「私、小津芳香は結婚いたします!」
…しばし、沈黙。((((……ん????))))
「「「「え゛え゛え゛え゛え゛〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!」」」」
長女の爆弾発言に、小津家は揺れた。
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翼とのことがあって間もなくのこと。
芳香はモデルの仕事を終え、撮影現場をあとにしようとしていた。
そこでカメラマンに呼び止められ、スタジオ内の人影の少ない場所に移動する。
「ほうちゃん、その…この前のこと、考えてくれた?」
テツヤはトレードマークの白ぶち眼鏡をはずした。
彼は若手のカメラマンで最近仕事で一緒になるが、モデルを笑わせたり
リラックスさせるのが抜群にうまい。
ほめられて伸びるタイプの芳香は、それでいいショットを多く撮ってもらえていた。
「かわいいね〜、今フリーなら僕が彼氏になりたいよ〜」
「やぁだ、テツヤさーん、他の子達にも言ってるんでしょ〜」
テツヤが口ぐせのように言ってくるのを、芳香はいつも適当にあしらっていた。
しかし、先日告白されてしまった。普段と違う真剣なテツヤに。
今度ばかりは、芳香も笑って流せそうにもない。
ふと、黄色い服の優しい皮肉屋の顔が浮かぶ。思い直して、芳香は目の前の男性を見つめた。
(一緒にいて、楽しい人だし…いい機会かも)
そうして、芳香とテツヤの交際は始まった。
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結婚式当日の朝。
翼はスーツを身に着け、鏡の前で髪もオールバックにしてみる。
普段と違い、かなり大人っぽくなった。
「ま、こんなもんかな」
そして、魔法薬を手にとった。
(まさか、こんなに早く使う日が来るなんてな)
芳香の結婚は電撃的な分、悩む時間も少なくて済んだ。
“早く彼氏作れ”とのたまったのは自分だが…まさか結婚とは。
「…らしいっちゃ、らしいよな」
嫉妬を感じるより先に蒔人が激怒、大反対したのも幸いしてか、毒気はすっかり抜かれていた。
花婿は芳香と波長の近い、一見かなりおちゃらけた感じにも思えたが、
蒔人の許しを得ようとする様子を見ていると、その真剣さは伝わってきた。
(あれだけバカップルぶりを見せ付けられたら、いっそ諦めもつくか)
全くわだかまりがないといえば嘘になるが、できる限りの祝福をしようと翼は心に誓っていた。
「いい人そうだし…よかったな、ほう姉」
そっと、小瓶をポケットに忍ばせる。
(今は苦しくても、薬を飲めば…この想いも薄れて消える)
翼は式が終わったら、それを飲むつもりでいた。
…が、結局その出番はなくなってしまった。
………
その夜、長女に振り回されっぱなしだった兄妹たち(特に蒔人)は緊張が解けたのか、
疲れてそれぞれ自室で休んでいる。
コン、コン 「ほう姉、ちょっといいか」
「ど〜ぞ〜」
芳香の部屋に入ると、芳香はなにやら忙しそうにドレスや結婚情報誌などを片付けている。
「手伝おうか?」
「あ、いいよいいよ。翼ちゃんも疲れてるでしょ」
「一番大変だったのは、ほう姉と兄貴だろ」
「そんなことないって」
「……」
芳香は振り向かず、忙しそうにしている。翼は芳香の背中に問いかけた。
「せっかく兄貴も認めてくれたのに、なんで結婚式やめたんだよ」
「ん〜?だから言ったじゃない、刺激的なカップルでいたいって」
背を向けたまま、飄々とした口調の芳香。翼はどう言葉をかけたらいいのか、迷っていた。
「…そういうのさ」
“キープとか、保留って言うんじゃねーの”と言いかけたが、さすがに止めた。
「ん?なに??」
「…いや。じゃ俺、寝るわ。ほう姉も明日にしろよ」
「うん。おやすみ、翼ちゃん」
「おやすみ」 パタン
閉まるドアの音に、芳香はハァ〜と大きく息をついた。
「…どんな顔して話しろっていうのよぅ…」
