みんなでレッスン! 〜前編〜  
 
 翌朝。いつものごとく紅羽によるプロレス技のミラクルコンボを頂戴して起床。  
身体の節々から少し軋みを感じるが、まあこれも毎朝のこと。きっと登校中に回復する  
だろうさ。  
「それにしても。昨日のアレ……本当に夢だったのか?」  
 部活から帰って来た紅羽にも訪ねてみたが、  
「あははは、一体兄さんは何を言ってるのやら」  
 と、何故か乾いた笑いを上げて自室へと戻ってしまった。きっと俺が変な話を始めて  
しまったので呆れたんだろう。それと紅羽も覚えがないと言っている事だし、結局は  
俺の夢と言う事で間違いないのだろう。それにいつまでもあんな夢の事を引っ張っていて  
も仕方ない。もうこの事はきっぱりと忘れる事にしてしまおう。  
 そんな問答を頭の中で繰り広げながらも毎朝の登校コースをきちんと歩んでいた俺の  
視界に、一台の車の姿が映りこんだ。おっと、いつの間にかかなり学校の近くにまで  
来ていたようだ。  
 その車は、黒塗りの如何にもお金持ちが乗っていますよ、と言わんばかりの高級車  
だった。そして、その車の持ち主に少しながら心当たりがある。  
「あれって確か涼月のところの車だよな」  
 過去に何度か見た事がある。そもそもこの辺りでアレほどの車を乗り回している家柄  
なんてものは、他に思い当たる節が無い。  
 そんな事を考えながらその車の横を通り抜けようとした、その瞬間。まるで狙っていた  
かのように後部座席のドアが開いた。タイミング的に俺を待っていたのだろうか?  
「あら、おはようジローくん。早速なのだけれど、今日はあなたにプレゼントがあるのよ」  
 案の定、車の中から現れたのはデビルお嬢様、もとい涼月奏お嬢様だった。正直この  
展開は想像していたので、顔色一つ変えないまま彼女の問いかけに応えた。  
「プレゼント? こんな急にどうしたんだ?」  
 涼月からそんなものを貰う心当たり何てモノは全くない。プレゼントと聞いて喜ばない  
人はあまり居ないだろうが、相手はあの涼月奏だ。どんな危険なモノ(特に俺の精神上)  
が入っているのか判ったもんじゃない。  
「でも、今ここで『はいっ』って手渡ししちゃったらおもしろ……もとい、ありがたみが  
全く無いわね。そうだ、ジローくん。今日の放課後、保健室に来て。そこであなたに  
とって、とっても『イイモノ』あ・げ・る♪」  
 ばちっ、とまるで舞台に立つアイドルが客席のファンに向かってしているかのような  
見事なウインクを俺に飛ばした涼月は、  
「それじゃ、また教室でね」  
 と何事も無かったかのように再度車を走らせて校舎へと向かっていった。  
 
 ちなみに、周りに居た同じく登校中の男子生徒数人は、先程の涼月の魔性のウインクに  
心を奪われてしまったようだ。ただのウインクでこれほどの人数の心を鷲づかみに  
するとは、学園の男子憧れのお嬢様の面目躍如、と言ったところか。  
 それに対して俺の心の内はどんよりとした曇り空。数ヶ月前までだったら俺もあいつ達と  
同じようにほんわかと良い気分に浸れていたのだろうか。羨ましい限りだよな、全く。  
「ジロー。そんなところでボーっと立っていると遅刻するぞ」  
 聞き覚えのあるハキハキとしたアルトボイス。その声の方を向くと、いつの間にか俺の  
真横に執事姿の美少年こと近衛スバルが立っていた。さっきの涼月の車に同乗していたの  
だろうが、それをわざわざ降りたらしい。  
「と、ところでジロー……少し、き、聞きたい事が、あるんだが」  
「ん? どうしたんだ、そんなに改まって」  
 今更そんな堅くなるような間柄ではないだろうに。  
「ジロー! き、昨日は……お嬢様と……ううん、やっぱり何でもない! 何でもないぞ!   
今のは聞かなかったことにしてくれ! あ、お嬢様が行ってしまわれたではないか!  
これは後を追いかけないといけないな! それじゃあ、ジロー。また教室で!」  
「あ、ああ……」  
 何故か一人で勝手にテンパってそのまま何処かに行ってしまった。自分で車を降りた  
癖になにをやっているんだか、あの執事様は。全く、今朝の紅羽といい今の近衛といい  
何だか様子がおかしい気がする。  
「でもさっきの涼月はいつも通りだったしなぁ。結局俺の気のせいってこと何だろうか」  
 一応気になるから昼休みにでも近衛に聞いてみるとするか。それに、さっき何か言いかけてたことも気になるしな。  
 不意に、背後で急ブレーキがかかる音が響いた。恐る恐る振り返ってみると、数ヶ月前  
に人身事故を起こされたスクーターと、それに跨ったままのドライバーが俺を睨むように  
立っていた。  
「そんなところにぼけーっと突っ立ってると危ないわよ、バカチキ」  
「おう、悪い悪い。マサムネ、おはよう」  
「お、おはよう……何、どうしたの? 変に素直じゃないの。気持ち悪いわね」  
 怪訝そうな顔をしながらそう毒づくマサムネ。失敬な。俺はいつだって素直な行動を  
心がけているのだ。  
「……いや、何でもない。早く教室行かないと遅刻になっちまうな。急ごう」  
「言われなくても分かってるわよ!」  
 そうして俺達も我が学び舎へと急いだのだった。  
 
