「グウェン〜」
自由恋愛旅行から、たった今帰国したばかりのツェツィーリエは
愛しい愛息子を見つけて駆け寄った。
「母上、帰ったのですか」
「えぇ、楽しかったわ〜色んな殿方との恋愛は。とーっても刺激的で情熱的で」
そんな話を聞かされても、グウェンダルは恋愛ごとなどは全くと言っても良いほどに
興味はないので、適当に相槌を打つ。
「うふふ、ところでグウェン?アニシナとは最近どうなの?」
いきなり思ってもいなかった名前を出されて、条件反射でグウェンダルの眉に皺が増える。
「アニシナ?アニシナがなにか?」
思い出したくもない実験の数々が脳裏に浮かびグウェンダルは、それを跳ね除けるように頭を振った。
「とぼけたってだめよ。ちゃんと見たのよ。
私が旅行に行く前に、グウェンがアニシナに押し倒されているところをっ」
グウェンダルは、少々思い当たることがあり、「あぁ」と一人納得した。
そういえば、このツェツィーリエが旅行に行く前にアニシナは見送りと称して血盟城へとやってきていた。
そして、ちゃっかりとグウェンダルを捕まえて実験室へと連れ込んでいったのだ。
そのときに、新しい薬を飲めと言われて以前の恐怖が蘇り、断固として拒否していたら、
あのバカ力で捻じ伏せられたのだ。
小さくて可愛いものに目がないグウェンダルは、結局薬を飲まされた。
そのことを思い出したグウェンダルは、顔を顰めた。
それを見たツェツィーリエは、何を勘違いしたのか大喜びだった。
「あぁん!やっぱりそうなのねっ!大丈夫よ、グウェン。誰にも押し倒されたなんて言わないから。
やっぱり殿方が押し倒す方がロマンがあるものね!」
「は、母上…」
「大事な息子を取られるのはちょっと寂しいけど、アニシナになら良いわ。アニシナはとってもいい子だから」
「いい子!?」
自分の息子を人体実験に使われているのを知っているのか、いないのか、暢気なことを
言ってくるツェツィーリエにグウェンダルの顔は引きつる。
「式はいつにしようかしら。最高の花嫁衣裳を私が選んであげなくちゃならないわね。」
ツェツィーリエの話がどんどん進んでいくことにグウェンダルは、焦りを露にする。
このままでは本当に結婚まで話が進められるのは明白である。
はっきりと否定しておかないととんでもないことになってしまう。
「母上。アニシナと私はそんな関係じゃないです!」
多少荒げた声にびっくりしたのかツェツィーリエは目を見開いた。
そして、
「グウェン…それはだめ。体だけの関係なんて絶対だめよ!愛があってこそなのよ!」
いきなり力説し始めた自分の母親に呆気に取られ、ツェツィーリエが一体何を
言い出 したのか分からなかった。
「愛を囁かれるのも女の幸せなのよ。今からでも良いから行ってらっしゃい、グウェン」
そっと手を握られ、ツェツィーリエは自分の息子を哀れむような目で見つめてきた。
そこまで来て、グウェンダルはやっと状況を飲み込めた。
ツェツィーリエが自分が恥ずかしくて愛の言葉を囁けずにいるのだと勘違いしたの
だ。
しかし、気付いたときにはすでに遅く、ツェツィーリエは自分の倍以上ある息子を
ぐいぐいと押しやり、ついにはアニシナの実験室の前まで連れてきてしまった。
「じゃあ、グウェン?しっかりやるのよ?あ、事後報告もちゃーんとするのよっ?」
一体どんな報告を待っているのか、ツェツィーリエはいかにも楽しみという顔で
その場から去ってしまった。
「…」
グウェンダルは、眉間の皺を増やしながらもそのまま部屋の前で立っているわけにもいかず、
自ら望んでなど決して入りたくもない実験室の戸を叩いた。
しかしながら戸の向こう側からは全く応答がない。
何日も前からこの血盟城の実験室にいることは、グウェンダルは身をもって知っていた。
発明品が完成してはギュンターと代わる代わる実験台にされていたからだ。
そして、今も新しい発明品を開発中なのでこの部屋にいることは明白だった。
しかしながら反応が全くないことにグウェンダルは訝しがり、そのまま戸を開いた。
いつもながらぞっとするほどの発明品の数々がずらりと並んでいるその部屋に
条件反射でグウェンダルは嫌な汗が出るのを感じた。
その部屋の辺りを見渡してもアニシナは居ないようだった。
「…?」
しかし、グウェンダルは奥の部屋で何か声が聞こえた気がし、そちらへと歩みを進める。
奥の部屋は、一応アニシナの仮眠室となっていた。
しかし、仮眠室とは名ばかりでアニシナはほぼここで寝ることはなく実験や
発明に勤しんでいた。
だからこそ、その仮眠室で声や物音が聞こえるということは珍しかった。
何か怪しい生き物でも飼っているのではないかとグウェンダルは、ゆっくりと
わずかに戸を開けた。
しかし、そこに待っていたのは恐ろしい生き物や怪しいものではなかった。
それでも、グウェンダルはそれ以上戸を開けることは出来ずに体が鉛になってしまったかのように
動けなくなってしまった。
