子に恩を売っておっぱい揉ませてもらう僕うれしい!という展開になってしまうではないか。 
いや嬉しいけども。おっぱいは揉みたいけれども。 
あくまで自分がそうしたいから、で動いた身の上としてはそうなってしまうとつらい。 
これでなかなかナイーブな質なのだ、そういうつもりで助けたとはまさか思われまいが、 
自分のちょっとした冗談が年下の女の子をシリアスに悩ませてしまったとあっては傷付くのだ。 
伸ばした手で胸ではなく頬に触れて、禊はいつもの人なつっこい笑顔を作って言った。 
「『やめてよね』『男の子はそういうこと言われると』『ケダモノになっちゃうんだよ』」 
濡れているかと思った頬は、一応は乾いていた。 
「──禊ちゃん、は……いつもそうだ…!」 
もがなは小さく呟き──次の瞬間、爆発した。 
「いっつもそう! いっっっっつも!!! 冗談にしないで! なんでもないことみたいに思わせようとしないで!! 
 平気そうに笑わないでよ!! かっこつけるものもセクハラするのも禊ちゃんの自由だけど! 私は!!」 
それなりの近距離で常識の範囲内ではあるが十分に鼓膜へのダメージが懸念されるレベルの声など出されては 
たまったものではない。 
が、まあ鼓膜破けたら破けたでなかったことにしちゃえばいいかなーくらいの楽観でもって 
もがなの慟哭に耳を傾けていた禊は、しかし次の瞬間凍り付いた。 
 
「私は!!! 禊ちゃんがなんでもなくないのになんでもないみたいに笑うのは……ッッ悲しいんだ!!!!」  
 
──なんでもなくない、なんて。 
 
──どうしてわかるのさ。 
 
──君なんかに。 
 
口に出すつもりなんてなかった。けれど喉も舌も唇も彼の思考をそのまま音声として紡いでいた。 
いやだな、喜界島さん相手に、格好悪い。 
「そんなのちゃんと見てればわかるもん」 
「『それが君の思いこみじゃないってどうして言えるのさ』」 
「それは」 
「『見てれば理解できるってんなら君は』『めだかちゃんと善吉ちゃんの歪な関係にもっと早く気付いてたはずだろ?』 
 『それが出来なかったってことは』『君の「理解」は都合のいいマボロシってことさ』」 
「そうかもしれないけど、みんなのものの考え方は私の常識なんて通用しないものばっかりかもしれないけど、でもね禊ちゃん、私は、」 
反論を拒むように早口にまくし立てて喜界島もがなは、 
「みんなの心は正常も異常も悪平等も過不可も、程度の差だけでおんなじようにできてるって思ってる。 
 だって何をどう考えるのか本当には理解することができなくなって、私と黒神さんは友達になれたもん。 
 いつもいつもかっこつけて本気か冗談かわかんないことばっかり言ってて 
 何考えて生きてるのかなんて全然わかんなくたって、私は、」 
ひとつ、息を吸って、 
「──禊ちゃんのことを、好きになれたもん」 
泣くような顔で、笑って、 
「だから、私の目で見た禊ちゃんがなんでもなくなさそうに見えたら、きっと何でもなくないんだって、ばかみたいに信じ込めちゃうんだ」 
とんでもない理屈を述べてみせた。 
 
ああ、まったくこれだから。 
 
「『……喜界島さんってさ』『ほんと──』」 
 
今自分は笑っているのだろうか。それとも無表情なのだろうか。自分はどんな感情でもって、この言葉を口にしたいのだろうか。わからないまま。 
 
「『友情キャラだよねえ──』」 
 
吐き出された台詞には、結局のところ乾いた笑いが乗っていた。 
 
空き教室に夕日が射し込んでいる。みかん色に染まる、机も何もない、少しだけ埃っぽい教室。 
その片隅で膝枕する男女。なんてロマンチックなシチュエーション。まるで少女漫画のワンシーンのよう。 
みかん色に染まった少女の顔が、またしても泣き笑いの顔に歪んで、 
「禊ちゃんの好きは、友達の好きじゃないよ」 
ゆっくりと、膝に乗せた少年の顔に近付き、重なった。 
 
