面妖な植物講談師、曼銅鑼(マンドラ)坊や、四たび登場。  
 
ぺぺん!ぺんぺん!  
「父の弟子という光之丞と運命的な出会いを果たしました麗、芳香、翼。彼らは大きな味方を得たようです。  
その一方、至る所で神隠しや干乾びた人間が発見されるという、怪異が頻発しておりました。  
そこであやかしの気配を追い、とある里に向かった緑影・蒔人と赤影・魁」  
ぺぺんっ!  
「またそこにひと波乱起きていようとは、他の四人は知る由もありません。二人はどうなったのか?残る四人の運命やいかに?!!」  
 
 ………  
 
星の瞬きが暁に霞む頃、山中では。  
 
情事の後、水浴びを一緒に済ませた姉弟…芳香と翼がいた。  
「そういえば、兄貴達から知らせが来ないな…」  
「あの怪異のこと、何かわかったのかなぁ」  
「まさか、何かあったんじゃないだろうな」  
翼は魔亜自携帯(マージフォン)を取り出した。  
 
同じ頃。  
天空城の屋根に上がり、一人白む空を眺めている青の忍び。  
その可憐な横顔は、夜明けと共に曇っていく。  
虫の知らせだろうか…麗は膨らむ胸騒ぎに不安を覚えていた。  
(なんだろう…母上を失った時と同じ、この張り裂けるような感じは…)  
麗も魔亜自携帯を出し、蒔人達との連絡を試みた。  
 
…が、共に魁と蒔人に繋がらなかった。  
 
 ………  
 
「光様!!」 ばんっ!!  
麗が勢いよく寝室の飛び込んできた。  
「ん…どうした。まだ足りぬのか?」  
寝ぼけまなこで麗を褥に引き込もうとする光之丞。  
ぱしゃあっ!  
その顔に冷水を浴びせる麗。  
「うわ!ひどいなぁ、麗」  
「もぅっ!ふざけないで!!お兄ちゃんたちと連絡が取れないの!…どうしよう…  
お兄ちゃんたちに何かあったら…」  
「ちょっ…落ち着いて、事情を話して」  
取り乱し、泣きそうな顔の麗の様子に光之丞もすっかり目が覚めた。  
 
 ………  
 
そうして。  
同じ予感を覚えた翼と芳香も、間もなく天空城を訪れ…四人は対面していた。  
 
「…姉二人が世話になったようだな」  
不機嫌そうな顔で社交辞令を述べる黄色の忍者と、  
「私の命も助けたもらったし、本当にありがとう、光之丞様♪  
お礼に今度、お団子でも食べに行きません?」  
美丈夫を前に浮かれる桃色の忍者。  
(姫…いや芳香は本来こういう性格なのか…)  
記憶を失っていた時のたおやかな姫との落差、気ままな彼女に少々面食らう光之丞。  
しかし、その屈託のない笑顔は見る者の心を和ませてくれる。  
そんな光之丞と芳香の様子に、ひどくやきもきしている水使いと雷使い。  
麗が割って入るように光之丞の正体を明かした。  
「光さ…光之丞様は父上の弟子なの」  
「「え゛え゛え゛っ?!」」  
麗の紹介に度肝を抜かれる芳香と翼。  
「そなたらと会えるのを心待ちにしていた。改めてよろしく頼む」  
「「よ、よろしく…」」  
二人の忍びは因縁に驚きを隠せなかった。  
 
ふと、麗が芳香の首筋に小さな朱の痣を見つける。  
「あれ、芳香ちゃん、こことここ赤くなってるよ。虫刺され?」  
「え゛っ?!そ、そうみたい。野宿だったしねー」  
「翼、虫除けの薬持ってなかったの?」  
「えっ?あ、あぁ…忘れた」  
(虫ねぇ…)  
姉弟達のそんなやりとりを眺めている光之丞。  
「この辺はたちの悪い、大きな虫が多いから」  
そう言うと光之丞がちらりと翼を見やり、意味深な笑みを浮かべた。  
「……」  
(まさか、何か勘づいてるんじゃないだろうな…)  
胸中、焦る翼…と、麗の首筋にも似たような痕が。  
「!!」  
(うら姉、あいつに手籠めにされちまったのかよっ!!)  
自分達を省ずとも何を意味しているかすぐに解ったが、人のことは言えない。  
しかも麗が脅されたり、気に病んでる様子は見当たらない。  
(つーか、なんだかいきいきしてるような…)  
翼は内心、頭を抱えた。仮に合意だとして光之丞を追及すると、不利なのはこちらの方。  
どう言い訳しても姉弟の最大の禁忌を犯しているのだから…。  
そして光之丞を見ると、食わせ者の余裕の笑み。  
(!!やっぱり、知ってて…!!)  
黄色の忍びはぎりぎり歯軋りした。  
「本当に…たちの悪い虫が多いみたいだなっ!!」  
やけくそ気味の叫び。そう返すのが精一杯の翼であった。  
(…やっぱり助けに行くべきだったぜ…)  
雷神の後悔のため息は、太陽に届かなかった。  
 