戸が少し開いた隙間から見えるのは、ちょうどベッドだった。
仮眠室に置かれたベッドは、仮眠するには大きすぎるほどのベッドだった。
特にアニシナほど小柄な人物では両手を広げてしまっても、あと一人は寝れるほどの
スペースが余るほどだ。
そのベッドの上に、アニシナはいた。
いつものように真っ赤な髪をきりりと頭の上で結んでいたときとは打って変わり、
その髪は乱れてベッドに散っている。
そして、その上にすっぽりと覆いかぶさるようにしていたのはグウェンダルの部下である
グリエ・ヨザックだった。
部屋の中には、ぐちゅぐちゅと粘膜が擦れ合う音が響いている。
「あっ…あぁっ!はぁんっ…んっ…」
「アニシナちゃん、我慢しないでいいですよ…」
「はっ…こんなときまで…っ…ちゃん付けなどおやめなさい…っ…あぁっ」
アニシナは、何とか甘い吐息が混じった声で窘めるが、すぐに揺さぶられて嬌声と変わる。
「すみませんでしたー…アニシナ…」
ヨザックは、お茶らけて謝ったかと思うとふと真面目な顔になり、アニシナの名前を呼ぶ。
閣下という自分よりも上の身をに呼び捨てにするなど言語道断であるが、
アニシナは、自らそれをヨザックに望んでいた。
自分よりはるかに体格が大きいヨザックの狂い猛ったものを狭い自分の中へと迎え入れて、
苦しげにしているものの頬は紅潮して快楽を示している。
そんなアニシナの顔を撫でながら、生理的にながれた涙を唇で拭いながらそのままヨザックは
深く口付けた。
「あぁんっ…あっあっ…!!ぁああっ!!!」
ぐんっとヨザックが腰を進める度にアニシナの口からは声が漏れる。
アニシナ自身は声を抑えようとしているのだが、唇を噛み締める度に口付けをされ、
緩んだ口からとめどなく声が漏れる。
その声に満足するようにヨザックは笑んでいた。
「まっ…たく…男という生き物は…っ…」
「その男の中でオレを選んだのはアニシナちゃんですよー」
「だから…っ…」
「はいはい、アニシナ。そろそろ集中していいですか?こっちヤバイんで」
そう言うと同時にヨザックはぐんと腰を進めた。
「ああぁっ!!はぁっんんっ…あぁんっ!!」
「…っ…」
激しい揺さぶりにアニシナも絶頂が近いのか、声を我慢することも忘れて必死で
ヨザックにしがみつく様にする。
部屋には水音とアニシナの声、そして二人の激しい息遣いが響いている。
「あぁっ…っヨザック…早く…っ…達しなさ…」
「えぇ、一緒に…っ」
そしてヨザックは、一気にアニシナを追い立てるように何度も何度も絡み付いてくる
粘膜を擦りあげた。
そして一気に二人は同時に絶頂を迎えた。
「…っ…く…アニシナ…!」
「っ…ああぁぁっ!!!」
びくんと大きくアニシナの体が震えたかと思うと、失神してしまい、ぐったりとベッドに沈み込んでしまった。
グウェンダルは、鉛のように動かなくなった体をどうにかして動かそうと試みたが、
どうもうまくいかなかった。
それどころか、目の前に広がる光景に目が片時も離せずに食い入るように見てしまっていた。
見たこともないような部下の男としての顔と幼馴染の妖艶な顔を見てしまったショックなどではない。
アニシナが一人の女として、誰かに好意を持っているということがグウェンダルにショックを与えたのだ。
明らかに、グウェンダルの中で何か沸々とした感情が溢れ出していた。
ようやく体が動くようになると、足早にそこを立ち去り真っ直ぐに自室へと向かった。
「…っ…!」
帰ってくるなり、グウェンダルはダンッと強く拳を壁に叩き付け、苛ついた感情を露にする。
そして、そのグウェンダル自身も自分の中にある感情を最悪の状態で誰にともなく気付かされ、
ただそのまま強く拳を握り締めたのだった。
「失礼しまーす。グウェンダル閣下、お呼びでしょうか?」
早朝にも関わらず呼び出されたヨザックは、暢気な顔でグウェンダルの部屋へと訪れた。
「任務だ」
グウェンダルはそれだけ言うと、一枚の紙をヨザックへと渡す。
その紙の中をまじまじと覗き込むと、ヨザックは「こりゃー…」と言って苦笑した。
「片道、馬をどう早く走らせたって1週間以上かかりますね、こりゃ」
ぽりぽりとオレンジ色の頭を掻きながらヨザックは自分の上司を見遣った。
しかし、相手はただ眉を潜めているだけで何も言おうとはしなかった。
「任務期間はどのくらいで?」
「決まっていない、私がよしとするまで帰ってはくるな。すぐに出発しろ」
それを聞いたヨザックは、わざとらしく大げさにため息を吐き肩を竦める。
「りょーかいしました」
投げやりなのか、諦めたのかヨザックは貰い受けた任務の紙を適当にくしゃりとまとめると
懐にしまいこみ、扉に手をかけた。
そして、ふと思い出したように口を開いた。
「あー…そういや閣下?覗き見は控えたほうがいいですよ?」
にやりと笑いながら言うヨザックにグウェンダルは目を見開いた。
そして、扉が閉まると同時に憎々しげにグウェンダルは舌打ちをした。
眉間には一層の皺を寄せて。