テツヤが髑髏の刻印を付けられたと知り、プロポーズをしたのは芳香だ。
「俺…消えてなくなるのかな…いやだよ、そんなの…」
テツヤは小さくガタガタと震えだす。芳香はその両肩を掴んだ。
「あきらめないで、助かる方法があるかもしれないじゃない」
「無理だよ…今までこれを付けられて助かった奴はいないんだ」
「そんなこと言っちゃダメ!!芳香がなんとかするから!…魔法使いに頼んでも何でも
やれるだけのことはやろう!何か方法がきっとあるはずだから、ねっ」
芳香が必死に励ましの笑顔を向けるが、テツヤは首を振る。
「ダメだよ、そんなのあるわけない…」
テツヤを抱き寄せた芳香の手に力がこもる。
「…もし…もしも万が一、そうだとしても…せめて、最後の一日を最高のものにしなくちゃ」
「……」
「だけど、絶対希望を捨てないで。私が何とかするから!!」
「ほうちゃん…」
芳香のテツヤを助けようという気持ちと、結婚の意志は本物だった。
その数日前。
“…俺が…他の女と、こんなことしてもいいのかよ…っ”
芳香は翼の腕の中で悲痛な声を聴いた。
翌日、翼は「昨日はからかって悪かった、忘れてくれ」とだけ言い、何もなかったように振舞っている。
翼との行為の後、物忘れの薬を飲みたくないと言ったのは芳香だ。
弟の気持ちがうれしくて忘れたくなかった。
同時に、ただ一度きりの事として、お互い胸に秘めておけると思ったからこその提案だった、だけど。
(忘れたくないくせに、表向きなかったことにするなんて…やっぱり、矛盾してる)
テツヤと一緒にいても…一夜を共にしても、思い出すのは翼のことばかり。
そしてあの声を聴いた時、はっきりと自覚してしまった。
翼は一夜の過ちでなく、自分を女として求め、芳香自身もそれを望んでしまっていることを。
知ってしまった以上、翼を苦しめるわけにいかない。弟を解放し、自分がこの罪から逃れるには…。
(ふんぎりをつけるためにも、この方がいいよね)
翼への気持ちが恋情ならば、なおさら…そう思っての決断だったのに。
芳香はウエディングドレスを握り締めたまま、うつむいていた。
………
一方、翼は自分の部屋に入り、机に置かれた惚れ薬に目をやった。
(俺、ホッとしてんのか、怒ってんのか…自分でわかんねぇよ)
この煩わしさから解放されると、一度諦めたはずなのに。
結婚をやめたからといって、テツヤは今後も芳香の婚約者であるのは変わりないし
仮に別れても、翼とどうにかなるわけではない、それでも。
(まだ、飲まなくていいんだよな)
もう少し猶予が与えられたようで、嬉しさがこみ上げてくる翼だった。
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結婚式が延期になってから、しばらくして。芳香はテツヤに呼び出され、喫茶店で会っていた。
「ほうちゃん、ありがと。もう十分だよ」
「?なにが?」
「無理しなくていいよ〜、どくろの痣も消えたしさぁ」
「ねぇ、何言ってるの?テツヤ」
スッと、テツヤからいつものおちゃらけた様子が消えた。
「わかってる、俺がいなくなることを前提にした結婚だったんだから」
「そんな言い方しないで!」
「…ごめん、あの時はほうちゃんも真剣だったね」
「今だって真剣だよ」
どこかで二人は感じていた。"カップルの方が刺激的"なんて、詭弁。
テツヤに魔法使いであるのを隠して戦いつつ、芳香が結婚生活を送るのは現実的に無理だ。
しかし、それだけではない…彼にはうすうす気づかれていたらしい。
「これでも人を見抜く力はあるんだよ、一応カメラマンだし」
好きな人のことならなおさらね、と照れ隠しに笑ってみせるテツヤ。
「もし、あのまま消えてしまうなら…黙っていようと思ってたんだけど」
「……」
まるで断罪を受ける罪人の気分。
「いるんでしょ、好きな人」
さらりと、確信を突かれた。芳香は答えられない。
「理由はどうであれ、当日挙式をドタキャンしたカップルの行く末は…想像つくだろ?」
