グウェンダルが初めて女を抱いたのは、母が自分を産んだ年の頃だ。  
 
「あら、グウェン。どうしました、無言でこちらを伺ったりなどして。」  
 さも当然のように幼馴染は言うが、外から自室に帰ってきて、扉を開けたら当然のようにお茶をしているのを見れば、  
誰でも思わず無言になる。声変わりしたばかりの父に良く似た声で、ソファに座った幼馴染に一応声をかける。  
「何をしている。アニシナ。」  
「見てわからないのですか、相変わらず愚鈍ですね。お茶を飲んでいるのです。」  
「・・・見ればわかるな。」  
 今日も燃えるような赤毛は高い位置に結わえられていて、夏空の青色をした瞳は、いつにもまして涼やかだ。  
「・・・実験には協力せんぞ。」  
「おや、生意気にも拒否するというのですか。そんなことを言って、これからしてほしいなんて言ってももう構ってあげま  
せんよ。」  
「絶対にないから安心しろ。・・・実験が目的ではないのか?」  
 いつもと様子が違うことに気付き、グウェンは今日の用向きはなんなのか改めて問い直した。  
「実験に一区切りついたので、休憩兼暇つぶしにやって来ただけですよ。話し相手にでもなりなさい。」  
 思い切り上から下への発言。見下げているのはグウェンなのに、明らかに立場は逆なのだ。昨日今日に始まったことで  
はないので、もうさほど気にはならないが。  
 
 アニシナは自分のティーカップをソーサーにおいて、新たなカップにお茶を入れた。それをグウェンに手渡し、またソファ  
に座りなおす。グウェンも手近なソファに腰掛け、一口茶をすすった。  
「昨日、寝室に女を入れたそうですね。」  
 っぶ――――――ぅ!!!  
 グウェンは口に含んだ茶を思い切り吹いた。嫌な顔をするアニシナ。  
「何だと言うのです!!成人して何年にもなろうというのに、汚らしい!!さっさと拭きなさい!!」  
「なっ・・・お前、それをどこで・・・っ!?」  
 は!?まさかまた例の怪しげな魔道グッズで、盗聴か何かを!?  
「今日ここに来たら、使用人たちが噂をしていましたよ。あと、ツェリ様が嬉しそうに話してくださいました。今朝はお赤飯  
だったそうですね。」  
 年頃の少女か、私は。  
 そんな突っ込みを口にすることもできないほど、グウェンは動揺していた。アニシナに知られていることもそうだが、母が  
他人にこの事を吹聴して回っていることにも驚いた。明日には知らない者がいないほどの広まり方をしているのだろう。  
胃が痛い。この頃からすでに、グウェン苦労性。   
「・・・父が送り込んできた。帰すわけにも、いかなかった。」  
 いい歳になったのだから。そんな意味だったのだろう。両親はそんなにこの事を重要視していないだろうし、送り込まれた  
女にしてもそうだった。貴族の末席の女だったのだろうが、自分よりも年上だったし、まして生娘でもなかった。金を受け取  
っている以上、帰れないとも言っていた。つまりは、そういうことなのだろう。  
「わたくしは別にあなたを責めようなどと思っているわけではありませんよ。そんな筋合いではありませんし、第一、合意の  
上でのことをとやかく言う気はありません。」  
 
