「おはよう、球磨川君。昨日は随分と頑張ったからね、まだ寝ててもいいんだけどね。何、チェックアウトまではまだ2時間もあるんだ。何だったら朝の一発だってできる時間だぜ?」  
 ラブホテルの一室。  
 昨日の激しい交わりの疲れを微塵も見せず、いつもの調子で饒舌に語る彼女。その姿を見て、上体を起こした球磨川禊は呆れたように、わざとらしいため息をついて見せた。  
『やれやれ。君には余韻を楽しむ風情も無いのかい?昨日あれだけ僕の上での中でニャンニャン鳴いてた後とは思えないな。』  
「ああ。昨日は新しい嗜好のプレイだったからね。君の性癖に一抹の不安を覚えながらも、随分と興奮させられてしまったんだ。思いだせばまた僕の一部が潤ってしまいそうだよ。」  
 白磁のような裸体を隠そうともせず、彼女は朝とは思えない言葉をのたまう。だが、初めて体を重ねてから経った時間は、それに慣れるのには十分過ぎるものだ。  
『変わらないなぁ。君は。』  
「おいおい、それを言うならば君だってそうだ。いや、人間誰だって例外はいない。そうそう変われるような便利な存在ならば、歴史の教科書からいくつの悲劇が消えることやら。」  
 まして、と。付け加え。  
 
「あの箱庭学園での悶着から、まだたったの5年ぽっちなんだぜ?」  
 
 あの箱庭学園を巻き込んだ大騒動。  
 その騒乱終結後に彼が箱庭学園を去ってから、5年の歳月が過していた。  
 
 ジャリッと乾いた石の擦れる音。窓のない薄暗い室内にオレンジ色の明かりが灯り、それが消えると今度はニコチンとタールで汚染された紫煙が広がった。  
「やれやれ。法的に問題は無いとはいえ、君のその童顔で喫煙はいつ見ても似合わないな。しかも銘柄は『ピース』………自分の存在を自覚しながらの皮肉かい?」  
『あはは。そんなつもりはないよ?ただ、あの学園での騒動の結末に対してはそういう意味もあるかもね。』  
 言いながらも紫煙を吸い込むのをやめない。それを見て苦笑をもらしながら、安心院なじみはベッドの彼の隣へ腰掛けた。  
『平和って意味の名前のくせに、体を蝕み、しかも中毒性があるんだ。あの結末にはちょうどいいだろう?』  
「それはそうかもしれないけどさ。意外や意外、あの時の当事者の喫煙人口は君一人なんだぜ?志布志さんあたりは特に意外だったよ。」  
『彼女はああ見えて嫌煙家だからね。どうせなら日之影君あたりが似合いそうだけど。』  
 その言葉の直後、安心院の細い指が球磨川の煙草を奪い去り、自身の薄い桃色の唇に運んだ。  
 彼女とて童顔(そも外見が普遍なのだが)だというのに、何故だろう。彼女の喫煙は妙に艶めかしく、色気のあるものだった。  
『おいおい、何でも似合うってのはずるいぜ。』  
「そうかい?まぁ、煙草の話はさておこう。さっきも言ったが、まだ時間が余っていてね。このまま出てオープンカフェあたりでラブラブな朝食と洒落込むのも………ッ、!?」  
 突如、彼女の肩が震える。クチャリと水音が聞こえ、彼女の足の間に手を伸ばしていた球磨川が薄笑いを浮かべる。  
『本当に潤っちゃってたんだね。昨日のプレイはそんなに魅力的だったかい?』  
 彼女の持っていた煙草を灰皿に押し付け、小さな肩を押し倒す。  
『言っておくが、朝の一発でも、ってのも君が言ったんだぜ?』  
「ッはぁ、やっぱりまだ若いんだね。朝からこんなに元気だ。」  
 仕返しとばかりに生理現象でそそり立った彼の剛直を撫で上げ、唇から艶のある吐息をもらす。その唇を、彼の唇と重ねた。  
「………ん、ちゅっ、はぁ、んっ………煙草味のキスも、もう慣れた物だね。」  
『今更だけどさ。君は別に嫌煙家じゃあないだろうに。』  
「そりゃあさっき吸ったのを見ればわかる話だろう?まぁ、とはいえ。」  
 今度は立場の逆転だった。彼の腕を掴んで、そのままぐるりと体制を入れ替える。球磨川が上体を起こしたところで、既に安心院の頭は彼の分身と向き合っていた。  
「どうせ吸うなら、こっちかな?」  
『っ、昔より、いやらしくなったんじゃない?』  
「君がそう調教したんだろう?ん………っちゅ、んぶ。」  
 