テツヤは笑みは絶やさないが、それがかえって寂しさを増す。
「なんとなく予感はしてたんだ。もともと、俺が無理言って付き合ってくれてたようなもんだしさ」
「……」
否定しなければ。なのに、口が思うように動かない。
「なんでかわからないけど…きっと、ほうちゃんが精一杯がんばってくれたから
どくろの痣も消えて、俺も助かったと思うし。それだけで十分だよ」
「テツヤ…」
芳香はそれ以上言葉が継げない。
謝れば認めてしまうことになる、テツヤの気持ちを利用してしまったこと。
否定も肯定もできない、臆病な自分。もう、彼の目を見ることができなかった。
「ごめん…」
しかし、堪えきれず芳香から涙と言葉が溢れた。
「ほうちゃんに涙は似合わないって。あと、次からプロポーズは男からさせないとダメだよん」
また軽い口調に戻り、ウィンクするテツヤ。
それでも、彼は笑って許してくれるのだろうか。いっそ責めてくれた方が気が楽なのに。
(ごめん、ごめんね、テツヤ…芳香、酷いことしちゃった…最低)
「今までありがとね。ほうちゃん」
その言葉に、芳香はただ泣きながらうなずくことしかできなかった。
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数日後、芳香と翼は当番の買い出しに出かけた。
結婚式中止の夜以来、二人っきりになるのは久しぶりだ。
買い物荷物を手に、他愛のない話をしながらの帰り道。
「はぁ〜、疲れた。ね、ちょっとここで休まない?」
「ん、いいけど」
芳香は脇道の芝生に腰を下ろした。翼もそれに従う。
「子供の時、よくこうやって寄り道しながら翼ちゃんと帰ったね〜」
「ああ、それで遅くなって母さんに叱られてさ」
「お兄ちゃんや、麗ちゃんはちゃんと魁ちゃん連れて戻ってるのに、芳香たちだけはぐれちゃったり」
「っていうか、ほう姉がふらふらしてるのについて行って、えらい目にあったよ」
ふふっと目配せして笑う二人。そうして、しばらく景色を眺めていると。
「…この間、テツヤに振られちゃった」
「えっ?!!」
芳香の突然の言葉に、驚きの声を上げる翼。
「ウソだろ?!」
「……」
芳香の表情と沈黙の答えに、翼はなんと言っていいのかわからない。
「なんで?あんなに盛り上がってて、結婚寸前まで行ったのに…」
「ま、私が悪いんだけどね。当然の結果ってやつかな」
あはは、と芳香の乾いた笑いが宙に浮く。
「芳香気まぐれだから、さすがにテツヤも愛想が尽きたみたい」
「そんな…」
「ん〜しょうがないっ、また恋の魔法かけてくれる人、探さなきゃ!」
立ち上がって伸びをする芳香。前に進み、空を仰いだ。
「天空聖者もこんな魔法使い見てたら、愛想尽かしちゃうかもね」
「ほう姉…」
芳香の背中を慰めるかのように、そよ風が吹く。翼はただその姿を見つめていた。
「さ、早く帰らないと、今度は麗ちゃんに叱られちゃうよっ」
「ちょ、待てよッ!」
芳香はいつもの笑顔で振り返ると、荷物を持って駆け出した。あわててそれを追いかける翼。
姉弟は、家路を急いだ。
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そして、ある日の小津家。…ピンポーン。
突然の来客。兄弟たちはそれぞれ出払っており、家には翼だけだった。
「ったく、誰だよ。は〜い」
気だるそうに応対し、ドアを開けると、そこにはテツヤがいた。
「やっ」
「!テツヤ、さん??」
芳香の紹介で現われた時と同じ、白ぶち眼鏡に人懐っこそうな笑顔。
しかし、翼は事情を知るだけに戸惑うばかりだ。
「え、と…ほう姉ならいませんけど」
「そっか…なら、やっぱり」
テツヤは一瞬帰ろうとしたが、立ち止まり何か考えている様子。
こういう場合、家に上げるべきなのかどうか…翼が迷っていると、テツヤは突然、翼に紙袋を渡した。
「あの、これ」
かなりの重さで、中には大型ファイルが何冊も入っていた。
「?」
