ファミ通文庫「魔よりも黒くワガママに魔法少女は夢を見る」二次創作  
『黒白の夜想曲』(前編)  
 
 それは、奇しくも「逢魔が刻」とも呼ばれる時間帯。  
 繁華街から住宅街へと街並みが移り変わる、ちょうどその境目辺りにある寂れた雑居ビル。テナントの半分近くが放棄されたそのビルの屋上に、豹頭の異形が胸を押さえ、荒い息をつきながら立っていた。  
 「なぜだ!? 貴様、魔に属する者でありながら、我に──この地獄の大総裁たるオセに、何ゆえに刃を向ける?」  
 異形の者──悪魔オセが憎々しげな視線を向ける先には、ひとりの少女が佇んでいた。  
 年の頃は16、7歳というところだろうか。銀色の長い髪と真紅の瞳が印象的な美少女だ。その身にまとっているのは、ゴスロリ──いわゆる黒ゴス系をベースにふんだんに赤いフリルやリボンで飾られた装飾過多なミニドレスだが、少女の可憐な風貌にはよく似合っていた。  
 ただ、右手に死神の得物のような禍々しい黒い刃の鎌を持っているのが不似合いなようであり……その癖、まるで月影が実体化したような少女の妖しい雰囲気には、この上なくしっくりくるようにも思える。  
 「お生憎様。あたしは、魔族じゃなくて人間──あんたらが言うところの霊族よ」  
 「人間、だと? 脆弱な霊族の分際で、この大総裁オセに……」  
 「そのお偉い大総裁サマなら、勝手にこの世界"霊界"に来ることがルール違反だってことは百も承知してるはずよね。不本意だけど、この世界に侵入して来る魔族と神族の処罰……って言うか、処刑を任されてるのよ──あたし"達"」  
 少女の台詞が終わるのとほぼ同時に、豹頭人身の悪魔は背後から棒状の何かに貫かれる。  
 「ガ、ハッ! こ、この力は……神族の……」  
 「そうですね。神族の力の籠った"ゲイアサイル"で傷つけられては、あなた方魔族にはさぞかしお辛いでしょう」  
 見れば、いつの間にかオセの背後には光輝く棒、いや槍と思しきその武器を手にした少女が立っていた。  
 こちらの少女も、また非常に美しかった。白いドレスと波打つ金色の髪、碧い瞳といった、黒衣の少女とは対照的な色彩と清廉な空気をまといつつ、その一方でどこか彼女と通じる気配を感じさせる。  
 強引に身をよじり、白の少女の持つ槍を己が体を引き離したオセだったが、既にその身を支える気力も尽きたのか、ガクリと床に片膝を突く。  
 「魔族と言えど、苦しめるのは本意ではありませんし」  
 「そうね、ちゃっちゃと殺っちゃお、ソルインティ」  
 「ええ、わかりましたわ、セレンディアナ」  
 ふたりの少女が呼び合うその名を耳にして、オセは猫を思わせるその琥珀色の目を大きく見開いた。  
 
 「ば、馬鹿な! それでは貴様らが、あの「救聖皓輝」と「慟哭屍……」  
 言い終る前に、黒衣の少女の鎌が悪魔の豹頭を縦に両断する。  
 「──悪いけど、その呼び名、あたしキライなの」  
 「あらあら……」  
 いきなり不機嫌になった黒衣の少女セレンディアナの様子にクスクス笑いながら、白衣の少女ソルインティもキッチリ残った悪魔の身体を眩い光で焼き尽くす。  
 「ふぅ……これでお仕事完了、ですわね」  
 「ええ。ナイスタイミングだったわ、ソル」  
 セレンディアナの称賛に、頬を染めるソルインティ。  
 「いいえ、それもセレンが巧みな話術でオセの気を引いて下さればこそ、ですわ」  
 甘えるように相方の少女の胸に身を寄せるソルインティを、セレンディアナはごく自然な仕草で抱きとめつつ、その金色の髪を指先で梳る。  
 優しい手つきで髪を梳かれる感覚にうっとりしながら、目を潤ませたソルインティは、想い人の耳元で囁いた。  
 「あの……今晩はこのままウチにいらっしゃいませんか? 今日は両親は留守にしていますので……」  
 「ん、わかった。お邪魔するわ」  
 一見、ごく平静にそう答えつつ、セレンディアナもまた恋人の耳元に唇を寄せる。  
 「──久しぶりに朝まで可愛がってあげるから」  
 ふたりの少女の顔が赤く染まっていたのは沈みかけた夕陽の残照に照らされたからだけではないだろう。  
 
