非常事態を告げるかのように、甲高い音がけたたましく鳴り響いた。
火事か、或いは敵襲か。
「……」
布団の中から手を伸ばし、その音源を叩く。
朝の静寂を取り戻し、もう一度眠りに落ちる。
五分後にまた鳴る仕組みのアニシナ作の”魔動目覚まし時計”なのだ。
この”魔動目覚まし時計”はアニシナ作にしては立派に役目を果たしている。
起きなければならない時間より十分は前にセットして、二度寝を二度ほど楽しむ。
…平生ならそうする所なのだが、今朝は勝手が違った。
二度寝より楽しいことがあるのだ。
私は絶好のポジションへと、躰の位置をずらす。
彼女の寝顔がよく見える角度。
彼女は随分と疲れているようで、まだ深い眠りの中だった。
どうして疲れているのか―――という疑問は野暮だというもの。
どうしても聞きたいと言うのなら、話しても良いのだが。
きっと彼女が怒るだろうから、それはまた別の機会に話すことにして……。
私は二度寝分の時間、彼女の寝顔に見惚れた。
この寝顔観賞は、私が”もにたあ”と言う名の実験台になる代わりに手に入れたものの一つ。
彼女は知らない、私の楽しみの一つである。
これを知ったら、きっと彼女は怒るだろう。
無防備な自分を見せるのが嫌いなのだ。
不幸なことに、私は無防備な彼女を見るのが好きなのだ。
無情にも進んだ時計の針の角度に気づき、囁くように彼女の名前を呼んで、起こす。
私は職場へ行く仕度なんて、五分もあれば充分だ。
が、彼女はそうはいかないらしい。
以前に一度、あまりにも心地良さそうに眠っている彼女を起こしそびれて、酷く怒られたことがあった。
何故私が怒られるのか―――理不尽に思うが、同じ轍を踏むのはごめんだ。
…と、彼女を怒らせることを酷く恐れている自分を自覚。
どうしてだろう―――と自問。
きっと今日は、そういう私なのだ―と自答。
時々、敢えて彼女を怒らせたがる私もいる。
嫌がると分かっていても、猫の肉球を触りたくなる衝動と一緒だ。
――…ちょっと違うか。
私はもう一度、彼女の名前を呼んだ。
彼女は眉間に縦皺を刻ませて、次の実験には魔動抱き枕戦隊の新作を…などと、
考えただけで恐ろしくなるようなことをぶつぶつと呟きながら目を開けた。
起き抜けはいつも、こんな調子だった。
私は暫く、彼女の覚醒を見守った。
彼女は躰を起こし、赤色の髪を掻き上げて、今初めてその存在に気付いたかのように、私を見た。
「起きたのか?」
「…起きています」
彼女は片目を細めて、不快そうに答える。
この答えは、ノーと同義だ。
酔っている人間が酔っていない―と言い張るみたいに。
軽くキスをして、
「起きたか?」
私はもう一度訊ねる。
彼女はわずかなタイムラグの後、笑おうと口元を歪めて、
「まだダメ、ですね」
「ところで、魔動抱き枕戦隊の新作があるのか?」
「…何のことです?」
彼女は下から覗き込むような目つきで私を見て、首を傾げた。
普段の彼女ならば『さては実験されたいのですね。まったくあなたときたら…』と、
続く言葉が朝の、このほんの一時だけは違うらしい。
私は答える代わりに、眉間のしわを緩めてふっと笑う。
どれだけ一緒に居る相手でも、時々さっぱり分からない、なんて事がよくある。
多分、それが普通だろう。
「さて、いい加減起きないとマズイのではないか」
私は布団から出るように促すが、
「ダメです。まだスイッチが入っていません」
彼女は睫毛を伏せて言う。
私はもう一度キスをして、彼女のスイッチを切り替えた。
END