「『……チューされるんだと思ったのに』」 
「……ばか」 
熱を計るように額に額を押し当てられて、ずり落ちた眼鏡が顔にぶつかって禊は笑う。 
笑って、離れてしまったもがなの顔を追いかけた指が眼鏡をくぐって涙をすくった。 
「『喜界島さん』」 
「うん」 
「『セックスしよっか』」 
「えっ」 
「『えっ』」 
そういう空気なのかと思ったが全然そんなことはなかった。 
夕日色より真っ赤に顔を染めて、これはまた怒鳴られるのだろうかと鼓膜を破かれる覚悟を固めた。 
が。 
顔全体を真っ赤にして、唇を震わせて、 
それでも今し方はっきりと恋を告白したばかりの少女は、さんざん考えを巡らせた挙げ句、 
「…………いいよ」 
はっきりとそう答えて、零れ落ちんばかりに笑った。 
 
──僕がどんな思いでいたかなんて、そんなの喜界島さんだけが知ってればいいことだよね。  
 
「じゅ、準備、できたよ!」 
教室端に打ち捨てられていたカーテンでぐるぐる巻きになったもがなに背後から声をかけられて、 
体育座りで天井のシミの数を数えていた禊は喜色満面で振り向いた。 
「『うん!』『──そのカーテンとらなきゃ準備完了ってことにはならないからね!』」 
「う……」 
きちんと畳んで壁際にそろえた自らの着衣 
──制服は勿論、ブラウスや更にその下の競泳用水着までまるっとひとそろい── 
に目をやり、意を決した顔でもがなは勢いよく我が身を守る難燃性の分厚いカーテンを引き剥がした。 
「『……おお…』」 
「うぅ……これ恥ずかしいよ禊ちゃん……」 
まさかいきなり全裸になれだなどと無体な注文などしていない。 
禊はただ、自分の着ていた学ランを手渡して 
『喜界島さんが、裸にこれ羽織ってるところが、見た〜い、な! ただし靴下は絶対に脱いじゃいやだよっ?』 
とねだっただけで、しかし、これがなかなか。 
「『いやあ』『裸学ランってエロいなあ!!!!!』」 
裸エプロンほどのえげつなさは無く、裸Yシャツほどのあざとさも無く、 
「『──そそるね!』」 
しかし白い太股がスカートではない厚い布地から伸びているという様が実に風情があった。 
「あ、そ、それは、ほめられてる??」 
「『もち!』」 
サムズアップ後両腕を広げた禊は床に座ったままで、 
もがなは普段以上に赤い顔を困惑の形にしつつ、結局床に膝をついてしなだれかかってきた。 
といっても、密着するのが恥ずかしいらしく禊の両肩に手を添えて、ほんの気持ちばかり体重をかけてきただけなのだが。 
「ど、どうすればいい、かな、あの、わ、わた、わた、た」 
強引に抱き寄せてしまうという手もあったものの、 
今にも目を回しそうなほど緊張している有様にはついそんな戦略も忘れて吹き出してしまう。 
「『……とりあえず』『深呼吸しよっか』」 
「う、うん、うん、……」 
大きく吐いて、大きく吸って、距離は少し大きくとも肺活量の多い彼女の吐息がふわりと顔に吹きかかる。 
あんまりロマンチックじゃないなあと思いながら、今度こそ禊はもがなの背中に腕を回した。 
「あぅ……」 
折り畳まれたもがなの腕の分だけの距離を置いて顔をつき合わせる。 
実はこの時点で禊も年頃の少年らしくだいぶ緊張していたのだが、 
度を超して緊張している様子のもがなの目にはおそらくいつも通りの余裕顔にしか映らなかったことだろう。 
「『目、閉じてよ』『まずはチューからでしょ』」 
「う、うん、うん」 
瞼は勿論顎にもかなりの力を込めてぎゅうっと目を瞑ったもがなの顔は 
お世辞にもキス待ち顔とは言えないほどにガチガチで、まるでげんこつを待つ子供のようだったけれど、 
一瞬だけ触れた唇はきちんと柔らかかった。 
肩を掴む手にも怯えたように力がこもる。 
鼻とか眼鏡とか、障害物に当たらない角度を探して何度か軽い口づけを繰り返した。それから、 
「んっ!」 
ああ、これこそがうぶな青少年のあこがれてやまないファーストキスの形。既に全然初めてじゃないけど。 
唇と唇がしっかりと重なりあって、内側の粘膜が軽く触れて、一瞬だけ吐息が頬をくすぐる。 
頭の中で5秒数えて、名残惜しくてもう10秒数えて顔を離した。 
これを僕のファーストキスということにしよう。既に全然初めてじゃないけど(二度ネタ)。 
禊は心に誓った。 
「ぷは…」 
完全に呼吸を止めていたもがなが大きく息を吸い、吐き出す。 
ぶっちゃけ最初に脱がしたのは「水着がないと体に力が入らない」という彼女の言を思い出しての保険だ。 
 
──だってキスでうっかり肺が破裂しちゃったり内蔵引きずり出されちゃったりしたくないもんね! 
 