 * * *   
 
 あたし──望月瑠奈こと「魔法少女セレンディアナ」と、クラスメイトにして(色んな意味で)ライバルでもあった陽守此菜こと「魔法少女ソルインティ」が、どこからどう見ても百合な雰囲気漂うカップルになってるのは……まぁ、「色々あったから」としか言いようがない。  
 最大のキッカケは、魔界からオロが帰って来て3日程経った頃、あたしが憧れの機織先輩に、きっぱりすっぱりフラレたから、かしら。  
 ──まぁ、確かに、「町中で魔法少女、それも主人公のライバルっぽい黒い方のコスプレしてるうえに、ガチレズだという噂まである後輩の少女」と付き合おうと思う男は少数派だろう。  
 噂には多分に誤解が混じってはいるのだが、人間は風評と言うものを無視できない生き物だ。先輩が引いてしまうのも無理はないし、責める気はない。  
 とは言え、中学時代からの片思いの相手に、こうもアッサリ振られると、元気が取り柄のあたしでも、さすがに少なからず落ち込む。  
 そして、そんなメランコリック一直線のあたしを励まし、支えてくれたのが、誰あろう、恋敵であり魔法少女としても敵対関係にあったはずの陽守だったってワケ。  
 いや、実はその少し前──ブーネ戦のダメージから立ち直って学校に復帰したあたりから、  
陽守の雰囲気が随分変わってたんだけどね。  
 あたしと陽守は、以前はお互い本来顔を合わせるとツンケンする犬猿の仲とも言える関係だったはずなんだけど、互いに「魔法少女」という秘密を共有しているうえ、ブーネの陰謀に一致団結して立ち向かったせいか、何だか「仲間意識」みたいなものが芽生えて来たのよね。  
 
 ……わかってるわよ。単純な仲間意識(それ)だけじゃないってことは。  
 その時点では「あたしと陽守がデキてる」という噂は、根も葉もない(と言いきれないのがまた微妙だけど)デマだったんだけど、少なくとも陽守の方は、その頃からあたしを随分と意識するようになってたみたい──恋愛的な意味で。  
 あたし? あたしは……まぁ、その、素直になった陽守のことは予想以上に好印象だったし、恥ずかしそうな様子なんかは正直可愛いと思ったのも事実、かな。  
 し、仕方ないでしょ! 事件の最中は色々テンパってたけど、改めて思い返してみると……。  
 
 * * *   
 
 「セレンディアナッ!!」  
 横殴りの衝撃を受けて、あたしは彼女ともつれ合うように数メートルも転がった。  
 「大丈夫ですか、セレンディアナ」  
 彼女──ソルインティが、身体を起こしながら、心配そうにあたしの目を覗き込んでくる。  
 「う、うん……ありがと」  
 じくり、と、ソルインディの背中に回した手に、熱く滑る感触。  
 ハッとしたあたしが何かを言うより早く、ソルインティは立ち上がる。  
 「かすり傷です。それより、しっかりなさって下さい」  
 
 …………  
 
 ソルインティが身を隠すコンテナの隣りに、あたしも駆け込む。  
 「セレンディアナ……?」  
 きょとんとこちらを見返して来る彼女を、あたしは強く抱き寄せる。  
 「え……!?」  
 「──ごめん、我慢してね」  
 彼女が聞き返す暇を与えず、あたしは詰め寄るように顔を近づけて──唇を、奪った。  
 
 ソルインティは、一瞬驚きに目を見開いたものの、すぐにその瞳は焦点を失い、とろんと瞼が落ちてくる。  
 チュッ……と湿っぽい音を立てて唇が離れると、あたしの唇から彼女の半開きの口へと、細い唾液の糸が垂れて光る。  
 あたしはそのまま唇を首筋に這わせ……一気に歯を突き立てた!  
 途端に彼女の身体がビクンと跳ね、柔らかな場所貫かれる痛みに呻きを漏らす。  
 「っ!? せ、セレン、痛……! やっ……はぁ、ふぅ……ん……」  
 微かに声を上げて抵抗していたソルインティの身体から、みるみるうちに力が抜けていく。  
 しばらくして、あたしのなすがままなになった彼女からあたしは唇を離し、口の周囲の血を拭う。  
 彼女の腰に回していた手を緩め、やさしくその身体を床へと横たえる。  
 口腔内に広がる生命の味と満足感。恍惚と悦楽が、あたしの脳を痺れさせ、子宮を疼かせていた。  
 
