浮遊感を味わった。全てのしがらみから解き放たれた様な開放感を。 
実際には真逆で、何も出来ずにただ重力にしたがって落ちているだけ。 
そうして畳の上に勢いよく叩きつけられた。 
 私は他人のために存在する、とはよく言ったもので。 
俺の幼馴染は何でも良く出来た、こと体を動かす事に関しては異常なほどに。 
そんな奴が小さい頃から鍛えているんだ。誰も勝てるわけないっての。 
決められた鍛錬をこなしてその結果を出す。 
やろーにとっちゃ当たり前の事で、出来なかった事なんて俺の記憶する限り皆無だ。 
自分では何の達成感も得られない、 
奴さんがそれを回りに求めるのは自然といえば自然なんだろう。 
代償行為か。何でもいいがそれにつき合わされるのはいい迷惑だ。 
あいつに帝王学を教えた奴は地獄に落ちればいい。 
臣民の為といって首を突っ込みかき回し、 
歯向かう者を徹底的に叩き潰した結果が、誰も逆らえず俺を従者の様に扱う女帝の誕生だ。 
 俺は生徒会長様の為に存在する訳じゃない。 
私は何も好きになれないと言った後で、私にはお前が必要だよ、ときた。 
俺が六歳の時の過ち、初めて会ったときから好きでした。というかわいらしい告白を、 
初めて……、という事は二歳からだな。 
と味も素っ気もない言葉と自信に満ちた笑顔で返して 
今の今まで引っ張り回された結果がごらんの有様だよ。 
好きではないけど一緒にいて欲しいと言われても。 
俺を抱きしめたのだって犬に餌をやる感覚なんだろうか。 
好きな人の気持ちが判らない。 
確かに見た目はいいしスタイルだってバツグンだ。 
引きずり回される事を唯々諾々と承知するのも。 
必要だと言われて舞い上がるのも。 
そういう事の表れなんだろうか、好きではないと言われたのに。 
自分の気持ちが判らない。 
何かを掴むためか照明がまぶしすぎたのか判然としないまま天に手を伸ばし、 
「めだか」 
 口の中でそう呟いた。 
 
「なんだ善吉。だらしがない」 
 寝転がっていたら無駄に張りのある声と柔らかな手に起こされた。 
俺が副会長になってからなぜか続いている柔道の朝練と共に 
――なる前に柔道同好会と面倒事があり朝練を一緒にしていた。 
肝心の同好会の奴らは早々と朝練には顔を出さなくなったが。 
別にもともと自由参加だし、めだかと乱取りなんて冗談じゃねえよなあ。実際―― 
終わってからめだかに起こされるのが日課になった。 
「この程度でへばっている様では困るぞ。副会長としてしっかりしてもらわねば。 
大体貴様が中学の時に鍛錬を怠った事が――」 
「今小言は聞きたくねえ」 
「小言では無いぞ。必要な事だ」 
「考えたい事があるんだ、後にしてくれ」 
 めだかはいつも通り真っ直ぐに俺を見てきて、俺はいつも通り顔を逸らした。 
「そうか。判った、一限には遅れるなよ」 
 そう言って上だけ羽織った胴着を脱ぎ、 
胸の部分だけ水着――グラビア撮影用とでもいった方がいい谷間を強調した物―― 
の様な制服を主張するかのように胸を張り腰に手を当て俺を一瞥してから、 
きびきびとめだかは出口に向かって歩いて行った。 
「意外な反応だね。もっと根掘り葉掘り聞くかと思った」 
「あいつはいつもあんな感じだ。後、盗み聞きすんな。不知火」 
 道場の下の窓から覗いて何をやっているんだコイツは。 
「ふーん、お互い様って感じかな」 
「何がお互い様なんだよ。俺はあいつに振り回されてばかりだぜ」 
「嬉しいくせにぃ」 
「嬉しくなんかねえ! あいつは俺の都合なんかお構いなしだ。迷惑なんだよ」 
「ヤレヤレだぜ」 
「こっちの科白だ!」 
「相変わらずだね。それより考え事って?」 
「ふん。関係ねーっての。気にすんな」 
「いいじゃん、別にさー。減るもんじゃないんだしさー。さあさあ」 
 いよいよ面倒になり無視しようと背を向けて。 
「難攻不落のお嬢様にお疲れですか?」 
 図星をつかれた。振り返れば不知火は不愉快にもにやけていやがる。 
「人吉、すぐ顔に出しすぎ」 
「……」 
「無視は良くないよ。はいかYESで答えなさい」 
「…………」 
「うんうん、若者はやっぱり悩まないとね。いい事だよ」 
「………………」 
「そんな悩みを抱えている貴方にこの不肖、不知火半袖お役に立ちます」 
「わけわかんねえ事言いやがって。暑さにやられたのか?  
大体、お前がそんな事やる必要ないだろ」 
「面白そうだから。ともかく大船に乗ったつもりで、どんとこーい」 
「オイ! ちょっと待て! 待てって言ってるだろ。おい! 
……始めにボソッと不穏な事を言いやがって。何するつもりだ、アイツ」 
 
 拝啓 生徒会長黒神めだか様。 私の親友である人吉善吉君が悩み困っています。 
どうか悩みを解決してあげて下さい。 
 
 目安箱に投書しやがった! 
