『轍(わだち)の果て』 
 
触れて欲しいと、抱きしめて欲しいと願うのは罪なのだろうか。  
長い時間(とき)を旅して巡り合い、恋心を抱いた相手は運命ではなかった。  
だが、果たしてそうなのだろうか。  
運命でないなら、どうして彼はわたしの長い眠りの封印を解き、  
《流星車輪》の使い手と成り得たのだろうか。  
女神の定めた運命でないのなら、わたしは自ら運命を築こう。  
運命を辿る轍は、車輪であるわたしが創る。  
逆らってでも、それでも欲しい一瞬を見つけてしまったから……。  
 
唇を重ねる。ずっと遠かった唇。  
これまでにもマティアスとは何度か口づけるような出来事はあったが、  
どれも恋人のキスには程遠く、甘い夢さえ見せてもらえなかった。  
けれど、今しているキスは魔術的な関連は一切なく、欲するがままの口づけ。  
蝋燭をひとつだけ灯した部屋の中で、ようやく想い続けた願いが叶う。  
僅かな明かりの中で、お互いを確かめるように抱きしめあえば  
触れ合う場所がさらなる奥行を求めて力がこもる。  
マティアスの舌が、唇を割って侵入してきた。  
歯をなぞられ、たまらず口を小さく開けば、あっという間に舌に絡めてくる。  
深く吸われ、彼の口の中に自らの舌が吸い込まれてゆく。  
まるで翻弄されるように強く絡めとられ、エレインにはどうすることもできない。  
こんな激しい口づけは知らなかった。  
激しいけれど、とても甘いように感じる。  
息をつくきっかけを求めて、必死で彼の背に腕を回し、シャツの背を掴む。  
無我夢中だった。  
 
ふと、彼の手が胸に触れる。  
大きな手が胸全体を包み込み、中心を求めるように指が漂う。  
と、いちばん感じる場所を探り当てられた。  
あとは服の上からその場所へ、徹底的な攻撃が始まった。  
唇と舌は完全に封じ込められ、胸は親指で捏ねられ、揺すられる。  
感じるということに、ちょっとした恐怖感を抱く。  
待ってと言いたいけれど、口中を激しいキスで塞がれて、くぐもった声しか出せない。  
苦しげに唸ると、彼はようやく唇を離した。  
蝋燭の明かりを映した薄青い瞳が、じっとこちらを見据える。  
視線に搦め捕られたかのように、何も言えなくなる。  
彼の手が今度はゆっくりと、熱く火照った頬に触れる。  
その手の温もりを確かめるように、そっと自らの手を重ねてみた。  
「……もうすこし、優しくして……」  
そう言うのが精一杯だった。  
無表情の瞳が、また近づいてくる。  
今度は静かな口づけ。唇に触れるだけの。  
唇から頬に移る。そして耳朶。  
耳にはめたリングに歯が当たって、カチリと音が鳴る。  
マティアスの手は後頭部に回され、うなじを優しく撫でる。耳に息がかかる。  
ぞくぞくと背筋を何かが通りすぎるのを感じる間もなく、唇は首筋に移り、  
顎、喉、鎖骨のあたりへと動く。  
胴衣をほどかれ、胸の近くにキスを繰り返す。  
エレインはマティアスの頭を抱き、その黒髪にキスを返した。  
 
静かにベッドへと横たえられ、だんだんと胸が高鳴る。  
エレインははだけた胸元を意識しながら、彼が胸の先端に唇を寄せるのを眺めていた。  
そっと吸われて、小さな痛みを感じる。  
それでも彼が愛おしくて、すこし硬い彼の髪を撫でる。  
マティアスは唇と舌でエレインの左の乳房を弄ぶように吸い、  
右手でエレインの胴衣を下げながら、腰からもう少し下へと撫でてゆく。  
左手は右の先端を摘む。  
仰向けに寝ていると、無い胸がますます平らになることをエレインは密かに気にしたが、  
マティアスに触れられるのはこそばゆいようで、やっぱり嬉しいと思う。  
ずっとこうして欲しかった。  
いつしか抱かれる日を待ち望んでいた。  
けれど、この先に待ち構えていることからも目は逸らせずにいる。  
自分の魂に秘められた《流星車輪》がいつ目覚め、女神の依り代である巫女姫の  
純潔を穢そうとする彼に、どんな攻撃が及ぶかと考えれば、これでよいのかと迷う。  
彼を失いたくはない。絶対に。  
けれども、恋する気持ちを封印することは出来なかった。  
彼以外の人に愛されることはひどく苦痛で、受け入れられなかった。  
肌が敏感に嗅ぎ分けるのはマティアスだけ。  
彼にだけは、そっと触れられただけでも本能的に身体が反応する。  
心は、彼だけを求めてる。  
たとえ運命がマティアスを選ばなかったとしても、わたしが彼を  
《流星車輪》の使い手に選んだように、運命は変えられるのではないかと  
エレインは祈るような気持ちで思った。  
 
