目の前の重い扉を開けることは、そう何度もない。彼女はいつも動き回っていて部屋にはいないし、尋ねなくても向こう  
から自分のところにやってくるから。彼女自身、この部屋にいることなんて一月に一回、あるかないかだろう。  
彼女のいる部屋の扉を開けることをいつもためらってしまうけれど、今日ほどこの扉が重いと思ったことは、ない。  
 
 
「何用ですか。フォンヴォルテール卿。」  
 アニシナの声は、落ち着いた声だった。もう何年もこんな声は聞いたことがない。悲しみが宿っているわけでも、怒りに  
満ちているわけでもない、ただ、静かな声。アニシナはベランダに面した大きなガラス窓の前に立って、外を眺めていた。  
どんな顔をしているのかは見えなかった。  
 グウェンダルはほんの数歩、アニシナに近寄って足を止めた。広い室内では彼女までまだ距離がある。グウェンダルは、  
それ以上近づかなかった。  
「この戦時中、司令室にいてシュトッフェルを抑えておかなくて良いのですか?お戻りなさい。」  
 アニシナは振り向きもせず、グウェンダルにそう告げた。グウェンダルは眉間の皺を深く刻んだ。口を開こうとして、何度  
かためらい、アニシナの小さな後姿を見てようやく決心をつけた。決心なんて、この部屋に入る前にしたはずだったのに。  
 グウェンダルは小さく息を吸い込み、できるだけ穏やかな声になるように祈った。  
「スザナ・ジュリアが死んだ。」  
 
 穏やかどころかかすれた声にしかならず、自分の未熟ぶりに嫌気が指したが、グウェンダルはそのまま小さな背中に話し続けた。  
「今、連絡が入った。遺体は副隊長とごく少数の者で火葬され、骨一つ残さなかったそうだ。」  
「当然ですね。」  
 アニシナはガラスの向こうの青空に視線をやったまま、先程と変わらぬ声で言った。  
「ウィンコットの毒は恐ろしいものです。それが他国に渡ってしまうわけにはいきませんから。」  
 燃えるような赤毛が小さく揺れ、ようやく水色の瞳がグウェンダルに向けられた。事実だけを述べる、理知的な光の宿った  
水色の瞳と冷静な表情を見て、グウェンダルは、いっそ泣いていてくれたらよかったのにと思った。  
「彼女が―――スザナ・ジュリアが出征を決めたときから、覚悟はできています。」  
 だから、大丈夫なのだと言いたいのだろうか。こんなときに、何か上手い言葉がでてくればいいのに、グウェンダルには  
アニシナを慰める言葉など持っていなかった。いつも、泣かされるのも、慰められるのも、助けられるのも、自分だったから。  
 アニシナはまたガラス窓の向こう側へ視線を移した。部屋は、ひどく穏やかだった。  
「あなたはコンラートの心配でもしていなさい。―――・・・彼はジュリアのことを知りましたか?」  
「―――・・・いや。奴は前線にいて、連絡もままならん状態だからな。」  
「知らないほうがいいでしょう。―――後を追いかねませんから。」  
「お前は・・・」  
 こんなときにも、自分に頓着しない気なのか、と言おうとしたが、声にならなかった。自分自身、弟のことが気になって  
いるのも、アニシナには隠し切れないので―――よけいに自分がみじめだった。  
「お前は、知っていたのか?ジュリアの気持ちが、コンラートにあったのか・・・」  
「―――・・・どうでしょう」  
 アニシナには珍しい、曖昧な返事。アニシナの脳裏を掠める、友人との思い出。  
 陽にすかす、彼女のばら色の手のひらも、淡い髪の色も、文字を指でなぞる動きも、好奇心に溢れた笑顔も、すべてが  
色鮮やかだ。  
 
