キーン…コーン…と、箱庭学園に響くチャイムが放課を告げた。私こと、鶴喰鴎は帰るために荷物をまとめ始める。
「んじゃ、俺は生徒会の仕事があるから。またな、バーミー」
もう荷物をまとめたらしいヒートこと、人吉善吉は私にそう話しかけてきた。
「うん、頑張ってねーヒート」
私が返事をするとヒートは早々に生徒会室へ歩いていった。会長というのも忙しいらしい。
さてさて今日の授業が終わったところで、部活にも所属していない私は本屋にでも行こうかな。別に一緒に過ごす人がいないってわけじゃないんだけどね?私はただ誰かと群れるより一人で過ごすのが好きなだけ。
私が部活に入ってないのも主にそういう理由。誰かと集団で行動するようなことは苦手なんだよ。それにほら、私が部活とか入ってあんまり活躍しちゃうと目立っちゃうでしょ?それも私の望むところじゃないしねー。
いや、本当はスポーツとかなんでもできるよ?できるできる。でもだからこそ私がどこかの部活に入って活躍したら他の部員の嫉妬を買っちゃうだろうし、それはお互いに気分よくないでしょ?私はその辺りをちゃんと理解した上で行動してるんだよ、大人だから。
そんなわけで本屋に向かおうと決めて昇降口へ歩いていくと、廊下で誰かが横から声をかけてきた。
「鶴喰ー」
「…?」
誰かと思って声が聞こえてきた方を見てみると、そこに立っていたのは贄波生煮だった。先日の漆黒宴が終わって以来なぜかずっと箱庭学園に居座っている。…なんだかんだで箱庭学園の一年生に溶け込んじゃったけど、転入の手続きとかどうなったんだろう。
よくわからない。いや私は大人だし、別にそのくらいのことをいちいち気にしたりはしないけど。まあそれはともかくとして、私に声をかけてきたのはこいつらしい。
「贄波、何か用?私これから本屋に行くんだけ、ど、お?」
私の言葉が終わる前に贄波は無言で私の手を引いて歩き始めた。
「え?ちょっと、何?」
「………」
きいてみても贄波は何も応えない。自分の用件を言葉で言うこともできないのか。まったく子どもだなあ、困ったもんだ。
しばらく手を引かれて歩いていくと、贄波は私と共に男子トイレに入っていった。………ん?え?
「あれ!?ちょっとお前、何してんの!?」
「………」
だんまりを決めこんで彼女はそのまま個室に入る。…私と一緒に。そしてそのまま扉をロックした。
「え?え?何してんの?お前何考えてんの?ここどこだかわかってるの?」
「馬鹿にするな。さすがにここが男子トイレだってことくらいわかってるよ」
やっと喋ったと思ったら、喋ったら喋ったで訳がわからない。いや、今の彼女の言葉で余計に彼女が何を考えてるのかわからなくなった。………よし、こういう時はまず落ち着こう。とりあえずもっと話を聞けば彼女が何を考えてるのかもわかるはずだ。
「…えーっと、お前、自分が女子なのに男子トイレに入ったってわかってる?」
「うん」
「なんでそんなことしてるの?」
「お前と性交したい」
訳がわからなかった。いや、言葉の意味はわかるんだけど、なんというか、脳の情報処理が追いついていないような………とにかく落ち着いて整理していくと………
「…私と性交するために私と一緒に男子トイレの個室に入ったと」
「うん」
「なんでそんなことをしたいのかな?」
「欲求不満を解消したいからに決まってるでしょ」
決まってねえよ。なんだこいつ、元々訳がわからないやつだったのにここへきて更に訳がわからない。まったく理解できないけど、こんな状況でも冷静でいられる私は我ながらすごいと思う。
「…贄波」
「うん?」
「お前、性交の意味わかってるの?」
「男が自分の性器を女の「いや説明はしなくていいから」
…こいつ、自分がいかに非常識なことしてるかわかってないのか?やれやれ、だったら私がちゃんと教えてあげないとね、大人として。
「…あのさ贄波、一つずつ言っていくと、まずお前が女子なのに堂々と私と男子トイレに入っているのはおかしいよね?しかもその理由が欲求不満の解消をしたいからっていうのもおかしい。
そもそもそういった行為は特別な関係になった相手とするものでしょ?だとしたら私を相手にしようとしてることもおかしいんじゃない?