「マティアス、わたし……絶対に後悔したくない。  
おまえと結ばれることのないままじゃ生きていけそうにないから、  
だから、選んだんだ……」  
マティアスはエレインの胸から顔をあげる。  
くしゃりとエレインの髪を撫でて、腕の中に抱き寄せた。  
「あほか。まだそんなことを考えていたのか」  
「あ、あほって……そんな言い方ないだろっ。わたしはおまえを引き裂いて  
しまうかもしれないって心配なのに……」  
「あのな、選んだのはあんただけじゃない。俺も選んだんだ。  
あんたに手を出せば女神の怒りに触れるのはとっくに判りきっている。  
そのうえで女神を説得しようっていうんだ。四の五のぬかすな」  
どうしてこいつは、こんな口の訊き方しかできないのだろう。  
「……おまえ、ムードってものは考えないのか?」  
「は? あんたはムードでそんなくだらないことを言いだしたのか」  
「そうじゃないよ! ……でも、こういう状況ならもっと優しい言葉で  
安心させてくれたっていいじゃないか……」  
「馬鹿言うな」  
そう言いながらもマティアスの手は卵色の巻毛を優しく梳く。  
言葉は罵倒ばかりでも、肝心な時の彼の手の温かさをエレインは知っている。  
こういう彼だから、好きになった。  
過去に彼の言葉に傷付いたことも、こうしていれば忘れてしまう。  
ずっとこうして抱きしめあっていたい。  
彼の体温はとても心地がいい。  
 
再び唇を重ねる。  
今度はエレインからねだるように。  
何度でもキスをしたい。もっともっとキスして欲しい。  
唇がこんなに敏感だとは知らなかった。  
思いきってエレインから舌を挿し入れ、絡めればマティアスもそれに応える。  
彼のために出来ることを尽くしたいと心から思う。  
彼の衣服を緩め、さっきマティアスにしてもらったようにエレインも彼の唇から  
頬へと口付ける。耳朶を甘く噛み、首筋から喉へとキスをする。  
「もっと強くしてみろ」  
言われるままに強く吸ってみる。ちょっと強すぎたかなと思いながら唇を離すと  
彼の喉元に赤いしるしが浮かんだ。  
「これって……」  
以前に自分も不本意につけられてしまったことのある痕。  
けれど、今マティアスにつけたこれは、自分の愛情のしるし。  
「わたしがつけたんだ……おまえに、わたしのしるしを」  
マティアスは優しい仕草で髪を撫で続けてくれる。  
認められているのだと、幸せに感じられた。  
 
嬉しくて彼の衣服をさらにほどく。  
そこには《流星車輪》の使い手を示す、地精のしるし。  
そっとそこにキスをして、それから小さな胸の突起に指で触れてみた。  
「ここって、男でも感じるのか?」  
「どうだろうな。あんまり意識したことはない」  
試しにキスをしてみる。けれど下手なのか、マティアスの表情は変わらない。  
むしろバカにされている気もしてくる。  
それがくやしくて、執拗に攻めてみようと思った。  
吸ってみたり、舌で転がしてみたり。  
くすりと彼が笑った。  
「くすぐったいな」  
……これも感じたというのだろうか?  
疑問に思いつつ、もう少し下へと冒険を進めてみる。すると綣(へそ)に行き当たった。  
ここならマティアスも転げるかもしれないと、舐めてみた……。  
ぴくりと彼の身体が反応する。チャンスとばかりにエレインは舌で舐める。  
綣の少し上を舐めると、腹筋が上下する。  
いつのまにか彼は、エレインの髪を撫でる手を止め、頭を掴んでいる。  
「…………う……」  
初めて声を洩らす。エレインはまだ、舐めることをやめない。  
「……エレイン」  
掠れた声に、ようやくエレインは顔をあげる。  
「あんたな……、なんてことをするんだ。淑女のすることじゃない」  
「……だめか?」  
困ったように彼は笑い、もう一度エレインをぎゅっと抱き寄せて、額にキスをした。  
 