「アニシナ・・・。」  
「だからそんなに顔を赤くすることはありません。まったく、みっともない。」  
 思わず顔を触るグウェンダル。そんなに顔が赤くなっているのだろうか!?  
「ただの興味で聞いただけですよ。生憎、わたくしにはまだ経験がないものですから。」  
「ア、アニシナ!!」  
「なんです。羞恥心などという実験の役にも立たないものは持ち合わせていないと何度も言っているでしょう。そんな様子  
だから、フォンヴォルテール卿も心配して女など遣すのです。いらぬおせっかいを焼いて欲しくなくば、自分で女の一人  
二人お持ち帰りしてごらんなさい。ぬいぐるみばかりお持ち帰りしていないで。」  
「生憎だな、私もお前と同じで、女には特に興味はない。」  
「では、男でも構わないのではないですか?」  
「興味がない!!」  
 思わず声を荒げてしまい、体裁を繕おうとこほんと一つせきをした。興味なさ気にそれを眺めるアニシナ。どうも本当に  
茶飲み話の話題のつもりで振ったようだった。思わずため息をつくグウェン。  
「・・・別に、楽しいことなど何もなかった。」  
「おや。そうなのですか?」  
「・・・良く知りもしない相手と同じ床にいるのは、気分がよくない。」  
「もっともですね。しかし、この眞魔国の歴史でも色欲に溺れて政務をないがしろにした王はたくさんいます。一体、なぜ  
そんなことになるのでしょうね?」  
「さてな。私にはよくわからんが、少なくとも私はそういうことにはならなさそうだ。」  
 気持ちがいいと良く聞いていたものだが、実際はそれほど気持ちがいいとは感じなかったし、女の好きなようにさせてい  
ただけだ。そこに自分の意思はかけらもなかったし、生殖本能で一晩が過ぎただけだ。あれなら帝王学の本でも読んで  
いたほうが、よほど自分と国のためになる。  
 
「ま、あなたの様なちきん・はーとの持ち主では、やろうと思ったところでできはしないでしょうがね。」  
 ふと哂ってアニシナが茶をすすった。誰がちきんか、と言いたかったが、言えば3倍になって言い返されるので、グウェン  
は黙ったままだった。  
「いつか・・・」  
「?」  
「いつか、わたくしにもそのような相手があてがわれるのでしょうね。」  
「・・・!アニシ・・・」  
「まぁ、わたくしが素直に相手や周りに従うとはとても思えませんが。」  
 アニシナがきっぱり言い切ったので、グウェンは言葉を飲み込んだ。飲み込んだ言葉が多すぎて、そのうち消化不良を  
起こしそうだ。  
「せめて知り合いならば、不快な気分は軽減されるでしょうか?」  
「・・・さあな。試してみてはどうだ?」  
「そうですね。」  
 グウェンは目を見開いてアニシナを見た。何でもない軽口だったのを返されたので、急に不安になってきたのだ。アニシナ  
ならやりかねない。  
 アニシナはティーカップをソーサーの上に置き、グウェンダルを手招きした。口元には、なにかをしでかす時の笑み。この  
笑みを見てしまうと戦慄が走り、嫌だと思っても身体が言葉に従ってしまう。古典的条件付けとは恐ろしい。  
 アニシナの座っているソファの肘掛に軽く腰掛けると、アニシナの細い腕が伸びてきて、グウェンダルの顔を捉えた。その  
まま、グウェンダルに軽く口付けをする。触れるだけの、他愛もない接触。ゆっくりと離れていくアニシナの顔を見ると、実験  
の途中で何かを発見したときのような、面白いものを見つけたと言った笑顔を浮かべていた。グウェンはあきれた表情をした。  
 
「・・・驚かないのですね?ちきんなあなたが、珍しいこともあるものです。」  
「・・・今日は、前ふりをきちんとしておいてくれていたからな。」  
 それも、珍しく長い前ふりだ。いつもは素っ頓狂で常人では理解できない行動を、突然してくれるから驚くのだ。今日ほど  
の時間があれば、覚悟はできる。  
「どうだ。気は晴れたか?」  
「さあ。わたくしには判断がつきかねますね。グウェンはどうですか?」  
 また答えにくいことを聞く。どう答えたものか迷っていると、再びアニシナは唇を重ねてきた。昨日の女より、遥かに緊張  
することだけは確かだと、この時思った。そして離れていく桜色の唇を、今度は自分から追いかけた。アニシナよりも、深く  
て激しい口付け。唇を離し、互いの息がほんの少し乱れていることを感じる距離で、グウェンダルは口を開いた。  
「・・・昨日の女は、私のシュミではなかったな。」  
「女を値踏みするとは、いつからそんなに偉くなったのです。恥を知りなさい。」  
 グウェンは頭を抱えたくなった。  
「・・・お前が、知り合いとの差を比較しろと言った。」  
「今のはあなたのシュミの話で、比較検討された話ではありませんね。」  
 研ぎ澄ました電動イトノコギリのようにさくさく人を切り刻んでいくアニシナの言葉。しばらく無言でいると、アニシナが口を  
開く気配がした。  
「―――あなたの、」  
 アニシナの言葉を、至近距離にある目と目を合わせるだけで促した。  
「あなたのシュミなど、わざわざ言われなくとも知っています。」  
 
