窓から月明かりが流れ込み、寝台の上に白く縞を作っている。  
 
未沙は、傍らでゆるやかに起伏する男の胸を見つめている。  
深くゆったりしたリズムでその滑らかな筋肉は上下を繰り返し、かすかな呼吸を別にして静寂を破る物音はなにもなかった。  
穏やかな夜である。  
目を覚ました、というか。  
それとも、気がついた、というべきか。  
先ほど自分が意識を手放したのがいつか、定かではなかった。  
さほど珍しいことでもないとはいえ、自分がひどく淫らになってしまったような気がして多少不安になる。  
彼女をそんなふうにした当の本人は、平和な顔で寝入っていた。  
 
未沙は、肘をついて伸びあがった。  
彼の寝顔を覗き込む。  
顎が呼吸のたびにかすかに揺れ、睫はぴったりと閉じられている。  
彼女は輝の目を覚まさぬように起き上がりかけ、ぴくん、と背をこわばらせた。  
胎内から粘液が溢れ伝う隠微な感覚。  
慌てて床に降り立つとサイドテーブルの下の籠から小さく切った柔らかな布をとり出した。  
彼が目を覚ましても見えないよう、物陰に身を寄せて彼女は密やかに後始末をした。  
輝を見やると、彼は相も変わらず健康そうな寝息をたてている。  
男って──女の躯に預けたら後は気楽なものね──未沙はそう思い、少し彼のことが羨ましくなる。  
だからといって、女であることをイヤだと言うわけではないのだが。  
 
彼女は寝台に戻ると、そっと、男の傍らにまた身を滑り込ませた。  
輝は気付かない。  
よほど疲れているのかそれともさきほどの行為のせいで疲れたのか、どっちかはわからないが、完全に寝入っていることは確実のようだった。  
未沙は目を開けたまま彼を眺めていたが、やがてまた少しにじり寄った。  
 
彼の顎に指をそっとあててみる。  
痛いような感触で、ヒゲが夜の間に伸びて来たことがわかった。  
指を離し、未沙は唇の上のざらつきにも触れてみた。  
頬ではなく指の腹で撫でる感触は物珍しくて新鮮だった。  
輝は目覚めない。規則正しく穏やかな寝息はびくともしなかった。  
未沙はその様子を眺め、それでもしばらく様子を窺った。  
やはり──彼は、ぐっすりと眠っている。  
 
彼女はそうっと腕を伸ばし、輝の首筋にかけた。  
くっつくように躯を寄せ、思う存分近づいてみた──いつもは思うようには彼に近づけない。  
いや一応は近づけるのだが、そうすると輝がそれ以上のことを始めてしまうので、彼女は自分の思い通りに彼に戯れてみたことなど実際にはあまりない。  
肌に、温かな輝の躯が触れた。  
その安堵するような熱の気持ちのよさに未沙は吐息を軽くついた。  
彼の腕に胸をつけて、彼女は顎をあげた。  
眠り続けている輝の頬に軽く口づけをしてみる。  
「ん…」  
輝が小さく呻いて顔を向こうに向けた。  
その顎から首に沿って、彼女は小さなキスを繰り返した。  
 
──好き。  
 
キスとその想いだけでは押さえ込めなくなり、未沙は彼の耳元にごく小さく囁いた──彼の名前。  
「……輝」  
自分よりはるかに広い肩に顔を持たせかけ、彼女はうっとりとして彼の向こうをむいた頬の線を眺めた。  
無防備に眠り続ける彼が、自分でもおかしいほどに愛しかった。  
腕を彼の首から外した。  
輝の腹まで下がっている毛布を胸まで引き上げ、ついでのように静かにその胸に触れてみる。  
女よりずっと小さな乳首が珍しくて、未沙は指先で撫でてみた。  
いつもは──改めて見ることもない。  
ぷつんと二つだけ、胸の戴きにあるのが面白かった。  
彼がいつも未沙の同じ場所を熱心に弄ぶのは、やはり面白いからなのだろうかと彼女は思った。  
くるくると撫でたあと、ふといたずら心をおこした彼女は毛布の中に手を潜らせた。  
胸の下。みぞおちから腹部への線。  
お臍はどこかしら…未沙は真剣に探り始めた。  
眠っている男の躯をまさぐる経験など滅多にないことだろうし、輝がこれほど前後不覚に眠っている事など今まであまりなかった。  
未沙は腹筋に沿って指先を下ろし、やがて窪んだ臍を見つけた。  
ふちをなぞり、彼女は考えた。  
この先は…少し危ない。  
ふと、我に戻った。  
輝の目が醒めてしまうかもしれない。  
やはり、やめておこう──そう、思って彼女が手を引きかけた時だった。  
 