エレインはマティアスの胸にある地精のしるしの上に頬を載せ、そっと指でなぞる。  
彼の全てが愛おしくてたまらない。  
この気持ちが女神にも伝わるだろうか。  
誰かを愛することに、罪なんてありえない。  
もしも罪なら、自分がすべての罰を受けてもいい。  
そう思えるほど、マティアスを大切に思っている。  
絶対に守る。たとえ女神が許さなくても、マティアスはわたしが守る……。  
 
そんなエレインを見つめ、抱きしめながら、マティアスも自分の中の感情と向きあう。  
べつに死に急いでいるつもりはない。  
ただ、もう堪えられそうになかった。  
彼女が望むのなら応えたいと、急に目の前が拓けたかのように覚悟が出来た。  
エレインにとって、自分は運命ではないだろう。  
それでも、自分にとってエレインは運命なのだと思う。  
たとえ残酷な結末が待ち受けていようと、抗うだけ。  
自分はそうして生き延びてきたのだから。  
 
すっかり衣服を脱ぎ捨てたふたりは、静かに指を絡めあっていた。  
マティアスはまだ、禁忌の場所に触れていない。  
このままこうして過ごすだけなら、問題はないのかもしれない。  
けれど、求める気持ちは満たされない。  
やがてマティアスが動く。  
絡めあった指をほどき、エレインの顎を上げさせる。  
琥珀色の瞳をしばし見つめた後に、甘い口づけを交わす。  
それが合図だった。  
 
エレインの身体を下にして、マティアスは覆い被さる。  
顔に、首に、胸に幾つものキスを重ねる。  
抱きかかえてうなじにも、肩や背中にもキスをする。  
まるで全身余すところ無く、唇でなぞるように。  
エレインの身体に自らのしるしを刻むように。  
慈しみながら、別れを惜しむように。  
薄紅色の胸の頂きを甘く噛めば、エレインから艶を帯びた声が漏れる。  
「あ…………ん…………」  
堪らずエレインは彼の頭にしがみつく。  
すっかり緊張がほどけて、触れ合い始めた時よりも、格段に感度が上がっている。  
なだめるように彼女の背中をさする腕は、腰へと伸びた。  
そして腿を撫で、唇は腹を辿る。  
そこから膝へキスをして、ふくらはぎを通り、爪先へ。  
足の指ひとつひとつを丹念に愛撫し、かかと、そして再びふくらはぎへ。  
膝の裏を撫で上げれば、高く短い嬌声があがる。  
腿へと指を伝い、そして残る場所は限られた。  
 
微かに湿った甘い香りが漂うそこは、淡い卵色の柔らかな茂みから、  
紅い唇のような色を覗かせていた。  
「マティアス、待って……」  
エレインが制止する。まだ迷っているのだろうか。  
「もう一度、キスをして。お願いだから……」  
上気した頬のまま、表情を強張らせている。  
身体を強く抱きしめれば、エレインは小さく震えた。  
「わたしは、おまえ以外の誰も欲しくないよ。これから先も愛するのはおまえだけ。  
おまえも、わたしに誓って。ずっと、わたしだけだって」  
いつもの自分なら、ばかばかしいと突き放すだろうか。  
「……誓う。あんただけだ」  
あまりにも素直に出た言葉に自分で戸惑いながらも、マティアスはそっと口づける。  
ふたりだけの結婚の誓い。  
長い口づけを交わしながら、マティアスは紅い秘所に触れた。  
 