 
―――時は流れ放課後である。  
 結局、昼休みに近衛に話を聞くことが出来なかった。  
「ちょ、ちょっと今日は用事があるんだ。ゴメン、ジロー!」  
 と言って昼休み中何処かへと雲隠れしてしまったのだった。他の授業の合間の休憩も  
話し掛けようかとも思ったのだが、もし男装関係の悩み事だった場合あんなに他人の目が有る場所で相談なんて出来るわけも無い、という俺の気遣い(と言うよりも独断に近い)  
で話し掛けることはしなかった。わざわざ『スバルさまを見守る会』の連中にネタを  
提供する気も毛頭なかったしな。  
 そして俺は今。保健室の入り口の前で立ち竦んでいた。  
 今日最後の授業が終わると同時に、涼月が俺の机にやってきて放った一言が原因だ。  
「ジローくん。16:30に保健室に来て。早くても遅くてもダメ。時間厳守ね。  
すっぽかしたりしたらどうなっちゃうか、分かるわよね」  
 お嬢様の極上スマイルでそんな脅しを掛けて来た涼月さんであった。この状況で約束を  
反故に出来る奴が居るなら、それは単なるバカかドMかのどちらかしかないだろう。  
ちなみに俺はそのどちらでもないので、こうして時間通りにこの場所を尋ねてきたのだったが……  
「なんだろう……この扉を開けてしまうと、もう後には戻れないような気がする」  
 苦労を重ねた上に辿り着いた魔王の城の入り口を開けようとする勇者ってのはこんな  
気持ちなのだろうか。唯一の違いは、どうやっても俺は魔王に勝てる勇者にはなれないと  
言うことだろうね。まるで勝てるビジョンが見あたらない。  
「さて、死地へと向かいましょうかね」  
 数秒の逡巡の後、俺は覚悟を決めて保健室の引き戸を開いた。  
「うふふ、来たわねジローくん」  
「え!? バカチキ?」  
「ジロぅ……」  
 中には涼月と近衛とマサムネの三人が居た。何故かマサムネは後ろ手に縛られて、椅子  
に座らされていた。  
「でもちょっと来るのが早いわよ、ジローくん。約束の時間までまだ5分くらいあるわよ」  
「それくらいは誤差の範囲だろ?」  
 それに厄介事は早めに済ませたいし、な。これは絶対に口に出して言えることじゃないけど。  
「ふーん、まあいいわ。とりあえずちょっと待ってね。もうちょっとで仕込みが終わるから」  
「仕込み?」  
「ちょっと。涼月奏! 仕込みってどういう事よ! っていうかその前にこれはずしなさいよ」  
 
