「やっと捕まえたぞ、このクソガキが!」  
あたしは、薄暗い路地裏で、石畳に叩き付けられた。  
ガラの悪い男がふたり…いや、3人であたしを取り囲んでいる。  
思いっきり顔から倒れてしまって、すごく痛い。  
鼻が折れてしまったかと思ったけど、なんともなかった。  
だってあたしの体は普通じゃないから。  
 
あたし「たち」が不老不死の存在になってから、もうすぐ5年が経とうとしていた。  
帰る場所を失い、身寄りもなくして続ける一人旅。  
あたしは町に着くたびに、サイフをスリ取ったり、食べ物を盗んだりしながら飢えを凌いでいた。  
そうやって泥棒をするたび、あたしの中のティトォとプリセラの魂が「そんなことはやめろ」とあたしを説得しようとする。  
魂の声は、耳を塞いでも頭の中に響いてきて、鬱陶しい。いらいらする。  
ほっといてよ。だってあたしは子供なんだ。  
ティトォみたいにいろんな知識を生かして仕事をすることもできないし、プリセラみたいに踊り子をして稼ぐこともできない。  
ふたりが怒ってるんじゃなくて、あたしを心配して言ってるってことはわかってる。  
でも、あたしが食べていくにはこうするしかないだろ。  
しょうがないじゃないか。ふたりとも煩いんだよ。  
そうして今日も、間抜けなヤツから財布を頂戴することにした。  
盗みにも、もう慣れてしまった。いつものことだ。  
 
 
でも、今回はしくじってしまった。  
 
 
三人組の男…いかにもチンピラって感じの口にピアスをしたヤツと、筋肉質のデブ、それに目つきの悪いスキンヘッドの男。  
そのうちのスキンヘッドが、あたしが転んだときに落としたサイフを拾う。そして、あたしの胸ぐらを乱暴に掴んで引き寄せる。  
「ナメたマネしてんじゃねーぞ、このガキ…!」  
息がかかるほど近くで、男が凄む。タバコのいやな臭いがする。胸ぐらを掴まれて、息が苦しい。怖い。怖い、怖い…  
あたしの怯えが伝わったのか、ティトォとプリセラがあたしを心配しているのを感じる。  
(アクア!早く謝って、許してくれるかもしれないだろ)  
ティトォがあたしに呼びかける。  
やめてよ!あたしは一人でやっていける!あんたたちに心配なんてされたくない!  
あたしは意固地になって、ふたりの魂を心から閉め出そうとした。  
「うっせーよ、離せよハゲ!」  
あたしはスキンヘッドの男の向こう脛を思いっきり蹴り上げてやった。  
男は小さくうめいて、あたしを離す。その隙に逃げ出そうとしたけど、仲間のデブにすぐに捕まってしまった。  
目に怒りをたぎらせ、うずくまっていたスキンヘッドが拳を固めてあたしに近づいてくる。殴られる、そう思ってあたしは男に向かってまくしたてる。  
「はん、大の男が子供相手に3人がかり!?なっさけない!このでっかい弱虫!臆病虫!」  
(バカ!何言ってんのアクア、殺されちゃうよ!)  
プリセラが焦った声であたしに呼びかける。  
ふんだ、あたしは不老不死なんだ!こいつらがあたしを殺したって、あたしが死ぬことはない。  
こんな奴ら、あたしは全然怖くない!  
「っのガキ…」  
完全にぶちギレたって感じのハゲが拳を振り上げ、あたしは思わず目を伏せる…  
 
しかし、ハゲの拳があたしを叩きのめすことはなかった。  
恐る恐る顔を上げると、仲間の唇ピアスがハゲを止めている。  
「っだよ、離せよクソが!」  
「待てよ、落ち着けって、ガキ相手に大人げないぞ」  
なんだコイツ…とあたしは思った。  
マヌケなの?こんなツラしてお人好し?  
でも唇ピアスの顔に浮かんでる下品なニヤニヤ笑いを見ると、とてもそんな風には見えなかった。  
「それによ、見てみ?」  
ピアスはしゃがみ込んであたしの顔を覗き込むと、顎を掴んで強引に上を向かせた。  
「このガキ、なかなかの上玉だぜ」  
あたしには、ピアス男の言ってることがよく分からなかったが、プリセラの魂がさっと恐怖の色に染まったのを感じた。  
(アクア!お願い逃げて、早く!)  
プリセラが叫ぶ。無茶言わないでよ、逃げられるならとっくに逃げ出してる。でもあたしの両腕は三人組のうちのデブにしっかりと捕まえられていて、びくともしない。  
ピアス男は下品な笑みを顔に貼り付けたまま、あたしの服…着古してボロボロの服に手をかけた。  
何を…と疑問に思う間もなく、ピアス男はあたしのボロ服を引き裂いた。  
胸からへその辺りまで破り取られて、素肌が外気に晒される。  
「ッ…!??」  
そのとき、突然あたしは思い出した。ドーマローラにいた頃のこと。アロアと一緒に、近所のマセガキに聞いた、あの話…  
「やだ…!やだ!やめろ、離せッ!!」  
生まれて初めて、本気で抵抗した。  
掴まれた腕が痛むのも構わず、ピアス男にめちゃくちゃに蹴りを浴びせた。でもすぐに腕を捻り上げられ、足を掴まれて組み伏せられてしまった。  
「おー…痛て、とんでもねーガキだな」  
あたしの蹴りの一発はモロにピアス男の顔に当たっていた。ピアス男は鼻血を垂らしながら毒づく。  
「でもよ、元気なコは好きだぜ?俺。」  
「ったく…この変態が」  
ハゲがやれやれといったふうに、ため息まじりに呟く。  
「オレあそーゆーシュミねーけどな…てめえのその怯えたツラ眺めんのは、気分いいぜ」  
ハゲはあたしの頭の方に歩いて来ると、しゃがみ込んであたしの顔を覗き込む。  
(やめろ!このッ…!)  
プリセラの怒号が頭に響く。  
あたしの体から吹き出しそうなほどのプリセラの、そしてティトォの怒りが、男たちに向けられる。  
でもその声も怒りも、男たちには届かない。  
今、存在を許されていないふたりの声が「外」に届くことは決してない。  
 