「あ、開けてもいいよ」
「これって…!」
ファイルを開くとたくさんのネガと写真。全て芳香のポートレートだった。
さすがにプロが撮っただけあって、自然で生き生きとしたショットばかりだ。
「仕事の没ネガや、プライベートのもごっちゃなんだけどね。
思い出がこもっちゃってて、自分の作品でもあるし、どうしても処分できなくてさ…。
迷った挙句、ここまで持ってきちゃったんだけど。ほうちゃんに渡しても迷惑だよね」
「……」
「だから、翼くん。これ君にあげるよ」
「えっ?俺にッ?!」
テツヤとファイルに目線を何度も往復させて、翼は聞き返した。
「いいんですか?…こんな、大事な物」
「うん。処分するなり、好きなようにしていいから」
僕が持っていても。と、さばさばした表情でテツヤが応えた。
「でも…」
「あッ、そんな深〜い意味なんてないから。重く受け取らないで!ホント」
「そんなこと言われても…」
ぼやきながら翼はなんとなく写真を見る。ふくれっつらやすましたように決めてるポーズ…
いろんな表情の中、やはり笑顔が一番多い。
どれも好きな人との時間を過ごしている姉の瞬間が写し撮られている。
だが逆に、そこにはない芳香の表情を自分が知っているのにも、翼は気づく。
子供の頃からのはもちろん、インフェルシアとの戦いや、月夜に翼の腕の中で見せた顔。
そんなことが頭をよぎると、他とは異なる雰囲気の一枚が目に留まった。
夕陽の中、遠くを見つめる憂いを帯びた横顔…翼も知らない芳香の姿。
「あ、それ、ほうちゃんぽくないでしょ」
「はい」
「ぶっちゃけ、隠し撮りみたいなものなんだよね。滅多に見せない表情だから、つい」
「……」
「待ち合わせで、俺が遅れた時かな。ほうちゃん、怒ってるのと違って、
何か考えごとしてたみたいでさ」
テツヤは遠い目をして、その時のことを思い出しているらしい。
なんだか妙なことになってしまい、困惑する翼…沈黙が流れる。
「最近のほうちゃんは、どう?」
「え、まぁ…相変わらずですよ」
「そっか。好きな人がいるようだったから…上手く行くといいなって思ってるんだけど」
「ほう姉、そんなこと言ったんですか?!」
翼は仰天して、声がひっくり返ってしまった。
「あ、いやちがうよ。ほうちゃんは何も言わなかったし」
(他に好きな人???)
言葉を失う翼。気が多い姉のことだ。しかし、テツヤとあれだけラブラブだったのにいくらなんでも…。
“また恋の魔法かけてくれる人、探さなきゃ!”
芳香から別れたと聞いた時も、そんな様子には見えなかった。
(それって…まさか…)
頭の中に一つの答えが、消しても消しても浮かび上がる。あってはならないそれを、期待してしまう翼。
「その写真撮った時も…なんとなく、そんな感じがしたんだ」
テツヤの言葉に、改めて写真に目を落とした。思わず、翼の口が動く。
「じゃあ…原因は、その…」
「ん〜、それだけじゃなくて…ちょっと違うかな。ほうちゃんは俺のこと一生懸命考えてくれて、
そんな素振りも見せたことなかったし。ただ、俺がなんとなく…
無理してる彼女を見てるのが辛くなっちゃったっていうか。
ほら、ほうちゃんはさ、自由気ままなのが一番だから。思う通りにいてほしいなぁって」
風は閉じ込めようとしても、すり抜けるのが常。仮に繋ぎとめたなら、すでにそれは風ではない。
(この人、本当にほう姉のことが好きなんだ…)
テツヤが芳香といたのは、翼とは比べものにならないほど短い時間。
それでも彼女のことを想い、理解しようとしているのが、言葉からも写真からも伝わってきた。
自分にそれだけの度量があるだろうか。翼はいつか訪れる決断の時を想像した。
「俺に彼女を幸せにする自信がもっとあったら、こんなことにならなかったのかもなぁ」
「そんな。ほう姉のこと…大切に想ってくれてるんですね」
独り言のように呟くテツヤに、珍しく言葉で素直に表す翼。
「大げさだな〜、翼くんは。あ、ずいぶん邪魔したね。俺が来たことはナイショにして!