いきなり、その手首を掴まれた。  
 
悲鳴をあげそうになり、未沙は顔をあげた。  
いつの間にか彼が顔を巡らせ、彼女を見ていた。  
視線があい、彼女はパニックに陥った。  
「──やめるの?」  
輝が咎めるように言った。  
その声は目覚めたばかりのあやふやなものではなく、彼が少し前から起きていたことを示していた。  
 
「続けてもいいのに」  
「やだ…あの…」  
未沙は、ようやく声を絞り出した。  
輝が月光で少し暗い色に見える目を面白げに踊らせて尋ねるように彼女を見た。  
「ん?」  
「…いつから気付いてたの?」  
「君が傍に来たとき」  
 
最初からだ。未沙は真っ赤になった。  
 
「なんで──はやく言ってくれないの?」  
「そんなもったいない事ができるわけないだろ」  
輝はにやりと笑い、寝返りを打つと彼女に向き直った。  
「ニヤニヤしたらバレるから向こうを向いてた」  
「………」  
未沙は輝の胸に上気した顔を埋めた。  
とても、まともに彼の顔を見られない。  
「ほら」  
輝は握ったままの彼女の手首を誘導した。  
「触ってたらすぐわかったはずなんだけど」  
未沙の手の甲に昂ったものが触れ、彼女は輝の胸から顔をあげた。  
「………」  
「…欲しい?」  
輝が囁いた。  
かすかに欲望が滲んだ口調だったが、彼はそれでも面白そうに彼女を眺めている。  
未沙は唇を小さく尖らせた。  
「……どうして?」  
「欲しいだろ?」  
 
「…それは輝でしょ」  
未沙は、手をひっこめようとした。だが、輝が手首ごと押さえつけているのでできなかった。  
「ん」  
輝は認めた。  
片肘をついて未沙を見下ろす。  
「欲しい」  
「……」  
未沙は少し困惑して彼を見上げた。  
「未沙」  
彼女が頭をのけぞらせると、輝の唇が肩に触れた。  
唇を重ねるつもりらしかった彼が不機嫌な声を漏らした。  
「……なんだよ」  
「そんなつもりだったんじゃないんですもの」  
未沙は急いで言い訳をした。  
「じゃあどんなつもりだったんだよ。それっぽく誘惑しておいて」  
「誘惑?」  
彼女は少し赤くなった。  
「そんなんじゃ…ただ…面白かったから」  
「面白い?」  
輝は虚をつかれたのか、目を瞬きさせた。  
「なにが?」  
「…………あの、触るのが」  
 
輝は躯を元の位置に戻し、肘をついた片手で頭を支えると彼女を眺めた。  
「いつも触ってるじゃないか──抱き合ってる時に」  
「そういうのじゃなくて…」  
未沙は手首をひねろうとしたが、やはり彼の掌の力は緩まなかった。  
「背中だけじゃなくて、いろいろ…」  
「…欲張りだなあ」  
未沙は目を伏せた。なぜかわからないがそう指摘されると恥ずかしい。  
面白げに輝は目を細め、首を伸ばして彼女の額にキスをした。  
「嬉しいけどね」  
未沙は手の甲に熱いものが微妙に擦りつけられる感覚に気付いた。  
わずかだがはっきりとわかった。──ぬるぬる、する。  
彼女はますます赤くなった。  
「……何をしてるんですか」  
「ん?…ああ」  
輝はシラを切った。  
「なんにも」  
「………」  
未沙は吐息をつき、躯を捻って再度手を引き抜こうとした。  
輝の力が緩み、彼女の躯はその片腕に覆われた。  
「…いや」  
「どうして」  
低められた声に欲望がくっきりと焙り出されて、彼女の鼓膜を震わせた。  
「何が悪いんだ?」  
「……だって…」  
「いいからさ」  
輝は彼女を抱き寄せた。  
彼の脚が腰を捕えて、未沙は「あ」と小さく呻く。  
神様はなんとうまく男女を作ったのだろうか、相対していると彼女と彼は躯を重ねるしかないくらいにぴったりと寄り添えた。  
茂みと両の太腿が作る深い谷間に、彼の昂りの先端が埋め込まれるように当たって、未沙はもじもじと腰を退いた。  
輝がニヤニヤしている。  
彼の腕に力が入った。未沙をますます抱き寄せた。  
 
