「アニシナっ!ねぇ、アニシナっ!」
騒々しい足音と共に部屋に転がり込んできた少女は、さっそく部屋の机の角に太ももをぶつけて小さくうめいた。
それを呆れた様子で眺めるフォンカーベルニコフ卿。
「危ないからこの部屋に入るときは気をつけなさいと言っているでしょう。何です、ジュリア。」
秋空の色をした瞳に涙を浮かべていたフォンウィンコット卿スザナ・ジュリアは、ぱっと顔を上げ嬉しそうに笑った。
「ねぇ、わたしの目を治す薬の実験をしているって本当!?」
アニシナは誇らしげににやりと笑って友人を見た。
「ええ。あなたは普段の生活には困っていなさそうですが、いつも「色が見たい」「星が見たい」と言っているでしょう。魔族
の人生は人間より少しは長いですからね!わたくしとあなたが生きている間に、あなたの目を治す薬を作って差し上げます。」
自信満々の友人に期待のまなざしを向けて手を叩くジュリア。
「うれしい!ねぇ、わたしに手伝えることってある?ああ、あなたがいつも言っている「もにたあ」というのにもなるわっ!」
アニシナは、気持ちは嬉しいですが、と言って首を横に振った。
「まだ実験も始めたばかりですし、もし仮に「もにたあ」が必要になってもわたくしにはグウェンダルがいますからね。あなたの
手を借りることはないでしょう。」
「そう?ねぇ、きっとアニシナなら作れると思うの。楽しみだわ。」
本当にきらきらした目で語りかけてくる友人を見ていると、アニシナも心が温かくなってくる。この友人は、人をそんな気持ち
にさせる力がある。」
「もしわたくしの研究が完成したら、最初に何が見たいですか?」
アニシナの言葉に目を見開くジュリア。次に本当に考え込んでしまう。
「そう言われると考えたことがなかったかも・・・ああ、でも、そうねぇ。」
秋空の瞳はきらきらし始める。
「空ってどんな色をしているのかしら。わたしの瞳と同じ色だって。ねぇ、本当かしら。」
「それは・・・まぁ、あなたの目はそういう色ですよ。」
「楽しみだわ!」
本当ににこにこと笑う友人に、アニシナは少したじろいだ。時間がかかっても、確かに自分ならできると確信している。けれど、
それがいつになるかはさすがの毒女でもわからない。こんなに楽しみにされると、それが申し訳なく思えてくる。まだ彼女に
告げるのは早かったかもしれない。
そんなアニシナの微細な揺らぎに感づいたかのように、ジュリアはアニシナの顔に手を伸ばした。白く柔らかな頬に、そっと
指を這わせる。
「それに、あなたの顔も見たいわ。アニシナ。あなたってとても美しいんですって?皆言ってるわ。「黙っていれば」かわいい
って。」
「それを言ったのは誰ですか。」
「グウェンダルよ。」
「覚えておきましょう。」
後で折檻である。
「それに、わたしの瞳が昼間の空なら、あなたの髪は夕日の色だって。あんなに暖かい色をしてる髪なんて素敵ね。早く見て
みたいわ。」
アニシナの心の揺れは止まった。やはり、彼女に言ってよかったと思った。
「一日も早く、わたくしが見れるようにしてあげます。」
「約束よ?」
アニシナはジュリアをそっと抱きしめた。
「約束です。」