大人として言わせてもらうけれど、お前のやってることっておかしくない部分が一つもないんだよ。欲求不満の解消なら他の方法で…」
「…私じゃ、嫌なの…?」
「!?」
突然贄波は目を潤ませて見上げてきた。え、何、こいつこんな顔するの!?あ、そういえばヒートが噛み付いた時にも目を潤ませたりしたって聞いたな…
「い、いやいやそういう問題じゃないんだって。私が嫌とかじゃなくて、ただ私は大人として…」
「大人なら困ってる人は見捨てないでしょ。私が発情しちゃって困ってるんだから助けてよ」
「………」
急に元の顔に戻って贄波は淡々と言い放った。本当、こいつのキャラは全然わからない…もう色々考えるの面倒臭くなってきた…
…まあ困ってるなんて言われちゃったら、私も突き放すわけにはいかないよね。こいつ、顔立ちも整ってるし…あ、別に私が性交したいとかそういうわけじゃないよ?
ただ私は大人として困ってる人を助けてあげようとしてるだけ、うん。もうしょうがないじゃん?こいつの求めに応じてやるしかないでしょ。
「…わかったよ、するする。してあげるよ」
「え、変態」
「結局お前はどうしたいんだよ!」
「冗談だよ」
「………」
本当にこいつは何を考えてるかわからない。悲しいことに、慣れてきてしまったけど。
「よし、じゃあやろう」
そう言ったかと思うと贄波は自分が着ている服をそれはもう手際良く脱ぎ始めた。
「は!?ちょ、え!?」
「え?何驚いてんの?脱がなきゃできないじゃん」
「いや、そうだけどいきなりそんな一気に脱ぐの!?」
「?…あ、着たまましたいとか」
「私はそんな変態じゃないんだけど!?」
「じゃ、問題ないじゃん」
話しているうちにパンツ以外の衣服を全て脱いでしまった贄波は、そういって私に抱きついて見上げてきた。うわ、胸があたって…こいつ、服を着てるとよくわからないけど、そんなにないわけじゃないのかな…
うん、多分めだ姉とかが大きすぎるんだろう。いや、別に大きい方が好きとか小さい方が好きとかそんなこだわりはないけど。
贄波はそのまま私のズボンのベルトを外しにかかる。
「んー、もう大きくなってるかな?」
「………」
棒読みでそんなことを言いながら作業のように私のベルトを外している贄波。これから性交をするというのに雰囲気もなにもあったもんじゃない。…まあ確かにこいつは雰囲気を気にするような女ではなさそうだけど。
私がそんなことを考えてるうちに彼女は私のベルトを外し終え、ズボンから私自身を取り出していた。
「おお…」
贄波は物珍しそうにそれを見て、そっと指で突ついてみたりしている。
「…先に進めてくれない?あんまりまじまじ見られるとさすがに羞恥心が湧いてくるんだけど」
「え?あ、うん…じゃあ…」
私が先を促すと贄波は恐る恐るといった様子で私のそれを口にくわえ、ちろちろと舐め始めた。
気持ちいいといえば気持ちいいけど、今までこういう経験がないことがわかるような動作だった。
私も経験があるわけではないけど。別にそれを気にしてたりはしないけどね?そんなことを気にするのは子どもだけでしょ。
「んっ…むっ…」
贄波は慣れない動作で舐め続ける。が、すぐに口を離してしまった。
「ぷはっ…無理、苦しい」
「止めるの早っ!」
なんなんだこいつ。キャラはぶれまくってるし気まぐれだし、こいつの中にしっかりと定まっているものは一つも無いんだろうか。
「じゃ、もう挿れて」
そう言って贄波はトイレの便座に座って、下着を横にずらしてすでに潤った秘部を私に晒す。
その格好はなかなかどうしていやらしいけれど、淡々とした物言いのせいでまたもや雰囲気は全く出なかった。
「はあーあ…」