だが目安箱の選別は副会長の仕事だ、詰めが甘いな。 
……放課後の生徒会活動をサボらなくてマジでよかった。 
まあ、くだらない投書はゴミ箱行きだ。 
握りつぶし振りかぶって投げる、ところで一番聞きたくない声が発せられた。 
「投書をそのように扱うな」 
「いや、くだらない悪戯だから。ごみだぜこれ?」 
「たとえくだらない悪戯でも投書は投書だ、扱いを分ける訳にはいかない。 
それは今まで貴様がしてきた事だろう。 
また、逆に其処までさせる悪戯なら是正せねばならぬ」 
 不味い、絶対に見せられん。とにかく見せられない。 
めだかはそんな俺に苛立ち、常備している扇子で口元を隠しながら溜息をついた様だった。 
「見せろ」 
 そんな簡単な言葉と仕草だけで俺は捕らわれた。 
見せられないのにめだかを否定する行動を取れない。 
みっともない位に顔を赤くしながら俯いて立っている事しか出来ない。 
「善吉?」 
 近付いて来るな。 
「善吉」 
 こっちを見るな。それ以上近付くな。 
ほらそんなに胸元が開いているから上から見放題だ、恥ずかしいんだよ。 
たおやかな手つきで俺の手を握らないでくれ。 
それは見せられない。指を開かせるな、止めてくれ。 
 唾を飲み込む音が大きく響いて、息を吐き出し、紙を見られてやっと俺は解き放たれた。 
「……悩みがあるのか」 
「ねえって、悪戯だって言っただろ」 
「本当か」 
 まるで全て見透かすの様な形のいい目と、気の強そうな眉毛と 
容赦のない小さな口が、俺を責めているみたいだった。 
「ああ」 
 問答が終わるとめだかはしばらく不知火の投書を見ていたが、 
後ろを向いて、窓の外を見ながら言った。 
「そうか。もうあがっていいぞ、後は私がやる」 
「……へいへーい。それじゃお先」 
「善吉。……いや、なんでもない。ご苦労」 
 俺はそのまま生徒会室を後にした。 
唯、何も言えない歯切れの悪さだけが残った。 
 
「お! 人っ吉くーん。一緒に帰ろうぜい」 
 ムカムカしながら歩いていると昇降口で待ち構えているような不知火に会った。 
「不知火、どういうつもりだよ。あれは」 
「おお、怖い顔」 
「真面目に答えろ」 
「まあ、歩きながら話そうか。帰るんでしょ」 
 不知火の軽い雰囲気は変わらず、すぐに校舎外に出て行ってしまった。 
そんな様子が余計に苛つかせる。 
「アレはどういうつもりなんだよ。面白そうだからって、全然面白くねえよ。笑えねえ」 
「私は面白かったよ、結構ね」 
「はあ? どこが。ってか見て――」 
「お嬢様の困った顔とか」 
「はああああぁぁぁぁ?」 
 めだかの困った顔なんて見た事ない。と言うかありえない。 
「まあいいじゃない、余は満足じゃよ。ほら帰ろう、帰ろう」 
 へらへら笑いながら俺の手を、女としても小さい両手で握り締めて引っ張ろうとする。 
 本当にしょうがねえなコイツ。 
 そんな風に呆れていたその時、校舎からすごく大きな音が、 
まるで交通事故の様な何かがぶつかった音が響いた。 
「なんだ?」 
 同意を求めるみたいに不知火の方を見て、いぶかしい気持ちになった。 
予想に反して不知火はアヒル口をして笑っている。 
「不知火? 何なんだ」 
「やっぱ面白い、余興は十分楽しめたよ。私はここまで」 
「めだかがやったって言うのか」 
「行ってみれば? お姫様かラスボスか判らないけどね」 
「後できっちり話してもらうからな」 
「いってらっさーい」 
 
 校舎の中は少しざわついた雰囲気があるものの、それも徐々に収まっている。 
生徒会室の前に来るまでには殆ど元通り、夕日の差す放課後の寂しい雰囲気に戻っていた。 
その為かなんとなく重い生徒会室の扉を開いて、俺はめだかに会った。 
西日がきつい教室に、まるで罰みたいにその光を一身に浴びている。 
綺麗な黒い髪が今は茶色に変色し、 
逆光は顔の輪郭をさらに際立たせて表情を隠していた。 
教室の隅では掃除用具入れが何かを吸い込んだのか、 
誘っているのかぽっかりと大きな穴を開けている。 
 本当にめだかがやったんだと、実際に見てもやはり信じられなかった。 
こいつは確かに暴君呼ばわりされているし容赦は無いが、 
其処にはめだかなりの理由があった。 
いつでも、理不尽な暴力なんて振るった事の無い奴だ。 
それは俺にとって酷くめだからしくない事だった。 
「善吉。帰ったのではないのか」 
 めだかの声は何処か普通でない様に聞こえる。 
普通の状況でないからそう聞こえるのかもしれない、 
どちらにせよいつものめだかの声なんて思い出せそうにもなかった。 