 それは。  
 それは、小さなものが好きで、かわいいものが好きで。そのカテゴリーには、アニシナも含まれていて―――  
 そのようなグウェンのシュミ趣向など、アニシナには手に取るようにわかる。グウェンダルには、アニシナのことなど少し  
しかわからないのに。  
「卑怯だな。」  
「何ですか、急に。」  
 グウェンは自嘲気味に笑った。それを訝しげに見るアニシナ。  
「いや・・・。で、どうするんだ?私はどうすればいい?」  
「おや、誘惑してくれるのではないのですか?」  
「・・・お前が誘惑しているのだと思っていた・・・。」  
「わたくしのような貞淑なレディが、ですか?女に頼ろうなど、だからあなたはちきんだというのです。」  
「ああ、わかった。」  
 ため息をつきながらグウェンが適当に会話を打ち切った。色気の欠片もない会話だった。自分たちらしいと言えばらしい  
が、こんなことでお互いがその気になるのか、わからなかった。  
 もしかしたら、これって実験の一部なんじゃ?  
 そんな予想がふと浮かんだが、そう考えてしまうとあまりに心が乾いてしまいそうだったので、何も言わずにアニシナを  
隣の仮眠室へ運んだ。  
 
 アニシナの身体は、細かった。小さくて、白くて、女の身体をしていた。何も身に着けず、何も言わないままベッドに横たわ  
っている彼女を見ると、普段の悪魔めいた彼女は想像もできない。もっとも、何も言わない時間など、ほんの数十秒のことだ。  
「いつまで見ているつもりですか。珍しくもないでしょう。昔は一緒に湯船や寝所を共にしたのに。」  
「・・・何十年前の話だ。」  
 呆れながらも、アニシナへと何度目かの口付けを落とした。深く口付けたり、触れるだけだったり、できる限りの口付けをした。  
身体に触れるのが、恐ろしかった。自分の無骨で大きな手が、アニシナの身体を傷つけてしまいそうだった。とりあえず、  
ゆっくりと身体の線をなぞった。口付けて、身体をなぞる、たったそれだけの行為を何度も繰り返した。  
「?グウェン、どうかしたのですか?」  
「・・・いや、なんでも・・・」  
 ただ、緊張してきただけだ。柔らかい唇に何度も触れ、熱い舌を絡ませ、細い身体に手を這わせているだけなのに。  
興奮、しているのだ。どうしてもこれ以上のことをしようとすると、傷つけてしまいそうだったし、痛がらせてしまうと思った。  
自分が制御できないと思った。  
「グウェン。」  
 アニシナに名前を呼ばれて、改めてアニシナの顔を見た。アニシナは、微笑んでいた。  
「どうせまた、余計な気を回しているのでしょうけど、気にすることはありません。ちゃっちゃとやってしまえばいいのです。それとも、  
男特有のロマンチズムに酔いたいのですか?まったく、男はいつまでも夢の中をさまよっていたいのですね!」  
「・・・アニシナ、私はお前が・・・」  
「わたくしは、構わないと言っているでしょう。それとも、わたくしがあなたに遠慮して、嫌だと言い出せないとでも思っている  
のですか?」  
「・・・そんなことは・・・」  
 嫌なら今頃、私を半殺しにしているだろう。とは言わずに、グウェンは言葉を捜した。  
 
