〜日常の性活〜・マルチーノの日課  
 
マルチーノには恋人がいる。ただし片思いである。  
相手はマルチーノを知らない。知ることもできない。  
マルチーノがその人を見たのはずいぶん昔にさかのぼる。  
ある本で「眠れる城の王子様」と題した顔写真付きの記事を見かけたのだ。  
読むとメモリア国の王子、グリンが自らの魔法の反動によって長き眠りについてしまったという。  
マルチーノは幼心にその王子に興味を持った。是非お会いしたいと思った。  
一目惚れだった。  
 
数年後、マルチーノは念願叶って城の侍女となった。  
しかし、グリンはいまだ深い眠りの中。  
そんなグリンをマルチーノは間近で見させてもらうことができた。  
どきっとした。マルチーノの胸の内は不意に熱くなった。  
その後もマルチーノは献身的に城の業務に携わり、ある日こんな仕事を授かった。  
「マルチーノ、今度からあなたがグリン様の身辺のお世話をすることになったわ。」  
「ええ!?私がそんな大役を…あの、私、まだそんな…。」  
「シュダンさんたちとも話したんだけど、マルチーノはとても真面目に働いてくれて、  
そんなあなたなら安心してグリン様の身辺を任せられると思ったの。誇りに思って、マルチーノ。」  
「は、はい…。では精一杯がんばります。」  
かくしてマルチーノはグリンの世話役を任されたのだった。  
格別困難な仕事でもない。ただ部屋を掃除してグリンの身体をきれいに拭いてやる。  
それだけのことなのだが、マルチーノにとっては特別な仕事だった。  
数日後、マルチーノはいよいよ初めての「お世話」の日を迎えることになった。  
マルチーノの心を包むのは、敬意と、緊張と、誇りと、嬉しさ、  
そして得体の知れぬ、マルチーノの気持ちを激しく揺すぶる何かがあった。  
 
ついついノックをして部屋に入ったマルチーノ。当然グリンはマルチーノが入ってきたことを知らない。  
畏れ多くもマルチーノはグリンの側に寄り、顔をそっとのぞいた。  
二人きりになるのはこれが初めてだった。  
その寝顔に、マルチーノはしばし時を忘れ、初めてその顔を見たときのことを思い出した。  
全く変わらぬグリンのその寝顔に、マルチーノの心にも、あの時の熱い気持ちがよみがえってきた。  
はっと我にかえったマルチーノは、教わったとおり部屋の掃除に手を着け、それは容易に終了した。  
もう一つの仕事は、グリンの身体のお手入れである。  
そのためには、当然ながら、少々「失礼」をしなくてはならない。  
先輩たちはそんなに気にしなくても良いと言った。  
ただ、ウブなマルチーノにとってそれは気がかりでしょうがない。まして…  
(何を考えてるんだろう、あたしったら。)  
マルチーノは雑念を振り払って、仕事に専念しようとした。  
だが、相手はなんと言おうとマルチーノの初恋の人物である。どうしても意識してしまう。  
とりあえず、グリンの手と顔をタオルで拭こうとした。  
そっと、心の中で失礼しますなどと言いながら、なんとかそれは終えられた。  
しかし仕事はきちんとしなければいけない。しなければ逆に失礼だとマルチーノは自分に言い聞かせた。  
この大役を、マルチーノは必ずこなしてみせるつもりだった。そして少しでもグリンに貢献するつもりだった。  
そんな立派なマルチーノの意志も、グリンの上着を脱がせていざ取り掛かろうとした時には、  
あの、心のうちから湧き上がる熱い感情に打ち負かされそうになっていた。  
マルチーノは邪なことだと自覚しながらも、こう思ってしまった。  
(グリン様のこと、もっと知りたい…。)  
 
グリンの身体に手が触れるたびにマルチーノの心臓も高鳴り、  
グリンの体温が伝わるたびにマルチーノの身体も熱くなる。  
マルチーノは必死に自分を抑えようとした。  
マルチーノは極めて純情な娘で、自分がこんな気を持つなど夢にも思わなかったろう。  
だからこそ、今この状況において、彼女はどうしようもなく「熱く」なってしまったのだ。  
今の段階では、マルチーノは何もいけないことはしていない。  
ただ言われた仕事を忠実にこなしているだけだ。  
だがマルチーノは気が動転するあまり、とっさに部屋の扉の鍵をかけてしまった。  
突然訪れた静けさに、マルチーノは最初おののいたが、すぐに慣れ、むしろ冷静になれた。  
そして再びグリンの上半身を丁寧にタオルでぬぐってやった。  
グリンは何もなかったかのように眠っている。  
その様子をマルチーノはしっかりと確かめた。  
そして拭き終わる。  
この過程で、マルチーノの心境に明らかな変化が現れた。  
一種の落ち着きにも似た、何か征服心にも似た満足感が生まれたのだ。  
これはもちろんマルチーノのグリンに対する個人的な、特別な感情に起因するものだ。  
マルチーノの心にはまだ、王子であるグリンへの謙遜と忠信、そして自身の良心が存在した。  
しかしそれらは、この自問とそれに対する自身の答えによって脆くも崩れ去ってしまうのだった。  
(下も、やっぱり拭いて差し上げるべきかしら…。)  
 

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