「さ、細かい話は後だ。早速出発しよう」  
三人と新しく加わった一人は天空帚(スカイホーキー)と天空絨毯(スカーペット)で  
目的の地へ向かった。  
 
 ………  
 
蒔人と魁が目指したはずの里に入る、光之丞、芳香、麗、翼。  
漂う禍々しい空気を足を踏み入れる前から感じる…まったく人の気配がしない。  
「きゃっ!」  
何かにつまづいた芳香。  
 
「ほう姉、何やってんだよ」  
「だって、こんなところに…」  
芳香が言いかけてその物体に目を落とし…他の三人も絶句した。  
「「「「……!!!」」」」  
土気色の、人間の干乾びた屍。  
そして遠くに目をやると、一面におそらく人々の…正に死屍累々。  
いずれも水気はなく、中身を全て吸い取られたかのような惨状だ。  
「ひ、酷い…」  
「むごいことしやがって…っ!」  
怒りなのか恐ろしさなのか、震えが止まらない。  
背筋が凍るとはこのことなのか…四人の忍びはその場に立ち竦んでいた。  
と、その時。  
かたっ。  
「!!誰かいるのっ?!」  
四人は警戒しながら辺りを見回し、様子を探る。  
「……こんな所に…」  
光之丞が小屋で気配の主を見つけた。そこには幼い女の子がひとり隠れていたのだ。  
年の頃は三つか四つか。麗が小屋から連れ出し、体に異常はないか確かめる。  
「よかった、怪我もないみたい。もう、大丈夫だよ」  
「お話できる?」  
「おい、どうしたんだ?」  
「…………」  
麗達がしゃがんで目線を合わせ話しかけるが、子供の虚ろな瞳は一向に表情を変えない。  
「ちょっと見せてごらん」  
光之丞がその目を覗き込み、事情を悟った。  
「よほど恐ろしい思いをしたらしい…どうやら事の一部始終を見てしまい、  
衝撃で心を閉ざしているようだ」  
「「「……!!」」」  
光之丞の言葉に、やりきれなさに打ちのめされる麗達。  
ぱちん!  
そんな中、光之丞が改札携帯(グリップフォン)で魔自券札(マジチケット)を切った。  
それを子供の額に置き、自身の額をあてる。  
「ごめんね、記憶を覗かせてもらうよ。記憶よ、我に移れ。留有魔・護留奴(ルーマ・ゴルド)」  
 
閉ざされた心の奥深く…そこに見えたのは緑の髪に蒼白の顔と眼。  
「こいつは…淫吸罵吸(インキュバス)・辺流美令辞(ベルビレジ)!!」  
 
「なんだ?!そいつは」  
「人に淫夢を見せ、未来永劫その世界に閉じ込めたまま、死ぬまで精気を吸い尽くす…  
凶悪卑劣な夢魔、あやかしだ」  
光之丞は顔を曇らせた。  
「それでこんなことに…」  
「じゃあ、お兄ちゃんと魁ちゃんは…」  
「いや、ここにいないってことは、連れ去られたか…まだ無事な可能性はあるよな」  
「こうしてる暇はない、辺流美令辞の居場所を突き止めないと!」  
「でも、この子は?」  
「連れて行くにも、置いて行くわけにもいかねぇし…どうする?」  
芳香と翼が思案していると、光之丞が。  
「誰か、瞬間移動の術を使える者は?」  
「私がやるわ」  
麗が応えた。  
「麗ちゃん、あれができるようになったの?」  
芳香が驚いて尋ねた。忍術力が未熟だと何処に移動するかわからない、  
未だ兄弟の誰もが成功してない術なのだ。  
「うん、たくさん練習したんだ。一度に何人もは無理だけど」  
「すげぇよ、うら姉!」  
「尊敬しちゃう!」  
「この子を天空城に運んであげてくれ。相撲奇異(スモーキー)が世話をしてくれるから」  
「わかったわ」  
そう言って麗は子供を見た。…が、その瞳が悲しみに揺れる。  
「でも…ひとりぼっちなんだね」  
親を亡くしても、自分には兄弟達がいた…だが、この子は。  
麗が目に涙をいっぱい溜め、たまらずぎゅっと女の子を抱きしめた。  
「「「……」」」  
芳香も翼も…光之丞も、悲痛な気持ちを抱えていた。  
「いや、この子は私のところで引き取り、きちんとした里親を見つけるよ」  
「本当?!」  
「よかったぁ!」  
「安心したぜ…」  
光之丞の言葉に麗達は心から安堵した。  
親を失った哀しみは、この姉弟が誰よりも知っているのだ。  
「私達、これから物の怪をやっつけに行くからね」  
「絶対、仇を取ってやるからな…!」  
「ごめんね。一人でお城に行ってもらわなくちゃいけないけど、  
そこには親切で優しい猫のお侍さんがいるから安心して」  
心を閉ざした子供を優しく励ます姉弟達。  
 
