彼女は強いから、泣くことはしないのだろう。  
「納得できませんね」  
凛と張った声に、湿ったものは感じられなかった。  
「だけどこれは、私の仕事なのよ」  
見えない目を向けると、アニシナの柳眉が逆立つのが見えた気がした。  
「ええ、そうでしょうとも!これは貴女の仕事です。わたくしに、それを止めたり邪魔立てする権利があるなんて、思っていませんよ」  
さらさらと衣擦れの音がして、アニシナの気配が近づいてきた。  
ジュリアは微笑んで、気配に手を伸ばす。  
最初に触れたのは布地で、そのまま指を滑らせると、肌に直接触れることが出来た。  
鎖骨のあたりだ。  
喉に近い皮膚が震えている。  
「わたくしも軍人です。眞魔国のために身命を投げ打つ覚悟を持っているのは、貴女と同じ――」  
「ええ。だから……前線のことは任せて。国内のことは、貴女を信じてるんだから」  
「それはもちろん、任せてくださっても構いませんが」  
自信満々の答えに、ジュリアは笑みを深くする。  
アニシナがこちらを見つめているのは分かる、けれどその瞳の色がどのように変化しているのかまではさすがに知ることが出来なくて、それだけは少し残念に思う。  
「アニシナ」  
 
小柄な身体を抱きしめる。  
いつもと変わらない温もりを愛しく思う。  
戸惑うことなく抱きしめ返して、アニシナはジュリアの耳朶に囁いた。  
「貴女はずるいですね」  
「?何が」  
「この戦いで、わたくしが命を落すことになっても」  
「アニシナ」  
覚悟の上のたとえ話でも、そんな言葉は聞きたくない。  
「わたくしの身体は残ります。でも貴女の身体は残らない」  
「……そうね」  
希少な毒となるウィンコットの血を、敵地に残すことは出来ない。  
毒女としても、フォンカーベルニコフ卿アニシナとしても――  
「納得できません」  
ジュリアの背中に回った腕に、力が入った。  
彼女は強いから、泣くことはしないのだろう。  
 
一陣の風が、2人に当たって砕けた。  
 
「――御武運を」  
 
2人の軍人は、己の職務を全うするために、それぞれの行くべき場所に足を向けた。  
 
 
 
 
おわり。  
 

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