 上目遣いをやめ、彼の分身を舐め、咥え、吸い上げる。もう慣れたもので、彼の性感帯は彼女にとっては自身の物のように理解できている。故に、球磨川は細い体を震わせ、快楽に耐えることになる。  
 と、そこで。いつもならここで彼女の胸の先端、桜色の突起に伸ばす手が、安心院の左耳に添えられた。  
「………?」  
『君も物好きというか。もう僕が君に打ち込んだ「螺子」は消え失せて久しいのに。』  
 それは、学園時代は存在しなかったもの。鈍く光を跳ね返すピアス。それも、螺子の形を模した物。  
「っぷは。おいおい、そもそもこれは君がくれたものだろう?プレゼントされた物をつけているのは呆れられることなのかい?」  
 口から肉棒をはなし、指で亀頭を責め立てながらわざとらしく拗ねて見せる。  
 安心院の言うとおり、この螺子ピアスは球磨川がプレゼントしたものだ。それを身につけて悪いことなど何もない。だが、二人の場合は、そしてこの形が少し特殊だった。  
『いや、嬉しいよ。このピアスをプレゼントした目的も果たせた気分だし。』  
 その言葉に悪い笑みを浮かべ、安心院は球磨川の息子に両手を添えた。  
「………螺子は僕等を繋ぐ象徴だった。君は案外、独占欲が強いらしい。」  
 次の瞬間。  
『ッ、はぁ………!?』  
「んぶ、ん、じゅ、じゅる、ん、んむぅ。」  
 一気に肉棒を口に含み、球磨川の弱点のみを正確に、激しく責め立てる。それも、頭を上下させるピストンのおまけつきで。その奇襲に、球磨川禊はいつも通りに敗北した。  
『でる、よ………ッ』  
「んむぅ!?」  
 口内に放たれた白濁の熱。安心院は一瞬驚いた素振りを見せるものの、その半分を口にとどめ、ペニスを口から放す。残り半分の白濁液は、彼女の整った顔に降り注いだ。ごくりと、彼女の喉が鳴る。  
 
「っぷは、昨日あれだけ出したのに、まだこんなに濃くて多いのかい。若さにも程が………ひゃ!」  
 彼女の物とは思えない可愛らしい悲鳴。理由は単純。彼女を抱きよせた球磨川の指が、彼女の弱点たる菊門に侵入したせいだ。  
『昨日出したのが残ってるおかげで、スムーズに入ったよ。』  
 言いながら指を動かせば、彼女のアナルから水音と同時に白濁液が漏れだす。昨晩の激しい交わりの中で、彼が出した子種だ。  
『相も変わらず、ここを責められると君は無力化されるからね。封印する時にもこうしておけばよかった。』  
「ひゃぁ、あ!!ん、君、がぁ!!いつも、責めるから………!!」  
 あの学園での大騒動の裏で、常に糸を引いていた人外。その面影は無く、今はただ恥部を刺激されて喘ぐ一人の少女になり果てていた。  
 ごろりと仰向けに転がされ、両足を球磨川の手が掴む。遠慮も何も無く開け広げられた股間、その下に球磨川の剛直が押し当てられた。  
「え、ちょ、ちょっと。朝からこっちかい?」  
『君がこっちの方が好きだからね。』  
 ずぶりと、抵抗も無く入りこむ肉棒。その刺激に、安心院は体をのけぞらせて声にならない声で叫んだ。一度も触れられていないはずの秘所から絶頂の潮が噴き出す。  
『あれ?もうイッちゃった?』  
「〜〜〜っ、ひ、はぁ………」  
『あはは。じゃあもっと………無理にでも鳴いてもらおうかな。』  
 球磨川が腰を動かし、その剛直が安心院の菊門に出入りする。  
 前の穴とは違った、全体を満遍なく締め付ける中。それに反して、押しつぶさんがばかりに締め付ける出口。  
 何度突いたか。体位もいつのまにか対面座位へと変わっている。自身の体重の助けもあって、さっきよりも深く侵入する肉棒に安心院のあえぎが止まることは無かった。  
「あ、はぁ、んあぁ!!く、まがわ、くん!!もっと、ゆっく………んあ!!」  
『僕もっ、もう………限界、だから、さ。』  
 安心院の懇願を塞ぐかのように、力強く口づけした刹那。その腰の動きは更に急なものとなり、叩きつけるような一撃の後。  
『ッ………!』  
「ん!?んむぅ!?〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」  
 体内に灼熱の奔流を感じ、秘所から再び潮を噴き出し。  
 安心院なじみと球磨川禊は、互いに二度目の絶頂を迎えた。  
 