人工呼吸だなんて実はだいぶ危ない橋だったと今にして思う。 
「『魚みたいだなあ』」 
「な、なんだかね、なんだか、息の仕方がわかんなくなっちゃって……」 
すうはあと再度大げさな息をし、ひとつ笑って遠慮がちに近寄る顔。 
「あのね、今のがファーストキスってことにしていいかな」 
返事の代わりに禊の方からも顔を寄せ、唇を重ねた。  
 
──結論から言って。 
「『……水着脱いでもらっておいて本当によかったなあ』」 
またしても仰向けに寝てもがなの顔を見上げることになった禊は 
まるで襲われたような真っ赤な顔に荒い息で笑っていた。 
押し倒す形に胸に乗り上げたもがなの頬が不機嫌に膨らむ。 
「だ、だって、禊ちゃんが、その、す、吸うから、私もしなきゃって、おもったんだもん……!」 
「『限度ってものがあるよねー』」 
「ううぅ!」 
膨れっ面のままのもがなの両手が禊のシャツの胸元をぎゅうと握りしめると、 
両腕に圧迫されて飛び出した胸が一層強く押しつけられる感触が大変よろしい。 
唇を合わせるだけでない本格的なキスをし出し、 
最初は禊のされるがままになっていたもがなが応じて舌を絡めたり吸ったりしてきたところ 
それが緊張のせいなのか天然なのか息を継ぐのは勿論 
下手に顔を離そうとでもすれば舌ごと持っていかれかねないほど情熱的(最大限ぼかした表現)で、 
すっかり攻守交代状態で最終的に酸欠で後ろにひっくり返った…というか 
もがなが恐らく密着しようと体重をかけてきたのを禊の方で男らしく抱き留めきれずに押し倒されてしまった。 
といった有様である。 
「『……水着脱いでもらっておいて本当によかったなあ』」 
しみじみと再度呟く。 
「お、お、おなじこと二回も繰り返すことないじゃん!」 
これ以上赤くなりようがないくらい真っ赤に染めた顔で叫ぶもがなが、しかし不意に眉を下げ、 
「……禊ちゃん、だいじょうぶ?」 
拳にしていた手を開き、指先で胸板の中心をなぞる。 
まったく、セックスしようなんて要求を出すような人間にそんな心配なんて。 
「『おっぱい揉ませてくれたら大丈夫』」 
「……ばかぁ」 
台詞に反して背中に手を回して抱き寄せる。 
「『ごめんね』」 
自然と笑みの顔が困った風に歪む。 
「……私、わかんないから。禊ちゃんがしたいようにしてくれていいよ」 
「──うん」 
手を突いて身を剥がし、小さく呟くもがなの笑顔はきっと禊の表情の鏡写しなのだろう。 
禊自身ぶっちゃけ偏ったエロ本知識しか持っておらずまっとうなリードができるかなど怪しかったものの、 
ここで頷けない男はきっと一生恋愛童貞だと勝手に思ったら自動的に唇が動いていた。  
 