「……」  
そんな様子を光之丞は万感の思いで見つめていた。  
 
「魔呪那・魔呪那(マジュナ・マジュナ)」  
麗が呪言を唱えると、子供は城へと姿を消した。  
そして四人は、現場に残された針と麗の水晶玉を頼りに、蒔人と魁、辺流美令辞の行方を追った。  
 
 ………  
 
一方、天空城。  
 
『留有魔・護瑠出伊露(ルーマ・ゴルディーロ)』 ぼんっ!  
「に゛ゃっ!」  
魔自洋灯(マジランプ)内部で破裂音が鳴り、昼寝をしていた相撲奇異が短い悲鳴をあげた。  
…いつもの主人の手荒な起こし方である。  
 
『淫負得瑠視亜の襲撃でかろうじて生き残った子だ。  
世話をしてやってくれ、頼んだぞ』  
寝起きの相撲奇異の耳に光之丞の声が届いた。  
「ま〜ったく、久しぶりに羽をにょばしてしていたのに…」  
洋灯の先から煙を上げ、ぶつぶつ文句を言いながら、相撲奇異が外に出た。  
「ん?」  
子供を見ると、相撲奇異の風体に怯えたのか部屋の隅からじっと見つめている。  
「そんなに怖がることはにゃいぞ。俺様は光之丞様にお使えする  
相撲奇異ってもんだ。お前のにゃまえは?」  
「………」  
「…にゃんか言ったらどうだ?」  
女の子は無表情で黙ったまま。  
「うぅむ…こういう時は」 ぼむぅっ。  
相撲奇異は術で子供の目の前に豪勢な料理の数々を並べた。  
「お前も腹が減ってるだろ、ごちそうだにゃ」  
「……」  
しかし子供は視線を彷徨わせたまま、動かない。  
「食わにゃいなら、全部いただいちまうぜ〜」  
一人ぱくぱくと勢いよくよく食べ始める相撲奇異…だが。  
「…これじゃあ、俺様がまるで意地悪してるみたいじゃにゃいか」 がくり。  
居心地の悪さに相撲奇異がため息と共に箸を置く。  
 
「まーったく世話が焼けるにゃ」 ぽぽんっ。  
びー玉やお手玉、人形と玩具を次々と出すが、女の子は関心を示さない。  
「くそぅ〜こうにゃったら、俺様の歌を聞かせてやるにゃ!」  
♪俺様〜の名前は相撲奇異ぃぃ〜〜♪(以下略)  
洋灯(ランプ)の精の誇りにかけて、と妙な営業精神というか、対抗意識が湧く相撲奇異。  
…無視されると燃える性格らしい。  
「………」  
躍起になって自慢の歌と踊りまで披露したものの、やはり一向に反応はない。  
 
「むぅぅ〜…これにゃらどうだ!」 ぽんっ。  
ねりねり、こねこね…びよぉぉ〜〜ん。  
水飴を二本の細長い管を使い、器用に練り伸ばす相撲奇異。  
ぷぅぅ〜〜  
管に口をつけ、びいどろを作る要領で風船の如く膨らませた。  
そして石鹸(しゃぼん)玉のようにいくつも宙に浮かせる。  
術で作った乳白色の水飴の玉。それらが甘い香りを放ち、ふらふわ女の子の周りを泳いでいる。  
「にゃづけて、綿飴ならぬ風船飴〜にゃんてな!」  
「……」  
すると女の子の目が、漂う甘い風船を追い始めた。  
(お、脈あり)  
「ほれ、お前もやってみ」  
「……」  
女の子は水飴のついた箸を受け取り、相撲奇異の見よう見真似で少しずつ動かし始めた。  
「だめにゃだめにゃ。それじゃあ飴が落ちるぞ、こうやるんだにゃ」  
「……」  
やがて黙々と無心に水飴をこね、食べたり、膨らませたり、浮かせたり…。  
一匹と一人はずっと遊んでいた。  
 