あたしはピアス男にズボンを脱がされ、ほとんど裸にされてしまった。  
男の前で…しかも外で裸を晒されて、あたしは恥ずかしさと屈辱で頭が焼き切れそうだった。  
でもすぐ、ハッとあることに気付いて…  
「やだ…見ないで!ふたりとも見ないで!」  
あたしは叫んだ。  
「ふたり?」  
「ヘッ、数も数えらんねーのかよ」  
男たちがヘラヘラとせせら笑う。  
すぐにティトォの魂を感じなくなった。あたしのことを見ないように「奥」の方へ引っ込んでくれたんだろう。  
プリセラはしばらく「そこ」にいた。プリセラは怒りと、どうにもできない悔しさに震えている。  
ピアス男があたしの脚を掴んで、ムリヤリ開かせる。  
「プリセラ…!」  
あたしが必死で泣き叫ぶと、やがてプリセラの魂も感じなくなった。  
もう、ふたりの魂を感じない。ひとりぼっちだ。こんな薄暗い路地裏で、男たちに囲まれて、裸にされて…ひとりぼっち。  
ピアス男がズボンを脱ぐ。あたしは恐怖に息を呑む。その股間には、屹立したグロテスクなものがあった。  
何をするの?あたし、何をされるの?怖い、怖い!「こいつらに殺されるかもしれない」と思った時でさえ、こんなに怖くはなかった。  
ピアス男は「それ」をあたしの下腹にあてがう。「それ」はとても熱くて、気持ち悪かった。  
あたしは助けを求めて泣き叫び、押さえつけられた手足を振りほどこうと必死でもがいた。  
 
 
でも、無駄だった。  
 
 
それから先のことはよく覚えていない。  
覚えているのは、体を二つに引き裂かれるような痛み。  
ピアス男の体臭と、タバコの臭いに吐きそうになったこと。  
べたべたしたキモチワルイものを体に浴びせられたこと。  
最後の力で抵抗したけど、腹を殴られたこと。  
ぐったりしたあたしの体の上に、ピアス男とデブが代わる代わるのしかかってきたこと。  
だんだんと抵抗する気もなくなって、体も弱っていったこと。  
男たちが何か慌てた声をしながら、そそくさと立ち去っていったこと…  
 
「キッツいな、全然入んね」  
「ツバ付けろツバ」  
「ヒッデーなお前、裂けたんじゃね?コレ」  
「何暴れてんだクソガキが!」  
「顔はよしな、こいつきっと高く売れんぜ」  
「あー…いーわ、マジでいーわこいつ」  
「次もっかい俺な」  
「なあ…なんかヤバくね?」  
「こいつ動かねーぞ…」  
「……俺は………もしてねーからな!おめーらふたりがムチャす………ら!…」  
「………お前………殴………から……!……」  
「よせ……ずらか………早…………!」  
「………………!……………!」  
「………」  
「…」  
 
 
気が付いたら、男たちはいなくなっていた。  
あたしは路地裏に、裸で転がっている。  
体中がずきずきと痛む。  
下腹部が、ジクジクと痛む。  
冷たい石畳に、体温が奪われていく。  
あたしの体と魂を結びつけている力が、どんどん弱くなっているのを感じる。  
声が出ない。  
指先一本動かすことができない。  
あたりはぴくりとも動けないまま、路地裏の暗がりをぼんやりと見つめ続ける。  
誰も通りがからない。ねこさえいない。  
遠くに町の灯が見える。でも、すごく遠くに感じる。  
柔らかい町の灯が、すごく、すごく遠い…  
 