──四つん這いの体勢で開いた学ランの袷から覗く肌が妙に眩しくて、リクエストは正解だったとつくづく思った。 
「……」 
「……」 
「み、禊ちゃん…」 
「……」 
「な、な、なんか、言って、よぅ……」 
「……」 
「うぅ……」 
「……喜界島さんってさぁ──」 
「うん…」 
「──水着でおっぱい苦しくない?」 
「へっ」 
「なんか……生の方が大きい気がする」 
「そ、それ、は……うぅん…まあ、水泳ではおっぱい大きいのなんてジャマでしかないし……」 
重力でこちらに向けて突き出されているという状態もあるのかもしれないな、などと 
余計なことばかり考えながら思うまま両の五指で弄ぶ立派な乳房は言うなれば三日目の水風船のようで、 
張りつめた瑞々しさと指先が浅く潜り込むほどの柔らかさが絶妙なバランスで同居したまさに神のごとき素晴らしさなものだから 
常日頃こんな素敵なものをわざわざ締め付けて過ごしているだなんて勿体無いにも程がある、と 
至極身勝手な感想を抱かざるを得ないのだがそれを全部口に出してしまわないのは何故かと言えば、 
「あ、う、うそ、嘘っ、なにしてっ…」 
おっぱいは吸うものだから、だ。 
膝を立てて身体を下にスライドさせ、絞るように両手で掴んで寄せ上げたふたつの柔肉の、まずは向かって右側、彼女にとっては左に顔を寄せ、 
「ひゃっ、あ、ぁ!」 
可愛らしく色付いて飛び出した乳首を舌で小突いた。 
「やめ、てぇ……〜〜っあ…!」 
禊の身体を上からがっちりホールドしているもがなの太股が、びくんと震える。 
制服越しに表面の柔らかい層がさざ波立つ感触すら伝わってくるほどに、大きく。 
面白くなって、更に舌先だけを使って転がすように弄る禊の一つ一つの動きにもがなは取り乱したような声を上げて身を捩った。 
その反応がやっぱり面白いから、余計に禊の行動はエスカレートして、余計にもがなの反応も大きくなって── 
「み、みそぎひゃ、ぁん、へんだよぅ、ぁ、ひぁうぅ……」 
最終的に禊は床に顔を押しつけて身を丸めるもがなの股間を無理矢理に割り開くように舐めしゃぶっていた。 
せめてもの抵抗なのかはたまた禊の身を案じているのか、 
開かれて力の入らない膝を必死に奮い立たせて彼の顔に座り込んでしまわないよう頑張っているらしいもがなの態度がまた実に健気で扇情的で、 
変なのは禊の行いがなのかそれによってどうやら必要充分なほどに股を濡らすまでに感じているらしい自らの肉体の具合がなのか 
とても気になるけれど口が塞がっていて質問できない。 
溺れちゃいそうだなあ、と冗談混じりに思った。 
愛液というものはなんだか海の味を感じさせる。 
「あああぁ、ぁ……!」 
舌先で一番感じやすい尖りを弾いた途端、もがなは激しく痙攣して膝を突っ張らせた。 
禊としては、顔に座られちゃうっていうのもそれはそれで貴重な素晴らしい黄金体験なんだろうなァ、程度にまで思っているのだけれど。 
どうやらもがなはそれだけはどうしても嫌なようで、 
股からぼたぼたと滴を溢れさせながらそれでも太ももが攣りそうな不自然な開脚姿勢を必死で保っている。 
流石に可哀想になって──あと、そろそろ堪えきれないものがあって。 
股下をくぐり抜けて解放してやると、とうとうもがなは力尽きてへなへなと床に崩れ落ちてしまった。 
「ぁ……ひゃぅ……はぁ…はひ……ひど、いぃ……みそぎちゃん、いじわる……」 
「心外だなあ、僕としては優しくしてあげてるつもりなのに」 
尻を持ち上げた姿勢のまま脱力して床にへばりついている姿を後ろから、というかなりとんでもなくいやらしいアングルの光景を記憶に刻みながら、 
恨みがましい目でどうにか自分の方に視線を寄越すもがなに当てつけるように、頬までべたべたに汚している粘液を指で掬って舐めて見せる。 
「ぅ……」 
あ、泣きそう。 
「ね……もういいかな?」 
話を変えるように明るく言って、極上の笑いを作って手を差し伸べた。 
改めて床に腰を下ろして、わざとらしく股間の腫れを主張するように脚を崩して。 
「おいで」 
別に、このまま後ろから、というのでも一向に構わなかったのだけれど、 
どうにも喜界島もがなという人間は優しくする前に少しだけ、意地悪をしたくなるタイプなのだ。 
とはいえ禊とて鬼ではないので、彼女が拒否するのなら無理強いはしないつもりでここまであれこれ致してきたわけで 
──そして結局のところ、何一つとして本気の拒絶を受けることなくこの局面にまで至り、 
「ん……」 
ことここに至っても尚、もがなは顔を真っ赤にして禊の言葉に従うばかりなのだった。  
 