 ………  
 
一方、光之丞達一行は。  
 
麗の水晶玉で魁と蒔人の足跡を辿り、襲撃で空き家となった名家の屋根裏に潜入した。  
(あれは…!)  
部屋を覗くと、そこには辺流美令辞と晩究理亜がいた。  
そしてやはり、淫夢の虜と化し昏々と眠ったままの蒔人と魁。  
辺流美令辞の手の甲から血管のような細い管が、二人の首筋へと伸びて刺さっている。  
おそらく、そこから精気を吸い取っているのだろう。  
 
「流石、天空忍術の者ども…美味なる精気が後から後から溢れ出る。  
常人ならこのように長くは持たぬ」  
蒼白の夢魔はくくっと、満足気にほくそ笑んでいた。  
「こいつらを吸い尽くしたら、また他所で思う存分におやり。  
…私も人の血が恋しくなってきたわ」  
その横には舌なめずりする晩究理亜。  
 
 ………  
 
一旦、四人はそこを離れ、魁と蒔人を救う方策を考えていた。  
「いつかの時みたく、夢の中に入って救い出せば?」  
芳香の提案に翼は首を振った。  
「無理だ、薬の材料も作る時間もない。それに一人ずつ救い出すのも効率が悪いし、危険すぎる」  
「ふむ…」  
その横では、一計を案じている光之丞。  
「辺流美令辞は人に淫夢を見せ、虜にしてその世界に閉じ込める。  
ならば、夢の中に入らずとも淫夢を淫夢でなくすれば、あるいは…」  
光之丞の言葉が、雷使いに閃きを与えた。  
「……そうか!」  
そして翼は、神妙な面持ちで光之丞に向き直した。  
「光之丞殿」  
翼が初めてその名を呼んだ。身じろぎもせず、光之丞を見つめる。  
「城での非礼は詫びる。兄弟を救う為、あんたの力が必要なんだ」  
「翼…」  
「翼ちゃん…」  
皮肉屋で、誇り高い雷神が人に頭を下げて頼んでいる。  
そんな弟の姿など、これまで目にしたことがない…驚く姉妹。  
「………」  
「頼む」  
芳香奪還の際、一瞬刀を交えただけで、翼は光之丞の力量に内心感服していた。  
しかし翼自身の性格や先刻の姉がらみの件もあって、素直にその感情を表す気にはなれなかった。  
だが今は、彼の力がなければこれは成し遂げられない。  
…頭を下げたまま、光之丞の返答を待つ翼。  
一方、そんな雷使いの姿に光之丞は心打たれていた。  
(相当な自信家だと思っていたが…なかなかどうして、仁義に篤い男だ)  
「もちろん」  
光之丞は翼の肩に手をかけ、力強く応えた。ぱっと顔を上げ、会心の笑顔を見せる翼。  
「ありがたい、恩にきるぜ!」  
 
翼は早速、蟲毒(こどく)と日頃、携帯している『どんな寝ぼすけも目覚める覚醒の薬』を取り出した。  
蟲(こどく)とは蜘蛛、蛇、蜥蜴など、毒や霊力が強い生き物を同じ器に入れて互いに食い殺させ、  
生き残った1匹のこと。  
それから抽出した毒も「こどく」と呼ばれる…非常に強力で扱いの難しい代物だ。  
「蟲毒って…呪いに使うものじゃない」  
「翼ちゃん、それどうする気?」  
「毒をもって毒を制す、ってな」  
「「?」」  
解せない芳香と麗に、ニヤリと自信ありげな笑みの翼。  
「この二つで、いやでも淫夢から飛び出したくしてやるのさ」  
「なるほど」  
光之丞は翼の考えに気が付いたようだ。そんな彼に黄色の忍びは。  
「淫夢を破りつつ、蟲毒の効果は最小限に留めたいんだ。  
効力を調整するため、あんたの呪力も薬に込めて欲しい」  
「わかった」  
「それじゃ、私達は辺流美令辞と晩究理亜を引き付けておくから」  
「その間によろしくね♪」  
「あぁ、まかせろ」  
「気をつけるんだぞ、二人とも」  
 
芳香と麗を見送ると、翼と光之丞は目を合わせ頷いた。  
目の前には小さな器…中身は覚醒の薬と蟲毒を翼が調合した液体。  
魔亜自携帯(マージフォン)と改札携帯(グリップフォン)がそれを指し示した。  
「いくぜ」  
「いつでもどうぞ」  
「陣我・魔自伊炉(ジンガ・マジーロ)!」  
「護留奴・護瑠出伊露(ゴルド・ゴルディーロ)!」 パァァァ…ッ!  
黄金の閃光が魔亜自携帯と改札携帯から走り、器を取り囲んだ。  
そしていっそうの輝きを放って、消えた。  
 