『昼間の空が私の瞳と同じだって本当?あの人が言ってたのは本当なの?』  
アニシナは、今度は身体ごとグウェンダルに向き直った。  
「―――彼は彼女の、大切な人でしたよ。」  
 ほんの少し、アニシナの瞳が揺らいだと感じた。グウェンダルは、長い足を数歩分動かし、アニシナの目の前に立った。そっと、アニシナの頬に手を伸ばす。  
「お前にとっても」  
 小さくて柔らかい頬に、少しだけ指を這わせた。  
「彼女はお前の、大切な友人だっただろう。」  
 声も、指先も、グウェンダルなりの精一杯の優しさが込められていた。余計な気を回す前に、自分のことをなんとかなさい、  
と心の中だけでつぶやいて、アニシナは静かに涙を零した。  
 一歩だけ、アニシナはグウェンダルに近づいて、グウェンダルの胸に額を押し付けた。グウェンダルは、抱きしめるでもなく、  
声をかけるでもなく、そのまま、アニシナの傍にいた。  
 ただ、胸が痛かった。  
 
 
陽が落ちる頃、アニシナは泣き止んだ。その時刻には、二人はソファに座っていた。二人並んで、顔を合わせるでもなく、  
静かに二人で座っていた。ただ、互いの片手が、なんとなしに重ねられていた。泣き止んでも、アニシナはその手を外した  
りはしなかった。  
「アニシナ。」  
 アニシナにだけ聞こえるような、小さな声でグウェンダルが口を開いた。顔を上げるアニシナ。ほんの少し腫れたまぶた  
と、紅潮した頬がグウェンダルの胸をざわめかせる。  
「いつも私を使うのだから、今日も私を使えばいい。・・・こういうときこそ、使え。」  
 いつもの実験ばかりではなく。アニシナは瞳を伏して苦笑して、重ねていたグウェンダルの手を握った。  
「本当に・・・あなたは愚かですね。」  
「なぜだ。」  
「・・・引き受けなくてもいい面倒ごとばかりを、自分からやろうとするでしょう。これを愚かと言わず、何を愚かというのです。」  
 グウェンダルは一瞬考えて、アニシナの手を薄いガラスを触るように、そっと握り返した。  
「私が引き受けなかったら、誰が面倒ごとをするんだ。」  
 アニシナが微笑んだ気配がした。予測できた答えだったのだろう。予定調和の中へと一瞬帰ることができて、身体の緊張  
が緩んだ。  
 
「それに、私は面倒ごととは思わない。」  
 アニシナは、黙って聞いていた。グウェンダルの手を指先でそっとなぞる。いつだったか、ジュリアがこうしてくれたことを  
思い返していた。アニシナの指先をなぞって、きれいな指ねぇ、うらやましいわ、と視力もないのに羨望の眼差しで見つめ  
てきた。そのときのジュリアの指先とは似ても似つかないグウェンダルの指先だったが、どこか同じのような気もした。  
グウェンダルはアニシナの好きなようにさせながら、言葉を選んでアニシナに語りかけた。  
「お前が傷ついたり、落ち込んだりしたときに力になりたいと思う程度には・・・私はお前を想っている。」  
 アニシナはグウェンダルと自分の指先を見つめながら、静かに応えた。  
「わたくしが、あなたに「お願い」をしては、あなたは逆らえないでしょう?ですから、わたくしからあなたに何かをしてほしい  
とお願いするわけにはいきません。」  
 グウェンダルは眉根を寄せた。  
「・・・いつも実験しろと「お願い」されているが?」  
「あれは、眞魔国に関わる重要な案件ですから、「協力」を仰ぐのは当然でしょう。」  
 本当に当然のことのように即答されてしまい、グウェンダルは何も言えなくなってしまった。  
「では、今は私は必要ないか?」  
 アニシナはグウェンダルをゆっくりと見上げて、また重ねた手に視線を戻した。  
「・・・必要です。」  
 他のどんな言葉もいらない。すがってくる涙も、訴えかけてくる言葉もいらない。ただ、アニシナに必要とされることだけが、  
自分の心を慰めた。甘い言葉も、恋人らしいやりとりも、そんなものはなくても構わない。この、小さな手のひらのぬくもり  
さえあれば。  
 