「それとも、わたくしが相手では不満ですか?」  
「・・・いや・・・」  
 アニシナに不満を持つと言う感覚を、遠い昔にどこかに置いてきてしまったから。  
「お前を傷つけそうで、怖い。」  
「あなたが、わたくしを傷つける?面白いことを言うのですね。」  
 アニシナはグウェンダルの首に、腕を回して耳元で囁いた。  
「あなたが、わたくしを傷つけるはずがありません。」  
 そんな度胸など、ないでしょう?  
 それを聞いてグウェンダルは、ただ笑ってアニシナを抱きしめた。  
 
 白い身体には、グウェンがつけた赤い花が散っている。白い胸の頂を口に含み、甘噛みを繰り返す。とても甘く感じた。  
とても。右手は、アニシナの太ももを撫ぜている。そこは他の部位より一際柔らかく滑らかだった。  
 頭がぼうっとする。静かに興奮しているのがわかった。息が荒くなる。アニシナを見ると、白い頬には朱が刺して、息を上げ  
ていた。普段とは違う、信じられないような色気と美しさがあった。けれど、先ほどから気になることがある。  
「なぜ、声を出さない・・・?」  
 先ほどから、アニシナは一声も発していなかった。息が上がる様だけで、あのりりしい声を、一度も聞いていない。今も、  
何かを言いたそうな目をしているのに、必死で口をつぐんでいるようにさえ見える。  
「どうしたんだ?」  
 アニシナはグェンダルから目を背けた。滅多にないことで驚いた。  
「アニシナ?」  
 
「・・・っと・・・」  
 小さくかすれた声で、アニシナがつぶやいた。  
「小さな・・・こ、とをっ・・・気になど、しないでっ・・・早くなさい・・・!」  
 声が、震えていた。笑うグウェンダル。  
「何だ、我慢していたのか?声を出すのを。」  
「・・・っ・・・」  
「お前が我慢しているところが見られるなんて、役得もあったものだな。」  
 しかも反論される恐れもない。女を組み敷いて、己の優位を示したい男を愚かだとアニシナは言うかもしれないが、男に  
はそれくらいでしか女に太刀打ちできないのだから、見逃して欲しいと思う。  
「我慢するな。」  
 抱きしめて、首筋に唇を落とした。  
「声が聞きたい。」  
 耳元で囁いて、口付けると、唇を噛まれた。痛みに顔を引いてアニシナを見ると、とてつもなく不機嫌な顔をしていた。  
どうもグウェンダルにいいようにされるのが気に食わなかったらしい。苦笑するグウェンダル。不機嫌にしているアニシナ  
など、恐怖の対象でしかないのに、この時は可愛く見えたのだ。否。いつだって、究極のところグウェンダルにとってアニシナ  
は見た目の可愛い幼馴染なのだ。  
 太ももから薄い茂みへと手を伸ばした。それに身体を振るわせるアニシナ。微かだが、湿った感触がした。ゆっくりと茂み  
を掻き分け、蜜壷へと指を這わせる。  
「・・・っ!」  
「我慢するな。」  
 何度も行き来を重ねると、じわりと蜜がわいてきて指にからんだ。溢れる蜜に誘われるままに、指を中へと沈めた。  
「っあ・・・!」  
 あまりに小さな声だったが、アニシナは声を出した。痛みからなのか、快楽からなのか、声が小さすぎてわからなかった。  
ただ、もっと聞きたいと思った。  
 中は指一本をこれでもかというように締め付けてきた。指を曲げると、さらにアニシナの身体がびくりと震えた。アニシナの  
顔を見ると、涙を流していた。戸惑うグウェンダル。  
 