「絶対、戻って来いよ…!」  
翼は慎重に薬を蒔人と魁の口に一滴づつ含ませた。  
翼と光之丞は昏睡状態の二人に変化が現れ始めるのを、ひたすら待った…。  
 
 ………  
 
「山崎さん…」  
魁が長く…本当に長く恋焦がれていた想い人が、腕の中にある。  
もう幾度名を呼び、躰を求めただろう。それでも尽きるどころか、ますます精が溢れてくる。  
「俺、ずっとずっとこうしたかったんだ…」  
至福の表情で白い胸に甘えるように顔を埋める魁…すると頭の上から由佳の鈴を転がしたような声。  
「私、胸が張り裂けるくらい小津くんのことが好きだよ…ほら」  
そう言った瞬間、白い胸に亀裂が走り、からくり人形の如くカパッと開いた。  
ざくろの様な赤黒く、血生臭い中身が魁の間近にさらけ出される。  
「!!!」  
パキッ・ピキィッ…がしっ!  
咄嗟に離れようとしたが、由佳の背中も同様に割れ、異様な長さの腕が何本も伸びて魁の体を捕らえた。  
その両の瞼が異様に上下に広がり、真円に開く。額にも亀裂が走り、同様の孔が四つ開いている。  
それら六つの眼が真紅に光り、ぎょろりと動いた。  
 
 ………  
 
「蒔人くん…」  
「江里子さん…」  
蒔人は江里子の躰を隅々まで愛で、繋がっていた。睦み合いは終わることがない…。  
そして、数え切れないほどの接吻を今また交わそうとした、その時。  
がばぁぁ…! 「!!!」  
突然、江里子の可憐な唇が耳まで裂けた。まるで原形を留めていない。  
そこからチロチロと蛇(おろち)の如く、細い舌が蒔人の首筋から顎を舐め上げる。  
「…っ…!!」  
蒔人はその様に恐怖で声も出ない。  
江里子の両の眼は釣り上がって蒔人を見据え、不気味に淀んでいた。  
躰を離そうにも、下肢の接合内部が千本蚯蚓(みみず)…否、異様に長い繊毛蟲の群れと変化していた。  
それらの蟲は蠢き絡み付いて、蒔人自身を銜えたまま離さない。  
「蒔人くん、私の全てを受け止めて…」  
 
 ………  
 
「「…うッ・ぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」」 がばぁっ!!  
ぜぇぜぇと荒い息、全身に脂汗を流して目覚めた赤の忍びと緑の忍び。  
 
「なんとか帰って来たな!!」  
「おはよう、気分はどうだい?」  
胸を撫で下ろす翼と光之丞…が、淫夢から目覚めた魁と蒔人は。  
「…な、なんで山崎さんが化け物に…」  
「…悪夢だ…江里子さんの物の怪と交わるなんて…」  
顔面蒼白で震える二人…爽快な目覚めとはとても言えそうになかった。  
「ほらよ、特製気付け薬」  
翼から竹筒を受け取り、げっそりした魁と蒔人はそれを口に運んだ。  
「はぁ…だいぶましになったぜ。ありがとな、ちぃ兄」  
魁がほっと一息つく。そして蒔人も。  
「ああ、これなら戦える」  
「あ、あんたは?」  
魁が光之丞の顔を見た。  
「私は社印藩藩主、黄金光之丞」  
「この人は父上の弟子で、ほう姉の命の恩人なんだ」  
「芳香姉ちゃん、助かったんだ!!」  
「よかった!!…それにしても、父上に弟子がいたなんて…」  
蒔人は光之丞の姿をまじまじと見つめていた。  
「よろしく、緑影、赤影」  
光之丞は人当たりのいい笑みを浮かべ、二人に挨拶をした。  
 
 ………  
 
一方、羽流美令辞と晩吸理亜を上手く誘い出した芳香と麗。  
羽流美令辞…逆立つ緑の髪、白目を剥いたような眦と蒼白の顔つきに、落ち着いた立ち振る舞い。  
智に長けた凶悪な策士といった風情である。  
 