 
 しっとりと汗ばんだ白い肌に手を這わすと、細い身体はなまめかしく身体を捩る。何度目かの口付けを贈ると、応えて  
こちらの唇に吸い付いてくる。白い太ももの付け根を指でそっと辿ると、もどかしいのか太ももを擦り合わせる。あまりに艶  
かしくて正気を失いそうになるが、アニシナを見つめるたびに胸が痛んだ。  
 アニシナの水色の瞳には、涙が浮かんでいる。それは生理的なものからではなくて、もっと感情的なものを含んだ涙だ  
ということに、グウェンダルは気付いていた。気付いていたが、こうやって抱くことしかできない自分に、一体何が言えるの  
かと何も言えずにいた。こんな陳腐な慰め方しかできない自分が、本当に嫌になる。今は戦地にいる弟なら、どんな慰め  
方をしただろう。彼は一番、母親に似ている。  
「っ・・・!」  
 ふいに、背中に痛みが走る。アニシナが、じっとこちらを見つめていた。桜色に染められた爪先で、背中をひっかかれた  
ようだった。  
「・・・何を考えているのです。」  
「あ、ああ・・・何も・・・」  
「嘘をおっしゃい。上の空でしたよ。失礼な男ですね!」  
 一見いつも通りのアニシナに、グウェンダルは困惑するしかない。いつだって困惑しているけれど。  
「・・・こんな慰め方しかできないと、自分を責めていた。」  
「・・・あなたは、よほど自分を責めるのが好きなようですね。」  
 グウェンダルが眉間に皺を寄せる前に、アニシナは自ら唇を重ねた。そのまま、舌を絡ませながら激しく口付けを交わす。  
「んっ・・・ふ、くちゅっ・・・ちゅ・・・」  
「ちゅっ・・・ん、は・・・」  
 角度を変えて何度も互いの口腔を舌で探りあい、唾液を交換させながら、長い時を経てようやく二人の唇は離れた。  
自分も傷ついていて、アニシナも傷ついていると言うのに、甘すぎる口付けはグウェンダルを容易に虜にする。どっちが慰め  
られているのかわからない。  
 アニシナは荒い息の中、はっきりとグウェンダルに聞こえるように言った。  
「一晩、自分の感情をやり過ごすのには、十分ですよ。」  
 
「・・・そうか。」  
「ええ。」  
 グウェンダルの眉間の皺が緩んだのを見て、アニシナはグウェンダルの首に腕を回して抱きしめた。  
「・・・独りに、なりたくないのですよ。今夜は。」  
 今夜だけは。  
 なら、今夜だけは悲しみを思い出さないように、甘い一夜にしよう。自分とアニシナにはふさわしくないかもしれないけれど。  
互い以外に何も入らないほど、情熱的な一瞬にすればいい。  
 グウェンダルは触れるだけのキスをしてから、アニシナの白い膨らみの頂を口に含んだ。唇で甘咬みしながら、小さな  
突起を舌できつくしごき上げる。アニシナは身体をぶるりと震わせながらグウェンダルを抱きしめた。  
「んあ・・・!グウェン・・・っ」  
 いつもはこの程度の愛撫なら、口を閉じて声を殺してしまうのに、今日のアニシナはそれをしなかった。甘い声を惜しげ  
もなくグウェンダルに与える。唇で弄んでいるのとは逆の乳房は、左手できつくもみしだいた。すでに硬く起立した突起部分  
をきつく摘むと、一際甘い声がアニシナの口を突いて出た。  
「ああっ・・・グウェンっ、もっと、・・・!」  
「急くな。」  
 ねだるアニシナの涙を舌で舐めとってから、グウェンダルはアニシナの太ももに手をかけた。そのまま、大きく足を開か  
せる。秘所からは、すでに大量の蜜が零れてグウェンダルを誘っていた。指で蜜をすくうと、アニシナが腰をよじらせた。  
蜜を指に絡ませるように、秘所をつつくと、いよいよアニシナの声は高くなってきた。  
 