「いや、大きな音がしたからな。なんかあったか」 
 用具入れをしゃくってそう言った。 
「……特に何も」 
 おいおい。あのめだかが視線を合わさねえ。 
「本当に、どうしたんだ。なんかあったのか」 
「何も無いと言っている!!」 
「言わなくちゃわからねえって、そうは見えないぜ」 
 流石にこの程度でびびらないのは、付き合いの長さの賜物だな。 
「……何も言わないのは善吉のほうでは無いか」 
「は?」 
「悩みがあるなら話して欲しい。 
確かに私では何の役にも立たぬかもしれないが、其れこそ善吉の言う通り 
話してみなくては判らないのではないのか」 
「いや今、それとこれとは」 
「話を逸らすな!」 
 自然と背筋がのびた。まるで昔のめだかを見ているみたいだった。 
他人のやる事に一々口を出し、四六時中気張っていた頃のめだかを。 
「善吉、教えてくれ。私でも出来る事があるかもしれない」 
 ただ、こんな風に自信なさ気に聞いてくる事はなかった。 
自身満々でしごきを行う、それが俺の知っているめだかだ。 
こんな、俯いて俺の言葉を待つなんて事は無かった。 
そんなめだかに何を言えばいいのだろう。 
「俺は……」 
 俺はめだかに何を言いたいのだろう。 
「……善吉。ちょっとこっちに来て、そして窓の外を見てくれ」 
 そのまま言葉に従って外を見てみた。それはなんて事のない下校の風景だった。 
つるんでいたり、熱心に携帯を弄くっていたり、 
聞こえやしないけど昨日のTVの話をして、これからの予定を話して、 
さようなら、ばいばい、また明日、一緒に帰るならちょっと寄り道しよう。 
そんなありふれている光景だ。それをめだかは少し寂しそうに見つめて、 
それから目を閉じて味わうみたいに深呼吸した。 
「いい光景だな? 善吉」 
「まあ……」 
「こうして窓の外を見ているとな、ああいう事がとても羨ましくなるんだ。 
そうしてやっぱり自分はつまらない人間なのだな、とそう思う。 
ああいう事がしたくても私にはやはり無理なんだ。例えば善吉と帰ろうと思っても、 
私は何も楽しいと思えない、だから会話が出来ない。 
善吉が普段聴く様な音楽も見るTVも何も判らない、共有できる物が何もないんだ。 
そんな話ができたら一緒に登下校をしたり、帰りに嫌そうな善吉の手を引いて甘味所に 
入ったりしてな。善吉は昔からあんこが苦手だったな」 
 めだかは自嘲気味に笑ったけれど俺は笑えなかった。 
俺がいない時のめだかはどういう感じなのだろうなんて、そんな事を考えた事もない。 
結局、何かにつけ呼び出され一緒にいるという感じで、 
理由もなしにつるむ様な事はしなかった。俺は、しなかった。 
「そういう事は私には出来ないんだ。人を楽しませるような事が私には。 
人が頭を下げるの才能ではなく、努力に、だ。人は私についてこぬ。 
ついてきてくれたのは私を好きだと言った貴様だけだ。 
そう気付いてからは私もあまり首を突っ込まなくなったし、 
本当に必要な時にしか呼ばなかった。善吉が本当に嫌がる事はしたくないし、 
楽しいと思う事の邪魔もしたくない」 
 そう。呼び出された回数自体は多かったが、 
それでも四六時中一緒という事はなくなった。 
めだかは俺の事を考えていてくれていたんだ。 
それで俺の楽しい事は増えたのか、面倒事が少なくなったら増えたのだろうか。 
「だがそういう事が無理だと判っていても、善吉が連れて行かれるのを見るのはつらい。 
その上、先程のあの女は私を見て笑ったんだぞ。 
私には出来ない事をして私を馬鹿にしたんだ。 
普段は私がいない時に限って善吉にちょっかいをかけて来るくせに、こんな時ばかり。 
屈辱だ! そうだろう善吉! 物にあたるのだって仕方がない。 
さあ! 私は言ったぞ! お前の話を聞かせてくれ」 
 増えるわけが無いのだ。めだかにこんな事を言わせて、あんな風に考えさせて。 
だけれど、言ってくれて、考えていてくれた。 
俺の悩みなんて結局のところ、とどのつまりがそういう事なんだ。 
もう言う事は感じてる、正しい事はいつでも感じてる。 
 
「めだか、俺と付き合ってくれ」 
「はあ?」 
「いや、俺と付き合って欲しいかなーって」 
「私はお前の悩みを聞いているのだぞ。それを煙に巻く様にからかうな!」 
「からかってなんかいねえ! 俺はお前とそういう事をしたいんだよ。 
好きな音楽の話とかくだらない事を話して一緒に登下校して、寄り道したり、 
手を繋いだりとか色々。お前が楽しくなくても俺はしたいんだよ!」 
 言っている間にどういうわけか自分でも納得した。 
やっぱり俺はこいつの事が、めだかの事が好きなのだ。 