「…女は好みじゃないが、忍びならたいそう美味な精気が期待できる」  
「なにこいつ、そっちの趣味なわけ?」  
芳香と麗は身構えた。  
 
「人は所詮弱い生き物。苦痛より快楽を選ぶに決まっておる。  
絶えることのない淫楽の世界に自ら溺れ、精気を吸い尽くされるが良い」  
「そうはいかないわ!!」  
晩吸理亜の台詞に真っ向から麗が反発した。  
「淫夢の中、想い人と死ぬまで契るのは本望であろう?」  
羽流美令辞が淫惨な笑みを浮かべると。  
「あっかんべ〜、そんなのは現(うつつ)で十分満足してますっ!」  
「ほ、芳香ちゃんっ??!」  
芳香の突拍子もない発言に目を丸くする麗…そう言う彼女も充実しているのだが。  
「ふん、いつまでそんな口が叩けるかな…はっ!」 ビシュゥゥッ!  
羽流美令辞の髪から放たれる幾多の毒針が風使いと水使いを襲う。  
「桃色旋風(ピンクストーム)!!」  
「青水飛沫(ブルースプラッシュ)!!」  
吹き荒れる竜巻が水の螺旋を描き、毒針を撃退した…かのように思えた。  
シュッ!  
数本が忍者装束を掠めた。幸い躰に防御の忍術を纏わせていたが、それも心許無い。  
「そんな!」  
「なんで?全てかわしたはずなのに…!」  
放たれた毒針は途中、個々が枝分かれし、最終的に見た目より遥かに多くなる。  
しかも分散した分一本一本が細くなり、飛散時は可視できないほどの小ささだ。  
羽流美令辞の執拗で厄介な毒針攻撃…これに魁と蒔人も力尽きたのだろう。  
「ふふ…あの二人と同じように淫夢に堕ちな!」  
晩吸理亜が嘲り笑う。  
姉妹も反撃の糸口をつかめぬまま逃げ惑い、次第に避けきれなくなっていく。  
これでは淫夢の餌食になるのは時間の問題だ。  
「思ったより手こずるかも…」  
「翼ちゃん、光之丞様、早く来て〜!」  
「さぁ、観念しろ…」  
羽流美令辞が幾度目かの攻撃を仕掛けた。  
((もう、だめっ…!))  
姉妹が力尽きようとしていた、その時。  
 
ザザザザァァァ…!!ブゥァッ・ゴォォォッッ!!  
草木が芳香と麗を守るように覆い、烈火の炎が毒針の波を駆け抜け、全て燃やし尽くした。  
 
「「?!」」  
「何だ?!」  
「待て待て待てぃっ!!」  
「俺達が来たからには、そうは行かないぜ!!」  
颯爽と赤と緑の忍びが現れた。  
「魁ちゃん!!」  
「お兄ちゃん!!」  
「お待たせっ!姉ちゃん!!」  
「芳香、麗、心配かけたな!!」  
「!!貴様ら!淫夢からなぜ?!!」 バシュゥッ!!  
淫吸罵吸が驚愕の叫びを上げると、その足元に雷の閃光が走った。  
「はっ、寝ぼすけをたたき起こすのは朝飯前だぜ!!」  
「悪いね、寝た子を起こして」  
翼と光之丞も加わった。  
「ほう姉、うら姉!!」  
「二人とも大丈夫か?!」  
「「うん!!」」  
兄弟達の帰還に姉妹は互いに見つめ、うなずいた。  
「よーし!兄弟そろえば百人力!!」  
芳香の言葉に麗も応える。  
「光之丞様も加わって千人力ね!!」  
全員が淫吸罵吸、晩吸理亜の前に勢揃いした。  
「唸る大地の術使い!緑影、参上!!」  
「吹きゆく風の術使い!桃影、参上!!」  
「たゆたう水の術使い!青影、参上!!」  
「走る雷の術使い!黄影、参上!!」  
「燃える炎の術使い!赤影、参上!!」  
「輝く太陽の術使い!光之丞、見参!!」  
口上を叫び、見得を切る六人の忍び達。  
 
「ふん!なにさ、かっこつけちゃって。やるわよ羽流美令辞!」  
「言われずとも」  
二人のあやかしは舌打ちした。  
 
「同じ手は二度と食わないぜ!!」  
言うが早いか、すぐさま晩吸理亜に飛びかかる魁と蒔人。  
「せっかく山崎さんと両想いになって、あの柔肌を×××して、かわいらしい××××に  
俺の熱い×××を×××していたのに!!」  
「俺だって、愛しい江里子さんの×××をくまなく×××した後、その素晴らしい躰の  
××××に××××で×××…これからがいいところだったのに!!」  
怒りのあまり、とても文字にできないような淫語を大声で連発しながら、  
猛襲する赤と緑の忍び。  
 