「あぁんっ、あ、はぁっ!」  
「アニシナ・・・。」  
 色めくアニシナを見て、うわ言のように名前を呼ぶグウェンダル。秘所に口付け、舌で蜜を掬い上げると、アニシナの身体  
は震えた。気にせずくちゅくちゅと蜜を舐め続ける。突起をきつく舌で舐め上げ、秘所を指で辿る。激しく水音を立てて秘所  
に顔を埋める男を見て、アニシナは全身を赤く染めた。  
「あぁ!や、グウェンっ・・・!そ、な・・・はぁあんっ!!」  
「アニシナのココは、洪水だぞ。何が嫌なんだ。」  
 見上げてくるグウェンダルの口元は蜜で汚れ、汗ばんだ額には黒灰の髪が張り付いていて、驚くほど扇情的だった。  
赤い舌が、指に絡んだ蜜を舐めとる仕草は、目を奪われるほど色っぽい。普段なら男に欲情するなんてと思うかもしれない  
が、今はそれも構わないと思った。  
 グウェンダルに自ら唇を寄せ、舌を差し込み絡ませあった。柔らかな唇と、絡む舌が心地いい。互いがとろけるような快楽  
に浸り、グウェンダルは再びアニシナの秘所に手を伸ばした。指をゆっくりと挿入し、アニシナの熱さと狭さを感じた。  
「あ、あ・・・もっと・・・んっ・・・!」  
 グウェンダルの太い指は、アニシナの内壁を何度も擦る。アニシナはもっと奥に刺激が欲しくて、誘うように腰を動かすが、  
グウェンダルはアニシナが望むようにはしてくれなかった。指だけで高みにまで上り詰めさせられ、アニシナはグウェンダル  
にすがった。  
「あ、あ、あぁんっ・・・はぁっ、あ、だめですっ・・・!もうっ!」  
「イけばいい。私が見ていてやる。」  
「ぁあんっ・・・!!ど、どんな理屈ですかっ・・・!」  
 アニシナが快楽に眉をひそめてグウェンダルを見ると、グウェンダルは自身も堪えるように眉根を寄せていたが、それでも  
不思議そうにアニシナに言った。  
「独りでイくのが、寂しいんじゃないのか?私がいるから、大丈夫だろう?」  
「―――っ!!」  
 
 羞恥に顔を真っ赤に染めたアニシナに、グウェンダルは激しく口付けた。舌で歯茎をなぞられ舌を絡ませあう快楽と同時  
に、蜜壷に挿れられる指はさらに一本足され、激しくアニシナの弱い部分を攻め立てる。  
「ん・・・んううぅっ!!」  
 ぎゅっと指にアニシナが絡みついたかと思うと、蜜が溢れて、アニシナの身体から力が抜けた。達してしまったのだろう。  
荒い息を吐き身体を震わせるアニシナの小さな身体が愛しくて、グウェンダルはそっと身体を抱きしめた。  
「グウェン・・・?」  
 涙が浮かぶ瞳でこちらを見るアニシナに、グウェンダルは微笑んだ。訝しげに見るアニシナ。  
「何です。何がおかしいのですか。」  
「・・・別に、なんでもない。」  
 ただ、アニシナがかわいくて、それを今感じている自分が申し訳なくて、グウェンダルは苦笑するしかなかった。気持ちは  
止められない。けれど、気持ちをどうすることもできないどうしようもない状況や関係はある。アニシナとジュリアは。コンラ  
ートとジュリアは。  
自分とアニシナは、どれほど恵まれているんだろう。それを感じるほど、グウェンダルにはアニシナが愛しくて仕方ない。  
不謹慎な気がして、どうしようもない。  
「グウェン・・・。」  
 まだ火照った身体を持て余しているのか、甘い声で名前を呼び、身体に乗っかって唇に吸い付いてくるアニシナ。細い  
身体に対して豊かな胸がグウェンダルの身体に押し付けられる。  
「もう、おしまいですか・・・?」  
「・・・まさか。」  
 アニシナの耳元でささやいて、そのまま耳たぶを甘噛みする。耳の穴に舌をいれると、くすぐったそうに肩を震わせるくせ  
に、甘いため息を吐いた。  
 
