(どうして彼女はあんなところで寝ていられるのだろう)  
そう思いながら、ゆっくりとコンラートはスザナ・ジュリアへと近づいていった。  
場所はウィンコット城の中庭の東屋。備え付けのベンチには昼下がりの強い光が照り付けている。  
夏の盛りを過ぎたとはいえ、まだまだ日向は暑い時期だ。  
それなのに、そんなことはものともせずに穏やかな寝息を立ててジュリアは午睡を楽しんでいた。  
「ジュリア、起きたほうがいい。日焼けで肌が赤くなるぞ」  
先日、やはり日向で午睡して肌を焼いてしまい  
三日間ほど夜眠るのもつらかったと手紙に書いていたくせに、  
また同じ事をしている親友の肩をそっとコンラートは揺すった。  
しかし、彼女は一向に起きる気配が無い。幸せそうに寝息を立てて、  
寝やすいように整えられたクッションに体を預けたままだ。  
苦笑して、コンラートは同じベンチの日の光をさえぎる位置に座り込み、  
ジュリアの寝顔を見つめてみる。座る場所を確保するために  
淑女の足に触れてちょっと奥へ押しやったが、これは不可抗力だ。  
コンラートが座った場所は、ちょうど彼女の顔が良く見える場所だった。  
よほどいい夢を見ているのか、幸せそうに微笑んで規則正しい寝息が聞こえてくる。  
薄い水色の髪が柔らかくうねりながら頬に散り、肩から背中、腕を辿ってクッションへ落ちている。  
その柔らかそうな頬や幸せそうな口元へ指先を伸ばし、  
触れるか触れないかという距離でそっとコンラートはその輪郭をたどる。  
(寝ていてくれたほうがよほど楽だな)  
そっとため息をついてコンラートは思う。起きているときは、いちいち肩に触れるのにも  
『これは親友として適切な距離だろうか』『きちんと友情として見えているだろうか』  
と考えながら触れなければならない。  
世間の目よりも先に、彼女にそう見えるように振舞わなければならない。  
もし、この思いが友情以上であることがばれてしまえば、きっと彼女は今と同じようには  
笑ってくれないだろう。全幅の信頼を寄せて慕ってはくれないに違いない。  
彼女にとって、コンラートは『親友の息子』で『信頼できる友』でしかないのだ。  
だが、同時に目を開けて欲しいとも思う。秋の空のように、どこまでもどこまでも  
高く澄み切ったあの青を覗きたい。その瞳に自分だけが映っている瞬間を楽しみたい。  
そんな矛盾した考えをもったまま、そっとコンラートは彼女の寝顔を見つめつづけてた。  
 
ふと、コンラートはさっきまで規則正しかった寝息が聞こえないことに気が付いた。  
ゆっくりと髪を一房手にとって毛先に接吻し、わざとらしく艶めいた声を出してみせる。  
「ああ、美しい人よ。あなたはなぜ目覚めてはくれないのか。  
今あなたに足りないのは眠りの呪いを破る魔法か、それとも愛の接吻か・…」  
そこまで言ったところで、ほかならぬジュリア本人の笑い声でその言葉は中断させられた。  
「狸寝入りの姫君。こんなところで寝ていたら、またしばらく寝不足の日々が続くぞ」  
笑いの発作がおさまらないジュリアにそっと手を貸して起き上がらせると、  
彼女ははまるでいたずらっ子のような顔でコンラートの顔を覗き込んできた。  
「勉強になったわ。女の子を口説き落とす時ってこうするのね。今度活用させてもらおうかしら」  
簡単には口説き落とされてくれない、口説かれたことにも気が付いていないジュリアの言葉には、  
百戦錬磨と部下に言われるコンラートでさえ、もはや苦笑しか出てこない。  
「あんなに立派な婚約者がいるのに、女性を口説くのか?」  
くすくすと笑っている彼女を見ているとこちらまで幸せな気分になる。  
この感情は、知っている。だが、この想いには決して名前を付けてはいけない。  
それが、ひどくつらい。  
「いやね、もちろんアーダルベルトに向かって言うのよ。『ああ、美しい人よ。  
あなたに必要なのは破魔の魔術か、愛の接吻か…』って」  
「間違いなく、愛の接吻を選ぶだろうな」  
「いいえ、きっとアーダルベルトは目を白黒させて、ひどく照れながら  
『な、何を馬鹿なことを!』って言うに決まってるわ。照れ隠しにね。  
そういうおふざけはあんまり得意じゃない人だもの。そこがかわいいのだけど」  
笑いの止まらない様子のジュリアとは逆に、コンラートはその言葉にしばらく固まってしまう。  
母親が男性に『そこがかわいいの』と言っているのは何度も聞いたが、ジュリアからその言葉が  
出てくるとは予想だにしていなかった。しかもあいてはあのアーダルベルト。  
「どうしたの?だまってしまって。具合でも悪い?」  
心配そうにコンラートの顔へ手を伸ばしてくるジュリアに、はっとコンラートは正気に戻る。  
「いや、アーダルベルト相手に『かわいい』という言葉を当てはめられなくて、びっくりしただけだ。  
彼はかわいいタイプとは真逆に位置する人物じゃないかと思っていたから」  
「みんなそう言うけれど、アーダルベルトはかわいいのよ、ほんとに」  
まるで、『自分だけが彼のそんなところを知っている』とでも言うように、少し自慢げに  
言うジュリアを見て、コンラートは腹のそこに暗い感情がたまっていくのを感じていた。  
その感情は、熱くドロドロと熔けるような負の感情だ。  
ひどく苦労してコンラートはいつもの笑顔を保つと、できるだけ軽く聞こえるよう言った。  
「そんなかわいいところ、ぜひ俺も目にしたいものだな」  
成功しただろうか。自分の醜い感情が言葉の裏に現れていなかっただろうか。  
だが、そんなコンラートの心配をよそに、ジュリアは  
「そうね、ぜひ。いつか見せてあげるわ。簡単よ」  
そう言って笑っている。  
安堵と同時に少しばかり理不尽な怒りを抱いて、だがそんなことはおくびにも出さずに  
コンラートはジュリアをベンチから立たせた。  
「さて、そろそろ城へ戻ろうか。ここは暑すぎる」  
ジュリアの代わりに日の光を受けつづけた左半身が熱い。いっそこの熱にまぎれて腹の底の  
醜い感情も感じなくなればいいのに。ジュリアに気が付かれる前に。自分が我慢できなくなる前に。  
「今日はぜひ、夕食を食べていってね。きっと弟も喜ぶわ。  
あなたのこと、実の兄のように慕っているから」  
風のように軽やかにスカートのすそを翻して振り返るジュリアの笑顔が、どうか永遠に続くようにと  
コンラートは心の底から祈った。  
きっとこの笑顔があれば、自分は永遠に醜い感情を持ったままでも、幸せに生きていけるだろう。  
それが、たとえ自分ではない誰かを想っての笑顔だとしても。  
「よろこんで、お招きにあずかるよ」  
こうして、いつもの二人の午後は過ぎていった。  
 

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