「なっ、何言ってんのぉ〜〜!!魁ちゃん!!お兄ちゃんッ!!」  
「あんの馬鹿…」  
「もういや…一家の恥だわ」  
うろたえる芳香と、額に手をやり首を振る翼。  
麗も穴があったら入りたい気持ちだった。  
「…何か、壮絶な勘違いをしているみたいだね、あの二人」  
その様子にひたすら赤面し呆れる、光之丞を含めた四人。  
どうやら魁と蒔人は、夢の中で想像を絶する恐怖を味わったらしい。  
…しかも、それを晩吸理亜のせいと思い込んでいるようだった。  
「…薬の件は黙っていた方がよいのかな、翼」  
「…ああ、そうだな」  
光之丞と翼は顔を見合わせると、苦笑いした。  
 
「いい夢見てたのに、許さねぇっ!自伊・自伊・自々留(ジー・ジー・ジジル)!!  
魔自拳(マジパンチ)!!!」  
「魔自・魔亜自(マジ・マージ)!!筋肉緑(マッスルグリーン)!!!」  
魁と蒔人の怒涛の連続攻撃にひとたまりもない晩吸理亜。  
「うぉりゃぁぁぁぁっっ!!!」 どかどかどかどか…っ!!!  
魔自拳の連打を浴びて、ずたぼろになる吸血のあやかし。  
「これで逆転さよならだーー!!どりゃぁぁぁぁぁっ!!!」 どごーーーーん!!!  
「きゃぁぁぁぁぁああああ…!!」  
筋肉緑にとどめの一撃をお見舞いされ、晩吸理亜は空の彼方へ吹き飛ばされてしまった。  
 
そしてこちらでは、奇声を上げ芳香と麗に襲い来る冥屍者(ゾビル)の群れ。  
「いや〜ん“枯れ木も山の賑わい”ってやつ?」  
「なんか違う気もするんだけど…こっちも行くわよ!芳香ちゃん!!」  
「よっしゃ!」  
「「自伊・自伊・自々留(ジー・ジー・ジジル)!!」」 ぽんっ!!  
二人は呪文を唱え、花柳社中よろしく両手に花を出現させた。  
「「それ、それ、それーーっ!!!」」 ドカッ!バキィッ!!  
美しく軽やかな舞いで冥屍者達を次々なぎ倒していく忍びの姉妹。  
 
「豪・留留度(ゴー・ルルド)」  
「お呼びかにゃ」  
魔自洋灯(マジランプ)を手元に召喚した光之丞。  
「魔自杖弩(マジスティックボーガン)!!」  
「魔自洋灯場洲汰(マジランプバスター)!!」  
ビュゥッ…バシィッ!! 飛び交う数多(あまた)の光弾と淫魔の呪針。  
 
「ふははははっ…!どこを狙っている!!」  
高らかに笑い、素早く跳び駆ける夢魔。羽流美令辞の毒針は攻防一体のもの。  
無数に放たれるそれらを避けながらの攻撃は、どうしても精彩を欠く。  
「くそっ、当たりゃしねぇッ!」  
「奴が恐ろしいと言われる所以は呪術だけではない。あの攻撃力の高さにもあるんだ!」  
 
「翼ちゃん!」  
「光之丞様!」  
冥屍者(ゾビル)たちを一蹴した芳香と麗が合流する。  
「気をつけて、あいつの毒針はきりがないの!」  
「俺達もあのしつこさにやられたんだ!」  
晩吸理亜を撃退し、魁と蒔人も加わった。  
「とにかく、分散して四方から攻めるしか…!」  
光之丞が苦肉の策に出ようとすると、羽流美令辞が言い放った。  
「無駄無駄。他の人間どものように黙って精気を吸われ、我の血肉となればよいものを!」  
「「「「「「!!!!!」」」」」」  
その言葉が忍び達の心に油を注いだ。  
あの里での惨状や、心を閉ざした女の子が目に浮かぶ。  
「…兄ちゃん!!姉ちゃん!!」  
魁が叫ぶと、兄弟達の魂が呼応した。  
「…絶っ対に、許さない!!」  
「犠牲になった人達やあの子の為にも!!」  
「俺達が倒す!!」  
芳香、麗、翼の決意が新たに燃える。  
「行くぞ!!!」  
蒔人の声に兄弟全員が魔亜自携帯(マージフォン)を掲げた。  
 
「「「「「陣我・魔呪那(ジンガ・マジュナ )!! 魔自駆・緞帳(マジカルカーテン)!!!」」」」」  
各人の魔亜自携帯から五色の力が立ち昇り、光の壁を作った。  
やがて、球体へと変化し六人を包む。  
「そんなもの、何の役に立つ!!」  
羽流美令辞が虹色の防御壁に向け、これまで以上に大量の毒針を放つ。  
しかし、膨大な妖力を持つそれが、縦横から向かってもびくともしない。  
強靭な光の膜が見事、完全に跳ね返し消滅させた。  
「なに…ッ?!」  
「魔自洋灯場洲汰!!」 バシュッ!!ドシュゥッ!!  
動揺した羽流美令辞の隙を突き、光之丞が誘導弾を放った。  
「ぐ・ぁあっ!!」  
 