「耳が弱かったか・・・?気付かなかったな。」  
「んっ・・・やかましいですよ、グウェン。もっと、色っぽいことを言えないのですかっ・・・!」  
 お前だって、もう少し色っぽいことを言ったらいいのに、という台詞をグウェンダルはかろうじて飲み込んだ。とりあえず、  
この姿だけでも色っぽいので台詞は問わないでおこうと思った。  
 くちゅくちゅと音をだして耳を弄ると、ますますアニシナの息は荒くなっていった。腕の中で震えるアニシナは、なんだか  
とても可愛い。胸の突起に触れると、先程よりも硬さを増してグウェンダルの手のひらを刺激してきた。突起だけを強くつね  
ったり、揉んだりしていると、アニシナの瞳から涙がこぼれた。きっと、秘所からは零れるほどの蜜が流れているだろう。  
それが予測できていても、グウェンダルはアニシナの秘所を刺激しなかった。ただ、自分の腕の中で快楽に震えるアニシナ  
を眺めているのが嬉しかった。  
「グウェンっ・・・!!いい加減にっ・・・」  
「何をだ?」  
 とぼけるグウェンダルを、アニシナはきつく睨みつけた。普段なら恐ろしくてたまらないその目も、今ばかりは子猫の些細  
な抵抗にしか感じない。  
「何を、いい加減にしてほしいんだ・・・?」  
「わたくしにわざわざ言わせたいのですか・・・?」  
「そうだな。」  
 ようやく楽しそうに微笑んだグウェンダルを見て、アニシナは少し安堵した。  
 無駄に心根だけは優しい男だから、こんなことを頼んでしまって、少しだけ心苦しかった。きっと、自分がどれだけ傷つい  
ているかとか、こんなときにこんなことをしていてもいいのかとか、そんなことばかりに気を取られていただろうことは予測  
できる。けれど、それでも自分を慰めようとしてくれたことはありがたかったし、傍にいてくれることは救いだった。ただ、その  
ためにグウェンダルが気を回しすぎるのが嫌だった。気持ちの切り替えのできない、本当に愚鈍な男だから。  
 アニシナは、グウェンダルに唇を重ね、至近距離で囁いた。  
「ここを・・・さわって。」  
 グウェンダルの右手を掴み、秘所まで導く。  
 
「さっき、触らなかったか・・・?」  
「もう一度、です。」  
 グウェンダルは、再びアニシナを下にして、膝を割り開いた。そのまま指を這わせるのかと思っていると、腕はそのまま  
膝を固定し、秘所に顔を近づけた。眉をしかめるアニシナ。  
「何ですか・・?」  
「同じことを2度するのは、芸がないだろう・・・?」  
 そう言うと、グウェンダルはアニシナの秘所に舌を這わせた。豆粒大の小さな肉を、つっと優しく舐め上げる。  
「あぁっ・・・!」  
 ぶるりと身体を震わせるアニシナ。構わず、グウェンダルは何度もそこを舐め上げた。溢れる蜜を丁寧に舌で掬い取って、  
飲み込む。くちゅくちゅと水音が響き、その音の卑猥さにアニシナの肌は粟立った。  
「や・・・は、グウェンっ・・・!」  
 肉芽を唇だけで咥えられ一層強く舌で刺激されると、アニシナは身体をのけぞらせた。白い上半身がなまめかしく動くの  
を見てグウェンダルは興奮したが、それでも刺激だけはきつくならないように、懸命に自分を抑えた。  
 丁寧に、丁寧に。彼女が快楽しか感じないように。  
「あ、あんっ・・・!そ、なにしたらっ・・・またっ・・・ああぁあんっ!!」  
 何度か肉芽を舌で揉み解し、ほんの少し蜜壷の入り口へ舌が入った。そのまま内側から舌で刺激してやる。くちゅくちゅ  
と蜜の溢れるそこを舌で刺激され、アニシナは羞恥と快楽でおかしくなってしまいそうだった。ふいに弱い部分を舌で刺激  
されると、アニシナの身体は大きく振るえて、力が抜けた。グウェンダルは口元についたアニシナの蜜を拭いながら、瞳を  
細めて囁いた。  
「舌だけでも、よかったか・・・?」  
「ばかっ・・・!!」  
 胸を叩かれたが、力の抜けた腕ではいくらアニシナでも普通の御婦人と変わらない腕力でしかなかった。そうなると、もう  
グウェンダルにはじゃれているようにしか感じられない。暴れるアニシナの身体を少し押さえつけて、猛った自身をアニシナ  
の蜜壷にあてがう。アニシナの身体がほんの少し震えたが、額をグウェンダルの汗ばんだ胸に押し当てて囁いた。  
 