触れれば何事か起こると思っていた。  
無理矢理、行為に及ぼうとした男の一件が頭をよぎる。  
あのときはもっと早い段階から《流星車輪》は攻撃的に発動した。  
それを考えれば、今回自分がここまで触れられたのは奇蹟だといえる。  
ここでひとつの疑問が頭をもたげる。  
《流星車輪》を鎮めるのは、聖槍の力だけではなかったのだろうか。  
この胸にある地精のしるしにも同じ力が宿っているのだとしたら。  
そう考えるのは都合がよすぎるだろうか。  
エレインの心がこちらにあるだけでも、違うのかもしれない。  
そして自らも欲望だけでなく、彼女の全てを渇望していた。  
 
「……あ…………」  
滲み出す愛液を指に絡め、そっと割り込む。  
透明でさらさらとした愛液は、マティアスを誘うように滑らせる。  
エレインの中を探るべく、中指を蜜壷へと挿入する。  
そうしながら親指と人さし指で小さな蕾を摘み、溢れる蜜は待ちかねたように  
吸い付き、音を立てる。  
「や……ん」  
しがみつきながら息を殺すエレインに深く口づける。  
エレインのことだからもっと騒ぐと思ったのに、意外に彼女はおとなしい。  
「どうした。ちゃんと息してるのか?」  
指を中で蠢かせながら、問い掛けて反応を愉しむ。  
「う……うるさい。おまえがこんな……こんなことするから、  
どうしていいか、わからないんだもん……!」  
顔は耳まで紅潮し、目は潤んでいる。  
こんなふうに男の指をくわえ込むことは予想していなかったのかもしれない。  
「あんたにとっては最低な行為かもな」  
空いている手で彼女の小さな乳房を揉み、先端を指でいたぶる。  
「は…………っ……」  
「息を詰まらせるな。声は出してもいい。どうせ俺しか聞いちゃいない」  
「……やだ…………だって、声……わたしの声、なんか違うし…………っ」  
すっかり昂ぶって、声が裏返っている。  
挿入している指を増やす。拡げるようにさらに指を深く、大きく動かす。  
「あんっ……!」  
「……もっと、聴かせてくれ。俺だけに、あんたの声を」  
首に強固にしがみついたエレインの顔に唇を寄せれば、応えるように  
そっと顔を上げ、キスをする。強く吸えば喉の奥で溜息をつく。  
ようやくここまで辿り着いた。  
あとは、想いを遂げるだけ……。  
 
蜜壷に嵌まった指は奥を確かめてから、今度は入り口周辺を丹念に拡げる。  
透明な水のようだった愛液は今では粘り気を帯びて、奥から溢れるように  
次々と湧いてくる。  
入り口から少し入った場所で、指を曲げる。  
ぐりぐりと刺激を与えると、さらに愛液が染み出してくる。  
荒い息で喘ぎ続けるエレインの瞳は宙を彷徨い、陶酔しているのがわかる。  
「あ……ああ……ん……あん……」  
指の動きに合わせて洩れる声が示すのは、性感帯。  
その中でも特に感じているであろう場所を、マティアスは見逃さない。  
「やっ……やあんっ、ああーっ」  
首に巻きついたエレインの腕は、力任せにマティアスを抱き寄せながら、  
なおものけ反る。  
入り口がひくひくと蠢く。苦しそうにエレインは眉を顰めたまま、  
口を閉じることも忘れてしまったかのようだ。  
しばらくそこを攻め続けてから指を引き抜けば、その感触にぴくりと身体を  
震わせてから、ぐったりと身体を横たえた。  
「まだ、終わっちゃいないぞ」  
マティアスは僅かな休息も容赦しない。  
エレインの足を抱え込み、すっかり昂ぶっている自身をまだひくついている  
秘所へとあてがう。  
やはり《流星車輪》は動かない。完全に使い手であるマティアスの意図に従っている。  
理由はなんであれ、やるべき行為は今はひとつしか思いつかない。  
エレインの腰を抱える。  
少し浮かせるようにして腰の下にクッションを入れ、静かに侵入を始めた。  
 