「「「「「魔亜自・自留魔・魔自伊炉(マージ・ジルマ・マジーロ)!!!」」」」」  
五人が次々と跳躍し、縦に積み重なる。  
「「「「「魔自駆留立塔(マジカルタワー)!!!」」」」」  
兄弟の力を最上部の桃影に昇らせ、集結させた。  
そして光之丞も魔自洋灯を擦り、呪文を唱えた。  
「留有魔・豪・護自可(ルーマ・ゴー・ゴジカ)!!」  
「相撲奇異・社伊忍具・突撃(スモーキー・シャイニング・アタック)!!!!」  
「「「「「「「成敗っっ!!!」」」」」」」  
「ば・ばかな…っ……あ・ぁぁぁあああ……!!!!」   
六人の忍びの合わせ技が威力を増大させ、羽流美令辞は木っ端微塵に砕け散り、  
断末魔ごと掻き消えた。  
 
「やった!!」  
「やったぜ…!!」  
「やったね!!」  
「やっほーー!!」  
「よっしゃあっ!!」  
勝利の歓喜に飛び上がる忍びの兄弟達。  
 
(…やはりあのかたの子供達だ。個々の能力の高さもそうだが、  
彼らの心と勇気が一つに合わさった時、発揮される力は凄まじいものがある。)  
光之丞は彼らの秘められた力に驚嘆していた。  
 
 ………  
 
後日、天空城。  
生き残った子供は無事里親が見つかり、引き取られることとなった。  
 
女の子は感情を取り戻す以上にすっかり相撲奇異に懐き、「ねこちゃん」と  
四六時中ぴったり付きまとうほどになっていた。  
離れたくないと駄々をこねるその子を、相撲奇異がようやく説き伏せ、この日を迎えたのである。  
 
「ばいばい、ねこちゃん」  
「……達者でにゃ」  
遠くに小さくなっていく女の子と里親を見送る、六人と一匹。  
 
「これで…あの子が幸せになるといいな」  
翼が目を細め、噛みしめるように呟いた。  
「相撲奇異、別れが辛いんだろ」  
「にゃっ…!!」  
蒔人が魔自洋灯に話しかけると、相撲奇異の頭が蓋から飛び出した。  
女の子を見送った直後から、何かに耐えるように篭っていたのだ。  
「そっ、そんなことにゃいわいっ!」  
涙を堪えつつ、必死に強がりを叫ぶ猫の家臣。  
「同じ藩内にいるんだから、いつでも会いに行けるよ。相撲ちゃん」  
そう芳香が慰めると。  
「そうじゃにゃく、殿がお暇(いとま)くれにゃいんだよ。まったく人使いが荒い…」  
「何か言ったか?」  
ちくり、と光之丞。  
「べ、別にぃ〜…」  
「光之丞様お願い、相撲奇異をあの子に会わせる時間くらい作ってあげて」  
愛しい麗の頼みに、光之丞は少々頬が綻んでしまう。  
「もちろん、そう配慮するよ。あの子の為にも」  
「ほんとかにゃ!!」  
相撲奇異は魔自洋灯ごと飛び上がるほど喜んだ。  
「よかったな、相撲奇異!」  
魁が言うと、すかさず光之丞の次の言葉。  
「その代わり、次の日は倍働いてもらうからね」  
「そ、そんにゃ〜〜」  
 
一匹のため息と六人の笑い声が、晴れやかな天空に響いていった。  
 
 ………  
 
ぺぺんっ!ぺんぺんっ!!  
「六人の忍び達は見事、淫負得瑠視亜の物の怪を倒し、平和を取り戻したのでした。  
めでたしめでたし〜で、ござりますです!  
しかし、淫負得瑠視亜はまだその全容を明かしてはおりません。  
天空忍術の忍び達の戦いはまだまだ続くのであります!!」  
ぺぺんっ!  
「さて…このお話にはおまけがありまして。  
淫夢から救われた忍び二人は…黄影・翼の荒療治が後遺症となったらしく…。  
赤影・魁は、醜悪な妖怪に変化する由佳の悪夢に毎夜うなされ、不眠に悩み、  
緑影・蒔人も江里子の顔を見る度ひきつけを起こし、嫌われる始末でありましたとさ」  
 
ぺんぺん!  
 
 
完  
 

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