『再会』
煌々と昇る朝日を背に、彼の操る馬の背に揺られながら、
黒髪がなびく身体にまわした腕の感触が、本当は夢の続きなのではないかと
不安になってしまいそうだった。
しかし、口を開けば噛んでしまいそうな速さで彼は馬を走らせている。
何故、そんなに急ぐ必要があるというのだろうか。
目覚めたのは古城の離れのような、幾重もの蔦に封印された、小さな建物だった。
契約ともいえる古の魔力によって永い眠りについたわたしを目覚めさせたのは、
わたしだけの魔術師のはず。
「お……っ、ま……っ!」
目覚めてから涙ながらに抱きついて、最低限ともいえるいつもの
言い争いのようなプロポーズの言葉は聞いたけれど、本物の彼かどうか
もう一度確認する前に、馬は駆け出してしまった。
ムードのかけらも感じられない、いきなりの展開に憤りを感じながら、
声をかけたくても、駆けて跳ね上がる振動に舌を噛むのが精一杯だった。
……問いただしたいのに。
もう一度、声を聴きたいのに。
優しく抱きしめあって、もう離れることはないと、安心したいのに。
その思惑とは裏腹に、馬は轍の残る小道を駆け抜けてゆく。
ようやく馬が止まる頃には、彼からマントを羽織わされていたとはいえ、
中は薄着だったエレインはすっかり冷え切っていた。
そのうえ、……痛い。
安定良く馬に乗るためにドレスのまま鞍に跨った内腿は、擦り切れたように
ひどく痛み、何度も打ち付けられたであろう尻は、きっと真っ赤に
腫れあがっていることだろう。
目覚めたばかりの身にこんな仕打ちをするのは、まさしく彼しかいない。
「マティアス」
恨みがましく睨みつけるエレインを横目に、そっけなく彼は馬に川の水を
飲ませている。
あたりには豊かに草が茂み、それらを十分に馬が食めるような距離の木に
手綱を繋ぎ、ようやく彼は腰を下ろした。
痛みをこらえて睨み続けるエレインに、マティアスは手招きをする。
「腹、減ってないか」
そう言って小袋から取り出されたのは、スモモの実だった。
スモモはエレインにとって大好きな果実だ。
素直に受け取ればいいものを、素直に受け取れないのは、身体の痛みの
せいだけではなかった。
「おまえなあ……!」
掴みかかろうとして、痛みのあまりにへたりこんでしまえば、
理解しているかのような動きで、マティアスはエレインを受け止めた。
我に返れば、すっぽりと彼の腕の中に抱き込まれている。
耳をすませば、規則正しい彼の呼吸と心音が、静かに聴こえていた。
ひとしきり彼の体温を感じてから、そっと身を起こせば、
目の前には黒髪の隙間から覗く、薄青い瞳が見つめ返している。
意識してしまえば、眩暈を起こしてしまいそうな至近距離で、
胸がどきどきと、ときめいている。
目覚めてから、まだ、キスもしていない。
どちらからともなく近づく唇に、エレインは目を閉じた。
「いっ……たたたたたた!」
突然、襲われた激痛に、エレインは悲鳴をあげた。
「なんだ、やっぱりやせ我慢か」
さっきまでエレインの背にあった手が、今は腫れて痛む尻をつねっている。
「ひ……ひどいじゃないか! 女神の巫女にこんな仕打ちをするドルイドが
どこにいる!」
激昂するエレインをからかうように、再び腕に抱き込みながら、彼は
不意打ちのように、エレインに唇を重ねた。
それは、一瞬だったのだろうか。
百年も待ちつづけた口づけは、触れ合うだけの、静かで長い時間に思える。
「……ひどいよ…………」
また、涙が溢れてきた。長い旅を経て恋を知り、艱難辛苦の果てに
ようやく結ばれたところで、百年もの永い別れが訪れた。
眠り続けていたエレインにとっては、一夜の夢のような時間だったとしても、
ずっと待ち望んでいた再会だ。
マティアスに乙女の望むようなロマンを求めても仕方がないのは理解しているが、
それにしても、もっと優しくできないものかと、エレインは不満に思う。
それでも、からかうような不意打ちでも、甘いキスだったと思えば
あらためてエレインは、彼の胸の中に顔を埋めた。