掴んだ腕の女は誰なのか。  
小さな部屋の中は闇に包まれ、下の酒場から聞こえてくる喧騒を聴きながら  
つい先程までひとりで感傷に耽っていた。  
そこへ訪れた太陽の女。どこか異国の香りを感じさせる、黒髪の……。  
 
誰でもよかったのかもしれない。  
何もかもがどうでもよくて、なげやりに攻撃的な感情。  
女が欲しかった。  
覗き込んだ女の腕を引けば、あっけなくこちらへ倒れ込み、  
豊かな黒髪が頬に触れる。  
硬い巻毛。まるで針金のように肌を刺激する。  
同じ巻毛でも、あの卵色の髪はヒヨコの産毛のように柔らかだった。  
そのくせもつれやすく、くしゃくしゃと撫でれば怒る。  
日溜まりのような匂い。甘い、声。  
思いだす感触とは裏腹に、今触れている髪は存在が強すぎる。  
髪だけじゃない。肌は押し返すように張りがあり、例えるなら野生の獣。  
無駄のない肢体は、柔らかさよりも肉体の存在を誇示していた。  
 
首筋に噛付きながら、手探りで女の衣服をほどく。  
多少、破れてもかまうものか。俺には関係ない。  
指先に豊かな乳房が触れる。そのまま力に任せて揉みしだく。  
「あっ……!」  
女が小さく喘ぐ。乱暴に扱いながら、意識は別のことを思い浮かべる。  
小柄な少女。すがるように抱きついても、色気のかけらも感じられないほど  
華奢な身体つきだった。  
すっぽりとこの腕の中に収まってしまうほどで、どんなにきつく抱き寄せても  
胸の感触はほとんど感じられない。  
微かな膨らみは成長途中で、あどけなさのほうが際立つ。  
乳房の中心近くにある淡い朱に触れれば、どんな感触だろうか。  
 
女の大きな乳房の突起を甘噛みする。深く吸う。  
「あっ……あ……ん……」  
右手で胸をいたぶり、左手でまだ脱がしきれていない下半身をまさぐる。  
そのままペチコートの中に左手を入れ、ふくらはぎ、膝裏、太腿へと指を滑らせた。  
女は挑発するかのように足をよじる。開く。  
そうして到達した女の中心。いきなり指を差し入れた。  
まだ十分ではない。そう頭で認識していても、いきり立つ感情の赴くままに掻き回す。  
女の中は熱を帯び、熱い。  
貪るように、女の唇に口づける。舌を絡める。唾液を飲む。  
そうしながらも、やはり脳裏から琥珀色の瞳が離れない。  
煉獄の炎に焼かれ、苦しんだあの時に、ためらうように重ねられた唇。  
飲み薬を移すためにそっと開かれた唇から、微かに触れた舌。  
薬の苦さよりも、甘さを感じたあの柔らかな唇は、  
こんなふうに絡みあうことすら知らない。  
優しい口づけで目覚めることを夢見て、眠り続けた少女。  
何故、こんなにもあの少女が頭から離れないのか。  
この女と比べてもしょうがない。どうにもならない。  
 
指を蜜壷から抜き、唐突に男根を叩き込む。  
とにかく不愉快でたまらなかった。  
全然似ていない。身体も、声も、何もかもが不愉快で、壊れるほどに  
さいなんでやりたいと思った。  
そうして自分も、壊れてしまえばいい。  
激しく女の腰を貫く。女は痛みを堪えるように、呻くように喘ぐ。  
「うっ……んっ……んっ……はぁっ……」  
早いリズムが繰り返される。女の中が潤いを帯びて、滑るように動く。  
女の呼吸に合わせるような面倒はしない。  
自分のリズムを刻むだけ。  
抱きつくように首に回された両腕が、なんて鬱陶しいのだろう。  
「……あぁ……アモーレ…………」  
アモーレ。愛しい人。  
この女を抱きながらも女を見ない俺と同様に、俺じゃない誰かを見る女。  
こうして繋がりながらも、互いに恋愛感情はない。  
わかっていて抱き合っている。  
この女も、俺を利用している。  
では、俺は何を求めてこの女を抱いているのか。  
「ああっ、あああっ、ああーっ」  
女の声が一段と高くなる。頭の芯が霞がかった陶酔に包まれ、思考が止まる。  
その刹那。  
『マティアス』  
琥珀色の瞳が微笑み、呼びかける幻影が脳裏に浮かぶ。  
女から自身を引き抜き、女の胸に白濁した体液を放つ。  
勢いよく飛び出したそれは、胸の谷間を滴り、零れ落ちた。  
 
「……くそっ」  
ひどく狼狽した気分だった。  
背中の傷が疼く。少し前に飲んだ薬の効果は早くも薄れ、俺を嘖む。  
いったい何をしているのか。  
求めていたのは、あの琥珀色の瞳の少女だとでもいうのだろうか。  
ばかばかしいとその疑問を切り捨てられるほどの気力は、  
すでに残っていなかった。  
ついさっきまで繋がっていた女に背を向け、横になる。  
女は何も言わずに自分で身体を拭い、身に付けていた衣服を纏って  
何事もなかったかのように、静かに出ていった。  
 
そして俺は眠りに落ちる。  
女を抱いた生々しい感触とともに。  
 

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