「そんな細かいことは気にしないの。はい、あーん」  
「ちょ……な、何なのよ、それ……や、やめ、んむぅ!」  
 涼月はいつの間にか手にしていた白いまんじゅうをマサムネの口に無理矢理詰め込んだ。ん、あれって確か……昨日夢で見た物体じゃなかったのか?  
「んんっ、んむ……ん? 甘くておいしい?」  
「わたしが作ったおだんごの味はどうかしら?」  
「あんたが!? 変なもの入れてないわよね!?」  
「昨日ジローくんの家でみんなで食べたのものよ。味はそこのジローくんも保証済よ。  
ねぇ? ジローくん」  
「あ、ああ……」  
 夢、じゃないのか? ならあれはいったい何処までが夢なんだ? まさかあの  
『デビル涼月』があんなことするはずないし……な。じゃあその部分だけが俺の見た夢で  
いいのか?  
「そう……『みんな』で、ね」  
「マサムネ?」  
 ん? 少しマサムネの様子がおかしいような気がする。あのまんじゅうを食べてから  
ちょっと覇気が少ないと言うかしおらしくなったというか。  
「……なんでもないわ。で、いつになったらこの縄を解いてくれるのかしら?」  
「あら? 宇佐見さん、身体の方は大丈夫?」  
「え? 別に何にもないわよ? ってやっぱり何か入れてたんじゃないの!」  
 そう言えば、あの夢の通りならばあのだんごには何か特殊なモノが入っているんじゃ  
無かったか? くそ、何が入っていてどうなるのかをすっかり忘れてしまったようだ。  
「ふーん。まあいいわ。それじゃあジローくん、お待たせしたわね」  
「え、マサムネはもういいのか?」  
「言ったでしょう? まだ準備が出来ていなかったって。それが今の宇佐美さんので最後。  
次はあなたの番なの」  
 とは言われても、もし昨日のあの出来事が本当だったとしても俺にはあの団子の効果は  
無かったはず。詳しい事はまだ思い出せないが、それは間違いなかったはずだ。  
「はい、ジローくん」  
 そう言って手渡されたのは小さい茶色のビンだった。よく見ると中に何やら液体が  
入っているようだ。ビン自体に色がついているためこの液体自体の色はよくわからない。  
ただ、このビンの中程に何やらパッケージ的な何かを剥がした後がくっきりと残っている  
のが逆に恐怖心を煽られるんだが……  
「ジローくん専用特性ドリンクよ。それを飲めばあらあら不思議。  
そのチキンな女性恐怖症があっと言う間に治っちゃう(予定)」  
「な、本当か!?」  
 
「あら、私がこんなツマラナイ冗談を言うような人間に見えて?」  
 どの口がそのセリフを言っているんだ。俺は今まで何処の誰に散々な目に合わされたと  
思っているんだか。  
「大丈夫。味の方は保証しないけど、少なくとも効果の方は期待できるわ。変な副作用も  
多分出ないでしょう」  
 出来れば味の方も保証して欲しいんだが……この際文句は言えないか。こんな訳の  
解らない症状の為に(効くかどうかは不明だが)特効薬を用意してくれてるんだからな。  
「涼月……わざわざ用意してくれたのか。すまない……何て言えばいいのか」  
「お礼なんて要らないわ、ジローくん。私にも得が有るからこうしているだけだし。  
それよりも早くそれを一気に飲み干しなさい」  
「あ、ああ……んぐ、んぐ、んぐっ……」  
 このとき、さっき涼月の言葉の真意を少しでも感じ取る事が出来ていれば、もしくは  
俺が保健室に入ってきた時にマサムネとのやり取りの意味を汲み取る事が出来たらきっと  
俺はこのドリンクをあっさりと飲みはしなかっただろう。  
 だが、残念ながらたった今このビンを空にしてしまったのだった。  
 
「……思ったよりも不味くないな」  
 ちょっと薬っぽい味がしたような気がするが、何処か懐かしいような舌触りがした。  
栄養ドリンク系って言うのは漢方やら栄養材やら色々と混入されているからな。きっと  
何処かで似たような味のモノを飲んだことがあったんだろう。  
「残さずに全部飲みきったわね?」  
「あ、ああ。この通りだ」  
 俺は手に持っていたビンを逆さに引っくり返して涼月に見せてやった。ビンの口からは  
雫一滴すら垂れてはいなかった。  
「うん、上出来。えっと、ジローくん。今のところ気分はどう?」  
「どうと言われても飲んでまた数秒しか経ってないしな。流石に液体だからといって  
そこまで即効性は高くないんじゃないのか?」  
「ま、それもそうよね。じゃあ、念の為にもう少し下準備を始めましょうか」  
「下準備? 一体何を始めるっていうんだ?」  
 涼月にそんな疑問を投げかけたとき、早くも俺は少し後悔し始めていた。何故ならその  
問いかけを受けた涼月の目が、ギラリと輝くのを俺は見逃さなかったからだ。ヤバイ……  
あの目は今までの経験上大変なこと(それも主に俺の身が)を言い出す前兆だ。  
「スバル、こっちに来なさい」  
「はい、お嬢様……」  
 相変わらず顔が真っ赤に染まりきっている近衛が、マサムネの隣から涼月の隣へと移動  
してきた。このたった5歩程度の距離で分かるくらいに、近衛の足元がおぼついていない。  
 