エレインは押し寄せる快感に抗うことをあきらめ、その流れに身を預けていた。  
マティアスに、誰にも触れられたことのない場所をあんなふうにされて、  
それでも恥ずかしさより、心の中が満たされる思いのほうが勝っていた。  
興奮しきった満足感の中で、エレインはぼんやりと思う。  
まだ終わっていないのは、なんだろうかと。  
朦朧とする頭で、マティアスを眺める。  
自分と繋がるべきものを、それまでマティアスが指で掻き回していた場所へと  
彼はあてがう。  
膝は彼の手に導かれ、彼の腰のあたりにあった。  
クッションを腰の下へと入れたのはなんだろうかと思った途端に  
それまで感じることのなかった大きな痛みが駆け抜けた。  
「い…………っ! さ、裂ける…………!」  
強烈な痛みだった。ちょっとでも彼が動けば、痛みは新たに襲ってくる。  
ふいに彼の動きが止まる。  
「……つらいか?」  
そう言われて、ようやく自分が固く目を瞑っていたことに気がついた。  
じんじんと痺れる痛みを堪えながら、ゆっくりと瞼を開く。  
瞳から涙が零れ落ち、雫は頬から耳へと伝った。  
マティアスはいたわるようにエレインの涙を拭い、間近に見つめている。  
なんだか申し訳ないような気持ちになる。  
「大丈夫……いやな痛みじゃないから……。  
もう一度、ゆっくりいれて……」  
彼の首に腕をまわして顔を寄せ、鼻の頭にキスをする。  
もう後戻りはしたくないから。ちゃんと彼とひとつになりたい。  
 
マティアスは侵入を再開する。  
やはりせつないように痛むが、すこしずつ慣れてきたのか、  
意識してゆっくりと息を吐けば、ぴったりと彼を包む自分自身を感じた。  
……繋がっている。彼が、自分の中に。  
今の自分たちは、確実に身も心も繋がっている。  
「マティアス……マティアス…………」  
それでも出てくる声は、同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。  
宥めるように彼はエレインを抱きしめ、背をさする。  
恍惚とした気持ちを、彼も感じているのだろうか……。  
長い髪を撫でられ、繋がったまま抱きしめあう。  
「……エレイン。もうしばらく、我慢できるか?」  
耳元で囁く声に、胸が熱くなる。  
この痛みは嫌いじゃない。苦しいけど、嫌いじゃない……。  
「いいよ……。おまえのしたいようにして」  
艶っぽく溜息まじりに呟いたエレインにマティアスは優しげに目を細め、  
そして動き始める。始めは静かに。すこしずつ大胆に。  
するりと中を奔り抜けて、奥へとまた戻る。  
何度も繰り返される行為に鈍い痛みを腰に感じるが、もう先程までの  
裂けるような痛みは薄れていた。  
だんだんと速いリズムになり、強く揺すぶられて声をこらえることもできない。  
「あっ…んっ……ふ……ん……んっ……」  
痛みはもはや、別の感覚へと変わってきていた。  
頭の芯で、火花が白く散る。  
眠いような無防備な感覚に包まれて、そのままエレインは意識を手放した。  
 
目を覚ますと、マティアスの寝顔が目の前にあった。  
身じろぎをしようとしたところで、彼の腕に抱かれたまま眠っていたことに気付く。  
それと同時に、じわりとした痛みを身体の中に感じて、彼との行為の余韻に浸る。  
(マティアスの、一番熱い場所を知った気がする……)  
そう思えば、痛む場所がじゅんと湿り気を帯びる。思わず頬が熱くなる。  
夜明けが近い。燃え尽きた蝋燭のかわりに、薄明かりが窓から忍び込む。  
エレインの気配を感じたのか、彼も瞼を開く。  
「やっと目が覚めたか」  
あきれたように呟かれ、エレインはちょっとだけ悲しくなる。  
あんなふうに抱きしめあったのに、やはり悪態は治らないのかと。  
それでも、エレインの髪を梳くように撫でる手は、やはり以前とは違うようにも思う。  
「どうせ起きるのなら、おまえのキスで目覚めたかった」  
ふてくされたようにそう言い返せば、彼は皮肉っぽく鼻で笑う。  
「自分で勝手に起きたんだ。生憎だったな」  
「じゃあもう一度寝るから、キスで起こし直してくれ」  
言った途端、おでこをはたかれた。  
「もう一度あんたが眠るまで待てって言うのか?」  
そっと寄せられた唇は、ゆっくりとじらすように重ねられた……。  
 
【END】  
 

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