「あ──……」 
第一印象は、言葉にするのなら、そう── 
「うわー……きつ…………」 
ただひたすらに、きつかった。 
エロ本みたいに処女膜がブチブチ破ける感触なんて判別できなかったし、 
エロ本みたいに貫通さえしてしまえばあとは処女でもアンアンよがるなんてことはなかったし、 
エロ本みたいに童貞でも器用に腰を動かしたりなんてできなかった。 
当たり前に不器用に、強引に繋がって、 
当たり前にぎこちなく、ほとんど抜き差しの形にできずにただただ刺激を求めて腰を揺すった。 
「ぃ、た……──ぁ……っ、うぅ…………っ」 
禊の腰に跨って揺すられているもがなはひたすらに眉をしかめ、歯を食いしばって苦痛に耐えている。 
首を振り、飛び散った涙が眼鏡のレンズに張り付く。 
立てた膝で体重を支えようとして叶わず、禊の動きに翻弄されて呻く。 
しがみつかれたシャツの背中がぎちぎちに引っ張られて首が締まった。 
冷静な思考を放棄した禊はそんなもがなの健気な努力に感じ入るものこそあれど 
決して気遣って動きを止めるような紳士的な振る舞いに走ることはなく、 
彼女の羽織った学ランの袷をより一層広げ、肩からずり落ちるか否かの瀬戸際まではだけさせ、 
水滴にまみれた眼鏡を外して傍らにやや乱暴に放って笑った。 
「すっ……げー、エロいよ、喜界島さん」 
「あ、ぅ……!」 
焦点の合っていない目で禊を見つめる顔。 
それでも顔を寄せると唇を求めて目を閉じ、応じた禊の舌を懸命にしゃぶる。 
「んん……っ、……、みそぎひゃ、…うっ、ぁ…、ひ、ひもち、ぃ?」 
随分な呂律の回らなさで必死に問うもがな自身は、とても気持ちよさそうには見えないぐしゃぐしゃの顔をしていた。 
「エロいよ」 
「そっ…れじゃぁ、わかん、ない、ぃ……!」 
「でもエロいよ、本当」 
「うぁ……!」 
ただでさえ貫通の痛みに呻いている処女には更なる激痛でしかなかろうとわかった上で、 
力一杯腰を強く引き寄せて奥の奥を目指した。 
「ひッ、……う、んぅう……!」 
張りのある太ももが苦痛に引き攣り、禊の腰をきつく締め上げる。それでも手加減などしてやれない。  
 
だって、虐げられ泣き濡れた顔をしておきながら、 
苦痛を与えている張本人の禊を真っ直ぐに見、愛おしそうに眇められる大きな瞳に射抜かれている。 
なるほど、と冷静な部分で得心する。 
これを、こんなものを向けられて、見せつけられて、 
所有欲の満たされない男など、支配欲を喚起されない男など、いるわけがない。 
──ああ。 
「うう、ふぅ、うぅ〜、っ、……っく、」 
「喜界島、さん、」 
「ん、うん、うんっ、なぁに、みそ、ぎ、ちゃん……っ」 
「……──」 
「どう、した、っの、……っあ、ん…!」 
「好き」 
「……!!」 
──好きだなあ。この子のことが。 
──そんなまっとうな感情、抱いたとこでろくなことにならないって知ってるくせにさあ。 
──思って、しまった。 
「……っぁ、あぁ、あぁぁ……」 
「好きだよ」 
「ああぁ……うあぁ……ん……」 
「好きだ」 
「ううぅ……うぁ……わたし、も……ぁ、みそぎちゃ、う、うれひぃ、よぅ…!」 
より一層涙を零しながら、すき、と絞り出すように言って、無理矢理微笑んだもがなを、 
禊は本当にとても素直に──愛おしいと、思った。 
「ね、喜界島さん、出すよ、いいよね、中に出して、いいよね……!」 
嫌だと言ったところで譲る気などなかったけれど。 
「うんっ、うんっ、いいよっ、ぜんぶっ、みそぎちゃ、の、すきにっ、してっ、いいよ…!」 
ようやっとスムーズに抽送できるようになってきたというのに、残念なことに限界だった。 
「喜界島さん、ほら、もっとぎゅってして、もっとおっぱい押しつけてっ!」 
「うあっ、んっ! みそぎひゃん……!」 
両腕でしがみつくだけでは足りないとばかりに肩口に噛み付かれる。 
布一枚越しに鈍く食い込む歯の鋭さと、布一枚越しにきつく押し付けられて潰れる乳房の柔らかさと、 
何一つ挟むことなく直接触れて挿し貫いている膣の熱さに腰が勝手な動きをする。 
まるで子宮の入り口を殴りつけるみたいな乱暴さで目茶苦茶に突き上げて、 
逃げられないようきつくきつく抱き締めて──不意に鼻先をくすぐった、薄甘いもがなの汗のにおいに止めを刺された。 
「──もがな! 膣内で出すぞ!」 
「んッ、ふッ!? ひぁッッ、あぁ……──ッ!」 
目を見開いて震えるもがなは中に出されている感覚がわかるのか、はたまた名前を呼ばれて感極まったか、 
「は……ひゃ…………ひうぅ……」 
何か言いたげに口を動かし、しかし叶わずにだらしなく涎を零し、ただ懸命に、禊の肩に顔を埋めて抱き付き直してきた。  
 
