司法試験合格発表。  
 まさに本日、九年越しの努力が実を結ぶかどうかというところだった。  
「あー、ドキドキするなあ」  
 彼女よりも落ち着き無く、そわそわと大きな身体を揺らす様はまるで小さな子供のよう。平素  
穏やかな物腰の彼らしくもない。  
「藍田でも緊張なんてするんだ」  
「人をなんだと思ってるの」  
 苦笑する彼に笑って謝る彼女は本当に変わった。  
 無事に出産を終え母親になり、以前より随分落ち着いた雰囲気になった。試験も「出来る事は  
全てやったので」とさっぱりしたものだ。  
 彼女の凝り固まった部分を最初に砕いてくれたのは大切な友人二人だった。色々な事があった  
けれど、更に変えてくれたのは我が子だろう。そして、最後は――。  
 それにしても、と彼は言う。  
「今後の為にも苗字呼びは止めてほしいなあ、早紀?」  
「……すみません」  
 バツが悪そうに小さくうなだれる彼女は可愛い。  
「ごめんね」  
 しかしやたらと恐縮するので彼は少し慌てた。そんなにプレッシャーをかけたつもりはなかったのだと  
訂正するが、彼女は首を振った。  
「待たせてごめんなさい」  
 
 ――合格発表まで結婚しない。  
 
 そういう約束をした。  
 とにかく色々あったし、それに加えてまだ何か抱えるのは正直厳しかった。だからひとまずの  
区切りがつくまでと待たせたのは確かに彼女だ。彼はさほど気にしてなかったが、思った以上に  
彼女は気にしていたらしい。  
「たいして待ってないよ」  
 優しく微笑いかけると、一瞬伺うような表情をしたが、彼の目に嘘がない事を感じ取って「ありがとう」  
とくすぐったそうに微笑んだ。  
「それに、お礼を言うのはこっちの方」  
 実のところ、彼は彼女が自分を選ぶとは思っていなかった。元彼とは決して不仲だった訳ではないし、  
長い間付き合った分の情もあるだろう。何より子供だ。彼女が産んだのは紛れも無く元彼との子。  
そんな状況からも、最終的にはヨリを戻すのだろうと予想していた。  
 しかし彼女は、  
「私にとって必要な言葉と気持ちをくれたのはあなただから」  
 そう言って彼を選んだ。  
 子供の事も、彼なら大切にしてくれると信じているからと、二人まとめて貰って欲しいと望んだ。  
「頼りに思ってくれて、信じてもらえて、こんなに嬉しい事なんかないだろ?」  
 はしゃぐように言う彼を、彼女は微笑ましく思う。  
 何やら甘い空気が場に流れはじめたところで、ふと我に返る。そうそう、今は試験結果を見なければ  
ならない時だ。すっかり二人の世界に入っていた事にお互い苦笑し、  
「ほらほら、感慨にふけるのはここまで! 結果、見ようか」  
「うん」  
 二人で息を合わせ、「せーの」で見つめた先には果して――。  
「あ」  
 
 ――彼らの未来に幸多かれ。  
 
 

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