ほうちゃんが気にするといけないから、それじゃっ」
翼がお茶を勧めてみたが、テツヤは用事があるからと小津家を去って行ってしまった。
………
「…これ、どうしろっていうんだ」
部屋で大量の写真とファイルの束を前に、途方にくれる翼。
どれも写真としては捨てがたいものばかりだ、しかし。
(まさかほう姉に渡すわけにもいかねぇし、俺が持ってるのも変だよな…)
芳香が吸血鬼にされた時や、魁を夢から救った時といい、
昔から面倒ごとは翼にお鉢が回ってくることが多い。
黄色の魔法使いはどうも、そういう星の下に生まれたようだ。
「ったく、俺は処理係じゃないっつーの」
とにかく、テツヤが自分に託した意思を汲み取ろう。翼はそう決心し、マージフォンを取り出した。
「ジルマ・マジ・マジュナ」
復活できない呪文を唱え、写真とファイルの束を指し示す。
すると、マージフォンから溢れ出した光のシャワーが、写真とファイルを包み、
光の粒子へと拡散させた。
「これで、よかったんだよな…」
荷を降ろしたようにホッとすると、ポケットから写真が落ちた。
「あ」
夕陽の中の芳香の横顔、消し忘れた一枚。
(…これだけは持っていても、いいかな)
きっとあの時、空を見上げた芳香もこんな表情だったのかもしれない。
翼はその一枚を机の引き出しの奥に、そっとしまった。
***********************************
翌朝。魁は朝練、蒔人は朝食の材料調達と配達の作物を採りに、アニキ農場へ出てしまっている。
朝の支度を始めた麗と芳香が、食器を並べながら辺りを見回した。
「あれ、翼まだ起きてないのかな」
「めずらしいよね〜、寝坊なんて」
「そうだね。芳香ちゃん、起こしてきてくれる?」
「うん」
何の気なしに翼の部屋に向かう芳香。ドアの前でふと立ち止まる。
(あ…)
翼と一線を越えて以来、ここには入っていない。蘇る記憶を振り払いつつ、ノックした。
「翼ちゃーん、朝だよ〜」
…返事はない。芳香は恐る恐るドアを開ける。
「寝てるの〜?入っちゃうよ〜」
中に入ると、ベッドでは翼が寝息を立てている。普段の口の悪さからは想像できない、無垢な寝顔。
きれいな顔だと、芳香は他人事のように思う。
「寝てると、こんなにかわいいのにね」
くすっと、笑みが漏れる。
(そういえば、寝顔見るの久しぶりかも…)
枕元に跪き、しばし弟の寝姿を見つめる芳香。
なんだかいたずら心が湧き、芳香は自分の唇に触れた人差し指を、翼の唇にあてる。
(こんなことでドキドキするの、翼ちゃんだけなんだよね…まいったな)
得意の気まぐれも、今回ばかりは変わる気配がないようだ。
(翼ちゃんにもきっと、もうすぐ好きな人ができるよ。だから、それまでこのままでいて…いいかな…)
………
「芳香ちゃーん、翼起こしてって…あれ?」
芳香が戻ってこないので麗が翼の部屋に来ると、芳香は翼の枕元に突っ伏して眠ってしまっていた。
顔を寄せ合い、寝息を立てる姉と弟。
「んもぅ、芳香ちゃんてば!翼も早く起きて!」
けたたましくお玉で鍋を叩く麗。
また小津家の新しい朝が始まり、戦いは続くのであった。
おわり