めだかが楽しくなくても、付き合ってもらえたら幸せだ。 
 それは酷く身勝手だけれど本当だ。 
「わ、私と一緒にいても楽しくないだろう?」 
「めだか、話を逸らしてる。お前が何も好きになれない、何も楽しくないと言っても 
俺に付き合って欲しい。好きでもない男の下らない話に」 
「う、その――」 
「めだか、改めて。俺は初めてあった時からお前が好きだ。 
お前と一緒で面倒事もそりゃ多かったけど、それでも良かったって思える。 
もっと一緒にいたい、今度は俺に付き合ってくれ」 
 やっぱり勢いだけで言っても、なんか俺が告白しているなんて実感がわかず。 
めだかって困った時はこんな顔をするんだな、って他人事みたいに思った。 
けどめだかは自信に満ちている顔が似合うと思うから、少しおどけて言ってみる。 
「……めだかちゃんは俺の事好きですか?」 
 あの頃と変わって、子供の頃にはすぐに誘い合えた事が言えない、 
渋々引き回されるだけの捻くれ者に俺はなったけれど。 
だけれどずっと好きだった。 
もっと色々考えなければいけない事、ずっとめだかを放っていたとか、 
めだかとつりあう様にしなくてはいけないとか問題は在るけれど。 
ジンジン胸が躍る様な気持ちは忘れていない。 
いつかこの、 
困った顔のまま笑おうとして歪になっているお姫様を自信に満ちた笑顔にしたい、 
心からそう思った。 
「私は好きだという気持ちが判らないんだ。善吉の事が嫌いという訳では無いぞ。 
善吉の事が、す、好きかどうか判らなくてだな。その迷惑をかけると思うし、 
だけど、その、私もそういう事をするなら善吉が良いと、 
善吉と一緒にしてみたら如何だろうって思っていたよ。その度に馬鹿な考えだとも思った。 
私はくだらない人間だ、善吉が私以外の人を好きになるのもしょうがないって思っていた。 
それでも、その、好きで誘ってくれるというなら、宜しくお願いしたいというか……。 
善吉、こんな時ばかりまじまじと見るな。いつもみたいに目を逸らせ」 
「いや照れてるめだかって初めて見た」 
「照れてなぞいない」 
「顔赤すぎ」 
「善吉には負ける」 
「俺は好きな女の前だから良いんだ。 
……更に赤くなるのは凄いな。大丈夫か?」 
「うるさい! 見るな」 
「だからってのしかかって来るなっての。 
大体散々俺がお前の事を好きだって言いふらしといて今更じゃないのか」 
「……あれは私なりの冗談だ。 
言えば何だかんだで付き合ってくれるがな、善吉がどう思っているのかは判らなかったよ」 
 それに誘ってくれないしな、なんて小声で呟くめだかは可愛かったけれど 
「兎に角離れろ、重いんだよ」 
 離れないと色々不味い、主に下半身の反応について。 
あの谷間を作る位の大きさのがだぜ? 非常に不味い。 
下着の微妙な硬さと相まって非常に素晴らしい。 
「善吉? どうしたのだ」 
 長い付き合いのせいか、言葉通りに受け取ってくれないのな。 
とりあえず離れれば気付かれる事は無いだろう。慎重に事を運べば大丈夫だ。 
「!」 
「?」 
 嗚呼、終わった。 
めだかと同時に体を動かそうとするから少し足に当たって、 
それだけならまだしも大げさに腰を引いてしまった。 
どうしようもねえ、明らかに勃ってましたの反応だ。 
「善吉、帰るぞ」 
 怒らせたかな。そう思って所在無くしていたら、手を片方をきつく握られた。 
「どうした? 手を握って帰るのではなかったのか」 
 
 下駄箱で一旦手を離してから 
「今度はこっちの手だ」と言ってくれたし怒っていないのは判った。 
街で「おお」とか、「ついに」とか言われたのもめだかは無駄に有名だしまあ我慢する。 
ただ悪い予感しかしないのは何故なんだ。 
めだかが何かに首を突っ込む時の様な雰囲気を醸し出しているのは。 
「コンビニ寄るのか。珍しいな」 
「ああ、所用があってな。貴様は用意していないだろうからな」 
「一応、何を買うか聞いてもいいか?」 
 嫌な汗しかでてこねえ。これは……。 
「もちろんこれだ。流石に私もできたら困る」 
 薄くて安心男のエチケット、だよな。ヤル時の。 
「もちろんじゃねえ!? 何でコンド――」 
 口に手を当てられた。 
「善吉うるさい。私だって恥ずかしいんだ。早く済ませてしまおう」 
 確かにこの状況は、女と手を繋いでコンビニでコンドームを買うのは、 
そういう店ならまだしもコンビニだぜ、公開陵辱だ。 
ともかく、早くここから逃げよう。 
「ありがとうございました。またお越し下さいませー」 
 俺はこいつに何を突っ込めばいいんだ?  
