「狼藉はそこまでだ! この化物め!」
ケーキを持ってオーファンから逃げる巧海を救うべく、晶は忍装束を身に付けて颯爽と現れた。
暗器で軽く牽制して巧海からオーファンを引き離し、巧海を戦闘に巻き込まないように撃破する作戦だった。
オーファンは数メートルはある巨体でぐねぐね動いており、一種の軟体動物を思わせる。
皮膚病のような斑模様の紫の肌に、食中植物のような大きな口と4つの目、そして食い意地が張っていそうな涎塗れの舌が見えている。
(下劣な……!)
こんな奴に巧海がどうにかされそうになっていたと考えると、晶は非常に不愉快だった。
どうしてここまで腹立たしいのか―――その感情の正体はまだ晶自身も分かっていない。
その巧海は目を大きくして晶―――謎の忍者を眺めている。
(そ、そんなにじろじろ見ないでくれ……)
今まで何の抵抗もなしに着ていた忍者服が、巧海に見られていると意識すると少し恥ずかしい。
忍びの割には微妙に派手だったり、足の露出が激しかったりと、細かい所が気になってくる。
(ええい、一気に決めてやる!)
晶は感情を振り払い、しなやかに木の頂上を蹴ってオーファンに挑む。
しかし誤算があった。
数分後。
「くっ、くそっ! そいつを離せ!」
オーファンは意外に知能があったらしく、その数本の腕で巧海を羽交い締めにして人質にしていた。
ケーキは無惨に地面に落ちて潰れている。
「……あ……あきら……く……」
「巧海っ! や、止めてくれ!」
首をぎりぎりと締め上げるオーファンを見て、晶は悲鳴を上げる。
その女々しい(実際女だが)声に自分で驚きながらも、言ったことは紛れもない本心だった。
オーファンはそんな晶を見てにやりと嗤い、舌先でエレメントのクナイを指して、次に地面を指す。
(武器を捨てろと言っているのか……)
エレメントは一瞬で出せる。晶は一時的にエレメントを消してオーファンに見せた。
(油断させて隙をつくしかないな……)
ここで第2の誤算。
オーファンの舌がムチのように伸びて、晶の顔にぱあん!と炸裂した。
「う……ぐぅ……!?」
晶の顔からオーファンの唾液が、まるで花が咲いたように盛大に散った。
予想外の怪力に吹っ飛んだ晶は地面をごろごろ転がり、木に激突してようやく止まる。
鍛えてはいるとはいえ晶も中学生の少女である。
ダメージを受けていても飄々と敵と向かい合うのが理想だが、その軽い身体に受けたダメージは隠せるレベルを超えていた。
「か、はぁ……」
ローションを塗したように顔がどろどろの晶は苦しげに呻き、痺れた四肢に力を入れようとする。
(た……巧海ぃ……!)
巧海の顔を思い浮かべると闘志が甦ってくるのはなぜだろう―――?
しかし、オーファンはそれ以上回復する暇を与えなかった。
ぐるぐると晶の腕にオーファンの舌が巻き付いてきて、そのまま軽く宙に持ち上げられてしまう。
「うわあああああああっ!」
巧海の苦しげな顔を目に焼き付かせながら、晶の身体は地面に叩き付けられた……。