「ねえ」  
輝が耳朶にひどく甘い声で囁く。  
「…しよう」  
「いや」  
未沙は、それでも抵抗した。  
彼の誘いが嫌なわけではない。  
いつでも、輝に求められるのは誇らしいし嬉しい。  
でも──少し違うのだ。  
「誘惑したんじゃ、ないもの」  
未沙が今こだわっているのはこの一点だ。  
輝が訳知り顔にニヤニヤしているのが癇に障る。  
彼を愛しいと思う気持ちが勘違いされてしまったようですっきりしなかった。  
「どうでもいいだろ」  
「どうでもよくありません」  
輝は未沙を眺めた。彼女の強情さに辟易しているような顔になっている。  
「どうでもいいじゃないか。こいよ」  
「……いや」  
未沙は意地になっていた。  
 
たしかにどうでもいい事なのだ。  
所詮彼女は彼に関心があるから触りたかったのだし。  
だが、いくら恋人だろうがなんだろうが、すぐそっちに持っていくやり方はキライだ。  
女性は常にデリケート(といって悪ければ非常に気まぐれ)なものなのであるからして。  
 
「ふうん…」  
輝は呟いた。  
彼の片手が急に彼女の顎を捕え、あげさせた。  
「あ、いや…」  
キス。  
彼は未沙の抵抗の言葉を封じるのがとても上手だ。  
濡れた官能を彼女に与えて、抵抗もなにもかもうやむやにしてしまう。  
未沙はキスが好きだ。正確にいえば、彼との閨の中でのキスが。  
その遠慮のない、そのくせ甘く優しい、でも危ういような激しさを秘めたキスがとても好きだ。  
唇を重ねるだけで、抱かれているような気になる。  
彼の舌に惑わされて、その熱さに捕えられて、うっとりとしてしまう。  
技術はこの際関係ない。  
男のキスが上手かどうかに関係なく、相手のことが好きだから女は濡れるのだ。  
やはり、今回も抗えなかった。  
 
「……あ……ん」  
ようやく解放された時には、もう未沙は潤んだ目を半分近く閉じてしまっていた。  
喘ぎに胸を波打たせている彼女の耳に輝は低く告げた。  
「いい?」  
「……いや」  
舌打ちし、輝は腕を伸ばして未沙を寝台に押し付けた。  
「強情だなあ、今回は」  
「だって」  
彼は上体を起こし、彼女の躯を下に敷いた。  
「…じゃあ勝手にさせてもらうよ」  
「輝」  
「意外?…こういうのも実はキライじゃない」  
輝はニヤリとして、未沙の首筋にいきなり舌を這わせはじめた。  
 
股間に指が侵入し、背中を片腕で強く抱き寄せられた。  
「あっ、…はんっ!」  
彼女が悲鳴をあげると輝はゆっくりと白い肌を舐めながら呟いた。  
「……なんだ……すっかり、その気なんじゃないか……」  
「ああ」  
抵抗する暇もなく、彼女は柔らかい背筋を軽くのけぞらせる。  
「だめ」  
「ふふん……可愛い」  
輝は興奮を隠そうともせずに彼女の肌に荒々しい吐息をぶつけた。  
「可愛い。…もっと厭がってもいいかな」  
「輝、そんな…」  
「暴れてもいい。噛み付いても」  
胸郭を締め上げられるような抱擁をうけて、未沙の呼吸が一瞬とまった。  
「は……」  
「いいだろ?」  
彼が淫ら極まりない愛撫を繰り返しながら囁いた。  
「欲しいって言えば」  
「ん…ん…っ…」  
彼女は上気した頬をそむけて、割り込んでくる男の腰に逃げようもなく滑らかな脚を巻き付けた。  
そのあわいに輝がさらに指を沈ませると、甘い声を堪え難げに漏らした。のけぞる喉の線が美しい。  
「ああ!」  
「早く言わないと犯すぞ」  
「……!」  
その言葉に反射的に怯えをちらりと滲ませ、未沙は慌てて脚を戻そうとした。  
許さずに膝の裏を抱え込んで輝は自分の腰にさらにその美しい脚を巻き付けさせた。  
太腿から尻への線を撫でると未沙は感じていると明らかにわかる表情で悶えた。  
「んっ、あ…あ…!」  
 