顔も真っ赤だし、まさかあいつ熱でもあるんじゃないのか?  
「おい、近衛! お前熱でもあるのか?」  
「ジロー、僕は大丈夫だ」  
 きっと近衛は実際に体調が悪かったとしてもそう言うに違い無い。だから今の近衛の  
言葉に全く信憑性なんてありゃしないんだ。  
「ふふ、スバル。気分はどうかしら?」  
「頭がぼーっとします、おじょうさまぁ」  
 気のせいか少し近衛の声が間延びしている様な気がする。やっぱり体調が悪いんじゃ……  
「昨日と違っていい感じになってきたみたいね。ほら、スバル……もっとこっちに寄って……」  
「はい……」  
 そうしてゆっくりと一歩ずつ近衛は涼月の方へとゆっくりと進み始めた。とは言うが  
ここは保健室。せいぜい二、三歩も歩けば涼月の元へは辿り着いてしまった。  
「いいこいいこ」  
「ふにゃ〜」  
 涼月が手が触れられる位置まで近衛が近づいたとき、涼月は不意に近衛の頭を撫で  
始めた。その感触があまりにも気持ちよかったのか、近衛はまるで猫の様な声を上げて  
涼月の成すがままとされていた。  
 ん? まるで『猫』の様に……? 何処かで聞いたフレーズだな……?  
「スバル……もっと近くへ。もっと、もっと……」  
 そのまま涼月は近衛を思い切り抱きしめた。外国人がよくする挨拶のハグなどではない、  
まるで恋人達の相瀬の様にしっかりとしたものだ。  
「お、おじょうさ、んむぅ……んんぅ」  
 そしてそのまま有無を言わせずに自らの唇を近衛に押し付ける涼月。場所はもちろん  
近衛の唇だった。  
「んむ、んっ、ちゅぱ、ちゅっ……」  
 しかも涼月は唇を重ねるだけで満足しなかった。そのまま彼女は近衛の口内に自らの  
舌を侵入、蹂躙しているようだ。近衛の方も、その感触に酔いしれてしまっているのか、  
はたまたこんな時でも涼月奏と言う主人の事を立てているのかは判らないが、最初に  
驚きの表情をしていたがその後は全く嫌がる素振りを見せなかった。  
 こうして傍目で見ているだけの俺でさえ、結構長い間二人は唇を貪っていた気がするの  
だから、当の二人(特に為すがままにされていた近衛の方は特に)にはとてつもない時間  
に感じられただろう。  
 
 それはそうと、涼月はどうしていきなりそんな事をし始めたんだ。ほら、奥に椅子に  
括りつけられたままのマサムネだって、あまりの事態に硬直してしまって声すら出せて  
いないじゃないか。  
「チュッ。うふっ、これでスバルの準備もバッチリ。あら、ジローくんの方は下準備は  
何も要らないみたいね」  
「はぁ? 下準備だと? さっきからお前は一体何を言ってるんだよ」  
「そんな普通ぶらなくても平気よ、ジローくん。それに、そんな物を見せながらそんな  
常識ぶったセリフを言われても全然格好よくなんてないわよ」  
「そんな物?」  
 涼宮の視線が俺の下半身辺りを指しているような気がしたから、俺もそれに倣って  
自分の下半身を覗きこんで見た。  
 その視線の先、俺の股間に立派なテントが立っていた。  
 いや、だってしょうがないだろ! 学校のアイドルとか言われる位に見た目が可愛い  
涼月と、今は男装しているが女子としても充分以上に可愛い近衛とのキスシーンだぞ!?  
 まあそれだけじゃなくて、知り合いの女の子同士が普段では有り得ない事が目の前で  
繰り広げられていることも大きく影響を与えているだろうが。  
 だがそれはそれだ。今大事なのは、俺の下半身が大変なことになってしまっているのを  
どうやって誤魔化そうかという事だ。もう手遅れなのかもしれないが、せめて男として  
最低限の見栄は張りたいところだ。  
「いや、これはだな……」  
「あ、別に言い訳なんて要らないわよ、ジローくん。私たちの本気のキスを見て興奮  
しちゃったんでしょ」  
 それすらさせてくれない涼月お嬢様。はいはい、そうですよ。その通りでございますよ。  
「さて、じゃあジローくんの方も準備はバッチリみたいだし、そろそろ始めましょうか」  
「始める? 一体何をするんだ?」  
「そんなの決まってるじゃない……ジローくんの女性恐怖症改善レッスン・特別編よ」  
 涼月は今まで一度も見たことのない妖艶な笑みを浮かべてそう高らかに宣言した―――  
   
 
 

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