 …………  
 
 「ソルインティ、大丈夫?」  
 あたしは駆け寄り、彼女の元に屈み込みながら聞いてみた。  
 彼女は緩慢な動きでこちらを向くけど、返事はない。  
 まだ、ダメージが残っているのかと思ったけど、そういうわけじゃないみたい。  
 何だかもぢもぢしているソルインティ。首を押さえる指の隙間からは、まだ止まっていない血が流れ、彼女の純白の衣を染めている。  
 あたしは熱に浮かされているような彼女の潤んだ瞳を覗き込みながら、自分の心臓が早鐘のように激しい鼓動を刻んでいるのを感じた。  
 
 …………  
 
 「ソルインティも修復が必要だろう。此菜、ステッキを」  
 ミサキの言葉に、陽守は弱々しく頷くと手の中のそれをミサキに返す。  
 それを受け取ったミサキは、そっと陽守の肩を押した。彼女は、眉を落としミサキを仰ぎみると──やがて振り切るように目を伏せ、あたしが差し伸べた手に向かって足を踏み出す。  
 そして、あたしの手を取ると、そのままあたしの胸に額をぶつけるように飛び込んできた。誰にもその泣き顔を見られたくないと言わんばかりに。  
 あたしは、胸をキュンと締めつけられるような感覚に襲われながら、黙って彼女の頭を撫でてあげるのだった。  
 
 …………  
 
 「痛っ……!」  
 陽守は顔をしかめて、右手の指を見ている。  
 「どうしたの?」  
 「いえ、指を引っかけて切ってしまったみたいで……」  
 「え!? ちょっと見せてみなさい」  
 「あ、いえ……」  
 彼女の声を無視して、あたしは引ったくるように右腕を掴んで引っ張る。  
 金具か何かのせいだろうか。大怪我ではないけど、結構深く切れてしまったらしい。血が溢れて珠になり、見る見るうちに赤い流れとなって滴り落ちる。  
 あたしは陽守の指に唇を近づけ、傷口にそっと吸いついた。  
 「っ……る、瑠奈さ……」  
 「いいから。ほら、こっちにも垂れてる。制服についちゃうわよ」  
 手の甲を伝って袖口まで流れている血の雫を舌で舐め取る。  
 くすぐったそうに吐息を漏らした後、彼女はあたしの頬にもう一方の手を優しく当てる。  
 そのままの姿勢であたし達はしばし見つめ合った。  
 あの夜の記憶が──陽守の柔らかな唇の感触が脳裏に甦る。  
 
 * * *   
 
 「うぼぁーーーー!」と思わず脳内で奇声を発してしまう。  
 こうやってよく考えてみたら、あたし、此菜=ソルインティとフラグ立て過ぎだ。  
 失恋の事がなくても、あたしと此菜はおそらく遠からず今みたいな関係になってたんじゃないだろうか。  
 「ま、まぁ、いまさらよね」  
 それに、あたしとしても今のふたりの関係に不満があるわけじゃないのだ。  
 
 教室であたし達の噂がヒソヒソ囁かれている時、毅然とした態度で「ええ、その通りです。私と瑠奈さんは恋人同士ですけど、それが何か?」と此菜が宣言してくれた時は、恥ずかしいのと同じくらい嬉しかったし。  
 不思議なもので、あたし達が「関係」を公に認めると、意外な程悪い噂は聞こえなくなった。  
 どうやら「魔法少女とそのライバルが、一期の途中ないし終盤で和解し、以後親友になるのがお約束」──という噂が流れたみたい。そう言えば「天元少女スパイラルななな」とか「フレッシュ! プラナリキュア」とかでも、そんな流れだったっけ。  
 「もっとも、あたしと此菜は親友と言うより恋人なんだけど」  
 「? 何かおっしゃいました?」  
 あたしの独り言に、此菜が振り返る。  
 「あ、ううん。なんでもないわよ」  
 たぶんちょっと締まりのない笑みを浮かべていたであろう顔を、あたしは慌てて引き締める。  
 「じゃあ、お邪魔しまーす!」  
 此菜に招き入れられて、あたしはちょっとした豪邸である陽守家に足を踏み入れた。  
 今夜は、久しぶりに彼女と共に過ごせる夜と言うことで、自分でも少なからずワクワクしているのがわかる。  
 いやいや、焦るなあたし。思春期の男子中学生じゃあるまいし。  
 そう思いつつも、自然と視線が此菜の華奢なうなじに引き付けられてしまうのは……うん、恋人なんだもん、仕方ないわよね。  
 それもこれも、こんなに魅力的な此菜が悪いッ!  
 「きゃっ! る、瑠奈、さん……」  
 あたしは辛抱しきれずに、背後から此菜の身体を抱きしめてしまうのだった。  
 
-後編につづく-  
 

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