突っ込み所満載で、尚且つそれらが全て地雷の様な気がする。 
「とりあえずはだ、それを俺に渡すんだ」 
「ああ、そうだな。善吉が使うものだ」 
 よし、何も解決していない。 
聞いていいのか、期待していないって言えば嘘になるけど。 
けどいきなりこんな、ないわーそれはないわー。 
 そんな悶々としてたら俺の家に着いてしまった。これからなんて言えばいいんだ。 
「善吉、そんなに悩むな。早く中に入ろう」 
 そんなこいつの変わらない、 
俺に何か吹っかけてくる時の顔が何故だか俺を落ち着かせてくれた。 
「早く入ろうじゃねえよ。そんなん駄目だっての」 
「入れてくれ。頼む」 
 
 こうなる事は判っていた、判っていたんだ。 
「善吉の部屋は久しぶりだな」 
 毎度毎度、俺はこいつに逆らえないのか。この弱点はいつか直さないとな。 
「って、おい。人の部屋でいきなり脱ごうとすんな。 
いったいお前は何をやるつもりなんだよ」 
「善吉と性交をする」 
 そりゃね、確かに期待していましたよ。コンドーム買った辺りからギンギンでしたとも。 
だけど、こういう風にやるものなのか。好きか判らない男に初めてを……、 
初めてじゃねーかもしれないけどさ。だからっていきなりはさ。 
「そりゃ確かにしたいよ。今だって勃ってるけどさ。めだかはそれでいいのかよ。 
好きか判らない奴に初めて、じゃないかもしれないけど。するのって。 
いきなりこんな。体目当ての奴だったら如何するんだよ」 
「善吉」 
「……いきなり足を払うのは止めろ。確かに下に誰もいないけど安普請なんだ。 
倒されたら響くだろ」 
「私は初めてだ」 
「だったら余計に」 
 言葉を継ぐ前にめだかは、 
わざと俺の固くなった性器に自分の性器を押し付けるみたいに座った。 
その顔は見たことない位、怪しく綺麗な、妖艶なんてのが相応しい顔だったのかもしれない。 
俺はもう心臓が口から出そうで、めだかを犯したかった。 
「私は善吉に言っているんだぞ、二歳の頃から体目当てだったか?」 
 それをめだかが赦さない。息を荒くして俺は答えた。 
「俺はあの頃と違う」 
「知っている。快楽目的の性交があるのも、それも性交の目的の一つだとも思が、 
それしか求めぬ輩がいる事も知っている。 
だが、善吉は違うだろう。私の事を考えてくれている。 
それに私は性交とは字の通り交渉事だと思っているよ。 
相手をもっと理解したくて、自分を判って欲しいからするんだ。 
私を感じて欲しい。そして、善吉の好きを私に教えてくれ」 
 言いながらめだかの顔は段々近づいてきて、 
最後には二人の息がかかる位になった。それから長い事、短かったのかも知れない。 
お互いの息をからめて、視線をからめて相手の中の自分を見てた。 
本当はお互い迷ってる、 
けどそれはネガティブな事にでなく、戸惑っているだけなのだろう。 
 お互いの顔をじろじろ見合うなんて必要ない。 
少なくとも今の俺たちには必要ない。だから体の感覚に任せる事にした。 
初めに動いたのはどちらだか判らない。唇同士が触れてから、 
俺たちは馬鹿みたいにお互いの体を触りあった。肝心な所は触らず、 
頭とか、さらさらした髪を撫でて、 
驚くほど華奢な肩口を抱きしめたり、柔らかな耳をつまみ、 
俺たちの違いを確かめる遊びみたいに密やかに笑いながら気安く触りあった。 
最後には何故だかどちらが上になるか勝負をしているみたいにゴロゴロ転がり、 
だけども唇の熱さは変わらず、目をつぶって挟んだ下唇の柔らかさを堪能して、 
これがめだかの柔らかさなんだよな、そう確認するみたいに目を開ける。 
同じ様に目を開けて、微笑むめだかを見た時点で俺の負けは決まった。 
「馬鹿者め」 
「そっちもだろ、のってきたし」 
「こんなに髪の毛をぐちゃぐちゃにすると他の女には嫌われるぞ」 
 そうして髪をすきだしためだか、が作る胸の谷間に否応無しに目がいった。 
「善吉……、さわるか?」 
 格好つかないなと思いつつも、つばを飲む音が一際大きく響いた気がした。 
何となく返事をする事が情けない様に感じられて 
心臓は口から出て、モノはいきりたったまま無言で手を伸ばした。 
「下着がかな、結構硬いな」 
 さわり心地は割と現実的だ。そんな風な俺に対しめだかは大真面目な顔だった。 
「脱ごうか? それとも脱がしたいか?」 
「ん。いや、お前の服がどうなってるのか良く判らないし。俺も脱ぐから、一緒に」 
「ああ。……向こうを向いていてくれ、見るなよ」 
「へいへい」 
 一旦離れてから向こうを向いた所で何故だか冷静に、いや、寂しい気持ちになった。 
めだかを使う事はなかったが抱く事を考えなかったわけじゃない。 
なのに何がしかの達成感とかを感じる事もなく、ただ寂しかった。 
多分めだかの暖かさが消えたからなのだろう、そう思う事にした。 
そんな感情とは逆に俺の下半身は衣擦れの音を聞く度に怒張を増していくみたいだ。 