「…うーん」  
輝は呟いた。  
 
彼女の柔らかくて熱い耳朶を噛みながら、彼はあとどのくらい自分が耐えられるか計った。  
まだ余裕があるが、この調子の彼女を相手にしているのはやはり少し辛い。  
さっき堪能しておいてよかったと輝は考えた。  
これが今夜最初なら、とっくに力づくで抱いているところだ。  
指をひきぬき、たっぷりとそれが蜜をまぶしていることを確認する。  
それを舐めとると輝は彼女を眺めた。  
「はぁ…あ…あ、はん…」  
彼女のうっとりしたような喘ぎと腰のうねりに、自分が微妙に腰をこすりつけていることに気付く。  
まだ、挿れてはいない。だが気持ちいい。  
しっとりと熱い太腿のあわいと柔らかな茂みの間で、このままだともしかしたら果ててしまうかもしれない。  
「…いいなあ…」  
輝が呟くと未沙ははっとして目を開いた。綺麗な切れ長の目。  
「…全部、好きだ……うん」  
輝は続けた。  
うっとりとした気分になってきて、このままその気分に委ねようか、それとももっと積極的に彼女に触れようか、迷う。  
「愛してる」  
「……本当?」  
未沙が、やっと意味のわかる言葉を返した。  
「うん」  
「…輝」  
彼女の目が明らかに薄く潤み、輝は慌てた。  
「…なに?」  
「欲しい。あなたが欲しい。はやくきて」  
喘いでいる唇が大胆な言葉を紡ぎ、未沙は彼に縋り付いて来た。  
「お願い」  
 
「………」  
輝は余計な事は言わなかった。  
彼女を抱き、誘うように開いた脚の間に昂りを押しあてる。  
奥まで突き上げると彼女は高い声をあげた。  
「ああっ!」  
「未沙」  
名を呼ぶ彼の背中に脚を巻き付けて、未沙は自分から動き始めた。  
「あ…ん…あっ…あぁ!」  
「…ん…」  
彼女の腰の動きがあまりにも性急で的確で、輝は呻いた。  
硬く膨れ上がったものを捕えた彼女の胎内は吸いつくような感触で締め付けてくる。  
何度も何度も彼をしごき、柔らかく強くこすりあげる。  
耐えられなくなった輝も、腰をぎこちなく揺らし始めた。  
「…う…はぁっ、…ん!」  
それが滑らかな強い動きになるのに時間はかからなかった。  
まずは挿れるだけだったはずなのに、到底彼には我慢できなかった。  
彼女の泣きそうな様子の喘ぎが鼓膜を甘く擦る。  
「いやっ…あっ…あ、あ…、好き、輝…ぁ……ああっ…」  
 
…犯される気持ちってのはこんなもんかな、と彼はぼんやりと考えた。  
 
歓喜した躯は勝手に呼応して動き出したが、輝は少々戸惑っている。  
彼女の場合口で言う言葉と実際の反応が違いすぎて、訳が分からなくなることがよくある。  
彼は彼女の腰を捕えて動けなくした。  
「…まてよ」  
それでも、彼女の躯の反応は変わることなく甘いままだった。  
彼の下で未沙は開ききった薔薇のように麗しく、彼を虜にしたまま快楽を惜しげも無く与えてくれている。  
(気持ちが、よすぎるんだよ…)  
淫らだが、それがひどく真剣なのでどうしようもなく愛しい。  
 
さっき彼女がなんだかこだわっていたのは結局なんだったのか、輝にはよくわからない。  
彼にとっては彼女を抱くというのは好きな気持ちにほかならないから──欲望だろうが好意だろうが反感だろうが敬意だろうが嗜虐だろうがもうごっちゃで、未沙が誤解しているよりは相当に芳醇な行為なのだが──それを分析したこともない彼が感じるのはただ満足感だけだ。  
彼女を抱くと彼は満足する。  
それをどう呼ぶかと問われれば、たぶん愛しているとしか呼べない感情だった。  
 
「未沙」  
彼は動きを早めながら尋ねた。  
「…俺のこと好き?」  
「ええ…ああ…あ、あん…」  
未沙はためらいもせず短く応えた。  
その躯を押し上げながら、輝は続けた。  
「…『ええ』、だけ?」  
「…好き」  
未沙が喘ぎの中から囁いた。  
「…よ…好き…」  
「聞こえない」  
輝は意地悪く囁き返した。  
「好…」  
未沙はそこまで言い、背中を弓なりにのけぞらせた。  
 
