黒神めだかは人間が大好きだ。黒神めだかにとって、全人類は家族であると言い換えてもいい。
だから黒神めだかはみんなに全てを――――場合によっては自身すら――――惜しみなく与える。
黒神めだかは間違えない。黒神めだかは常に正しい。
しかし、その正しさは唯一の、無二の、絶対的な、致命的な過ちを内包している。
彼女は自分を見ていない。自分を救う対象とみなさない。
黒神めだかが自分を、自分の大切な物を惜しんだ時に。
きっと過ちのツケはやってくる。
喜界島もがみが人吉善吉を押し倒してキスを迫っていた。
それを認識したとき、黒神めだかの理性は大筋においてそのことを肯定していた。
喜界島もがみの人間性は、あの騎馬戦での衝突から理解している。トラウマを克服或いは受容した彼女が純粋な心を持った水泳選手であることは疑う余地がない。
人吉善吉に至っては言うまでもない。今や唯一の、自分を「心配」してくれるような男だ。名の示す通りの超善人。
生徒会室で、というのはいただけないものの、この二人が仲良くなることは決して悪いことではない。友愛にせよ親愛にせよ恋愛にせよ、愛は人を幸せにする。
そこまで考える一方で、黒神めだかの本能は、この事態を全力で否定していた。
その日の晩、黒神財閥の財力をそこかしこに伺わせる自室で。
彼女は、人生初の懊悩に頭を抱えていた。
喜界島会計は素晴らしい。仮に善吉と恋仲になったとしたら、きっとよい関係を築けるだろう。経済感覚十分の妻と、心配性の心優しい夫になれるだろう。
よいことだ、よいことだ、よいことだ。
「うううぅ…………うぅうぅぅうぅう…………っ!」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
――――――――善吉が取られちゃう。