自然な反応に自嘲気味になりながら服を脱ぎ、コンドームをはめた。 
「めだか? 脱いだぞ」 
「ああ、こちらも大丈夫だ」 
 一気にやろう、そう思っていたから恥ずかしがる暇もなく直ぐにめだかに向き直った。 
「手、手前、一人で布団にくるまって!」 
「のろのろしているからだ、早くこっちに来い」 
 掛け布団で体を隠して、だけれど突き出た足と肩が扇情的な 
めだかはベッドに腰掛隣をぽんぽん叩きながらそう言った。 
なんだか馬鹿らしくなりつつも、やっぱり鼓動だけはまだ回転数を上げるみたいだ。 
 
「服の上でも判ったが。立派になったな」 
「そりゃどうも――」 
 お前も綺麗になった。なんて言えるわけがないんだ、まだ俺には。 
そんな俺をまじまじ見ながらめだかは笑った。 
「善吉、口付けを。行為の前にはするものだろう?」 
 俺も笑えた。 
 さっきしたものとは異なりお互いに舌を絡めあい。 
上の位置にいる俺の唾液がめだかにかかる事を気にせず、めだかも厭わず貪った。 
そのままめだかを押し倒す。初めて触れた裸の背中は滑らかで、 
乳房は驚く位柔らかかった。 
「どうだ? 私のは」 
 見つめためだかの目は妖しく光っていて、そんなめだかをもっと感じたいから 
目を閉じて背に手を這わせ、乳房をもみ、突起をつまんで啄ばむ様なキスをした。 
そのまま首、鎖骨とマーキングするみたいに唇をつけて、やっと胸の突起を口に含む。 
無味なそれをふやけるまで舐めたがめだかにあんまり反応がないから噛んでみる。 
「痛いから噛まないでくれ、善吉」 
 その言葉に怯んで乳首から口を離したら、頭を抱きかかえられた。 
「胸だけじゃなくて、さっきみたいにもっと色々触ってくれ」 
 言われながら撫ぜられた後頭部から力が抜ける。 
白い肌とめだかの暖かさ、確かに動いている心臓が全部俺だけのものみたいに感じられた。 
 俺はさっきしたように触った、頭、耳、肩、背中、どこも先程とは違う熱さを感じる。 
熱さに浮かされてか呼吸が荒くなる、それはめだかも。 
締まった腰周りから肉付きのいい臀部に手を回し無遠慮に揉みしだくと、 
めだかは驚いたのか荒くなった息を詰まらせ抱えていた俺の頭を引き寄せた。 
「めだか――」 
 一番興味のあるめだかの秘部を犯したくて 
太もものつけ根辺りを触りながらお伺いを立てる為に顔を上げた。 
 瞳が濡れていた。 
それだけでめだかは女なんだと思った。理由はそれだけで十分だ。 
「さわるから」 
 そう言って、少し浮き気味だっためだかの頭を寝かしつける様に口付けを交わし、 
秘裂に手を添えた。薄い恥毛に覆われた丘は柔らかい。 
閉ざされえたスリットを開いたら今までで一番の熱気と湿り気を感じた。 
 めだかは抗議するみたいに俺の口内を嬲るけど逆効果だ、どんどん触りたくなる。 
愛液を指に馴染ませる為にスリットの中を撫ぜた。十分馴染んだところでクリトリスを。 
めだかの抗議は更に激しくなってもうお互い涎でべとべとになっていた。 
お構いなしに陰核を弄って性器全体が柔らかくなってきたところでスリットの奥、 
めだかの穴に指を入れた。 
肉壷は異物の排除を試みるみたいに圧迫し、 
かといって引き抜く時にはその圧力が名残惜しげに感じる。 
こんなものに入れたらどうなるのか想像も出来なかった。 
「今のは指か?」 
「あ、わりぃ。痛かったか」 
「いや、まあ少しな。いれ――何かする時には言ってくれ。 
それでそろそろ、……その、するのか?」 
「まだもうちょっと弄らせてくれ。そうしないときついかもしれないし」 
 そう言ったらめだかは目を閉じてしまった。 
性器への刺激は好きではないのかもしれない。 
ただ濡れるのは間違いないしこの際別の液体でもいいか、なんて 
言い訳にもならないことを考えながらクンニをしようとした。 
「ん、善吉? どうした?」 
 俺が覆いかぶさっていない事に気付いたのかめだかが起き上がる気配がする。 
嫌がられるのが判っていてもやりたくなるのが変態の変態たる所以だよな。 
「な、何をしている! そんな事はしなくていい! 善吉、や――」 
 俺が舐めるのとめだかが止めろと言うのは同時だった、 
同時だったからあんな声が聞けたんだろう。 
「やぁ」 
 艶やかな女の声、後はもう荒い息づかいしか聞こえない。 
めだか、我慢してたのか? そう気付いたら止まらなくなった。 
「ぜっん……吉。やめ……」 
 俺が舐めている間にめだかが反応を返してくれる。 
ちゃんと感じてくれてるんだって事が嬉しかった。 
でもクリトリスの強い刺激だけじゃつらいかもしれない、穴の入り口を責める事にした。 
「善吉、こんなのいやだ。止めてくれないか」 
 気付いてないかもしれないけど腰浮かせといてそれは無いよな。 
大丈夫だよと意味も込めて手を上げたらしっかりと握られ抱きかかえられた。 
怖がる事なんてないのになと苦笑いして 
「めだか、舌入れるけど」 