「やれやれ。早朝の一発目にアナルとは。昨晩のプレイよりは一般的とはいえ、君の性癖が本当に心配になるよ。」  
『心外だなぁ。大体、そっちの方が君だって満足できるんだろう?性癖と言えばどっちもどっちさ。違うかい?』  
 そんな生々しい会話を交わしているのは、ホテルではなく、徒歩15分ほどの喫茶店。人のいない店内で朝食をとりながら、お互いの性癖について語り合う図はシュールに過ぎた。  
 コーヒーカップを置き、球磨川は黒いジャケットの内ポケットから煙草を取り出し、これまた流暢な手つきで火を付けた。  
「やれやれ、動作だけは堂に入ってるんだがね。」  
 言って安心院はサンドイッチを口に運ぶ。ちなみに彼女は今でもセーラー服を愛用していたりするのだが、今回はホテルに入る際の都合でジーンズにパーカーというスタイルになっている。  
「この後、君はどうするんだい?」  
『僕は午後からバイトがあるんだよ。フリーター青年は忙しいのさ。』  
「就職した会社の社員の心をへし折って倒産させておいて、よくもまあ。僕はこの後、懐かしい人に会いに行く予定でね。じゃあ、ここで解散かな。」  
 生々しい会話をしていたかと思えば、情事のあとの余韻も無い。この流れもいつものことではあるのだが、それを気にしないのが過負荷と人外か。  
『懐かしい人?善吉ちゃんにちょっかいでも出しに行くのかい?』  
「おや、ジェラシーかい?いやいやそれも面白そうだが、今回は学園関係者じゃない。とんだ変人でね。昔一度会っただけなんだが、狐のお面をかぶった遊び人が何やら用があるとのことなんだ。電話番号を教えたつもりもないのに、怖い世の中だよ。」  
『ジェラシーと言えばそうかもね。』  
 その言葉が予想外だったのか。コーヒーを口に運ぼうとした安心院の手が停まる。  
『そのピアスをあげた理由だって、把握しているんだろ?卒業前に告げた言葉も忘れたのかい?』  
 一瞬うつむいた球磨川の顔がもう一度あげられた時。  
 その表情は、一変していた。  
括弧つけない、そのくせ誰よりカッコいい、素顔。  
 
 
「                。」  
 
 仮面は脱いだ。  
 虚言は捨てた。  
 素顔の球磨川禊と、あっけにとられた安心院なじみ。  
 彼女が呆れたように破顔するのに、2秒とかからなかった。  
 
 
余談。  
「………よーやく帰ったか、あいつら。」  
 決して狭くもないはずの店内を狭く見せてしまう巨体。神がかって似合わないエプロンをつけた、バイト店員・日之影空洞。  
「朝っぱらから猥談かましやがって。お熱いことだ。」  
 他の店員がレジをうち終えたのを見て、彼らがいた席の食器を片づけに入る。  
「このジジイにもいい話の一つか二つ、出ないもんかねぇ。」  
 カランカランッと、聞きなれたドアのベル。しかめ面を人懐っこい笑顔に変え、振り向いた。  
「はいいらっしゃいま………」  
「あれ?日之影さん。ここでバイトしてたんですか?」  
「おひさしゅうございます。」  
 阿久根高貴と。鰐塚………もとい、阿久根処理。  
 
 その晩。居酒屋でくだを巻いて酔い潰れる日之影の姿が目撃されていたらしい。  
ちゃんちゃん。  
 
 

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