あたしはそのままずっと、路地裏に横たわっていた。  
数時間後、あたしは死んだ。  
 
 
次に気が付いたときには、あたしはどこかの森の中にいた。  
すぐそばに見慣れないバッグが転がっている。  
開けて見ると、中には地図とか、サイフとかと一緒に、大きなビンが入っていた。  
取り出してみると、それは…  
「…アメ玉…」  
それは、アメ玉がぎっしり詰まったビンだった。  
…そう言えば、アメ玉なんて、いつぶりだろう。  
(食べなよ)  
プリセラの声が、頭に響く。  
(あんた好きでしょ、アメ玉)  
あたしは返事をしなかったが、プリセラの声に従ってのろのろとビンのふたを開けると、あたしの好きな棒付きのやつを選んで、くわえた。  
ちょっと酸っぱい味が、口の中に広がる。  
プリセラもあたしも、しばらく黙ったままだった。ティトォも「そこ」にいるのを感じたけど、ティトォも黙っていた。  
「…今って、いつ?」  
アメ玉を口の中で転がしながら、あたしはたずねる。  
(アクアが「換わって」から…1年とちょっとってとこかな)  
ティトォが答える。  
「ふーん…」  
1年か…その間、一度も夢を見なかった。夢の木でふたりと会うこともなかった…  
でも、それで良かったかもしれない。あんなことがあって…とても顔なんか合わせられない。  
「…気、使ってるつもり?これ」  
アメ玉の詰まったビンをジャラジャラ鳴らして、ふたりに尋ねる。  
顔が見えないからか、なんとなく話すことができた。  
「やめてよね。子供じゃないんだから」  
(あれ、アンタ「あたしは子供だからしょうがない」なんて言ってたくせに)  
「それとこれとは違うでしょ!ったく…」  
あたしはかっとなって、半分くらいの大きさになっていたアメ玉を噛み砕いた。  
「言っとくけどあたし、あんなの全然気にしてないから。だってこれ、あたしの体じゃないし」  
あたしは自分に言い聞かせるように言った。  
「ヘンな気使うの、やめてよね」  
それからまた、しばらく三人とも黙っていた。  
(鞄の中さ、サイフあったでしょ)  
「サイフ?」  
(あれ、お金入ってるから。結構な額あると思うよ)  
「お金……」  
(ねえアクア、お金がいるなら、あたしたちが「出ている」間に稼ぐ。あんたが「出ている」ときに不自由しないくらい用意してみせる)  
(だからさ、あんまり捨て鉢になるの…やめてよ)  
 
プリセラが訴えるように話しかけてくる。プリセラの心配が伝わってくる。  
「…うん…」  
あたしは答えた。今まではずっと無視してきたのに。  
なぜか、今までより少し素直に話すことができるような気がした。  
こうしてふたりと話していることが、安心する。  
ひとりじゃないことが、安心する。  
あ、そっか…  
今までずっと鬱陶しいと思ってたけど…ふたりがいて、安心してるんだ、あたし。  
 
あの路地裏で、ふたりが引っ込んでしまったときから、あたしはひとりぼっちだった。  
ひとりのまま男たちに乱暴されて…  
そしてひとりのまま、死んだ。  
 
絶対言わないけど、今あたしの中にティトォとプリセラがいて、ひとりじゃないことが嬉しい。  
(…あのさ)  
プリセラが口を開いた。  
(気休めにもならないと思うけど…アイツら、ぶっ飛ばしといたから)  
「は?」  
(だからさ、あんたに乱暴したアイツら、ぶっ飛ばしてやった)  
あたしが何を言っていいか分からず黙っていると、ティトォも口をはさんできた。  
(あのあと、プリセラに「換わった」んだ。プリセラ、すごい剣幕であの三人組を探して…)  
(探したのはティトォさ。少ない手がかりからアイツらの居場所を探し出したんだ、たいしたもんだよ)  
「ちょっと待ってよ、バカじゃないの!?相手三人だよ!?」  
プリセラが「ある理由」から体を鍛えてるのは知ってる。でも男を三人相手にするなんて、無茶苦茶だ。  
(その辺もティトォが助言してくれてね、あたしはすっかり頭に血が上ってたけど、ちゃんと警備隊に通報してからブチのめしに行ったんだ)  
(もっともちょっとやりすぎて、プリセラまで1週間くらい留置所に入れられちゃったんだけどね…)  
ティトォが苦笑いする。  
あたしはぽかんとふたりの話を聞いていた。  
(…ごめん。こんなことしても、あんたがされたことが無かった事になるわけじゃないけどさ…)  
プリセラが悔しそうな声で話す。  
「…ううん」  
確かにあの時の恐怖は、消えていない。  
これからしばらく、町に行ったり、誰かに会ったりするのは無理だと思う。でも…  
「それ聞いて、ちょっとだけスカっとしたよ」  
あたしは微笑して、答えた。  
 
 
 
<<おしまい>>  
 

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