ある夜のこと。  
ジュリアは就寝の準備を終え、メイドをさがらせて寝室に一人になった。  
ベッドに入ろうとしてふと思いつき、書き物机の上にあった小瓶を手にとる。  
繊細な形のその小瓶のふたをとると、爽やかでまるで夏の早朝の草原のような、それでいて女性的な柔らかい趣きもある心地よい香りが辺りに漂った。  
「・・・母上の使いでご婦人用の品物をあつかう店に行ったとき、見つけたものなんです。」  
昼間のコンラッドの言葉を思い出す。  
「ジュリアに似合いそうな香りだと思って・・・。よかったら着けてみてください。」  
ジュリアは心に甘いものを覚えながら、手の香水瓶を夜着姿の胸に軽く押し当てた。  
生まれつき視力に恵まれず、ドレスにも宝石にも流行の髪形にも興味はなかった。  
それでも世界に美しいもの、素晴らしいもの、愛すべきものがあふれていることはジュリアにはわかっていたし、  
彼女は彼女なりのやり方で人生を楽しんで生きてきた。  
「よく言えばさっぱり、悪く言えばがさつ」な性格だと評されても飾り気のかけらもない自分には妥当な評価だと笑っていた。  
しかしそんな彼女でも年頃の乙女としてお洒落を楽しむ気持ちが皆無だったわけではない。  
昼間のコンラッドからの小さな贈り物にジュリアは喜び、素直に礼を言って受け取った。  
その後ずっと、ジュリアはほのかに幸福な気持ちに満たされた想いで時を過ごしたのだった。  
ジュリアは香水をほんの少しだけ、自分のベッドに振りまいた。  
爽やかで柔らかい香りのなか、ベッドに入る。  
こうしていると、コンラッドに抱かれて眠っているようだと自然に思い、  
「・・・・・!!」  
その直後に赤面して飛び起きた。  
「いやだわ、私ったら・・・」  
どうしてこんなことを思ったのだろう。男性的なところなどない女らしい香りなのに。  
「ジュリアに似合いそうな香りだと思って・・・」  
コンラッドの言葉を思い出す。優しい声。軍靴の音。ジュリアに会うまで厩で愛馬の世話をしていたらしく、その身体からは干し草の匂いがした。  
香水瓶を渡されたときにわずかに触れた、暖かく大きな手。  
「・・・気のせいよね。そう、気のせいだわ。もう寝ましょう、そうだわ寝てしまいましょう。  
なにかよくわからないことがあったときは、美味しいものを食べるか寝るか、どっちかにすればいいわ。」  
ミもフタもないことをつぶやいて再びベッドに横になる。  
明日は血盟城に行こう。  
今夜一晩この香りのなかで眠れば朝にはジュリアの髪にも手にも身体にも、この香りは染み込んでいるだろう。  
この香りをまとったジュリアを前にして、コンラッドは何て言うだろう。  
ジュリアは眠りに落ちていった。  
まだ自分自身ですら自覚してない、淡い恋心を抱きしめながら。  
 
 
終わり  
 
 
 

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