呆れて溜め息をつきながらも、私は自分自身を贄波のそこにあてがう。全く、私の初めてだっていうのにここまで雰囲気が出ないなんて…
とはいえ、さっきの動作から察するにこいつも初めてなんだろう。いきなり無理に挿れたりしないで、ちゃんと優しくしてやらないとね。そういう気遣いもちゃんとできてこその大人だ。
「じゃ、挿れるよ、贄波」
「うん」
私はゆっくりと少しずつ、便座に座ったままの贄波の中に沈めていく。
思ったよりきつい…
「んっ…くっ…」
贄波も少し苦しそうだ。やっぱり初めてなのかな。…ん?その割には贄波のそこから血が出てないな…初めてだと血が出ると聞いたけれど…どういうことだろう。実は贄波には経験があったのかな。それとも別に初めてだからって血が出るわけではないのか…?
「贄波?」
「んっ…何」
「お前、初めてじゃないの?」
「…初めて、だけど?」
「ふぅん…じゃあ別に初めてだからって血が出るわけじゃないのか」
なんだ、周りの男子が騒いで口にしたような情報はどうやらアテにならないらしい。まったく、そんなデタラメを口にするだけではしゃげるなんて、やっぱり私から見て周りの男子は子どもだな。
「…出たよ」
「え?」
「血、出たの…」
「…?いや、出てないじゃん」
「…破っちゃったんだよ」
……………は?
「え、何、どういうこと?」
「…自慰してたら、勢い余って自分で膜破っちゃったの」
「なんでもっと大事にしないんだよ!」
女子にとってそれは大切にするべきものだろう!それなのに自分で破ってしまうなんて、一体こいつは何をやってるんだ!
「…私がその時なんとも思わなかったとでも思うの…」
「え、あ、いや…」
また贄波は目を潤ませた。しまった、どうやら傷付けてしまったらしい。大人としてこれはちょっとまずいかな…
「わざとやったわけじゃなかったのに…私だって、大事にしようと思ってたのに…」
やばい、ちょっと本格的に泣きそうになってる。ここは大人として、素直に謝っておくべきだろう。
「…その…ごめん、贄波…」
「本当に悪いと思ってる…?」
「う、うん…」
「じゃあ…キスしてくれたら許す…」
「……………」
いよいよどれがこいつの素の性格なのか、全くわからなくなってきた。まあそれはあとで考えるとして…ここで許してもらわないわけにもいかないよね。
「ん…」
「ん…んむ…」
私が贄波の唇にそっと口付けると、彼女は舌を私の口に入れて私の舌に絡める。それに応えるように私も舌を動かすと、彼女の口から声が漏れた。
「ん…ん、む…」
しばらくそうしたあと、そっと唇を離す。私と贄波の間に銀の橋がかかる。
「…これでいい?」
「…ん」
贄波は頷いてくれた。どうやら許してくれたらしい。やれやれ。
「じゃ、動いて…」
言われて、私が贄波の中に入ってからまだほとんど動いていなかったことに気付く。
「あ、うん」
私は返事をすると、ゆっくりと自分の腰を動かし始めた。贄波も初めてである以上、いきなり激しく動かない方がいいだろうと思ったからだ。
が、どうやら贄波はそれほど痛いわけでもないらしく、
「もっと、早く…」
とせがんでくる。その言葉を受けて私も少しずつ動きを早めると、私の快感もだんだんと強くなってくる。それは贄波にとっても同じなのか、彼女の口から
「ん…あ…んんっ…」
と甘い声が漏れ始めた。
「鶴喰…つる、ばみ…」
贄波は私の名前を呼びながら私の後ろに手をまわして抱きついてきた。動き続けながら、私も彼女を抱きしめる。
「贄、波…」
「つる、ばみぃ…」
そのまま動きを早めていくと、やがて私に限界が訪れた。
「くっ…そろそろ、出る…!」
さすがに中に出すのはまずいと思い、腰を引いて贄波の中から私のそれを抜き取ろうとする。