「ん」  
輝は呟いた。  
しっかりとそのわななく躯を抱きしめてやる。  
「んっ……」  
「っあ…」  
未沙の熱い甘い声、その動き、背中に廻される可愛らしい指の先の爪。  
愛しさに濡れた美しい瞳の中に彼は自分の顔を見た。  
幸福というものがあるのなら、まさにそれを味わっている男の顔。  
魂の奥底から彼は願った。  
この女を離したくはない、と。  
「愛している」  
未沙が震えた。その顔は、至福を味わっている女のそれだった。  
「……愛してるわ」  
そして、彼女はまた堪えきれぬように悲鳴をあげかけ、かみ殺した。  
未沙の爪が背にきり、と鋭く食い込む。そんなに伸ばしているわけではないのに女の薄い爪は猫のようにたつ。  
輝は顎をあげ、彼女の表情を見守った。  
かたちのいい眉を開き潤みきった瞳を彼に向け、彼女は切なげに声を漏らした。  
「…あっ、あ…あは……ん、ああぁ…!」  
その完全に達した瞬間の喘ぎを鑑賞しつつ、彼は動きを一瞬止めた。  
もっと虐めたい。二度も三度も達する彼女を眺めたい。  
だが、彼のほうももう限界だ。  
「あ」  
未沙が彼の背中にまわした手をびくんと震わせた。  
「あっ……ああっ!」  
躯の内側に熱い迸りが弾け、そのぬるつく情熱に高みに押し上げられて、未沙は再び軽く緊張した。  
 
「…輝……あぁ…!」  
「未沙……」  
彼は快楽に呻きながら腰をまだ動かしていた。  
「だめ…あん、あ…!…」  
そのたびに未沙の躯は小さく痙攣した。  
余韻の波だけでも手に余るほどなのに、彼はまだ彼女をいたぶっている。  
「もう…だ、め…輝…あああ」  
「ん…」  
ぴくん、ぴくんと何度も彼女は悶えた。  
輝はその頭を掌で抱えると荒く深い吐息をつき、彼女の胸に汗に塗れたこめかみを伏せた。  
「…未沙…」  
「あはあ…ん…」  
未沙の躯からすっと力が抜け、彼女は輝の腕の中に沈み込んだ。  
「………」  
さっき彼女がやはり最中に意識を手放したことを思い出し、輝は慌てて彼女に視線を戻した。  
「なに…?」  
「……好き」  
未沙は荒い吐息を抑えながら甘く囁き、彼の首のうしろに腕を廻した。  
熱いくらいの小さな掌が宥めるように彼を撫でる。  
「…大好き…輝」  
「ああ」  
輝は優しく呟いた。  
「俺も」  
輝は彼女にゆっくりとキスを与えた。  
未沙が応え、しばらくは双方とも無言になる。  
 
*  
 
「…寂しいよな」  
輝が呟いた。  
未沙の掌が背中を撫で、彼は彼女の顔を眺めた。  
「寂しい。なんでだろう」  
「………」  
未沙は長い髪の毛を彼の指に絡めとられたまま伸び上がった。  
彼女からキスをしてくれた。  
「……私は嬉しいわ」  
「……?」  
「あなたが一緒に寂しい想いをしてくれてるのよ──嬉しいわ」  
 
俺もこの人も同じくらいに我侭なんだろうと輝はたぶん初めて思った。  
 
 
*  
 
 
月明かりは傾き、寝台の上の縞は斜めに流れている。  
輝は、傍らの寝息を聴いている。  
元通りの穏やかな夜だった。  
 
輝は吐息をついた。  
くつろいでいる自分を感じた。  
望んだ女に、いつでもその証拠を見せてやれる。  
そして、彼女は、いつでも彼を受け入れてくれる。  
この秘密は互い以外の誰にも漏らす必要はない。  
 
女の躯に腕を廻し、彼はその華奢な胴をそっとひきよせた。  
「う…ん…」  
唇が綻び、彼女は半分眠りながら彼の胸に頬を寄せた。  
 
輝は目を閉じた。  
望みうる限り完全に、彼は幸福だった。  
 
 
 
 
 
 
 
おわり  
 

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