「……なかったことにしないでね」 
後始末もしないまま、二人床に直接寝転がって余韻に浸っていると、 
不意にもがなが小さく、しかしはっきりとした声で呟いた。 
「『……それは。つい中出しキメちゃったけどそれでもし妊娠しちゃってたとしてもそれでも絶対に、ってこと?』」 
「うん」 
「『……本気?』」 
「うん」 
「『ええー……困ったなあ……万が一の時はなかったことにしちゃえばいいかなあってつもりで僕、』」 
「だめだよ。絶対だめ。そんなの私が絶対ゆるさない」 
思わせぶりに腹に手を乗せて、笑う。 
「私が禊ちゃんを好きな気持ちも、えっちしてもいいって思った気持ちも、えっちしたことも、 
 全部全部大事な宝物だから、なかったことにしたら、いや」 
──いやはや。 
「……全部捨てて、また禊ちゃんひとりで不幸になろうとしたら、いやだよ。何があっても」 
「『……一緒に不幸になってくれるの?』」 
「一緒なら幸せだもん。不幸になんかならないよ」 
「『子供ってさあ……お金かかるよ?』」 
「いっぱい稼がなきゃね」 
断固とした態度で更に笑みを深くした彼女の表情にもう、何も言えない。言えるわけがない。格好つけられない。 
──なかったことにしたくない、と。本当に、心の底から思ってしまったから。  
 
 
 
だから──そんな身の程知らずな願いなんて抱いてしまったから、結局。 
最初から全部を「なかったこと」にするしか、もう立ち行かない。 
 
「……いやだよ、禊ちゃん……」 
 
──ごめんね。 
 
「いやだぁ……」 
 
──だけど他にもうどうしようもないから。 
 
「すき……」 
 
──僕も好きだよ。愛してる。 
 
「わすれたくない、よぅ…………」 
 
──大丈夫。忘れるんじゃないよ。最初から全部なかったことになるだけ。 
 
──君が僕を好きになった気持ちを、僕が君を好きになった気持ちを、 
僕たちが重ねてきた、ごく当たり前の世の中の「普通」の高校生同士みたいな恋を、 
ばかみたいに語り合った根拠のない幸せな未来予想図を、 
手を繋いだ日々を、抱き合った日々を、キスをした日々を、セックスをした日々を、 
子供の名前はどうしようなんて冗談で相談したりした日々を、 
全部全部、最初からなかったことにして、 
君と僕は生徒会でまあほどほどに仲良くやってる程度の仲で、 
僕は出会う女の子みんなにモーションかけてアドレス交換するけど結局ひとりだって恋人になんてなってくれなくて、 
僕は人吉先生が好きで、めだかちゃんが好きで、安心院さんが好きで、その他たくさんの女の子が好きで、そして君は── 
 
「『──ばいばい』」 
 
──君が、それでもまた、僕を好きになってくれたらいいのに、なんて。 
 
似合わない夢を見たことも全部、「なかった」。 
 
ことに。 
 
した。 
 
  
 
なった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
……。 
…………。 
……………………。 
 
 
 
「”もがみ”ちゃん、がいいな」 
「『……生理きたでしょ』」 
「将来の話だよ」 
「『”もが”なと”み”そぎの子供だから、もがみちゃん? 単純だなあ』」 
「もがなと禊の、最高の宝物だから。最上の、もがみちゃん。単純で、わかりやすくて、いいじゃん」 
「『なるほど──僕らの愛の結晶だ』」 
 
 
 
                                               ──どこかに消えた、僕らの夢の欠片の話。  
 

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