が、彼女がそれをさせてくれなかった。私が抜こうとしたところで、彼女は私の腰に脚を絡めて密着してきた。
「!?贄波、お前何して…!ぐっ、うっ!」
耐えきれず、私は贄波の中で達してしまう。私自身が彼女の腹の中でドクドクと脈打った。
「ん…あ…」
腹の中で熱を感じているのか、贄波が微かにまた甘い声を出す。
長い射精が終わっても、贄波は脚を絡めたまま抜かせてくれなかった。
「…中に出しちゃったよ…」
なんというか、やってしまった感がすごい。大丈夫かな、これ…
「…鶴喰」
私がそんな心配をしていると贄波が口を開いた。
「私、今日危険日だから」
「ふざけんなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
思いっきり叫んでしまった。ちょっと待てちょっと待てやばいやばいやばいやばい学校にいられなくなるじゃん、つかこれどうすればいいの…
と、私が絶望しているところで再び贄波が口を開く。
「『だからこそ』、妊娠しない」
「へ?…あ」
『逆説使い』、か。こんなところでも応用が効くのか。
ああよかった、恐らく私は今まで生きてきた中で一番肝を冷やしただろう…
「でもこういう行為を私としたんだから、鶴喰、責任とって私と付き合ってね」
「…は?」
安心したところで予想外の言葉を聞き、思わず間抜けな声を出してしまう。
「いやいや何言ってるの贄波。私はお前が欲求不満だっていうからその解消を手伝ってあげたんでしょ?」
「欲求不満とか嘘に決まってるじゃん。でも実際お前は私と性交はしたんだから、私と付き合わなきゃいけないんだよ」
堂々と嘘だと言い切りやがった。
…こいつ、最初からそのつもりだったのか…?だとしたらとんでもない方法で告白されてしまったものだ…
考えてみれば、一度も経験がないのに「性交で欲求不満を解消したい」などと言うのはおかしかったかもしれない。その時点で気付いてもよかったはずなのに、私は贄波にすっかり騙されてしまったらしい…
「…………贄波、お前は私と付き合いたくてこんなことをしたってことでいいのかな?」
「だからそう言ってるじゃん」
「……………」
本当に、本当に、つくづく、面倒なやつだと、心の底から思った。
でも考えてみたら、ここまで面倒な女子と付き合えるのは大人な対応ができる私くらいかもね。そう考えれば私も付き合ってやらないわけにはいかない、かな。
…あ、そういえば何故かこいつとは目を合わせて話してもキョドッたりしなかったな。なら会話も大丈夫だろう。
…うん、しょうがない…
「わかったよ、わかった。私はお前と付き合うよ、贄波生煮」
「当たり前でしょ、こんなことまでしたんだから」
「はいはい」
まったく、本当に面倒で、わけがわからなくて、馬鹿で…可愛いやつだ。こいつと付き合うなら、退屈することも恐らくはないだろうと思う。
「で、鶴喰」
「何?」
「このままもう一回」
「………」
私と贄波は未だ繋がったまま。まあもう一回なんて言われたら、私も応じないわけにはいかない、か。
私はもう一度彼女に口付けて、二回目に入ったのだった。
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実はこの二人のこの場面、途中からある一人の人物に聞かれてしまっていた。
「(おいおい、マジかよバーミー…)」
生徒会の仕事を予定より早く終え、用を足しに男子トイレに来たところでそれを聞いてしまったその男は、二人に気付かれずにそっと男子トイレをあとにした。
鶴喰と贄波はそのことを知る由もない。そしてその男も、そこで聞いたことを誰にも話すことは、ない。