「ハギワラ」
今更そんな風に呼ばれたことに淋しさを覚えた。しかし彼女は性格上言わずにはいられない。
「ハギワラではなくオギワラです」
「うん、それ、そろそろ面倒だとか思わない?」
間髪入れずに放たれた言葉を上手く理解出来ず、きょとんとする。表情豊かとは言い難い彼女が、
そんな素朴な反応を見せてくれるのを彼は嬉しく思う。
叶うならば、誰も知らない彼女を見たいと思っている。
「藍田になれば訂正も要らないでしょ?」
いつも通りのスマートな笑顔で彼は言うが、ぐっと近くに寄せた眼は真剣そのものだ。またお得意の
ジョークであやふやにするつもりは無い。
さて、彼女が彼のセリフを理解するまであとどれほどか。