「・・・早く。」  
「・・・ああ・・・。」  
 もうこれ以上は、待つつもりもない。  
 アニシナの頬に唇を寄せてから、グウェンダルは己を一気にアニシナへと突き入れた。  
「あああぁんっ!!」  
「っく・・・!」  
 熱いアニシナの中は、グウェンダルをぎゅっと締め付けて離さない。動けばすぐに達してしまいそうで、アニシナの中を動  
くことは困難だった。  
「グウェン・・・」  
 甘い声で名を呼ばれるだけで、背筋に甘いものが走る。アニシナが背に手を回して抱きしめるのを感じながら、いつもこう  
だったらいいのにと頭の片隅で思う。  
「アニシナ・・・」  
 自分の声が、これほど甘くなるのをグウェンダルは自分でも聞いたことがない。潤んだアニシナの瞳を見ると、こんな声  
が出てくるのも仕方がないように思えるけれど。腰を動かし一突きする度に、アニシナは細い身体をくねらせる。水色の瞳  
が甘く揺らぐのを見ると、愛しくて仕方がない。緩急をつけて締め付けられる下半身に、意識が遠のいてしまいそうだ。  
「グウェ・・・奥までぇ・・・ああっ!」  
「は・・・いいか?アニシナ・・・」  
 ゆっくりと動いていた腰が、徐々に大きく早く動くようになる。アニシナの奥を膨張したグウェンダルで摩擦すると、より一  
層アニシナの締め付けがきつくなった。じゅぷじゅぷと蜜の音が結合部から響いて、二人の行為の激しさを物語った。  
「んぁっ!グウェンっ・・・も、だめ・・・ああっ!」  
「私も・・・一緒に・・・」  
 グウェンダルがアニシナに口付ける。激しく舌が絡まり、荒い吐息が混じる。グウェンダルはアニシナの腰を抱え膝を開き、  
アニシナの最奥へと自身を突き入れた。  
「はあぁんっ!あ、グウェ・・・ッ!」  
 ただでさえ狭いアニシナの中は気持ちがいいのに、アニシナの喘き声はそれを増幅させるような気がした。しかし、もっと  
そんな声を聞いていたいと思っているのに、声を塞ぐように口付けを繰り返してしまう。まるで甘い果実を貪るように、アニ  
シナの唇を追いかける。塞いだ唇から漏れる、かすかな声と荒い息遣いを聴くのも、グウェンダルの性感帯を刺激した。  
 
「はぁ、グウェンっ・・・ん、ふ・・・」  
「ん・・・ちゅ・・・アニシナ・・・」  
アニシナの細い指に自分の太い指を絡ませて、グウェンダルは口付けたままアニシナを激しく貫いた。ふいにアニシナの  
身体が腕の中ではねて、きゅっとグウェンダルを締め付ける。  
「ん、ふぅ、んんんんんんっ!!」  
「―――アニシナ・・・っ」  
 その刺激に耐え切れずに、グウェンダルはアニシナの中に精を吐き出し、アニシナの最奥で精と蜜が混じりあった。  
   
 
「わたくしが死んだら、と考えたことはありますか?」  
 唐突にアニシナがグウェンダルに尋ねた。急に自分の腕から逃れて起き上がったかと思えば、何を。  
「・・・考えたこともない。」  
 グウェンダルは正直に答えた。どういう意図でこんなことを聞いているのかわからないので、下手な返答をするよりも素直  
に言ってしまったほうが言い訳がしやすいと思ったのだ。言い訳を聞いてくれる相手ではないけれど。  
 アニシナは眉をしかめた。  
「このご時世に、考えたこともないのですか。これだからあなたは幾つになっても愚かなままなのです。」  
 情事の後にいきなり説教されるのは慣れたつもりだったが、眉間に皺がよるのを感じた。互いにまだ一糸纏わぬ姿で、  
指先だけはまだ繋がれたままでそんな辛らつな台詞を聞くと、心のバランスを失いそうだ。グウェンダルは大きくため息を吐いた。  
「考えたこともない。大体お前は軍籍とは言え、司令部勤務だ。実際に戦場に行くことはほとんどないだろう。」  
「ええ。あなたとデンシャムの陰謀によってですがね!」  
「お前が前線にいると、他のものが無茶をしなくてはならんだろう。誰もお前ほど体力があるわけではない。」  
 無尽蔵の体力を誇るアニシナが司令官などやっては、他の兵が過労で倒れる。司令官がやる以上のことを兵はやらな  
ければならないから。そういう理由もあって、グウェンダルとデンシャム以外の者の意見も入れてアニシナには前線に出な  
いように言ってある。それが決まったときは散々文句を言われたものだが、まだ根に持っているとは思わなかった。  
「くだらないことを。自分の領地を守らない領主の娘になんの価値がありますか。」  
グウェンダルは乱れた髪をかき上げながら、ため息混じりに言った。  
「これでもお前を心配しているんだ。」  
「だから、わたくしが死ぬかもしれないことは考えたことがないと言うのですか?」  
「・・・アニシナ、滅多なことを言うな。」   
 グウェンダルはつないだ手をそっと握り締めた。アニシナはそれを振りほどき、また指先だけ手を重ねた。  
 