「あ、アニシナ?痛いのか・・・?」  
「っだ、大丈夫です・・・!女の身体は、これしきでどうにかならないように、なっているのですっ・・・!」  
 それはそうなのだろうが、痛いものは痛いのではないだろうか。何とか快楽を引き出せないものかと、グウェンダルは考え  
た。とりあえず、唇を合わせてみる。唇を触れ合わすだけのつもりだったのに、唇が合わさった瞬間に舌を割り込ませて、  
お互いに絡めあっていた。自分が思っていた以上に、アニシナを欲していたのだと知って驚いた。  
 指をゆっくりと動かし続け、キスを繰り返していると、さらに蜜が溢れ出す。震えるアニシナを見つめると、背中からぞくぞく  
と何かが這い上がってくる気がした。さらに深く指を挿れると、アニシナは一際高い声を出した。  
「っあぁっ・・・!」  
「・・・アニシナ・・・」  
 頬を紅潮させ、瞳に涙を浮かべながら荒い息を吐くアニシナは、長年幼馴染をしてきたグウェンダルでさえ見たことのない  
表情だった。痛みで顔が曇ることもない。水色の瞳は、快楽に揺らいでいたから。くちゅくちゅと音を鳴らして、指を動かす。  
そのたびにアニシナは震え、グウェンダルも震えるほど興奮した。指を増やしてかき回すと、もうアニシナは声を殺したりは  
しなかった。  
「ぁあっ!は、グウェ・・・!!はぁんっ!!」  
「アニシナ・・・。」  
 もう限界だとばかりにアニシナの蜜壷から指を抜き去り、張り裂けそうなほど興奮した己自身をあてがった。そしてアニシナ  
の表情を伺う。  
「は・・・何です、こんな時までわたくしの顔色を伺うのですか?情けない。」  
 アニシナは涙の浮かぶ瞳で、こちらを見て笑った。腕をグウェンの背に回して、身体を密着させて、小さく言った。  
「たまには、自分の好きなように、わたくしをさらって見せなさい。」  
 グウェンダルは、苦笑しながら猛る自身をアニシナに沈めた。  
「っあ・・・!!」  
「大丈夫か?アニシナ」  
 
「・・・っ!無駄に、身体ばかり大きいからっ・・・無駄な部分も大きくなるのですっ・・・!」  
 大きくなったのはお前のせいも多分にあると思うが。そんなことはグウェンダルは言わずに、ただ腰を動かした。理性が  
残っていると思っていたが、自分が思っていた以上にそんなものはなくなっていたらしい。ただ、アニシナだけが欲しかった。  
 互いの息が荒い。声が響く。耳元で聴く、互いに知らない互いの声。軋むベッド。混じる赤と黒灰の髪。汗ばむ身体。熱く  
なる身体。快楽しか感じない瞬間。目の前の相手が、ただ愛しかった。  
「はぁっ・・・!グ、ウェン・・・!!」  
「アニシナっ・・・!!」  
 下半身からくる快楽は、昨夜の比ではない。相手に持つ感情一つで、肉体の快楽にこれほど影響がでるものなのだろうか。  
なら、肉欲に溺れるのではなく、相手に溺れることこそ有り得る話ではないだろうか。少なくとも、自分はそうだとグウェンダル  
は思った。  
 互いが繋がる部分からの水音が酷くなる。限界が近かった。壊れるほど強くアニシナを抱きしめて、自分を最奥へと突き  
入れた。  
「っああぁあ!!」  
「・・・っ!!」   
 背中を引っ掻かれる感覚がした。グウェンの背にしがみ付こうとして、爪が引っかかったのだろう。しかし、一瞬の痛みも  
快楽に飲み込まれ、記憶にも留めて置けない。アニシナが、ぎゅっと絡み付いてくる感覚は、他で感じたことがないほどの  
快楽だった。  
「はぁっ!グウェンっ!あぁっ・・・!!」  
「アニシ、ナっ・・・!!」  
 急速に狭まるアニシナの中に、自分の精を吐き出して、グウェンは、互いが混じる瞬間を感じた。  
 