 顔を上げたら怪しく笑うめだかに会った、これは……。 
「その必要は無いぞ」 
 首がめだかの足でロックされる、この体勢は。 
「三角締めでさっくり落ちろ、漏らすなよ」 
 その瞬間に締め上げられる首と間接が悲鳴を上げる。 
堪らずまいった、とめだかの足を二回叩いた。 
幸いすぐに開放されて落ちる様な事は無かったが少し絞まった喉が咳き込む。 
「酷いぞ、善吉」 
「いや、だってさ――」 
「反省してるなら思いっきり優しくしてくれ」 
「……ああ。具体的には何をすればいい?」 
「強く抱きしめてくれ」 
 言葉通り俺たちは対面座位で抱きしめあった。 
「もっと強く。もっと」 
 力を込めて抱きしめながらさっきの事を考えた。 
感じていたけれどそれはめだかがして欲しい事じゃなかったんだなと。 
以心伝心って分けにはいかない。でもそれでも大丈夫な気がする。 
クンニでイかせるのはまたの機会にしよう、なんて苦笑いしていたらめだかに怒られた。 
「ろくでも無い事を考えているな。馬鹿者め」 
 ちょっと悔しいから力いっぱい抱きしめた。 
「ん、ちょっと苦しい」 
 やっぱりお姫様はわがままだ。 
「私はな善吉の顔を見れて、手を握れる体勢で。……善吉が欲しいんだ」 
「俺も、俺もめだかが欲しい」 
 
「入れるぞ」 
「ああ」 
 怒張を秘口にあてがい、強く腰を押し出す。膣に入った瞬間下半身から電撃が走った。 
肉壁に刺激され直ぐにでも果ててしまいそうだ。 
それを肩口を噛んで痛みを耐えるめだかが阻止した。 
入れた刺激に邪魔されまだ怒張は全て入れていない。 
「これから残りを一気に入れるから」 
 めだかは答えない。それでも止めるなんて考えず突き入れ、 
またあの電撃の様な快感と肩口の鋭い痛みを受け俺はめだかに包まれた。 
「痛い。本当に痛い」 
「スマン……」 
「いやこちらこそだな。肩に歯形がついてしまった、すまない」 
 そう言ってぺろぺえろ肩を舐めてくれた。 
「善吉のが入っているんだな」 
 めだかは感慨深そうに下腹部を見ていたが、俺はそんな余裕が無かった。 
少し動いただけであの快感があり、中にいるだけで圧迫してくる肉壁に暴発寸前だった。 
「善吉。動いていいぞ」 
 でもよ、と言う事さえ出来そうにもない。それを判った上でめだかはもう一度言った。 
「一緒に感じてくれ」 
 めだかの望み通り、なんて白々しい。これは俺の望み。 
せめて俺がした事の結果は受け止めよう。お祈りを済ませてストロークを始めた。 
 めだかの痛みが激しいのは見てとれる、手も痛いくらいに握られて。 
それでもこの快楽は素晴らしい。一突き毎に背筋に電流が走り腰が抜けそうだ。 
快楽以外頭に入る隙間なんて無い。息を荒くして腰を振り続ける。 
そんな淫水の音がぐちゅぐちゅ響く中、登りつめていった。 
「めだかっ! でるっ!」 
 俺はめだかの最奥に腰をつきいれ、めだかは俺を逃さない様に抱きついた。 
白濁液から自分の脳みそまで流れ出ている様な感覚に身を任せながら 
俺はゴムの中に欲望を吐き出した。 
 
「めだか、大丈夫か?」 
何度かした問いにまたもめだかは答えなかった。イった直後も、後始末をしている時も、 
めだかの初めての証を見て気まずい時も、今着替え終わったときも。 
それどころか明後日の方向を見たまま顔も見れない。 
本当に困った。 
「善吉」 
「あ、ああ」 
「随分と乱暴だったが――」 
「わ、わりぃ。良すぎて余裕なくなっちまった。すまない」 
 突然めだかはこちらを振り返った。 
顔を真っ赤にして。それでも嬉しそうな。 
「私は良かったか。そうか良かった」 
「めだかこそ本当に大丈夫なのか?」 
「うん? ああ、心配は要らぬよ。善吉が良かったのであれば小事だ」 
 そう豪快に笑うめだかに聞きたい事があった。 
「なあ、めだか。お前は――」 
「なんだ?」 
「いや、やっぱいいわ」 
「? 変な奴だな」 
「それよりそろそろお袋が帰ってくるから、わりぃけど鉢合わせする前にさ」 
「珠代さんには挨拶するべきではないか?」 
「いいから。挨拶とかまた後で」 
 あの噂好きに掛かったらどうなるか判らねえ、付き合って初日でヤったとか。 
「そうか? 善吉の家の事は善吉に従うが……。うむ、ではお暇するとしよう」 
「ああ、悪いな。送っていくから」 
「そんな事はいいよ、それよりここなんだが」 
「? 階段だけど……」 
「私は今足を開くと痛いのだ、善吉のせいで」 
「どうしろとおっしゃる」 
「抱きかかえて下ろしてくれ」 
 お姫様抱っこをしろと申したか。しますけどね、俺に出来る事だし。 
 めだかは軽かった。めだかの服の下も知っているのに何故だか恥ずかしい。 
「いかかですか」 
「とりあえず敬語は似合わないな」 
「うっせーよ」 
 堪らず視線を外した、けど。 
「俺は嬉しいけどな」 
 こんなんで伝わるわけ無いよな。俺が何を嬉しいとか、 