「では、想像してみるのですね。―――コンラートがジュリアを失うというのは、わたくしたちのそれに匹敵しますから。」  
グウェンダルはアニシナを見つめた。かける言葉が見つからなくて、繋がった指先にそっと指を絡める。その仕草にアニシ  
ナは微笑んだ。  
「もっとも、内容も形もまったく違いますが。」  
 照れ隠しなのかどうなのか、判断しかねる台詞だったがグウェンダルは何も言わなかった。言葉にできる関係など、互い  
の関係のほんの一部でしかないから。  
「・・・お前は私が死んだら、などと考えたことがあるのか?」  
「―――もちろん。」  
 予想もしなかった答えに目を見開いたグウェンダルを横目で見て、アニシナは少しだけ微笑んだ。  
「何ですか。鳩が豆鉄砲食らったような顔をして。何をそんなに驚いているのです。」  
「いや・・・。」  
 心底驚いているグウェンダルの表情を見て、アニシナは笑みを深くした。口では、だからあなたは愚かなのですと言う。  
「あなたが戦場に出るたびに、わたくしはいつも考えていますよ。」  
 アニシナがそんなことを思っていたとは、知らなかった。いつも、日常と変わらないような態度で、「行ってらっしゃい。せい  
ぜい死なないことですね。」などと言って別れるから。  
 あまりの衝撃に口を閉ざしたグウェンダルを、アニシナはいつになく優しい瞳で見つめる。そっとグウェンダルの指先に触れ  
ながら、静かに言った。  
「例え生まれたときから一緒でも、死ぬときまで一緒とは限りません。そんなことも思いが行かないとは!だからあなたは  
いつまで経っても物の道理がわからないのです。」  
 グウェンダルは瞳を細めてアニシナを見つめた。触れる指先のぬくもりが急に愛しくなって、手にとってそっと唇を落とす。  
 コンラートは、本当にジュリアの後を追うかもしれない、と思いながら。  
「後を追わない自信がないな。」  
 
 コンラートと、自分を重ねて。死んでしまった誰かを思いながら、自分は生きていけるだろうか。相手が自分に深く根付い  
ていればいるほど、生きにくくなる。相手が自分にとって、強烈な個性を持っていればいるほど、いたたまれなくなる。手の  
ぬくもりが、温かければ温かいほど、その後の冷たさに堪えられない。  
 アニシナは指先に落ちる唇の温かさを感じながら、柳眉を潜めてつぶやいた。  
「―――馬鹿なことを。」  
 不機嫌になったアニシナをなだめるように、自分も起き上がって後ろから抱きしめた。そんなことで機嫌の直る相手では  
ないけれど、なぜだがこうしたいと思った。  
「―――『死ぬまで一緒』とは、なかなか上手く行かないものですよ。」  
「ああ・・・。」  
 アニシナはそんなことを望んでいないし、自分もそんなことは望んでいない。けれど、コンラートとジュリアはどうだっただ  
ろう。そんな愚かなことを、二人は望んでいただろうか。せめて、それまでは一緒にと、願っただろうか。  
 ジュリア、お前は一体―――  
 
「・・・二度と、こんなことは起させん。」  
 グウェンダルが低くつぶやく。甘い響きは、少しも混じっていなかった。  
「誓えますか。」  
「誓う。」  
 アニシナの硬い声に、硬い声で返事をしてきつくアニシナを抱きしめる。  
「・・・ゲーゲンヒューバーを、処断する。」  
「私情を交えてはいけませんよ。」  
 私情とは、親戚云々のことではない。アニシナを、コンラートを、悲しませたという、グウェンダルの私情。  
 グウェンダルは瞳を硬く閉じた。  
「・・・ああ。分かっている。」  
 アニシナは、慰めるようにグウェンダルの額に口付けた。  
 
 

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