 
 アニシナの寝顔を見たのは一体いつぶりだろうかと、アニシナの赤い髪を梳きながら考えた。確かに何十年か前は、  
昼寝や寝室を共にしていた。ただアニシナは当時から宵っ張りで、いつまでも明かりをつけて本を読んだりしていたので  
何時までもグウェンダルが寝付けずに、結局嫌になって一緒に寝なくなったのだ。  
ゆっくり眠れることは嬉しいことだったが、一つ残念に思ったこともあった。アニシナの寝顔が見られない。それはそれは  
可愛いのだ。眠っているから怒らないし、実験に協力しろとも言わないし、口も利かない。眠った顔はあどけなくて、まつ毛が  
長くて、唇が桜色で、自分より遥かに小さな身体を丸めて眠るのだ。惜しいことに、寝相は相当悪いが。  
 どうやら寝相は治ったようだ。淑女になるべく準備は着々と進められているらしいが、あの悪筆と変な笑い方と、独特の  
人生観は永遠に治らないだろう。  
「身体が痛い・・・。」  
 何時の間に起きていたのか、アニシナと目が合った。  
「あ、ああ。すまん。大丈夫か?」  
「ええ、大丈夫ですとも!偉大な女性が必ず通る道を、わたくしも経験しただけですからね!知ったことで、様々な問題点  
も見えてきます。これはわたくしにとっても良い経験だったと思いますよ。」  
「そうか・・・。」  
 一体どういう意味の問題点で、どういった意味の良い経験だったのか。それは精神衛生上、聞かないほうが良さそうだ。  
「今日は泊まるか?」  
「ええ、そうさせてください。流石に今からカーベルニコフに帰る気力はありませんね。実験で帰れそうもないと、連絡でも  
入れておいてください。」  
「わかった。」  
 グウェンダルは脱ぎ散らかした服を取り上げ、身に着け始めた。ズボンを履いたところで、ふとアニシナを見た。アニシナ  
は、じっとこちらを見ていた。  
「背中・・・。」  
「なんだ?私の背中がどうかしたか?」  
「傷をつけてしまいましたね。」  
 
 アニシナの指が、グウェンダルの背中を這う。自分では見ることはできないが、恐らくそこに傷とやらがあるのだろう。  
「そうか。・・・気付かなかったな。」  
「わたくしが引っ掻いてしまったのでしょう。今治します。」  
 グウェンダルはアニシナの魔力の発動を感じる前に、アニシナの手をとった。  
「何です?」  
「・・・治さなくて、いい。」  
「・・・そうですか。」  
 アニシナは特に理由を聞かずに引き下がった。理由など、聞かなくてもわかっているのかもしれない。お前を抱いた証  
だから残しておきたい、なんて、なんてセンチメンタルなと怒っているかもしれないが。  
「アニシナ。」  
「何ですか。」  
 再びベッドに沈んだアニシナに、低い声で囁くようにつぶやいた。  
「私は・・・母上のように好きだ愛しているなどという言葉は言えないし、それが適切な言葉なのかもわからん。これが恋愛  
だとも思わないし、ただの遊びだとも思っていない。」  
 アニシナは、静かにこちらを見つめ返すだけだった。それでも、水色の瞳は言葉を曖昧にすることを許してはいない。  
「愛しいと、思っている。」  
 友情とか、愛情とか、そんな感情も全部含めて。愛しいと。  
 アニシナは、ただ笑った。  
「知っています。」  
 長い年月、互いに傍にいて、わからないなんてあるはずもない。無理な実験に付き合うのも、怒らせるのを怖がるのも、  
頼りにして様々な相談をするのも、全部、その一言に尽きるのだから。  
「さあ、そろそろ夕食の時間のはずです。わたくしの分を作ってもらうように厨房に頼んでいらっしゃい。それとも、脱がす  
だけでは飽き足らず、着るところも見たいと言うのですか?」  
 
 アニシナがそう言うと、グウェンダルは慌てて他の服を着こみ、仮眠室を後にした。きっとアニシナの客室の用意も頼むに  
違いない。  
 アニシナは一人きりになった部屋で笑った。身体は相変わらず下腹部が痛むし、筋肉痛であちこちが悲鳴をあげている  
のに。  
「まったく、本当に男という生き物は―――」  
 愚かしさを盾にして、なんて愛らしいのだろうか。  
 
終わり  
 
 

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