自分だって明確には判らないんだから。 
ちらりとめだかを見てみたら、俺の胸に直接聞くみたいに耳を押し当て目を閉じていた。 
俺も何か伝わるかな、なんて柄にもなくめだかの事を考えてみる。 
顔も見ず、言葉も交わさず伝わるものって、言葉じゃ判らないけれど 
こんな時間がもっと続けばいい、そう思った。 
 思ったのに邪魔はいつも突然やってくる。玄関の開く音がした。 
「あ」 
「あ」 
「あ?」 
「珠代さんお久しぶりです」 
「あら、めだかちゃん? きれいになったわねー」 
「……」 
「善吉は挨拶もなし? それにめだかちゃんに何してるの!」 
「いえ、善吉にはいつも世話になっています。今も私がお願いしたんです」 
「背だけ大きくなってたと思ったら。やっと甲斐性も出てきたのかしら」 
「うるせーっての」 
「めだかちゃんを泣かしたら勘当するわよ」 
 無視だ無視。自分に都合の悪い事はだんまりが正しい姿勢だ。 
玄関に行ってめだかを下ろす。 
「すいません珠代さん。また後日ご挨拶に伺います」 
「そう? じゃあ、馬鹿がいない時にでも来てちょうだいな。 
めだかちゃんなら大歓迎だよ。ふぶきもそうだろうし」 
「ええ、宜しくお願いします」 
 姉貴まで加わったら地獄絵図の完成だ。 
「では、私はこれで失礼します。お邪魔しました」 
「うん、またね。ってあんたお見送りは?」 
「めだかがいらねーつったんだよ」 
「ええ。すぐ近くですから、では」 
 そう言ってめだかはあっけなく出て行った。 
「行かなくて良かったの?」 
「めだかがそう言ったんだ、是非も無いだろ」 
「あんたが行く事への是非も無いけどね。 
それよりやっと本当に、大好きなめだかちゃんとお付き合いするのー?」 
 こいつ……。母親がむかつくとはよく聞くが俺のは母親である人間がむかつく。 
六歳の時の俺に教えてやりたい、一番信用ならない人間が近くにいる事を。 
「めだかちゃんも僕の事好きだってーって、かわいく言ってきてくれたのに、 
今のあんたときたら。めだかちゃんに愛想つかされない様にするんだよ」 
「うるせえよ。判ってる。わかってるから昔の事を一々掘り返すな!」 
「ふふん、所詮私には適わないと言う事さ明智君、 
っと幸恵さんから電話だからごめんあそばせ。……もしもしー? ええ大丈夫です。 
えっ? 手を握って帰ってたんですか? あらやだ。家じゃあ――」 
 聞くに堪えない。もうこうなったら終わりだ。安息の地、二階に行くしかない。 
のろのろ階段を馬鹿笑いと共に上がって部屋の電気をつけた。 
誰もいない部屋が妙に寂しく感じる。そんな時にいきなり携帯が鳴った。 
それは一番初めにアドレスを交換してから一度も使われなかっためだかの番号で。 
「も、もしもし」 
「ああ、善吉か」 
「どうした?」 
「いや月が綺麗だったからな、窓を開けて見てみろ」 
 言われて窓を開けてみた。 
 其処には、そう、なんて言ったらいいのか。月明かりに照らされ、とても綺麗な、幼馴染の、 
黒神めだかが、おれが昔から大好きなよく知る笑顔で立っていたんだ。 
「でも丁度月を背にしているから見えないな。すまない」 
 俺はそんな事お構いなしにただただぼんやりしていた。 
「ああ、それと善吉。『もちろんだ』」 
 それだけで初めての通話は終わった。 
 それだけで火がついた。もう携帯は切れているから 
身を乗り出して大声で言う。 
「めだか! 送るから! 待っててくれ!」 
 転げるように階段を下りていく。懐かしい感覚だ。 
めだかに誘われた時、昔はいつもこんな風にして降りていた。すぐに玄関を開けよう。 
 昔からジンジン踊っていた炎に火を入れてくれた、 
昔と同じ笑みで、昔と同じ答えをくれためだかが待っている。 
 
 
「ひっと善くーん、おっはよー」 
 次の日の朝に最悪の奴に見つかった。 
「なんだよ。俺は疲れてるんだ」 
「つれないなー。昨日、後で詳しく聞かせてもらうって言ったじゃん」 
「俺が聞かせてもらうんだろうが!? いや、まあ別にもういいけど」 
「細かい事はいいから。手を握っている経緯について詳しく。 
昨日も握って帰ったらしいじゃん」 
「ちょうどいい、善吉。この女に教えてやれ」 
 俺の疲労の原因で今、手を握っているめだかが言った。 
まったくこいつは。言ったら騒がしくなるに決まっているのに。 
 だけど。 
「めだか」 
「なんだ?」 
「この女じゃなくて不知火だ、不知火半袖」 
「うむ?」 
「お?」 
「あと不知火」 
「なになに」 
「こいつは俺の――」 
 幼馴染で恋人で一緒にいると面倒ばかり増える、 
だけれどその騒がしささえめだかの事を思うといとおしい。 
「大切な人だ、名前は知ってるだろ?」 
 
 
            めだかボックスSS終わり 

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